有栖川伊織は、俺の世界の外にいる

二学期始業式後の、更にホームルームが終わった後。
「——というわけで、山本。有栖川の友達になってやってくれないか?」
俺、山本颯太(やまもとそうた)は担任の田安先生により、ひと気のない保健室近くの廊下へと連れ出され、嫌すぎる頼まれ事を切り出されていた。
有栖川伊織(ありすがわいおり)——同じクラスということ以外、俺とは関わりのない人物。
超イケメンだが性格ブスなコイツが、熱血教師な担任に、「友達が一人もできないから、高校辞めたい」と泣きついたらしい。
「え、嫌です」
俺の人生経験上、嫌なことは嫌と言った方がいい。
そうしないと、面倒事を押しつけられやすくなるから。
「ずっととは言わない。文化祭が終わるまででいい。有栖川の友達になって、有栖川がクラスに馴染むための手伝いをして欲しい」
今日が九月一日で、文化祭が来月半ばすぎにあるから、一ヶ月半ちょいも俺に問題児の世話係をしろと?
「期間、長すぎっス」
友達が一人もできないのは、有栖川の自業自得だと思う。
俺が知る有栖川の評判は、「偉そう」「常に命令口調」「王様でナルシスト」と散々だ。
俺も高校に入学してすぐ、有栖川が落としたプリントを、拾って渡したことがある。
その時有栖川は無愛想に「ん」と言っただけで、ありがとうの「あ」の字もなかった。
こんな感じで性格がヤバイため、俺以外のクラスメイトたちも、有栖川から距離をとったのだろう。
もし叢雲(むらくも)高校が共学なら、美形というアドバンテージで違う結果になっていたかもしれないが、うちは男子高だし。
「山本、学級委員だろ」
「ジャンケンで負けたからやってるだけの、超消極的学級委員です」
「友達の多い山本を見込んで頼んでるんだ」
「俺、友達激少っスよ」
俺に友達が多いのは、俺の努力の産物であり、その努力をタダで使おうとしないで欲しい。
「山本、即バレる嘘をつくな。——うちの学校で一つも楽しい思い出がないまま辞めるのは、可哀想だろ」
「それはそうかもですけど」
「頼む!」
ガバッと勢いよく担任が頭を下げる。
「うわっ! やめてよ、先生!」
誰に見られるか分からないこんな場所で、そういうことするのマジやめて。断りにくさ度も上がるし。
「来年も山本と酒井、同じクラスにするから!」
「!……そんなこと、約束しちゃってもいいんですか?」
赤ん坊のころからの幼なじみである親友の名前を出され、俺は迷う。
「よくないし、実は絶対同じクラスにすると約束もできない。だが山本が有栖川のことを引き受けてくれるなら、そうできるようにクラス決め会議の時、頑張ると約束する」
「……文化祭までだからね」
「おうっ! ありがとな、山本!」
筋トレが趣味だという担任が満面の笑みを浮かべ、俺の両肩をバシバシ叩く。痛いからヤメロ。



取り引きが成立したので、俺と担任は、有栖川がいるという保健室の前へ移動した。
担任は二回ノックし、「失礼します」と引き戸を開けて保健室に入った。俺も担任の後に続く。どうやら保健の先生は不在のようだ。
「有栖川」
担任が問題児の名前を呼ぶと、窓際に立って外を眺めていた、背の高い生徒がふり返った。
ツヤのある栗色の髪は逆光を受け、琥珀色。
ニキビひとつない白い肌は、真珠のよう。
すっと通った鼻筋に、赤珊瑚(さんご)色の唇。
髪と同じ栗色の長いまつ毛に縁取られた目は、くっきり二重。
瞳は、スモーキークォーツにエメラルドをひとかけら混ぜ込んだような、魅力的な色合い。
何度見ても有栖川の飛び抜けた美形具合は、俺の趣味である綺麗な石たちを連想させた。
「遅いよ、田安先生」
有栖川の曾祖母はフランス人、という噂を聞いたことがあるので、彼の色素が薄いのはそのせいだろう。
「スマン。ホームルームが長引いてな」
有栖川は「ふーん」とつまらなそうに言った後、担任のななめ後ろに立つ俺を、値踏みするみたいにじろじろ見てきた。
「それで、山本が今日から僕の家来ってこと?」
「は!?」
とんでもない単語と、有栖川って俺の顔と名前覚えてたんだ!? という驚きが、俺にすっとんきょうな声を出させた。
「こらっ! 山本はお前の友達! 家来じゃない。友達にそういうことを言わないように!」
「違うの? 先生に言われて、僕がクラスに馴染めるように下働きする、家来じゃないの?」
「違う!」
不思議そうに首をかしげる有栖川に、俺はきっぱりと否定。
知っていたけど、コイツってば改めてマジヤバイ奴だ。
家来って、お前は文明開化前の人間か? 『偉そう』が大気圏突破してるんだが。
というか担任よ、有栖川は「友達が一人もできないから、高校辞めたい」と、泣きついてきたんじゃなかったのか? 友達と家来を聞き間違えたんですか?
『来年も親友と同じクラス』というエサに釣られ、依頼を受けてしまったけど、俺はたぶん絶対に選択を誤った……。
しかし有栖川さぁ、運良く超美形に生まれたんだから、普通にしてりゃ人生イージーモードだろうに。性格がこれじゃなぁ……本当にもったいない。