閉鎖生態系ver.2.0

「……あのさ」
 ある日の昼休み、目を泳がせながらミツが話を切り出してきた。
「今週の土曜日……僕の家に……泊まりに来ない?」
「えっと」
「そうだよね! 困るよね! 土曜日はサッカー部の練習でしょ? それ終わった後にでもって……。友達とお泊り会するの、憧れてて……」
 不安そうに見上げてくるものだから、俺は了承した。

「変な虫の監視役だ」

 こいつもいるとは聞いていない。
「そんな顔しないでよ。だって、ハルの家でもあるんだから」
 部活が終わった後、学校から徒歩十分という近場にあるこの豪邸にやって来た俺は、玄関で出迎えたミツにじとっとした目を向けた。
「こいつだけ庭に寝かせようぜ」
「今日は夜から雨だが」
「知ってて言ってるんだよ」
「入るよー」
 いがみ合う俺たちを無視して、ミツは家の中に入っていった。
 続いてハルが入ろうとしたので、俺は奴を押し退け先に入ると、扉を閉めて鍵を掛けた。外から扉を殴る音と呪詛が微かに聞こえてくる。
 ざまあみろ。
「入れてあげて……」
 ミツが苦笑いしたので、俺は「しゃーなし」と鍵を開けてやった。
 次の瞬間、物凄い勢いで扉が外側に開き、明らかにぶちギレているハルが入ってきた。
「この……貴様……」
「貴様って言う人本当にいるんだ。ウケる」
「ミツ! 中止だ。お友達は中止にしろっ」
「嫌だよ」
 冷たい声にドキッとした。
「僕の努力を水の泡にする気?」
 ハルの喉が上下したかと思うと、舌打ちする。
「仕方ない。可愛い弟のためだ。最後まで付き合うとするよ」
「ありがと」
 ミツが微笑むも、動悸が収まらない。
 俺と仲良くするのをやめないってだけだよな……?
「じゃあ、行こっか。僕たちの部屋は二階だから」
「……ああ」
 詳しく聞くのが怖くて、俺は頷いた。
 玄関の奥には二階へ続く階段があり、吹き抜けの天井からはシャンデリアが下がっている。
 自分より金持ちの家なんて初めて来たから、見ていて面白い。
 それにしても。
「花多くない?」
 そうなのだ。
 庭だけでなく、玄関、階段、廊下。
 至る所に花が生けられており、かぎ慣れている香りと見覚えのある意匠に実家にいるような錯覚に陥る。
「これって」
「そう。ユウのお父さんの作品だよ」
「君の父親にとって最大のパトロンはうちだ。知らなかったのか?」
「知らない……」
 俺の知らない父さんがいるような気がして少しショックだ。
 でも、親の仕事上の取引先なんて知らないのが普通だろう。父の仕事は尊敬しているが、どうやって稼いでいるのか気に留めたことがなかった。あれが父さんの作品だぞと言われ、すごいと目を輝かせるだけだったから。個人の家にも生けていたのか。
「でも、これ全部……?」
 ガチャという音がして見上げると、二階の部屋から誰か出てきた。
 綺麗な人だ。
 生気のない目。一文字に結ばれた口。
 整った顔立ちは人形を思わせる。
 吸い込まれるように見つめていると、バチリと目が合った。
 その瞬間、ぐわっと目が開き光が灯った。
 男は突如として走り出し階段を駆け下りると、ギラギラした目で俺に迫ってきた。
「京本っっ!」
「あっ、はい……京本です……」
 怖っ。
「優希くんっ⁉」
「はい……」
 その男は狂ったように笑い出すと、俺の手をとった。
「君のお父さんとは長い付き合いでね。小さい頃の君にも何度か会ったことがあるんだよ。覚えていないかな?」
「ちょっと……」
「いいんだ、いいんだ。随分と昔だからね。京本にあの家を出禁にされてしまったから何年だろうか」
 出禁?
 父さんが?
「それにしても、そっくりだ……。焼けた肌に黒い髪、丸い目……」
 恍惚として俺を見つめると、ガバっと抱き締めてきた。
 はぁ……という吐息が耳に掛かる。
「ひぃぃっ」
「ユウを離してっ」
「やめろ、変態!」
 二人が両側から殴る蹴るも全く動じない。
 甘いフレグランスの香りが鼻腔をくすぐる。何処かで嗅いだことがあるような気がした。
 ハルの蹴りがアキレス腱に直撃すると、男は呻き声を上げて床に蹲った。
「逃げるよ」
 ミツが俺の手を取り走り出したので、俺は後に続く。倒れ伏す男の背に一発蹴りを入れたハルも、俺たちを追いかけてきた。
「優希くん。お家でお父さんは元気かな?」
 振り返ろうとしたが、「無視しろ」とハルに言われ、やめた。
 二人の部屋に入ると、俺は安堵の息をついた。図書委員のミツと文芸部のハルは、ぜーはーと荒い呼吸を繰り返している。貧弱な奴らめ。
「あの人、何なんだよ」
「ごめんね、父さんが……まさか、出てくるなんて……」
「あれ、父親? 若くね?」
 確かにコイツらに似ていたが、歳の離れた兄という外見だった。
「君のお父さんと同い年さ……あいつは……色狂いだからね……」
 実の父親におよそ使わない単語が現れ、思わず聞き返す。
 ハルは呼吸を整えると、口角を吊り上げた。
「恋は人を美しくするって言うだろう?」
「恋?」
「また言ってる。恋なんて綺麗なものじゃないよ」
「恋は美しくも醜いものさ」
「ユウ、聞かなくていいよ。ハルってば、変な恋愛小説ばっか読んでるんだもん。悪趣味」
「高尚な趣味だ」 
「あー、もう。ほら、映画観たりするんだろ?」
 俺の仲介に、二人は同じ顔できょとんとする。
 そして、顔を見合わせニヤリと笑った。
 
「「そうだね」」