十八時半に母さんが、その二十分後に、父さんが仕事から帰ってきた。
「颯太のために、元気がでるもの買ってきたぞ!」
満面の笑みでリビングへ入ってきた父さんは、お気に入りのケーキ屋の袋を高くかかげた。
「病人にケーキって、どういう発想してるのよ。お父さんが食べたかっただけでしょ」
キッチンで夕飯を作っている母さんが、あきれ声で言う。
「そんなことはない。颯太のためだ。ケーキって食べると嬉しくて、元気がでるだろ」
「消化にいいものを買ってくるのが普通でしょ、と言ってんの」
「でも颯太、ケーキ食べれるだろ?」
「うん。ほぼ全回復したから、食べられるよ」
リビングのソファーに座っていた俺が答えると、父さんは満足そうに笑った。
*
夕飯を食べた後、父さんは冷蔵庫に入れていたケーキの箱をいそいそと取り出し、ダイニングテーブルの上へ置いた。
白い紙の箱を開けると、カットされたケーキが六個入っていた。
フルーツケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、抹茶ケーキ。そしてチョコミントケーキが二個。
「なんでチョコミントが二個もあるのよ」
母さんが露骨に嫌そうな顔をする。
「俺が二つとも食うんだからいいだろ」
「私、チョコミントだけは理解できない。チョコは好きだけど、ミントが入ったらもうダメ。食べられない」
「あーぁ、これだから素人は! ミントがあるからこそ、いいんだろうが! な、颯太?」
「よく分からないけど、いいんじゃね?」
夕飯の間も今も、伊織と告白のことで頭がいっぱいな俺は、適当に返事をした。
くしゃみと一緒に吹き飛ばしてしまった違和感の正体も、考え続けている。
「お母さんはチョコレートケーキにしようっと! 颯太はどれにする?」
別にどれでもよかったが、俺はフルーツケーキを選んだ。
父さんはもちろん、迷うことなくチョコミントケーキを自分の皿へ乗せた。
「あなた、本当にそれ好きよねぇ」
「誰にも迷惑かけてないんだから、いいだろ」
「私、チョコだけなら好きなんだけどなぁ」
「だから、それじゃ駄目なんだって」
父さんは両手でチョコミントケーキが乗った皿を持ち、真剣な顔で母さんを見る。その目が据わっているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「ミントがあるからこそいいんだよ。チョコだけだったら、それはただのチョコケーキだろうが。チョコミントは、チョコとミントが一緒にあるからこその唯一無二! チョコの濃厚な甘さと、ミントのすぅっとした清涼感が絶妙にあわさって最高! 特にこの店のミントは、味が濃くてうまいんだ!」
「あー、はいはい」
母さんはチョコミントオタクの早口を聞き流し、自分のケーキにフォークを刺す。
「はいはい、じゃなく、ちゃんと聞いて!」
まだチョコミントのことで言いあう両親の声を、俺はフルーツケーキを食べながら聞き、ふと思う。
チョコミント——チョコレートが好きな母さんにとって、ミントは余計なもの。でも父さんは、そのミントがあるからこそ好き。
……人間も、チョコミントみたいなとこあるよな。
人間は誰だって、良いところと悪いところをもっている。それはチョコミント以上に分離させることはできないし、分離できないからこそいい、みたいなところすらある。
俺は伊織のワガママに今だって時々うんざりして、「三文安のクソ坊っちゃんが!」と思う。だけど、それでも俺は伊織のことが好きだ。
伊織は間違いなくワガママ王子様。だけど奴の常に自信満々なところや、日和らずに誰かへ言い返せるところを見ていると、「故郷でたくさんの人に愛されて育ったからこその自信なのかも?」と、思ったりもする。
全部が全部そうではないんだろうけど、長所と短所は、結構表裏一体なのかもしれない。
だとしたらそれって、俺にも適用される方程式なのでは?
俺は伊織のワガママをとがめて叱る、伊織からしたら嫌な奴。でも伊織は、俺のことを好きだと告白してきた。
——あ。くしゃみで吹き飛ばした違和感の正体の尻尾を、掴んだ気がする。
伊織は、「二学期始まってからずっと一緒にいたのに、『俺のどこが好きなわけ?』なんて聞いてくる颯太のがおかしい!」と言っていた。
「俺のどこが好きなのか?」と尋ねたら、「全部」「いつの間にか好きになってたんだから、『颯太のどこが好きなのか?』なんていちいち考えないし! 分かんない!」とも言っていた。
あの時は一時の気の迷いだと思ったし、意味が分からなかった。でも、今なら少し分かる気がする。
『好きになった理由』が、色々とからまりすぎて、「これだ!」という理由だけを取り出すことが、できなかったんじゃないか?
一ヶ月半以上ずっと近くにいて、ケンカして、笑って、怒って、助けてやって、助けてもらって——そういう全部が積み重なってからまって、いつの間にか好きになっていた。
伊織はきっとたぶんそんな感じで俺を好きになって、俺も同じように伊織を好きになって。
「ごちそうさま」
俺は食べ終えた皿とフォークを持ち、椅子から立ち上がる。
伊織が性格以外ハイスペなのは事実で、俺がコミュ力以外平凡なのも事実。
でも、その二つを並べたところで、「だから伊織が俺を好きになるのはおかしい」という答えにはならない。
目に見える分かりやすいものだけに、人は惹かれるわけじゃない。
毎日ちょっとずつ色々な出来事が積み重ねられ、その結果、生まれる恋もある。
つまり——俺は間違ってて、だから伊織は怒って帰った、ということか……。
「でも……」
ケーキの皿を洗いながら、俺は首をかしげる。
小六の時、俺をフったクラスで一番可愛い女子は、俺よりイケメンを選んだんだよな。
俺、その女子とはよく話してて、結構仲いいと思ってたのに。
今気がついた理論で論破できはするけど、何だか釈然としない。
「颯太のために、元気がでるもの買ってきたぞ!」
満面の笑みでリビングへ入ってきた父さんは、お気に入りのケーキ屋の袋を高くかかげた。
「病人にケーキって、どういう発想してるのよ。お父さんが食べたかっただけでしょ」
キッチンで夕飯を作っている母さんが、あきれ声で言う。
「そんなことはない。颯太のためだ。ケーキって食べると嬉しくて、元気がでるだろ」
「消化にいいものを買ってくるのが普通でしょ、と言ってんの」
「でも颯太、ケーキ食べれるだろ?」
「うん。ほぼ全回復したから、食べられるよ」
リビングのソファーに座っていた俺が答えると、父さんは満足そうに笑った。
*
夕飯を食べた後、父さんは冷蔵庫に入れていたケーキの箱をいそいそと取り出し、ダイニングテーブルの上へ置いた。
白い紙の箱を開けると、カットされたケーキが六個入っていた。
フルーツケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、抹茶ケーキ。そしてチョコミントケーキが二個。
「なんでチョコミントが二個もあるのよ」
母さんが露骨に嫌そうな顔をする。
「俺が二つとも食うんだからいいだろ」
「私、チョコミントだけは理解できない。チョコは好きだけど、ミントが入ったらもうダメ。食べられない」
「あーぁ、これだから素人は! ミントがあるからこそ、いいんだろうが! な、颯太?」
「よく分からないけど、いいんじゃね?」
夕飯の間も今も、伊織と告白のことで頭がいっぱいな俺は、適当に返事をした。
くしゃみと一緒に吹き飛ばしてしまった違和感の正体も、考え続けている。
「お母さんはチョコレートケーキにしようっと! 颯太はどれにする?」
別にどれでもよかったが、俺はフルーツケーキを選んだ。
父さんはもちろん、迷うことなくチョコミントケーキを自分の皿へ乗せた。
「あなた、本当にそれ好きよねぇ」
「誰にも迷惑かけてないんだから、いいだろ」
「私、チョコだけなら好きなんだけどなぁ」
「だから、それじゃ駄目なんだって」
父さんは両手でチョコミントケーキが乗った皿を持ち、真剣な顔で母さんを見る。その目が据わっているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「ミントがあるからこそいいんだよ。チョコだけだったら、それはただのチョコケーキだろうが。チョコミントは、チョコとミントが一緒にあるからこその唯一無二! チョコの濃厚な甘さと、ミントのすぅっとした清涼感が絶妙にあわさって最高! 特にこの店のミントは、味が濃くてうまいんだ!」
「あー、はいはい」
母さんはチョコミントオタクの早口を聞き流し、自分のケーキにフォークを刺す。
「はいはい、じゃなく、ちゃんと聞いて!」
まだチョコミントのことで言いあう両親の声を、俺はフルーツケーキを食べながら聞き、ふと思う。
チョコミント——チョコレートが好きな母さんにとって、ミントは余計なもの。でも父さんは、そのミントがあるからこそ好き。
……人間も、チョコミントみたいなとこあるよな。
人間は誰だって、良いところと悪いところをもっている。それはチョコミント以上に分離させることはできないし、分離できないからこそいい、みたいなところすらある。
俺は伊織のワガママに今だって時々うんざりして、「三文安のクソ坊っちゃんが!」と思う。だけど、それでも俺は伊織のことが好きだ。
伊織は間違いなくワガママ王子様。だけど奴の常に自信満々なところや、日和らずに誰かへ言い返せるところを見ていると、「故郷でたくさんの人に愛されて育ったからこその自信なのかも?」と、思ったりもする。
全部が全部そうではないんだろうけど、長所と短所は、結構表裏一体なのかもしれない。
だとしたらそれって、俺にも適用される方程式なのでは?
俺は伊織のワガママをとがめて叱る、伊織からしたら嫌な奴。でも伊織は、俺のことを好きだと告白してきた。
——あ。くしゃみで吹き飛ばした違和感の正体の尻尾を、掴んだ気がする。
伊織は、「二学期始まってからずっと一緒にいたのに、『俺のどこが好きなわけ?』なんて聞いてくる颯太のがおかしい!」と言っていた。
「俺のどこが好きなのか?」と尋ねたら、「全部」「いつの間にか好きになってたんだから、『颯太のどこが好きなのか?』なんていちいち考えないし! 分かんない!」とも言っていた。
あの時は一時の気の迷いだと思ったし、意味が分からなかった。でも、今なら少し分かる気がする。
『好きになった理由』が、色々とからまりすぎて、「これだ!」という理由だけを取り出すことが、できなかったんじゃないか?
一ヶ月半以上ずっと近くにいて、ケンカして、笑って、怒って、助けてやって、助けてもらって——そういう全部が積み重なってからまって、いつの間にか好きになっていた。
伊織はきっとたぶんそんな感じで俺を好きになって、俺も同じように伊織を好きになって。
「ごちそうさま」
俺は食べ終えた皿とフォークを持ち、椅子から立ち上がる。
伊織が性格以外ハイスペなのは事実で、俺がコミュ力以外平凡なのも事実。
でも、その二つを並べたところで、「だから伊織が俺を好きになるのはおかしい」という答えにはならない。
目に見える分かりやすいものだけに、人は惹かれるわけじゃない。
毎日ちょっとずつ色々な出来事が積み重ねられ、その結果、生まれる恋もある。
つまり——俺は間違ってて、だから伊織は怒って帰った、ということか……。
「でも……」
ケーキの皿を洗いながら、俺は首をかしげる。
小六の時、俺をフったクラスで一番可愛い女子は、俺よりイケメンを選んだんだよな。
俺、その女子とはよく話してて、結構仲いいと思ってたのに。
今気がついた理論で論破できはするけど、何だか釈然としない。
