有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

「友達になったんだから!」と、強引な担任により俺は有栖川と連絡先を交換させられ、「これから文化祭が終わるまで毎朝、有栖川を家まで迎えに行くように」という約束まで取りつけられてしまった。
挙句の果てに担任は、「今から二人で遊びに行ってこい!」とまで言い出したが、「俺、午後から野球部あるから無理っス。そのためにこれから昼飯食わなきゃなんで、失礼します」と、丁寧にお断りして保健室から脱出した。



一年A組の教室へ戻ると、俺と同じく午後から部活な奴らが弁当やコンビニ袋を広げており、ソースや揚げ物やらの腹が減るにおいが充満していた。
「おかえり、山っち! お腹減ったから早くご飯食べよー」
俺が教室後ろの戸から中へ入ると、廊下側から二列目一番前の席に座る東雲(しののめ)カオルが、大きく手をふりながら俺を呼んだ。
「あれ? 放送部も午後から部活あんの?」
俺は自分の席である、東雲の右横の席へ向かいながら尋ねる。
「ないよ。けど家帰っても一人だから、昼は学校で食べてから帰ろうと思って」
身長百六十センチの美少女系美少年な東雲は、高校入学後にできた友達だ。
「カサジョの双子の彼女、ほっといて大丈夫なん?」
「ルナちゃんとメイちゃんはテニス部だから、今日午後からは、お前らと同じく部活なんだよねぇ」
東雲は可憐な外見にそぐわず、近くにあるカサブランカ女学院に通う美人双子姉妹と、全員合意の上で三人交際しているツワモノだ。
「颯ちゃん。田安先生、何の用だったんだ?」
俺の後ろの席に座り、リュックからお重のような弁当箱を取り出しながら聞いてきたのは、親友の酒井理貴也(さかいりきや)
理貴ちゃんは縦にも横にもデカく、水泳できたえた身体は、高校一年生とは思えないほどがっしりしている。
顔は整っているが今風ではなく、昭和の銀幕スターという雰囲気で渋い。
体格も含め、人によっては怖いと感じる風貌かもしれない。
「それがさぁ、クッソ面倒臭いこと頼まれちゃってさぁ! 聞いてくれよ……」
俺は自席の椅子へ後ろ向きで座り、理貴ちゃんの机へ突っ伏す。
理貴ちゃんは威圧感を与えやすい外見だけど、優しくて穏やかで頼れる、兄貴肌のいい奴なんだ。
「何なに? おれにも何があったか教えてよ」
東雲が興味津々に、目を輝かせながら聞いてくる。
「この野次馬め!」
俺は東雲に軽くチョップをくらわした後、文化祭が終わるまで有栖川の面倒をみることを担任に頼まれ、保健室で有栖川と会い——
「『家来』!?」
東雲はパワーワードをオウム返しした後、ゲラゲラ笑い出した。
「笑いごとじゃねーから」
俺はリュックから弁当を取り出し、蓋を開けながら、東雲を軽くにらむ。
「笑い事だって!——嘘々、ごめん。でも王様っていうか、突き抜けすぎてて面白すぎるー」
「面白いと思うなら、世話係変わってくれよ」
「無ー理ー。おれ、他人を指導するなんてできないもん」
指導……。担任からの依頼は『有栖川がクラスに馴染むようにしろ』だから、お友達ごっこするだけじゃなく、そっちもしなきゃいけないのか。クソッ、マジで引き受けるんじゃなかった。
「俺だって『みんなと仲良く指導』なんてしたことないし、嫌に決まってんじゃん」
「『嫌』と『できない』は違うし。他人を叱るの、おれ超苦手だもん。嫌われたくないとか、空気悪くしたくないとか思っちゃって」
「俺、他人を叱ったことなんてなくない?」
「夏休み前、提出物のことで渡辺に注意してたぞ」
弁当の春巻きを食べながら、理貴ちゃんが言う。
「あれは俺が学級委員だから仕方なく——」
「もしおれが学級委員だったら、渡辺にあんなにきちんと注意できなかったと思う」
「だとしても、別に注意くらい大したことじゃないと思うけど?」
「ううん、山っちはすごいって」
俺には、世話係をかわりたくない東雲の言い訳にしか聞こえないんだけど、理貴ちゃんもウンウンうなずく。
「意味分からん……」
俺は顔をしかめ、水筒の麦茶を飲む。
叱れないから世話係は無理、と東雲は言うが、東雲なら叱らなくても目的は達成できる気がする。
だって、東雲の方が俺より多くの人に好かれていて、友達も多いし。
察するに東雲は天然のコミュ強で、学んでコミュ力を得た俺とは違うし。
東雲は明るく元気で愛嬌があって、人付きあいの勘がよくて、すぐに誰とでも自然に距離を縮められる。
コミュニケーションという分野において東雲は天才だから、養殖コミュ強の俺は、彼から密かに学ばせてもらっているくらいだ。
「有栖川の件、オレも協力するから。そんな顔するな」
理貴ちゃんが箸で自分の弁当箱からハンバーグをつまみ、俺の弁当箱へ入れながら言う。
「ありがと、理貴ちゃん」
理貴ちゃんは昔からこうだ。
嫌なことを完全に肩代わりしてくれることはないが、俺が困っていたら、絶対に手を差しのべてくれる。
「えー、何そのムーブ。おれが悪者みたいじゃん。おれだって山っちに協力するし!——ということで、おれ思ったんだけど」
東雲は紙パックのオレンジジュースの中身を、音をたてて全部吸い込んだ後、提案してきた。
「世話係の期限が文化祭までなら、文化祭を利用すればいいじゃん」
「どゆこと?」
「文化祭に限らず学校行事ってさ、普段しゃべらない人とも接点もてるイベントじゃん。よく知らない相手でも、準備とか一緒にしてたら、イベントが終わった時には友達になってる……ってこと、あるあるじゃん」
「なるほど。それは確かに」
過去の出来事を思い出し、俺はうなずく。
「今は専制君主な王様でも、上手くやれば文化祭が終わった時、有栖川に友達百人できてるかもよ? おれとリッキーも協力するしさ」
東雲が可愛い顔でニッと笑う。
「さすがに百人は無理だろ。ま、なるようになれー、だ」
有栖川が王様を辞めない限りは、なるようにしかならないけど。
取り敢えず、東雲と理貴ちゃんの協力が得られることになったので、少しだけ憂鬱さが晴れた俺は、大口をあけて昆布おにぎりにかじりついた。