有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

俺は釈然としない気持ちのまま、歯をみがいてから自室へ戻った。
部屋の明かりをつけた時、すぐ近くにあるミニタンスの上に並べた石たちが目に入った。
水晶、アメジスト、ラピスラズリ――母さんから借りているオパールの指輪。
俺はミニタンスの前に立ち、オパールの指輪をつまみ上げて見つめる。
『僕にとっては、颯太がオパールなんだよ』
『ダイヤモンドの方が高いとか、人気があるとか、そんなこと好きって気持ちには関係ない』
『僕が惹かれて好きになったのが颯太だから、颯太が一番いいって言ってんの』
今日ここで伊織が言っていた言葉たちが、頭の中でリフレインし、きらめく。
「……ばぁか」
あー、もう! 俺って本当にバカすぎてどうしようもない!
あの時は、伊織が何を言っているのか分からなかった。でも今なら分かる。
俺はダイヤモンドと比べたら、値段が安くて人気も低い、オパールが好きだ。
何故好きなのかというと、俺が一番綺麗だと感じて、俺が一番好きだと思ったから。単純に、それだけのこと。
オパールがダイヤモンドより安いとか、ダイヤモンドの方が人気が高いなどの情報は、ただの宝石市場情報。
俺の『オパールが好き』という気持ちとは関係のない、別カテゴリーの話。
伊織が美形で、俺が平凡だというのも、ただの外見情報。お互いに一目惚れじゃないんだから、好き嫌いには大きく直結していない情報。
色々と小難しく理屈をこねたが、好きなものは好き! ということ。
「……なんだよ」
目と胸の奥が、じわじわ熱くなってくる。
小六の時、俺が告白した女子は俺をフッて、隣のクラスのイケメンとつきあった。
まぎれもない事実ではあるが、その子が隣のクラスのイケメンのどこを好きでつきあったのか、俺は知らない。
俺は勝手に「イケメンは顔がいいから選ばれた」と思っていたが、本当は優しさに惹かれて、だったのかもしれない。いや、もしかしたら面白さだったのかもしれないし、包容力だったのかもしれないし、はたまた足が速いからだったのかもしれない。
要は俺は小六から今までずっと、頭では「仕方ない」と理解を示しつつも、心の底ではフラれたのが納得できていなかったんだ。
だからいかにもそれっぽい理由を探し、自分に理解できる形におさめることで、「それなら仕方ない」と無理矢理己を納得させていたのだ。
「はぁぁぁー……」
自分の愚かさと情けなさ具合に、俺は大きなため息をつき、しゃがみこむ。
間違いに気づけたんだから、とうの昔に終わったことを、ゾンビみたいに引きずるのはもうやめよう。でも。
「穴があったら入りたい……」
俺は体育座りして、膝に額をつける。
情けない。恥ずかしい。馬鹿すぎる。そして、なんてもったいないことをしたんだ、俺!
伊織は俺のことが好きで、俺も伊織のことが好きで、両思いで、伊織が勇気を出して告白してくれたのに!
俺は歪んだ価値観でそれを否定して、「お前が俺を好きなのはおかしい」なんて言って!
そりゃ伊織が泣いて怒って帰るのも当然だし、百年の恋だって冷める理由に十分なりますヨネ……。
「……死にたい」
死ぬ勇気なんてないし、死なないけど。
俺は立ち上がってベッドまで歩き、倒れ込む。
タオルケットに顔を押しつけたまま、しばらく動けなかった。
でも、立ち止まったままでは何も変わらない、ということを俺は知っている。
俺はノロノロとベッドから身を起こす。
伊織はもう俺のことなんて、歪んだルッキズムのクソボケとしか思っていないかもしれないが、万が一ってこともある。
俺はあきらめが悪い奴なので、その万が一に賭けたい。
いや、万が一すらなく、可能性ゼロだったとしても、伝えたい。
「……好きだ」
今日俺は片思い相手に、とんでもないボケナスぶりをさらした。もうこれ以上の最低っぷりを更新することはないだろうから、恐れることは何もない。
最後だと思って、自己満足で「今日のことは俺が間違ってた」と謝って、告白しよう。
その時、もしまだ伊織が俺のことを好きでいてくれたなら——
「ありえねーから!」
自分に都合のいい考えが頭をもたげだので、俺は自分にビンタする。痛い。
……それでも、もし伊織が、俺を許して受け入れてくれたなら……。
俺はスマホを手に取り、伊織にDMを送った。【明日迎えに行くから】と。
これまで伊織は、俺がDMを送れば、わりとすぐに返してきた。
だから今回も、イエスでもノーでも、一時間以内には返信が来ると思ってたんだけど。
二時間がすぎ、三時間がすぎ——俺の不安がマックスになった、日付が変わる約三十分前。ようやくスマホが伊織からの回答を受信した。
受信したんだけど——画面に表示されたのは、【分かった】というたった四文字だけで。
「短っ!」
夜中だというのに俺は思わず叫んでしまい、慌てて口を手で押さえた。
「もうダメだ……」
ダメ元という気持ちで送ったはずなのに、完全に嫌われた? なんていう、甘えた言葉が脳内に浮かぶ。
でもでも! 【分かった】という返事は、俺の迎えを拒否してないわけで。なら、ワンチャンある?
どうなるか分からないけど、とにかく明日は今日の自分の無礼を詫びて、伊織に告白する! 今夜はもう明日に備えて寝る!——と決めたんだけど。
「眠れない……」
ベッドへ入って目を閉じて寝ようとしても、明日のことを考えてしまい、ずっと脳内と心の中がうるさい。
小六の時より今回の方が、ソワソワドキドキしている気がする。
伊織に会ったらまず謝って、次に好きだと伝えて——伊織は何と言うだろう? どんな顔をするだろう?
すごく怖いが、ワンチャン……と、どうしても図々しく期待してしまう。
「うー……」
俺はうつ伏せになって、枕を顔に押し当ててうなり、きつくまぶたを閉じた。