文化祭まで、残り十日。
明日からはより一層準備を進めるため、授業は午前中だけになるので、結構嬉しい。
教室では休み時間になるたびに、「絵の具足りるか?」とか「衣装の修正、今日中に終わる?」なんて声が飛びかい、本番が近づいてきているのをひしひしと感じる。
監督である佐和田ほどではないにしろ、俺も学級委員という名の雑務処理係で、毎日色々と忙しい。
自分の担当である魔法使い役の練習に、各係から上がってくる進捗や確認事項をまとめて担任に報告したり、文化祭実行委員会に必要書類を提出したり、準備が遅れている係の助っ人に入ったり、足りない物を買いに行ったり……等々。
「お、颯ちゃんじゃん」
「あ、理貴ちゃんも便所?」
そろそろ最終下校時刻というころ、トイレから出たところで、俺は理貴ちゃんと鉢あわせた。
普段ならさっさと一人で教室に戻るんだが、今日は廊下の壁にもたれ、何となく理貴ちゃんがトイレから出てくるのを待った。
「珍しいな。待っててくれたのか」
「休憩も兼ねて待ってた」
「颯ちゃん、忙しそうだもんな」
手洗い場で手を洗いながら、理貴ちゃんが言う。
「そっちも忙しいだろ。大道具係の取りまとめ、おつです」
「オレはそんな係になった覚えはない。けど誰かが仕切って指示出さないと、本番までに完成しなさそうだからな」
キュッと水道の蛇口をしめ、理貴ちゃんがため息まじりに言う。
本人に自覚はあまりないようだが、理貴ちゃんは責任感が強くてカリスマ性が高いせいもあり、気がつくと行事の中心にいることがままある。
「学級委員の俺としては、仕切って進めてくれるのすんごいありがたいから、めちゃ感謝してる。——背景、今どれくらい完成してる?」
「だいたい七割くらい」
ハンカチで手をふく親友を眺めながら、理貴ちゃんと二人きりで話すのってかなり久しぶりだな……と、俺は気がつく。
同じクラスで席も前後ろだけど、部活が違うし、二学期始まってからは伊織にふり回されているし、文化祭での係も違うし。
「そっか。なら本番までには完成できそうだな。——中学の文化祭でも、劇やったの覚えてる?」
「ああ。『裸の王様』だったか。確か詐欺師役の奴が本番でセリフど忘れして、クラス全員であせりまくったな」
「そうそう! コメディだったから何とかなったものの……今回は俺も舞台に立つから、他人事じゃないんだけど。怖ッ!」
「背景のどこかにカンペ貼りつけとこうか?——来年の文化祭は、屋台したいな」
「一年生は劇か展示のみって、ケチだよなぁ。来年屋台できるなら、理貴ちゃんは何の屋台やりたい?」
「うーん……やっぱたこ焼きとかお好み焼きとか? 颯ちゃんは?」
「俺もたこ焼き屋やりたい! でもクレープとか、甘い系も捨てがたい」
俺たちは未来の話をアレコレした後、また過去に戻って「小学校の時さつまいも掘りしたよな」からの、梨狩りに行きたいなぁなど——話題が次々に自然と出てくるせいで、トイレの前で話し込んでしまう。
「うちの文化祭、結構女子も見に来るらしいから、小野寺が『絶対彼女作る!』と作業中ずっと言ってて、正直うんざりしてる」
「できなかったらどうなるんだろうな? ぅおっと!?——伊織?」
俺がハハハと笑っていると、突然背後からぶつかられたので、急いでふり返ると不機嫌そうな伊織がいた。
「颯太、後五分で最終下校時刻になるぞ」
「ウッソ!?」
俺は慌てて制服の胸ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。
「マジじゃん! やべ、つい話し込んじゃった。戻ろ、理貴ちゃん」
「探しにきてやった僕に感謝は?」
教室の方向へ足を踏み出そうとしたら、何故か伊織に羽交い締めにされた。
「はいはい。伊織様、ありがとうございますぅ」
面倒臭ぇと思いながらも、拒否したらもっと面倒臭くなると思ったので、俺は適当に謝意を述べた。
伊織はまだ何やら不満そうだったが、俺を解放し、口をへの字にしたまま理貴ちゃんを見た。
「俺たちを呼びにきてくれてありがとな、有栖川」
空気を読んだ理貴ちゃんもお礼を言ったのだが、伊織は「どーいたしまして」と言い、フンと顔をそらしてしまう。
三つ子の魂百までと言うし、伊織のワガママ坊っちゃんぷりは、中々治らなくて当たり前なのかなぁ?
*
本番まで一週間を切った日の、二時間目の休み時間。
「僕、暇なんだけど」
俺の席の前に立ち、伊織が言った。
……俺の気のせいかもしれないが、うっかり理貴ちゃんと話し込んでしまった次の日から、伊織が俺に今までよりも話しかけてくるようになった……気がする。
「なら、小道具係の手伝いしたら? 進捗ヤバイし」
次の授業は数学なのだが、昨夜途中で寝落ちしてしまったため、予習が中途半端にしかできていない。
なのに、たぶん今日俺は当たるため、今必死に残りをやっている。よって、俺に伊織を構ってやれる余裕はない。
「ヤダ。ねぇ颯太、面白い話して」
劇の稽古相手は辻󠄀になったし、監督の佐和田をはじめ他の奴らとも話すようになったから、もう世話係として俺が付きっきりになる必要はない、と思っていたんだけどなぁ。
「ムチャぶりしてくんなよ。俺今持ちネタがないから、伊織がオモロイ話して」
「無理。じゃあ何でもいいから話してよ」
「今忙しから、後でな」
「後っていつ?」
「今解いてるこの問題が終わったら」
「絶対だぞ」
ちょっと嬉しそうに伊織がそう言った直後、後ろの席の理貴ちゃんに背中をつつかれた。
「何ー? 俺、今日当たるから忙しいんだけど」
渋々ふり返ると、「オレが解いたのでよければ写していいぞ」と、理貴ちゃんが俺にノートを差し出してきた。
「マジ!? 理貴ちゃん神じゃん! ありがとー、写させて!」
俺はノートを受け取り、手をあわせて理貴ちゃんを拝む。
「前も言ったけど、本当に颯ちゃん忙しくて大変そうだから、オレも有栖川の世話係やるよ」
「「は?」」
思ってもみなかった理貴ちゃんからの申し出に、俺と伊織の声がハモった。
「というわけで、有栖川。颯ちゃんは今忙しいから、オレが話し相手になろう」
「え……急に何? 意味分かんないんだけど」
戸惑う伊織に、理貴ちゃんは淡々と言葉を続ける。
「意味は今言った通りだ。颯ちゃんが忙しい時は、オレが有栖川の世話係になるから、オレに頼れ」
「酒井に僕の世話係が務まるのか?」
世話される側なのに偉そうだな! と、俺ならツッコミを入れるのだが、理貴ちゃんは「それはこれから判断してくれ」と、クールに回答した。
「……ふーん。分かった」
若干表情は険しいが、伊織は縦に首をふった。
……今胸の奥がモヤっとしたというか、ザワっとしたというか……俺のこの感情は何だ?
「さっそくだが、有栖川。昨日稽古を見たけど、王子役かなり上手くなってたな。驚いた」
理貴ちゃんは迅速に有言実行し、伊織の話し相手を務めてくれるっぽい。
俺は自分の机に向き直り、借りた理貴ちゃんのノートを開く。休み時間、残り少ないから急いで写さなければ。
「毎日練習してんだから、当たり前だろ」
「それもそうだな。本番、期待できそうで楽しみだ」
「当然だ。大船に乗ったつもりで期待していろ。ハハハハ!」
俺は調子に乗って偉そうに笑う伊織の声を、背中で聞く。
もしかして理貴ちゃんて、俺より伊織の扱いが上手かったりする?
まぁ理貴ちゃんは全部がハイスペだから――と思いつつも、同時並行で感じたことが、ついぽそりと俺の口から出た。
「理貴ちゃんには素直なんだな……」
「颯太、何か言ったか?」
「ううん、何でもない。あー、忙し!」
俺は自分のノートの隣に理貴ちゃんのノートを並べ、写す作業を開始する。
世話係を手伝ってくれる理貴ちゃんの負担が軽くてすむんだから、伊織が素直なことはいいことじゃないか。俺ってば、いったい何が気に食わないんだ?
急いで写さなきゃなのに、背後で交わされる理貴ちゃんと伊織の会話が、妙に気になって……意味が分からない!
明日からはより一層準備を進めるため、授業は午前中だけになるので、結構嬉しい。
教室では休み時間になるたびに、「絵の具足りるか?」とか「衣装の修正、今日中に終わる?」なんて声が飛びかい、本番が近づいてきているのをひしひしと感じる。
監督である佐和田ほどではないにしろ、俺も学級委員という名の雑務処理係で、毎日色々と忙しい。
自分の担当である魔法使い役の練習に、各係から上がってくる進捗や確認事項をまとめて担任に報告したり、文化祭実行委員会に必要書類を提出したり、準備が遅れている係の助っ人に入ったり、足りない物を買いに行ったり……等々。
「お、颯ちゃんじゃん」
「あ、理貴ちゃんも便所?」
そろそろ最終下校時刻というころ、トイレから出たところで、俺は理貴ちゃんと鉢あわせた。
普段ならさっさと一人で教室に戻るんだが、今日は廊下の壁にもたれ、何となく理貴ちゃんがトイレから出てくるのを待った。
「珍しいな。待っててくれたのか」
「休憩も兼ねて待ってた」
「颯ちゃん、忙しそうだもんな」
手洗い場で手を洗いながら、理貴ちゃんが言う。
「そっちも忙しいだろ。大道具係の取りまとめ、おつです」
「オレはそんな係になった覚えはない。けど誰かが仕切って指示出さないと、本番までに完成しなさそうだからな」
キュッと水道の蛇口をしめ、理貴ちゃんがため息まじりに言う。
本人に自覚はあまりないようだが、理貴ちゃんは責任感が強くてカリスマ性が高いせいもあり、気がつくと行事の中心にいることがままある。
「学級委員の俺としては、仕切って進めてくれるのすんごいありがたいから、めちゃ感謝してる。——背景、今どれくらい完成してる?」
「だいたい七割くらい」
ハンカチで手をふく親友を眺めながら、理貴ちゃんと二人きりで話すのってかなり久しぶりだな……と、俺は気がつく。
同じクラスで席も前後ろだけど、部活が違うし、二学期始まってからは伊織にふり回されているし、文化祭での係も違うし。
「そっか。なら本番までには完成できそうだな。——中学の文化祭でも、劇やったの覚えてる?」
「ああ。『裸の王様』だったか。確か詐欺師役の奴が本番でセリフど忘れして、クラス全員であせりまくったな」
「そうそう! コメディだったから何とかなったものの……今回は俺も舞台に立つから、他人事じゃないんだけど。怖ッ!」
「背景のどこかにカンペ貼りつけとこうか?——来年の文化祭は、屋台したいな」
「一年生は劇か展示のみって、ケチだよなぁ。来年屋台できるなら、理貴ちゃんは何の屋台やりたい?」
「うーん……やっぱたこ焼きとかお好み焼きとか? 颯ちゃんは?」
「俺もたこ焼き屋やりたい! でもクレープとか、甘い系も捨てがたい」
俺たちは未来の話をアレコレした後、また過去に戻って「小学校の時さつまいも掘りしたよな」からの、梨狩りに行きたいなぁなど——話題が次々に自然と出てくるせいで、トイレの前で話し込んでしまう。
「うちの文化祭、結構女子も見に来るらしいから、小野寺が『絶対彼女作る!』と作業中ずっと言ってて、正直うんざりしてる」
「できなかったらどうなるんだろうな? ぅおっと!?——伊織?」
俺がハハハと笑っていると、突然背後からぶつかられたので、急いでふり返ると不機嫌そうな伊織がいた。
「颯太、後五分で最終下校時刻になるぞ」
「ウッソ!?」
俺は慌てて制服の胸ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。
「マジじゃん! やべ、つい話し込んじゃった。戻ろ、理貴ちゃん」
「探しにきてやった僕に感謝は?」
教室の方向へ足を踏み出そうとしたら、何故か伊織に羽交い締めにされた。
「はいはい。伊織様、ありがとうございますぅ」
面倒臭ぇと思いながらも、拒否したらもっと面倒臭くなると思ったので、俺は適当に謝意を述べた。
伊織はまだ何やら不満そうだったが、俺を解放し、口をへの字にしたまま理貴ちゃんを見た。
「俺たちを呼びにきてくれてありがとな、有栖川」
空気を読んだ理貴ちゃんもお礼を言ったのだが、伊織は「どーいたしまして」と言い、フンと顔をそらしてしまう。
三つ子の魂百までと言うし、伊織のワガママ坊っちゃんぷりは、中々治らなくて当たり前なのかなぁ?
*
本番まで一週間を切った日の、二時間目の休み時間。
「僕、暇なんだけど」
俺の席の前に立ち、伊織が言った。
……俺の気のせいかもしれないが、うっかり理貴ちゃんと話し込んでしまった次の日から、伊織が俺に今までよりも話しかけてくるようになった……気がする。
「なら、小道具係の手伝いしたら? 進捗ヤバイし」
次の授業は数学なのだが、昨夜途中で寝落ちしてしまったため、予習が中途半端にしかできていない。
なのに、たぶん今日俺は当たるため、今必死に残りをやっている。よって、俺に伊織を構ってやれる余裕はない。
「ヤダ。ねぇ颯太、面白い話して」
劇の稽古相手は辻󠄀になったし、監督の佐和田をはじめ他の奴らとも話すようになったから、もう世話係として俺が付きっきりになる必要はない、と思っていたんだけどなぁ。
「ムチャぶりしてくんなよ。俺今持ちネタがないから、伊織がオモロイ話して」
「無理。じゃあ何でもいいから話してよ」
「今忙しから、後でな」
「後っていつ?」
「今解いてるこの問題が終わったら」
「絶対だぞ」
ちょっと嬉しそうに伊織がそう言った直後、後ろの席の理貴ちゃんに背中をつつかれた。
「何ー? 俺、今日当たるから忙しいんだけど」
渋々ふり返ると、「オレが解いたのでよければ写していいぞ」と、理貴ちゃんが俺にノートを差し出してきた。
「マジ!? 理貴ちゃん神じゃん! ありがとー、写させて!」
俺はノートを受け取り、手をあわせて理貴ちゃんを拝む。
「前も言ったけど、本当に颯ちゃん忙しくて大変そうだから、オレも有栖川の世話係やるよ」
「「は?」」
思ってもみなかった理貴ちゃんからの申し出に、俺と伊織の声がハモった。
「というわけで、有栖川。颯ちゃんは今忙しいから、オレが話し相手になろう」
「え……急に何? 意味分かんないんだけど」
戸惑う伊織に、理貴ちゃんは淡々と言葉を続ける。
「意味は今言った通りだ。颯ちゃんが忙しい時は、オレが有栖川の世話係になるから、オレに頼れ」
「酒井に僕の世話係が務まるのか?」
世話される側なのに偉そうだな! と、俺ならツッコミを入れるのだが、理貴ちゃんは「それはこれから判断してくれ」と、クールに回答した。
「……ふーん。分かった」
若干表情は険しいが、伊織は縦に首をふった。
……今胸の奥がモヤっとしたというか、ザワっとしたというか……俺のこの感情は何だ?
「さっそくだが、有栖川。昨日稽古を見たけど、王子役かなり上手くなってたな。驚いた」
理貴ちゃんは迅速に有言実行し、伊織の話し相手を務めてくれるっぽい。
俺は自分の机に向き直り、借りた理貴ちゃんのノートを開く。休み時間、残り少ないから急いで写さなければ。
「毎日練習してんだから、当たり前だろ」
「それもそうだな。本番、期待できそうで楽しみだ」
「当然だ。大船に乗ったつもりで期待していろ。ハハハハ!」
俺は調子に乗って偉そうに笑う伊織の声を、背中で聞く。
もしかして理貴ちゃんて、俺より伊織の扱いが上手かったりする?
まぁ理貴ちゃんは全部がハイスペだから――と思いつつも、同時並行で感じたことが、ついぽそりと俺の口から出た。
「理貴ちゃんには素直なんだな……」
「颯太、何か言ったか?」
「ううん、何でもない。あー、忙し!」
俺は自分のノートの隣に理貴ちゃんのノートを並べ、写す作業を開始する。
世話係を手伝ってくれる理貴ちゃんの負担が軽くてすむんだから、伊織が素直なことはいいことじゃないか。俺ってば、いったい何が気に食わないんだ?
急いで写さなきゃなのに、背後で交わされる理貴ちゃんと伊織の会話が、妙に気になって……意味が分からない!
