有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

俺と伊織が話しながら教室へ入った瞬間。
「おはー、山本。……ん?」
「山本、おはよう。——って、有栖川?」
「あれ? お前ら仲良かったっけ?」
予想通り、クラスメイトたちの視線を釘付け★——と、ふざけている場合じゃない。
そりゃ昨日まで接点が『同じクラス』なだけだった二人が、突然一緒に仲良く登校してきたら、面倒臭い方向で注目されるよな。
「えー! マジー!? 山本と有栖川、一緒に登校してきたってマジー?」
教室の真ん中あたりで友達としゃべっていた渡辺が、軽薄かつバカデカい声で聞いてきた。
「おう」
面倒臭いけど想定内、と俺は心の中でつぶやき、きわめていつも通りを装ってうなずく。
「酒井と一緒じゃないなんて珍しー。有栖川といつの間に友達になったん?」
渡辺がクラスメイトたちの間を通り、俺と有栖川へ近づいてくる。
「珍しくないし。理貴ちゃんは水泳部の朝練出てるから、もうすぐしたら来るんじゃね?」
俺が所属する野球部は、顧問のやる気がなくて夕練だけだが、水泳部はちゃんと(?)朝練があるのだ。
「そういやそうか。で、いつの間に有栖川と友達になったんだよ?」
渡辺は好奇心の中にひそむ悪意を隠さず、ニヤニヤ笑う。あーぁ、無駄にイキる、声のデカい三下の相手面倒臭ぇ……。
「おい。お前の名前って何だっけ?」
俺が渡辺に「いつだと思う?」とふざけた返事をするより早く、伊織が渡辺に聞いた。
突然名前を聞かれた渡辺は、目をしばたたかせて「ふぇ?」と変な声を出した。
「どうしても思い出せないんだ」
「わ、渡辺だけど……」
クラスメイトたちが俺たちをガン見しながらザワつく中、渡辺がぎこちなく答えた。
すると品の良い笑みを浮かべた伊織が、ハキハキと渡辺の質問に答えた。
「おはよう、渡辺。僕と颯太は昨日から友達になった」
「ふ、ふーん、そうかよ……」
想定外の問答に、毒気を抜かれてしまった渡辺が細い声で言うと、オーディエンスがどっと笑った。
「おはよ、山っち! 入口に突っ立ってないで中入って!」
渡辺が頭をかきながら元いた場所に戻っていくのを見ていると、後ろから東雲にタックルされた。
「あっぶね、コケるだろうが!——おはよ、東雲と理貴ちゃん」
「おはよう、颯ちゃん」
ふり返ると東雲の後ろに理貴ちゃんがいて、親友の顔を見ただけで、俺は心が安らぐのを感じた。
「今日、有栖川と一緒に来たの?」
「ああ」
俺は東雲の質問に答え、首をひねって教室側へ顔を向けた。
有栖川はいつの間にか彼の席である、窓際一番後ろの席に座り、リュックの中から教科書などを取り出して机の中に入れていた。
「任務お疲れ様」
「理貴ちゃんも朝練、お疲れ様」
俺も自分の席にリュックを下ろす。
まったく物怖じしない伊織すごい——ではなく、さっき伊織は渡辺に名前を聞き、みよじを呼んでから挨拶した。
つまり伊織は登校中に俺が言った、「クラスのみんなのことは、『お前』じゃなく、みよじで呼べよ」というアドバイスを聞き入れ、さっそく実践したってことだ。

*

一時間目は生物の授業で、理科室へ移動しなきゃいけない。
「伊織、行くぞ」
俺が声をかけると伊織は嬉しそうに「ああ」と言い、俺たちのグループにまざった。
俺、理貴ちゃん、東雲、伊織の四人で廊下を歩く。
「ねぇ、リッキー。理科室って何階だっけ?」
「三階」
「酒井、よく覚えてるな」
「普通だろ」
臆することなく伊織は会話に加わり、理貴ちゃんをみよじで呼ぶ。
家来呼びや渡辺の件で無いと予想してはいたが、伊織に人見知り要素は全然ないようだ。
「有栖川のこと、イオリンって呼んでいい?」
「僕がイオリンなら、お前——じゃなく東雲はカオリンか?」
「いいよ、おれのことカオリンって呼んで」
「女子みたいだな」
「リッキー、それは偏見じゃない?」
「偏見か?——颯ちゃん、一人でにやにやしてどうした? 何かいいことでもあったか?」
「ううん、別に」
さすが天然コミュ強東雲! だし、伊織も王様ぶらず会話できて偉い!
昨日俺を家来呼びし、頓珍漢な会話を繰り広げていた奴とは思えないくらい、グッドコミュニケーション。
うん、いい感じじゃん!

*

二時間目は、担任が担当している教科の体育だった。
ここで担任が俺と伊織を、積極的かつ強制的にペアにしたことで、クラスメイトたちは「山本は有栖川の世話係にさせられたんだ」と理解したらしく、不思議がる視線を向けられることはなくなった。
王様キャラだった伊織があまり偉ぶらず、俺たちと会話しているのを見て、数人のクラスメイトが伊織に短く他愛ない会話をふってきた。
伊織もそれに対し、短く無難に返していたので、俺は心の中で小さくガッツポーズした。
やっぱり伊織は、田舎出身であることを隠そうとして、変な方向に空回っていただけだったんだ。それに改善点を教えたら、すぐにちゃんと直した。
この調子なら、一週間以内に俺たち以外の友達ができて、俺の世話係生活も早々に終了なのでは?
——と思っていたのだが、現実はそう甘くないことを、俺は昼休みに思い知ることになる。