有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

「伊織ー、飯食おうぜ」
昼休みになったので、俺は伊織に声をかけた。
「カオリンは? トイレか?」
昼飯が入ったコンビニの袋を持ち、こちらへきた伊織が、キョロキョロと東雲の姿を探す。
「今日東雲は、昼放送の当番だからいない」
「東雲は放送部だからな。ということで、ここ座れよ」
理貴ちゃんの説明を補足した俺は、俺の左隣にある東雲の席を指差した。
俺たちが飯を食い始めてから数分後、お馴染みの曲が教室のスピーカーから流れてきた。
『みなさんこんにちはー! 昼休みのお供、昼ズトークの時間です!』
教室のあちこちから、「今日のパーソナリティ、東雲か」「始まった始まった」などの声があがる。
昼ズトークというのは、放送部がやっている昼休みの校内放送だ。
リクエストのあった曲を流したり、お悩み相談だったり、地域情報だったりと、気楽に聞き流すのに丁度いい内容で、俺は結構好きだ。
『では次は、悩める子羊たちを導いてみせましょう!  お悩み相談コーナー!』
初めて聞く洋楽が一曲流れた後、再び東雲の元気な声がスピーカーを震わせた。
『本日のお悩みはこちらでーす。ラジオネーム【担降りしました】さんからです』
紙をめくる、カサリという音をマイクが拾う。
『僕は『すいーとぽっぷ』のピィたんにガチ恋していました。でもこないだ熱愛報道が出て失恋して、それからずっと死ぬほどつらいです。どうしたら立ち直れますか?』
確か一昨日、大人気アイドルグループ『すいーとぽっぷ』のセンター・ピィたんの熱愛が、週刊誌にスクープされて炎上中だっけ……と、俺は思い出す。
彼氏として報道された相手は、今売り出し中のイケメン若手俳優だったはず。
『うーん……難しいけど、おれなら無理に元気になろうとはしないかな。落ち込めるだけ落ち込んで泣いて、好きだったなぁって過去にできたら、後は少しずつ浮上できると思うから。失恋はねぇ、やっぱり時間が一番の薬かなって。【担降りしました】さん、元気だして!』
「オレはアイドルを好きになったことがないから、理解しがたい悩みだな」
東雲の回答を聞いた理貴ちゃんが、エビフライを食べながら言う。
「酒井はアイドルが嫌いなのか?」
「単純な好き嫌いの話じゃなく、アイドルや芸能人に恋愛感情がわかないって話だ。綺麗とか可愛いとかは思うけど、恋人になりたいと思ったことは一度もない」
「一度も!? 信じられないでござるよ、酒井殿!」
理貴ちゃんの後ろで飯を食っていた辻󠄀(つじ)が、すごい勢いでふり返り、理貴ちゃんの肩を掴んだ。
辻󠄀は『ござる』口調が特徴の、個性的かつ重度のオタクだ。
しかし明るく積極的な性格で、全国模試では毎回上位に名前が載るくらい頭がいい。
そのため入学直後は周りから引かれていたが、今では『頭よすぎるアニメオタク変人』として認知され、テスト前などにその頭脳を頼りにされている。
「だってオレたち一般人が知ってるのは、芸能人が見せたい面だけだろ。つまりそれって、全然相手のことを知らないってことだ。よく知らない相手のことなんて、俺は好きになれない」
理貴ちゃんらしい考え方で答えだな、と思った。
「ふーむ。酒井殿は人となり重視で、見た目は二の次三の次、なのですな。——有栖川殿はどうでござる? 芸能人を好きになったことはありますかな?」
辻󠄀に話をふられた伊織は、一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに答えた。
「僕は、芸能人にガチ恋したことはない。けど、好きになる気持ちは分からなくもないかな。芸能人って人気商売なわけだから、魅力的なのが当たり前なわけだし」
「有栖川殿はリアリストでござるなー」
辻󠄀の言葉に伊織は「そう?」と首をかしげた後、「そんなことより、ちょっと気になってることがあるんだけど」と続けた。
「気になることって何だよ、伊織」
「さっきの相談者さ、死ぬほど本気だったらしいけど、ちゃんと行動したのかな? と、思って」
「行動、でござるか?」
「うん。ピィたんに、自分の顔と名前覚えてもらえるように、行動したのかなって」
「は?」
俺は弁当を食べる手を止め、伊織を見た。
「認識してもらわなきゃ、相談者はピィたんからしたら、有象無象のファンの一人でしかないわけだろ」
伊織が言いたいことを理解した俺は、わずかに眉を寄せた。
「もし、有象無象状態なのに失恋したと騒いでるなら、努力不足というか、それ以前の話だろって思う。認識してない相手を好きになれるわけがないんだから」
「それはそうでござるが、まず認知してもらうのが難しいでござるよ。ピィたんは何万人もファンがいる、大人気アイドルであるゆえ」
辻󠄀が眉を八の字にし、もっともな反論をする。
「そんなことは分かってる。でも、一方的に知ってる相手とつきあいたいと考えるなら、まずは相手に認知してもらうところからだろ」
「伊織が言ってることは正論だけど、相談者はそういう答えは求めてないと思うなぁ」
俺は箸を置き、水筒の麦茶を飲む。
自分が一方的にアイドルに恋しているだけと理解していても、ショックなものはショックなのだ。
ピィたんはお前のことを知らないんだから、好きになりようがないだろ、なんて正論はお門違い。求めてない。
「ならさ。もし伊織がアイドルにガチ恋したら、トップオタ目指すか芸能界に入るのか?」
「どっちが目的達成しやすいか分からないけど、僕なら芸能界に入るかな。ピィたんの熱愛相手、俳優だし」
「有栖川殿は超行動派でござるな」
「本気で好きなら、行動しない理由がないだろ」
「意外と情熱的なんだな」
理貴ちゃんが感心した様子で伊織を見る。
「俺は伊織みたいなイケメンじゃないから、もし俺がアイドルにガチ恋したら……マネージャーとか、テレビ局に勤めるとか、ライブ関係者とかを目指すか? でも裏方スタッフじゃ、望み薄そうだよなぁ」
俺は肩をすくめ、箸を持ち直す。
「アイドルだって人間だから、恋人選ぶなら、不細工よりイケメンの方がいいだろうしなぁ」
俺が唐揚げを箸で刺すと、伊織が反論してきた。
「アイドルだって、普通顔の芸人やスポーツ選手と結婚したりもしてるぞ」
「そりゃ美貌につりあう才能を持ってたら、話は別だって」
逆に言えば、たいした才能を『持っていない』奴は、『持っている』人には選ばれないってこと。
だから常に平均的な俺は、きっと俺と同じような平凡な人と恋人になって、結婚するんだろうな。
「ま、誰でも何らかしらの魅力を相手に感じなきゃ、好きにはならないだろうよ」
理貴ちゃんの発言に、俺は苦い過去を思い出す。
俺は小六の夏、クラスで一番可愛い女子に初恋をした。
その子とは普段からよく話してて仲良くて、お互い嫌いじゃなかったと思う。
だから「もしかしたらイケるんじゃ?」と俺は思い、人生初告白をしたんだけど。
女子の返事は、「山本くんはいい人だけど、それ以上には思えないから、ごめんなさい」だった。
俺が告白した翌月、その子が隣のクラスのイケメンとつきあい始めたのを知った時、一瞬にして顔から血の気が引いたのを、今も覚えている。
中学の時にちょっとイイなと思った美人も、高校生のイケメンとつきあってたし、美少年な東雲も美人双子とつきあっている。理貴ちゃんが過去に半年だけつきあった女子も、キレイカワイイ子だった。
つまり世界ってそういう風にできているのだと悟って以降、俺は恋をしなくなったから、俺の恋愛偏差値は低いままだ。
これってあまりよくないことだと思うけど、恋はしようと思ってできるものじゃないから、どうしようもない。