購買事件の翌朝。
伊織とはケンカしっぱなしだが、俺は昨日と同じように、奴のマンションへ向かって歩いていた。
担任からの、「これから文化祭が終わるまで毎朝、有栖川を家まで迎えに行くように」命令なんて、正直無視したかった。
でも内申点のことや、来年も理貴ちゃんと同じクラスになりたいし……と考え、仕方なく迎えに行っている。
でもなぁ……三文安王有栖川伊織は俺の迎えなんて、待ってないんじゃね?「迎えに行ったけど、いませんでした」ってオチだと思うなぁ。
この角を曲がれば、マンションの出入口が見えるわけだけど——
「あ」
俺は慌ててマンションの影に隠れた。
スラリとした長身、整った横顔、栗色の髪。
マンション前に叢雲高校の制服を着て立っているのは、間違いなく伊織だった。
俺は伊織にバレないように、目から上だけを建物の影から出して覗く。
伊織はスマホを見たり、腕時計を見たり、キョロキョロしたりして、俺を待っているように見える。
「……しゃーない」
俺は小さく息を吐いてから、マンションの影から出た。
思い出してしまったのだ。理貴ちゃん以外、ろくに友達がいなかったころの、幼い自分を。
「よく来たな、お前……」
近づいてきた俺に気がついた伊織が、驚いた様子で言った。
「担任に頼まれてるからな。……学校行くぞ」
俺は伊織から視線をそらし、奴の前を通って学校へ向かおうとした。
「——昨日は悪かった」
伊織から三歩すぎたところで、三文安王が殊勝な声でそんなことを言ったものだから、俺はつんのめるようにして立ち止まり、勢いよくふり返って奴を見た。
「昨日、家帰ってから考えた」
うつ向いている伊織は決まりが悪そうに、何もない地面をスニーカーのつま先で数度蹴った。
「……颯太は僕の友達だから、僕の今後のことを考えて、注意してくれたんだよな?」
「そうだな」
友達という名の世話係、が正しいけど。
「僕は、たくさん友達を作りたい」
「たくさんって、百人くらい?」
「具体的な人数は決めてないけど——とにかくだ! そういうことだから颯太は『友達兼家来』じゃなく、『友達』にしてやる!」
反省はしたようだが、相変わらず『偉そう』はご顕在ですね。
けどまぁ、これが今の伊織にとって精一杯なんだろう。
人間、そうそう急には変われない。
「俺だけじゃなく、『友達になりたい、友達で居続けたい』と思う相手には、家来よばわりはやめた方がいい、と忠告しとく」
「今は颯太だけだし……友達……」
「そっか。じゃぁまぁ、とりま覚えとく方向でヨロ」
「分かった」
伊織はようやく頭を上げ、真剣な表情でうなずいた。
コイツって、こういうところは真面目で素直なんだよなぁ。厄介な奴だけど、打てばちょっとは響く、見捨てづらい奴。
「昨日は俺も頭ごなしに言いすぎたかも。でも購買のオバチャンの厚意に対して、伊織が図々しすぎたのはマジで超ダメ。だから今日昼飯食った後、一緒にオバチャンのとこへ謝りに行くぞ」
「え? 昨日謝ったのに?」
「昨日謝ったのは俺で、伊織は謝ってねーじゃん」
「……僕の友達の颯太が謝ったんだから、それでよくないか?」
「よくねーよ! 自分が失礼なことやらかした相手には、自分で謝らなきゃ意味ないから!」
「……仕方ないなぁ。分かったよ」
渋々、といった感じだが、伊織が首を縦にふる。
昨日なら俺がいくら説得兼説教をしようが、伊織は「僕が謝る意味が分からない!」とか言って、謝罪拒否されて終わっていただろう。
だけど一晩考えて悩んで、少しだけど、伊織も変わったんだ。
故郷の大人たちに甘やかされまくったお坊っちゃんだけど、コイツは根まで腐っている奴じゃない。
素直な部分もあるし、反省できるなら、伊織のワガママな性格を矯正できる余地はある……か?
それなら、文化祭が終わるまでの約一ヶ月半くらいなら、俺も頑張ってみるか。
一人ぼっちって、しんどいもんな。
経緯はかなり違うけど、俺もぼっちになるかも!? な危機が昔あったから、そこは分かるし。
*
「伊織って部活入ってんの?」
「入ってない。颯太は何部に入ってるんだっけ?」
「野球部。伊織もお試しで入ってみる?」
「汗臭いのは嫌だ」
「うち男子高で女子いないし、汗臭くてもみんな気にしてないから、気にすんなよ。夏だし、臭いのは自然の摂理だろ」
「臭いのは、一年中いつでも嫌だろ。気にしろよ」
俺と伊織は下らない会話をしつつ、途中でコンビニに寄って伊織の昼飯を買い、登校した。
「山っちとイオリン、おっはよー!」
教室に入ると東雲が真っ先に気づき、俺たちに挨拶してきた。
「はよ、東雲」
「仲直りしたんだ」
「おはよう、カオリン。まぁね」
伊織が照れ気味に返事をした時、「颯ちゃん、おはよ」と言い、理貴ちゃんが教室へ入ってきた。
「理貴ちゃん、おは!」
「おはよう、酒井」
俺に続いて伊織が、少しだけ緊張した面持ちで理貴ちゃんに挨拶をする。
理貴ちゃんはすげーいい奴なんだけど、全体的にいかついから、慣れてないと威圧感あるだろうからな。
「おはよ。——なぁ有栖川。今週の日曜、暇か?」
え!? 理貴ちゃんてば、伊織にどういったご用事!?
「暇かどうかは、内容次第だな」
「野球部の練習試合があるんだが、一緒に見に行かないか?」
あ、なるほど。じゃなくて——
「しょぼい練習試合なのに、応援に来てくれんの?」
「俺が出場した夏の大会、颯ちゃん応援に来てくれただろ」
「そりゃ親友が県大会まで進んだんだから、応援しに行くっしょ。当たり前じゃん」
県大会と弱小校同士の練習試合じゃ、格が違いすぎるだろ。というか理貴ちゃん、律儀すぎる。
「三年生が夏終わって抜けたってことは、颯ちゃんも試合に出られるんじゃないかと思って」
「お前、試合に出るのか?」
伊織が腕を組み、聞いてきた。
「二年生がいるからレギュラーは無理だけど、監督が『一年にも試合経験積ませたい』と言ってたから、ちょっとくらいは出られるかも? 約束はできないけど」
「ふーん。なら、おれも見に行ってみようかな。イオリンも一緒に行こ?」
東雲が伊織の制服の袖口を引っぱり、誘う。
伊織は考えるように視線をさまよわせた後、「考えておく」と、行く気度低めな返事をした。
「そうか。行く気になったら、オレか東雲に言ってくれ」
理貴ちゃんがこう話をしめたところで、渡辺が「入口でたまってんじゃねーよ。邪魔!」と現れたので、俺たちは各自の席へ散った。といっても伊織以外、入口近くの席なんだけど。
「伊織を誘うとは思わなかった」
伊織が窓際一番後ろの席に座ったのを見届けてから、俺は後ろの席の理貴ちゃんに小声で言う。
「協力するって言っただろ」
理貴ちゃんはリュックから教科書などを取り出しながら、さらりと答える。
うわー! やっぱ理貴ちゃんはカッコよくて頼りになる、最高の親友だぜ!
伊織とはケンカしっぱなしだが、俺は昨日と同じように、奴のマンションへ向かって歩いていた。
担任からの、「これから文化祭が終わるまで毎朝、有栖川を家まで迎えに行くように」命令なんて、正直無視したかった。
でも内申点のことや、来年も理貴ちゃんと同じクラスになりたいし……と考え、仕方なく迎えに行っている。
でもなぁ……三文安王有栖川伊織は俺の迎えなんて、待ってないんじゃね?「迎えに行ったけど、いませんでした」ってオチだと思うなぁ。
この角を曲がれば、マンションの出入口が見えるわけだけど——
「あ」
俺は慌ててマンションの影に隠れた。
スラリとした長身、整った横顔、栗色の髪。
マンション前に叢雲高校の制服を着て立っているのは、間違いなく伊織だった。
俺は伊織にバレないように、目から上だけを建物の影から出して覗く。
伊織はスマホを見たり、腕時計を見たり、キョロキョロしたりして、俺を待っているように見える。
「……しゃーない」
俺は小さく息を吐いてから、マンションの影から出た。
思い出してしまったのだ。理貴ちゃん以外、ろくに友達がいなかったころの、幼い自分を。
「よく来たな、お前……」
近づいてきた俺に気がついた伊織が、驚いた様子で言った。
「担任に頼まれてるからな。……学校行くぞ」
俺は伊織から視線をそらし、奴の前を通って学校へ向かおうとした。
「——昨日は悪かった」
伊織から三歩すぎたところで、三文安王が殊勝な声でそんなことを言ったものだから、俺はつんのめるようにして立ち止まり、勢いよくふり返って奴を見た。
「昨日、家帰ってから考えた」
うつ向いている伊織は決まりが悪そうに、何もない地面をスニーカーのつま先で数度蹴った。
「……颯太は僕の友達だから、僕の今後のことを考えて、注意してくれたんだよな?」
「そうだな」
友達という名の世話係、が正しいけど。
「僕は、たくさん友達を作りたい」
「たくさんって、百人くらい?」
「具体的な人数は決めてないけど——とにかくだ! そういうことだから颯太は『友達兼家来』じゃなく、『友達』にしてやる!」
反省はしたようだが、相変わらず『偉そう』はご顕在ですね。
けどまぁ、これが今の伊織にとって精一杯なんだろう。
人間、そうそう急には変われない。
「俺だけじゃなく、『友達になりたい、友達で居続けたい』と思う相手には、家来よばわりはやめた方がいい、と忠告しとく」
「今は颯太だけだし……友達……」
「そっか。じゃぁまぁ、とりま覚えとく方向でヨロ」
「分かった」
伊織はようやく頭を上げ、真剣な表情でうなずいた。
コイツって、こういうところは真面目で素直なんだよなぁ。厄介な奴だけど、打てばちょっとは響く、見捨てづらい奴。
「昨日は俺も頭ごなしに言いすぎたかも。でも購買のオバチャンの厚意に対して、伊織が図々しすぎたのはマジで超ダメ。だから今日昼飯食った後、一緒にオバチャンのとこへ謝りに行くぞ」
「え? 昨日謝ったのに?」
「昨日謝ったのは俺で、伊織は謝ってねーじゃん」
「……僕の友達の颯太が謝ったんだから、それでよくないか?」
「よくねーよ! 自分が失礼なことやらかした相手には、自分で謝らなきゃ意味ないから!」
「……仕方ないなぁ。分かったよ」
渋々、といった感じだが、伊織が首を縦にふる。
昨日なら俺がいくら説得兼説教をしようが、伊織は「僕が謝る意味が分からない!」とか言って、謝罪拒否されて終わっていただろう。
だけど一晩考えて悩んで、少しだけど、伊織も変わったんだ。
故郷の大人たちに甘やかされまくったお坊っちゃんだけど、コイツは根まで腐っている奴じゃない。
素直な部分もあるし、反省できるなら、伊織のワガママな性格を矯正できる余地はある……か?
それなら、文化祭が終わるまでの約一ヶ月半くらいなら、俺も頑張ってみるか。
一人ぼっちって、しんどいもんな。
経緯はかなり違うけど、俺もぼっちになるかも!? な危機が昔あったから、そこは分かるし。
*
「伊織って部活入ってんの?」
「入ってない。颯太は何部に入ってるんだっけ?」
「野球部。伊織もお試しで入ってみる?」
「汗臭いのは嫌だ」
「うち男子高で女子いないし、汗臭くてもみんな気にしてないから、気にすんなよ。夏だし、臭いのは自然の摂理だろ」
「臭いのは、一年中いつでも嫌だろ。気にしろよ」
俺と伊織は下らない会話をしつつ、途中でコンビニに寄って伊織の昼飯を買い、登校した。
「山っちとイオリン、おっはよー!」
教室に入ると東雲が真っ先に気づき、俺たちに挨拶してきた。
「はよ、東雲」
「仲直りしたんだ」
「おはよう、カオリン。まぁね」
伊織が照れ気味に返事をした時、「颯ちゃん、おはよ」と言い、理貴ちゃんが教室へ入ってきた。
「理貴ちゃん、おは!」
「おはよう、酒井」
俺に続いて伊織が、少しだけ緊張した面持ちで理貴ちゃんに挨拶をする。
理貴ちゃんはすげーいい奴なんだけど、全体的にいかついから、慣れてないと威圧感あるだろうからな。
「おはよ。——なぁ有栖川。今週の日曜、暇か?」
え!? 理貴ちゃんてば、伊織にどういったご用事!?
「暇かどうかは、内容次第だな」
「野球部の練習試合があるんだが、一緒に見に行かないか?」
あ、なるほど。じゃなくて——
「しょぼい練習試合なのに、応援に来てくれんの?」
「俺が出場した夏の大会、颯ちゃん応援に来てくれただろ」
「そりゃ親友が県大会まで進んだんだから、応援しに行くっしょ。当たり前じゃん」
県大会と弱小校同士の練習試合じゃ、格が違いすぎるだろ。というか理貴ちゃん、律儀すぎる。
「三年生が夏終わって抜けたってことは、颯ちゃんも試合に出られるんじゃないかと思って」
「お前、試合に出るのか?」
伊織が腕を組み、聞いてきた。
「二年生がいるからレギュラーは無理だけど、監督が『一年にも試合経験積ませたい』と言ってたから、ちょっとくらいは出られるかも? 約束はできないけど」
「ふーん。なら、おれも見に行ってみようかな。イオリンも一緒に行こ?」
東雲が伊織の制服の袖口を引っぱり、誘う。
伊織は考えるように視線をさまよわせた後、「考えておく」と、行く気度低めな返事をした。
「そうか。行く気になったら、オレか東雲に言ってくれ」
理貴ちゃんがこう話をしめたところで、渡辺が「入口でたまってんじゃねーよ。邪魔!」と現れたので、俺たちは各自の席へ散った。といっても伊織以外、入口近くの席なんだけど。
「伊織を誘うとは思わなかった」
伊織が窓際一番後ろの席に座ったのを見届けてから、俺は後ろの席の理貴ちゃんに小声で言う。
「協力するって言っただろ」
理貴ちゃんはリュックから教科書などを取り出しながら、さらりと答える。
うわー! やっぱ理貴ちゃんはカッコよくて頼りになる、最高の親友だぜ!
