閉鎖生態系ver.2.0

「ごめんなさい……」
 ある日、弟が謝ってきた。
 夕食の準備に取り掛かっていたところを、突然。
「僕が最初にハルを誘ったのに、途中でやっぱ止めてって言い出して……怒っちゃって……」
「ミツ」
「母さんは死んじゃうし、父さんはあんなだし……家族って言えるのは、僕にはハルしかいないから……。このまま喧嘩しているのはダメだって……」
 話すうちにどんどん目が潤んでいく。
 袖口を伸ばし、ぎゅっと掴むその手は震えている。
「僕、やっぱりハルがいないと……生きていけないよ……」
 そう言うと、えぐえぐ泣き始めてしまった。
 ああ、やっぱりこの子が愛おしい。
 弟を優しく抱き締めた。 
「いいんだよ。こっちこそ悪かった。私も、ミツがいない日々は辛かった」
 柔らかな髪を撫でる。
「また、一緒に生きていこう」
「うん……」
 私を抱き締め返すと、弟は私の肩口に顔を埋めた。
「私が子供だった。ユウは優しくて強い人だ。彼を大切にすべきだと気がつくのに随分と時間が掛かってしまったよ」
「えっ……?」
 弟は顔を上げた。
「じゃあ、もう、ユウを傷つけないってこと?」
「ああ」
「本当?」
「勿論」
 私が微笑むと、ぱあっと笑顔になったが、弟はすぐに表情を暗くした。
「……ユウ、最近変なんだ。僕を見ると固まったり、後ろから声を掛けると飛び上がったり。僕、何かしちゃったかな……」
 恋人になってからニカ月程経つが、ここ最近は安定しているし、昨日も普通だった。もしや私の前では気丈なふりをしているのだろうか。何ていじらしいのだろう。
「それは心配だね。何か心当たりは?」
 私が尋ねると、人差し指を口に当て、弟はどこか遠くを見た。
「えっと、最近だと……あっ。新しいスパイクが欲しいって言うから、僕のカードと暗証番号を渡したら、怒られちゃった」
「お前、それは……」
 ないんじゃないか?
「何か変?」
 きょとんと首を傾げた。
「……ああ。普通、金は貸しも渡しもしないものだよ」
 弟名義の口座とはいえ、笑えない数字のはず。
 それを全部彼に渡そうとしたのか……。
 呆れる私に、弟は不思議そうな顔をした。
 頭の上にクエスチョンマークが見える。
「でも、父さんは先生にお金あげてるじゃん」
「あれは、作品への対価という大義名分があるんだよ」
「僕だって、スパイク代っていう大義名分があるよ」
「何足分だ」
 私がそう言うと、えーっ、と不満げな声を上げる。
「僕も、ユウにお金あげたい。役に立ちたい。全部あげたい。必要とされたい」
 その目に一瞬、ぎらりとした光が宿った。
「ああ……」
『まだなのか』
 父の言葉が蘇る。
 そうか。
 あのとき、父は私を見てこんな気分になったのか。
 もどかしいというか、歯痒いというか。
「本当に世話が焼ける子だね」
「子供扱いしないで」
「ミツ。私たちは別人だが、二人で一つでもある」
「何、急に」
 私が肩を抱くと、うっとおしそうに弟は眉を顰めた。
「私はお前が大切だ。愛しているんだよ」
「また変な本読んだの?」
 そう訝しむも、少し照れたように笑った。
 私も目を細めて微笑んだ。

 ミツ。
 お前はまだ分かっていない。
 幼くて、不器用で、可愛らしい、私の唯一の半身。

「だから、分けることにした」
 私は、あいつとは違う。
「ええ? 何を? お土産独り占めしたくせに」
 弟はクスクス笑う。
「教えてあげる」
 
 お前が本当に欲しいものを。