「今の俺、絶対キモい顔になってる気がする」
「そうなのか?」
「こんな状態で学校行ったら、絶対みんなに『何があったんだ?』って聞かれる。伊織とつきあいだしたこと、即バレしそうでヤだ」
「僕は別にバレてもいいけど?」
「俺的には、そのうちバレるのは仕方ないとあきらめられるけど、こんなすぐにバレるのは嫌だ」
「じゃあ、一時間目サボろう」
伊織の驚きの提案に、俺は顔をおおっていた手を下ろし、「は!?」と叫んでしまった。
「今日の一時間目は、担任の体育だし。担任には、問題児の僕が『学校行きたくない』と駄々をこねたから、とでも言えばいい」
「お前、それで通ると思ってんの?」
「僕なら通る」
それでいいのか? と思う反面、妙な説得力があって、「そうか? そうかも?」と俺は納得してしまう。
まぁダメそうなら、「まだ俺体調が回復してなくて……伊織も心配してついててくれて……」とでも言おう。
「でも、サボるといってもどこ行くよ? 街フラついてたら、補導されるかもだぞ?」
「僕の家でいいだろ」
伊織は背後に建つマンションを指差し、事もなげに言う。
「僕は一人暮らしだし、叔父さんたちは昨日から旅行に行ってる。今サボっても、注意してくる奴はいない」
ひ、一人暮らししている恋人の家に、恋人と二人きり……だと!?
「……ぁ」
「何だ?」
「いや、その……」
自分の顔の温度が、急上昇していくのが分かる。
「そんな、もう? 清いおつきあい、一瞬で終わるのか……」
「ん? どういうこと?」
クソッ、伊織め! 分かっていないふりをして、俺に言わそうとしているな?
「どういうことって……お前の家で、二人きりってことは……」
俺が言い淀んでいると、伊織の口元がゆっくりと弧を描いた。
「——うん、そうだなよな。僕たち、恋人だもんな」
伊織が俺の耳元へ口を寄せ、囁くように言った。
「だから、それくらいはしてもいいだろ?」
「何を!?」
何を、なんて分かっているんだけど、俺は思わずエビみたいに後ろへ飛び退った。
すると伊織はそんな俺を見てプッと吹き出し、腹を抱えて笑いながら言った。
「何って、アハハ! 一時間目サボって一緒にいるくらい!」
「……ッ!」
ようやく俺だけが勝手に、いやらしい方向へ話を飛躍させていたことに気がついた。
「そ、そうだよな!」
慌ててとりつくろうも、時既に遅し。
「颯太のバーカ! エーロ!」
「うるせえ!」
「脳みそピンク!」
「言うな!」
「スケベ野郎!」
「伊織がまぎらわしい言い方するからだろ!」
早合点した自分が悪いのは分かっているが、いたたまれなさすぎて俺は、「サボるのはなし! 学校行くぞ!」と言って歩きだす。
「ごめん、颯太。からかいすぎた」
数歩進んだところで、伊織が俺の右手首を掴み、俺を引き止める。
「体育ダルいから、一緒にサボろ?」
ふり返ると、伊織が眉を八の字にし、申し訳なさそうな顔をしていた。
「仕方ねぇな」
俺はちょっとだけ肩をすくめ、苦笑い。
伊織のこういうところ、可愛いんだよなぁー。なんて思って許してしまう俺は、たぶんダメ彼氏。でも本当に可愛いんだから、つい許しちゃうのも仕方なくない?
そういえば昨日、伊織が『僕にとっては、颯太がオパールなんだよ』と言った時も、伊織は俺の右手首を掴んだな。
あの時俺は、俺を掴む伊織の手が何だか怖く感じて、すぐさまその手をふり払ってしまったけれど。
「ほーんと、マジで仕方ない奴だよ。俺もお前も」
昨日のことへの謝罪というわけではないけれど、俺は掴まれていない方の手を、伊織へ伸ばす。
そして俺は、空いている方の伊織の手を、指をからめた恋人つなぎで握った。
「え!?」
伊織が目を丸くする。
「『え!?』じゃねぇよ」
俺がからかい口調で言えば、伊織は信じられないものを見る目で、恋人つなぎされた手と俺の顔を交互に見た。
「……そうだな。僕らは、仕方のない奴らだ」
伊織が頬をほんのり赤く染めてはにかむのを見て、俺も自分がしたことに今更照れてしまう。
「颯太」
ただ優しく名前を呼ばれただけなのに、俺の胸が甘く高鳴る。
名前なんて今まで何回も呼ばれてきたのに、今までとは全然違う響きで聞こえる。
恋人から呼ばれる自分の名前って、こんなにも特別に聞こえるのか。——それって、俺の恋人も同じだったりする?
「何だよ、伊織」
「呼んでみただけ」
幸せそうに答える伊織に、たぶん一緒だなと感じ、俺は嬉しくなった。
「そうかよ」
「うん。——僕ん家、行こっか」
俺たちは手をつないだまま、マンションのエントランスへ入った。
「僕たちつきあいだしたわけだけど、これから何する?」
エレベーターを待っていると、伊織が聞いてきた。
「何するって……一緒に登下校したり、休みの日に遊んだりすりゃいいんじゃね?」
「今までとだいたい同じだな」
「同じじゃねーよ。友達とこんな手のつなぎ方は、しないだろ」
俺がつないだ手を持ち上げると、伊織は「それはそう」と言って微笑んだ後、キラキラと目を輝かせてとんでもないことを言った。
「じゃあ、部屋に着いたら、キスしていい?」
「バカ! 『じゃあ』じゃねーし、スケベはお前じゃねーか!」
また顔が熱くなるのを感じながら俺が言うと、伊織はつないだ手にぐっと力を込め、反論してきた。
「違うし!」
「違わねーよ! さっき俺が誤解したことを、したいと言ってきたんだから、スケベなんだよ!」
「恋人なんだからいいだろ」
「まだつきあい始めてから、十分もたってないんだぞ!?」
「時間なんて関係ないしー」
「あるわ!」
朝のマンションに、俺たちの声が響く。
伊織の部屋へ行く途中、マンション住人と二人くらいすれ違った気がするけど、どう思われたかなんて気にならなかった。
「理貴ちゃんと東雲には、遅れて行くって連絡しとくか」
「僕も辻󠄀に連絡しとこ」
俺と手をつないで歩く、見目麗しいが、ワガママなお坊っちゃま。
俺はもうコイツの世話係じゃなく、ただの友達でもなく、恋人なんだよな。
嬉しいな、幸せだな! という感情と一緒に、照れも強く襲ってきて、俺はうつ向いてしまう。
「颯太、何ニヤニヤしてるんだ? エッチなこと考えてるのか?」
「絶対に違ぇよ!」
好きな相手と恋人同士になれて、とってもとってもハッピー!
だけど、早く慣れないと心臓がもたないことと、伊織ってこういう奴だよな! ということに、俺は気づく。
有栖川伊織の隣にいることは、引き続き前途多難なようだ。
*END*
「そうなのか?」
「こんな状態で学校行ったら、絶対みんなに『何があったんだ?』って聞かれる。伊織とつきあいだしたこと、即バレしそうでヤだ」
「僕は別にバレてもいいけど?」
「俺的には、そのうちバレるのは仕方ないとあきらめられるけど、こんなすぐにバレるのは嫌だ」
「じゃあ、一時間目サボろう」
伊織の驚きの提案に、俺は顔をおおっていた手を下ろし、「は!?」と叫んでしまった。
「今日の一時間目は、担任の体育だし。担任には、問題児の僕が『学校行きたくない』と駄々をこねたから、とでも言えばいい」
「お前、それで通ると思ってんの?」
「僕なら通る」
それでいいのか? と思う反面、妙な説得力があって、「そうか? そうかも?」と俺は納得してしまう。
まぁダメそうなら、「まだ俺体調が回復してなくて……伊織も心配してついててくれて……」とでも言おう。
「でも、サボるといってもどこ行くよ? 街フラついてたら、補導されるかもだぞ?」
「僕の家でいいだろ」
伊織は背後に建つマンションを指差し、事もなげに言う。
「僕は一人暮らしだし、叔父さんたちは昨日から旅行に行ってる。今サボっても、注意してくる奴はいない」
ひ、一人暮らししている恋人の家に、恋人と二人きり……だと!?
「……ぁ」
「何だ?」
「いや、その……」
自分の顔の温度が、急上昇していくのが分かる。
「そんな、もう? 清いおつきあい、一瞬で終わるのか……」
「ん? どういうこと?」
クソッ、伊織め! 分かっていないふりをして、俺に言わそうとしているな?
「どういうことって……お前の家で、二人きりってことは……」
俺が言い淀んでいると、伊織の口元がゆっくりと弧を描いた。
「——うん、そうだなよな。僕たち、恋人だもんな」
伊織が俺の耳元へ口を寄せ、囁くように言った。
「だから、それくらいはしてもいいだろ?」
「何を!?」
何を、なんて分かっているんだけど、俺は思わずエビみたいに後ろへ飛び退った。
すると伊織はそんな俺を見てプッと吹き出し、腹を抱えて笑いながら言った。
「何って、アハハ! 一時間目サボって一緒にいるくらい!」
「……ッ!」
ようやく俺だけが勝手に、いやらしい方向へ話を飛躍させていたことに気がついた。
「そ、そうだよな!」
慌ててとりつくろうも、時既に遅し。
「颯太のバーカ! エーロ!」
「うるせえ!」
「脳みそピンク!」
「言うな!」
「スケベ野郎!」
「伊織がまぎらわしい言い方するからだろ!」
早合点した自分が悪いのは分かっているが、いたたまれなさすぎて俺は、「サボるのはなし! 学校行くぞ!」と言って歩きだす。
「ごめん、颯太。からかいすぎた」
数歩進んだところで、伊織が俺の右手首を掴み、俺を引き止める。
「体育ダルいから、一緒にサボろ?」
ふり返ると、伊織が眉を八の字にし、申し訳なさそうな顔をしていた。
「仕方ねぇな」
俺はちょっとだけ肩をすくめ、苦笑い。
伊織のこういうところ、可愛いんだよなぁー。なんて思って許してしまう俺は、たぶんダメ彼氏。でも本当に可愛いんだから、つい許しちゃうのも仕方なくない?
そういえば昨日、伊織が『僕にとっては、颯太がオパールなんだよ』と言った時も、伊織は俺の右手首を掴んだな。
あの時俺は、俺を掴む伊織の手が何だか怖く感じて、すぐさまその手をふり払ってしまったけれど。
「ほーんと、マジで仕方ない奴だよ。俺もお前も」
昨日のことへの謝罪というわけではないけれど、俺は掴まれていない方の手を、伊織へ伸ばす。
そして俺は、空いている方の伊織の手を、指をからめた恋人つなぎで握った。
「え!?」
伊織が目を丸くする。
「『え!?』じゃねぇよ」
俺がからかい口調で言えば、伊織は信じられないものを見る目で、恋人つなぎされた手と俺の顔を交互に見た。
「……そうだな。僕らは、仕方のない奴らだ」
伊織が頬をほんのり赤く染めてはにかむのを見て、俺も自分がしたことに今更照れてしまう。
「颯太」
ただ優しく名前を呼ばれただけなのに、俺の胸が甘く高鳴る。
名前なんて今まで何回も呼ばれてきたのに、今までとは全然違う響きで聞こえる。
恋人から呼ばれる自分の名前って、こんなにも特別に聞こえるのか。——それって、俺の恋人も同じだったりする?
「何だよ、伊織」
「呼んでみただけ」
幸せそうに答える伊織に、たぶん一緒だなと感じ、俺は嬉しくなった。
「そうかよ」
「うん。——僕ん家、行こっか」
俺たちは手をつないだまま、マンションのエントランスへ入った。
「僕たちつきあいだしたわけだけど、これから何する?」
エレベーターを待っていると、伊織が聞いてきた。
「何するって……一緒に登下校したり、休みの日に遊んだりすりゃいいんじゃね?」
「今までとだいたい同じだな」
「同じじゃねーよ。友達とこんな手のつなぎ方は、しないだろ」
俺がつないだ手を持ち上げると、伊織は「それはそう」と言って微笑んだ後、キラキラと目を輝かせてとんでもないことを言った。
「じゃあ、部屋に着いたら、キスしていい?」
「バカ! 『じゃあ』じゃねーし、スケベはお前じゃねーか!」
また顔が熱くなるのを感じながら俺が言うと、伊織はつないだ手にぐっと力を込め、反論してきた。
「違うし!」
「違わねーよ! さっき俺が誤解したことを、したいと言ってきたんだから、スケベなんだよ!」
「恋人なんだからいいだろ」
「まだつきあい始めてから、十分もたってないんだぞ!?」
「時間なんて関係ないしー」
「あるわ!」
朝のマンションに、俺たちの声が響く。
伊織の部屋へ行く途中、マンション住人と二人くらいすれ違った気がするけど、どう思われたかなんて気にならなかった。
「理貴ちゃんと東雲には、遅れて行くって連絡しとくか」
「僕も辻󠄀に連絡しとこ」
俺と手をつないで歩く、見目麗しいが、ワガママなお坊っちゃま。
俺はもうコイツの世話係じゃなく、ただの友達でもなく、恋人なんだよな。
嬉しいな、幸せだな! という感情と一緒に、照れも強く襲ってきて、俺はうつ向いてしまう。
「颯太、何ニヤニヤしてるんだ? エッチなこと考えてるのか?」
「絶対に違ぇよ!」
好きな相手と恋人同士になれて、とってもとってもハッピー!
だけど、早く慣れないと心臓がもたないことと、伊織ってこういう奴だよな! ということに、俺は気づく。
有栖川伊織の隣にいることは、引き続き前途多難なようだ。
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