何これ、夢?
ハルがいきなり狂った。
本当に、突然。
何で?
俺、何かした?
必死に思い出してみるも、何がトリガーだったのかサッパリ分からない。ただ、彼が本気な事だけはその目を見れば分かった。
ハルは嫌な奴ではある。
でもそれは家の事情で傷ついているからだ。
ペラペラとよく喋って学校では友達も多いけれど、意外と静かで、本や映画が好きで、照れ隠しが多くて、俺の話を真面目に聞いてくれて、いつもどこか寂しそうで……。
「誰だよ、お前」
「ハルだよ、君の」
「あいつは、こんな事しない」
「解釈違いって事か」
奴はわざとらしく人差し指を口元に当て、考え込むふりをした。
「傲慢だね」
「何がだ」
「勝手に自分の理想を押し付けて、異なる行動に出ると怒り出す。これを傲慢と言わずしてどうする。ああ、でも、それは私も同じか」
ぐっと奴は自分の顔を近づけてきた。
大きく開いた瞳に、俺が映る。
「傲慢な者同士、お似合いだと思わないか」
楽しげに笑った。
怖い。
目を閉じたい。
でも、ここで閉じたら負けな気がして、睨みつけた。
すると、奴は柔らかく目を細めた。
あっ、これ。
ハルが、ミツや俺を見るときによくする顔だ。
ああ、ハルだ。
この表情は、ハルだ。
俺がよく知っている、ハルだ。
「ほら、選んで」
綺麗なこの声が、好きだった。
こいつは、ハルなんだ。
俺の友達。
母親に真実を告げるとどうなるか、知っているはずなのに。
俺がどれだけ家族を守ろうとしているか、知っているはずなのに。
それで俺を脅している。
選択肢なんてあってないようなもの。
俺は小さく頷くと、全身から力を抜いた。
「良い子」
ハルが優しく俺の頭を撫でる。
あの日のバス停で、一人泣きそうになっているお前を見たとき、あんな事されたのに俺、力になりたいって思ったよ。
俺たちは、同じ呪いをかけられた者同士。
いつか解放されるって信じてた。
「ハル……俺たち友達じゃねぇの」
尋ねると、彼は笑顔から一転し悲しそうに目を伏せた。
「そうだね。でも、私はもう無理だ。耐えられない」
「何で」
耐えられないって何。
彼が顔を近づけてきたので、俺は顔を背ける。
「友人でいてあげられなくて、ごめんね」
両手で頬を挟まれ、深く口づけられた。
ああ、もう戻れない。
こいつも戻る気なんてなさそうだし。
また恋愛で壊れた。
どうすれば良かったのだろうと考えても、既に遅い事しか分からない。
息がもたなくなって彼の肩を叩くと、ようやく俺から離れた。
彼は興奮が冷めないのか、苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、俺をじっと見下ろしている。そして、喉仏の上下がはっきり分かるくらいに生唾を飲み込んだ。
自分の歯がカチカチと小さく鳴り出し、止まらなくなる。それを隠すため、俺は両腕で自分の顔を覆った。
「怖い?」
暗闇の中、彼のいつもの声が聞こえてきた。
俺は何度も頷く。
「私だって怖いよ」
腕を掴まれる。
引き剥がそうとしてきたので頑として動かずにいると、爪を皮膚に突き刺され、その鋭い痛みに俺は腕を退けてしまった。
目が合うと、ハルはニヤリと笑った。
「君も見ただろう? 父さんたちの光景。怖かったよね。でも、それはきっと知らないからなんだ。私たち二人なら、知る事ができる。恐怖を乗り越える事ができるんだよ」
恍惚として演説する彼の言っている意味が理解できない。
「だから、一緒に頑張ろう。ね?」
そう言うと、彼は俺の制服のシャツに付いたボタンを外し始めた。
頭が真っ白になる。
俺は目を逸らし、息を止めた。
焦らすように、妙にゆっくりと衣服を一枚一枚丁寧に剥がされていく。素肌が空気に触れる面積が広がる度、恐怖がどんどん強くなる。
「肉食動物っていうのは、我が子に狩りを見せるそうじゃないか。それと同じで、あの男も一応は親だったんだ」
「……やっぱ、考え直せよ。なかった事にしてやるから」
「まあ、嫌な男だからな、あいつは。自慢してもいたんだね。ほんと、腹立たしいと思わないか?」
「俺、男は無……うぐっ」
口を手で抑えつけられ、続きは言葉にならなかった。
頭を緩く振り涙目で訴えると、彼は優しく目を細める。
「羨ましいのか、なんて言ってきたんだ。あんな男の血が流れていると思うと寒気がする。……ああ、でも、羨ましいよ」
溜息をつくと、ハルは力なく笑った。
「私は羨ましくて仕方がなかったんだ」
こんなの嫌だよ、ハル。
俺、お前と友達になれて嬉しかったんだ。
親友かもって。
卒業した後も、仲良くできたらなって。
頼むから、正気に戻ってくれ。
自分の両目から、とうとう涙が零れ落ちた。
ハルがいきなり狂った。
本当に、突然。
何で?
俺、何かした?
必死に思い出してみるも、何がトリガーだったのかサッパリ分からない。ただ、彼が本気な事だけはその目を見れば分かった。
ハルは嫌な奴ではある。
でもそれは家の事情で傷ついているからだ。
ペラペラとよく喋って学校では友達も多いけれど、意外と静かで、本や映画が好きで、照れ隠しが多くて、俺の話を真面目に聞いてくれて、いつもどこか寂しそうで……。
「誰だよ、お前」
「ハルだよ、君の」
「あいつは、こんな事しない」
「解釈違いって事か」
奴はわざとらしく人差し指を口元に当て、考え込むふりをした。
「傲慢だね」
「何がだ」
「勝手に自分の理想を押し付けて、異なる行動に出ると怒り出す。これを傲慢と言わずしてどうする。ああ、でも、それは私も同じか」
ぐっと奴は自分の顔を近づけてきた。
大きく開いた瞳に、俺が映る。
「傲慢な者同士、お似合いだと思わないか」
楽しげに笑った。
怖い。
目を閉じたい。
でも、ここで閉じたら負けな気がして、睨みつけた。
すると、奴は柔らかく目を細めた。
あっ、これ。
ハルが、ミツや俺を見るときによくする顔だ。
ああ、ハルだ。
この表情は、ハルだ。
俺がよく知っている、ハルだ。
「ほら、選んで」
綺麗なこの声が、好きだった。
こいつは、ハルなんだ。
俺の友達。
母親に真実を告げるとどうなるか、知っているはずなのに。
俺がどれだけ家族を守ろうとしているか、知っているはずなのに。
それで俺を脅している。
選択肢なんてあってないようなもの。
俺は小さく頷くと、全身から力を抜いた。
「良い子」
ハルが優しく俺の頭を撫でる。
あの日のバス停で、一人泣きそうになっているお前を見たとき、あんな事されたのに俺、力になりたいって思ったよ。
俺たちは、同じ呪いをかけられた者同士。
いつか解放されるって信じてた。
「ハル……俺たち友達じゃねぇの」
尋ねると、彼は笑顔から一転し悲しそうに目を伏せた。
「そうだね。でも、私はもう無理だ。耐えられない」
「何で」
耐えられないって何。
彼が顔を近づけてきたので、俺は顔を背ける。
「友人でいてあげられなくて、ごめんね」
両手で頬を挟まれ、深く口づけられた。
ああ、もう戻れない。
こいつも戻る気なんてなさそうだし。
また恋愛で壊れた。
どうすれば良かったのだろうと考えても、既に遅い事しか分からない。
息がもたなくなって彼の肩を叩くと、ようやく俺から離れた。
彼は興奮が冷めないのか、苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、俺をじっと見下ろしている。そして、喉仏の上下がはっきり分かるくらいに生唾を飲み込んだ。
自分の歯がカチカチと小さく鳴り出し、止まらなくなる。それを隠すため、俺は両腕で自分の顔を覆った。
「怖い?」
暗闇の中、彼のいつもの声が聞こえてきた。
俺は何度も頷く。
「私だって怖いよ」
腕を掴まれる。
引き剥がそうとしてきたので頑として動かずにいると、爪を皮膚に突き刺され、その鋭い痛みに俺は腕を退けてしまった。
目が合うと、ハルはニヤリと笑った。
「君も見ただろう? 父さんたちの光景。怖かったよね。でも、それはきっと知らないからなんだ。私たち二人なら、知る事ができる。恐怖を乗り越える事ができるんだよ」
恍惚として演説する彼の言っている意味が理解できない。
「だから、一緒に頑張ろう。ね?」
そう言うと、彼は俺の制服のシャツに付いたボタンを外し始めた。
頭が真っ白になる。
俺は目を逸らし、息を止めた。
焦らすように、妙にゆっくりと衣服を一枚一枚丁寧に剥がされていく。素肌が空気に触れる面積が広がる度、恐怖がどんどん強くなる。
「肉食動物っていうのは、我が子に狩りを見せるそうじゃないか。それと同じで、あの男も一応は親だったんだ」
「……やっぱ、考え直せよ。なかった事にしてやるから」
「まあ、嫌な男だからな、あいつは。自慢してもいたんだね。ほんと、腹立たしいと思わないか?」
「俺、男は無……うぐっ」
口を手で抑えつけられ、続きは言葉にならなかった。
頭を緩く振り涙目で訴えると、彼は優しく目を細める。
「羨ましいのか、なんて言ってきたんだ。あんな男の血が流れていると思うと寒気がする。……ああ、でも、羨ましいよ」
溜息をつくと、ハルは力なく笑った。
「私は羨ましくて仕方がなかったんだ」
こんなの嫌だよ、ハル。
俺、お前と友達になれて嬉しかったんだ。
親友かもって。
卒業した後も、仲良くできたらなって。
頼むから、正気に戻ってくれ。
自分の両目から、とうとう涙が零れ落ちた。
