有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

「頼まれた買物はすんだし、閉店までまだ時間あるし、行きたい店ある奴いる?」
手芸店で合流するなり、理貴ちゃんが俺たち三人に聞いてきた。
「僕はもういいかな」
右手に持っていた服屋のショッパーを軽く持ち上げ、伊織が言った。
「おれも特にはないかなー」
東雲が王子衣装用の布が入った袋を伊織に渡しつつ、答える。
「【FavoriteStone】に行っていい?」
ならば、と俺が言うと、「そこは何を売ってる店なんだ?」と伊織が聞いてきた。
「店名にある通り、石」
「石? 墓石か庭石でも買うのか?」と不思議そうな伊織と、「あの店か」とうなずく理貴ちゃんと東雲を連れ、俺は先頭に立ってお気に入りの店へ向かった。

*

「女子が好きそうな店だな」
連れていった先の店前で、伊織が興味なさそうに言った。
【FavoriteStone】はいわゆる、パワーストーンの店だ。
商品台の上にはキラキラした綺麗な石たち——水晶、ローズクォーツ、アメジスト、ラピスラズリ、タイガーアイ等々が、小さなガラスの器に盛られ、所狭しと並べられている。
「まぁそうだな。でも俺はこの店、石の品揃えがよくて好きなんだよ」
「僕はこんな店、初めてきた。颯太ってスピってるのか?」
伊織がアクアマリンのブレスレットをつまみあげ、質問してきた。
「昔から颯ちゃんは、鉱物が好きなんだ」
俺が答えるより先に、理貴ちゃんが答えた。
「俺が好きなのは綺麗な石だけだから、鉱物好きと名乗ったら、ガチ勢に怒られるんじゃないかな」
今言った通り、俺は幼いころから綺麗な石が好きだ。
きっかけは、親の寝室にあるドレッサーの上に置いてあった、母親の婚約指輪。
その指輪についていた虹色の石に俺は目を奪われ、以降俺は、綺麗な石を集めるオタクになった。
「誕生石とか知ってるから、もし恋人に石をプレゼントしたくなったら、力になるぜ」
まぁ男子高校生らしくない趣味ではあるよなぁ、と思いながら、俺は店の奥へ移動する。
奥には高価な石——小粒のルビーやエメラルドなどがついたアクセサリーが、鍵つきショーケースの中に並べられているのだ。
「買うのか?」
ついてきた伊織が聞いてくる。
「この中のは高いから、買ったことがあるのは一度だけで、基本見るだけ」
「買わないのに、えらいワクワクした顔してるな」
「見るだけでも楽しいからな」
「ふーん。この中にあるようなのが好きなら、宝石店に行けばいいんじゃないのか?」
「バッカ! ガチの宝石店なんて、ここに飾ってある物の比じゃないくらい高いし、冷やかしだと思われて追い返されるわ!」
とんでもない! と俺が目を剥いて言うと、伊織は「そういうもん?」と興味なさげに言い、続けて質問してきた。
「颯太はどの石が一番好きなんだ? やっぱりダイヤモンド?」
「ダイヤも好きだけど、俺が一番好きなのはオパール」
俺が石好きになったきっかけの、母親の婚約指輪についていた石は、オパールだった。
七色のきらめきを宿すその石に、俺は一瞬で心を奪われた。
「オパール?」
「和名は蛋白石(たんぱくせき)っていうんだけど。遊色効果で見る角度によって色が変わる、虹色の石だよ」
「へぇ」
「値段はピンキリというか、まぁダイヤモンドより安いんだけど、すげー綺麗な石だよ。一口にオパールといっても色々種類があって、オパールと聞いてみんなが想像するのは、ホワイトオパールだと思う。ちなみにオパールの中で一番値段が高いのはブラックオパールなんだけど、俺が一番好きなのはウォーターオパール。でもファイヤーオパールやボルダーオパールも綺麗でいいよ!」
好きなことを語るオタク特有の早口になっている自覚はあるが、俺は自重できずに一気にペラペラしゃべってしまう。
「さすが石好き。詳しいね」
いつの間にか側に来ていた東雲に言われる。
「好きなものって、自然と詳しくなっちゃうよな」
俺は頑張ってブレーキを踏み、オタク語りを停止させた。
「ダイヤモンドの方が値段高くて人気あるのに、颯太はオパールが好きなんだ?」
よく分からないな、という表情で伊織が聞いてきた。
「値段に高低があるのは需要の問題であって、好き嫌いとは別の話だろ」
「それはそうかもしれないけど、宝石の中で一番有名で一番高いっぽいダイヤモンドの方が、よくないか?」
「うーん……ダイヤにはダイヤのよさがあるし、ルビーにはルビーのよさがある。サファイアも綺麗だし、エメラルドも綺麗」
俺は一度言葉を切り、目の前に並ぶ美しい石たちを眺める。
「だけど俺の目には、オパールが一番魅力的で一番綺麗に映るってだけ。宝石はどれも綺麗で違った魅力があるから、どっちが上とか下とか、比べるだけ野暮だと思う」
「じゃあもし颯太が婚約指輪をもらうなら、ついてる石はダイヤよりオパールがいいわけ?」
「そうだな。もし俺がもらうなら、オパールがついたやつがいい」
「ダイヤより安いのに?」
「だから値段どうこうじゃなく、俺は好きな石がついてる方が嬉しいって話」
なおも食い下がってくる伊織に、俺は笑って例えてやる。
「伊織だって、百万円するけど趣味じゃない服より、好みな一万円の服もらった方が、嬉しいだろ」
「百万円の服を売ったお金で、好きな服を買う」
「仮定の話だけど、もらったもん売るなよ!——とにかくさ、俺は値段が高いからとか、有名だからとかじゃなくて、自分が綺麗だと思ったものが一番いいの!」
消化不良といった表情の伊織を見て、東雲が笑う。
「イオリンはダイヤ推しで、山っちはオパール推しなんだねぇ」
「僕は別に、ダイヤ推しってわけじゃない」
「まぁダイヤも綺麗だから、ダイヤもらっても嬉しいけどな」
「オパール推しじゃなかったの? この浮気者〜!」
「みんな違ってみんないいんだよ!」
俺の肩を突いてくる東雲の指を手でガードしていると、伊織がまだ俺を見ていることに気がついた。
「どうかしたか?」
「いや、何も。オパールってどんな石なんだろ、と思ってただけ」
「俺ん家に見にくる?」
「気が向いたらな」
その後、俺が天然石を置くための小さな金色の台座を買い、俺たち四人はショッピングモールを出た。