「はい。これ、お土産の温泉饅頭。熱海で一番美味い所のだから」
突然電話が掛かってきて、家の前に来てくれと言うものだから慌てて外に出ると、緑色の箱を手にした彼が立っていた。
背後には黒い車が停まっており、運転席には使用人であろう初老の穏やかそうな男性が、助手席には彼の父親、後方座席にはこちらに笑顔を向ける女性、おそらく彼の母親が座っている。先生は気不味いのか、私の方を向こうとしない。
「とっとと受け取れ」
先生の方に意識が吸い寄せられていた私の手に、彼は強引に土産を渡してきた。
「……家族旅行に行くなんて、聞いていないよ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ。一言も」
つい声に怒りが滲み出てしまった。すると、彼は「何かごめんな?」と軽薄そうに笑った。
「そんな怒んなって。この温泉饅頭でチャラってことで。ちゃんとミツとも分けろよ」
「……ああ」
チャラになる訳ないだろ。
「ミツ、おらんの?」
そう尋ねられ、思い出す。確かに、二階にも一階にも弟の姿は見当たらなかった。あの子にはユウしか友人がいないため、どうせ一人で図書館にでも行っているのだろう。
「恐らく」
「やっぱり? 先にミツに電話したけど出なかったからさ、お前に掛けたんだよな。でも、ビックリした。だって、まさか、ワンコールで出るなんて思わねぇじゃん」
彼がニヤつきながら言うものだから、自分が如何に必死だったか思い知らされた私は、何も言い返せず、彼の肩を殴った。
「えっ? 痛っ」
「うるさい」
「えー。やっぱ饅頭返せ」
「返さん」
箱を取り返そうと彼が手を伸ばしてきたので、サッと両手で抱えて守った。
「そんなに欲しかったんだ」
彼が笑うと、背後から彼を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ。じゃあそろそろ、俺行くわ。父さんたち待たせてるし。二学期もよろしくなー」
彼は車に乗り込むと、車内から笑顔で私に手を振りフェイドアウトしていった。私は温泉饅頭の箱を持ったまま、その姿を呆然と見送った。
中に戻りリビングのソファに身を沈めた私は、包装紙を丁寧に剥がし開封する。温泉饅頭の一つを齧りながら寝転がると、上品な甘さが口の中に広がった。
ふざけるな。
まず、その言葉が頭の中に浮かんだ。
何が家族旅行だ。私の心労を返してほしい。
あんな場面を見せられたというのに家族旅行に行けるなんて、彼はどういう神経をしているのだろうか。家族旅行なんて私は一度も経験した事がないというのに。
けれども、彼が私を避けていた訳ではないと知り、安堵しているのも事実だった。
深い溜息をつくと共に、全身から力が抜けていく。やっと生きた心地がした。
先程の彼の姿を思い返す。元気そうで、人の気も知らないで呑気な声で会話をしていた彼。
『先にミツに電話したけど出なかったからさ、お前に掛けた』
は?
穏やかな気持ちは、瞬時に霧散した。
どうして私ではなく、弟が先なんだ。
私よりも、弟の方が優先度が高いってことか?
それに、ミツが出なかったから私だなんて、私のことを弟の代替品として見ているという事だろうか。
苛立ちの矛先が見つからず、気がつくとソファの座面を殴っていた。それでも収まらずソファから立ち上がると、箱ごと自室に持ち帰った。
弟に分けてやるつもりはなかった。
突然電話が掛かってきて、家の前に来てくれと言うものだから慌てて外に出ると、緑色の箱を手にした彼が立っていた。
背後には黒い車が停まっており、運転席には使用人であろう初老の穏やかそうな男性が、助手席には彼の父親、後方座席にはこちらに笑顔を向ける女性、おそらく彼の母親が座っている。先生は気不味いのか、私の方を向こうとしない。
「とっとと受け取れ」
先生の方に意識が吸い寄せられていた私の手に、彼は強引に土産を渡してきた。
「……家族旅行に行くなんて、聞いていないよ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ。一言も」
つい声に怒りが滲み出てしまった。すると、彼は「何かごめんな?」と軽薄そうに笑った。
「そんな怒んなって。この温泉饅頭でチャラってことで。ちゃんとミツとも分けろよ」
「……ああ」
チャラになる訳ないだろ。
「ミツ、おらんの?」
そう尋ねられ、思い出す。確かに、二階にも一階にも弟の姿は見当たらなかった。あの子にはユウしか友人がいないため、どうせ一人で図書館にでも行っているのだろう。
「恐らく」
「やっぱり? 先にミツに電話したけど出なかったからさ、お前に掛けたんだよな。でも、ビックリした。だって、まさか、ワンコールで出るなんて思わねぇじゃん」
彼がニヤつきながら言うものだから、自分が如何に必死だったか思い知らされた私は、何も言い返せず、彼の肩を殴った。
「えっ? 痛っ」
「うるさい」
「えー。やっぱ饅頭返せ」
「返さん」
箱を取り返そうと彼が手を伸ばしてきたので、サッと両手で抱えて守った。
「そんなに欲しかったんだ」
彼が笑うと、背後から彼を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ。じゃあそろそろ、俺行くわ。父さんたち待たせてるし。二学期もよろしくなー」
彼は車に乗り込むと、車内から笑顔で私に手を振りフェイドアウトしていった。私は温泉饅頭の箱を持ったまま、その姿を呆然と見送った。
中に戻りリビングのソファに身を沈めた私は、包装紙を丁寧に剥がし開封する。温泉饅頭の一つを齧りながら寝転がると、上品な甘さが口の中に広がった。
ふざけるな。
まず、その言葉が頭の中に浮かんだ。
何が家族旅行だ。私の心労を返してほしい。
あんな場面を見せられたというのに家族旅行に行けるなんて、彼はどういう神経をしているのだろうか。家族旅行なんて私は一度も経験した事がないというのに。
けれども、彼が私を避けていた訳ではないと知り、安堵しているのも事実だった。
深い溜息をつくと共に、全身から力が抜けていく。やっと生きた心地がした。
先程の彼の姿を思い返す。元気そうで、人の気も知らないで呑気な声で会話をしていた彼。
『先にミツに電話したけど出なかったからさ、お前に掛けた』
は?
穏やかな気持ちは、瞬時に霧散した。
どうして私ではなく、弟が先なんだ。
私よりも、弟の方が優先度が高いってことか?
それに、ミツが出なかったから私だなんて、私のことを弟の代替品として見ているという事だろうか。
苛立ちの矛先が見つからず、気がつくとソファの座面を殴っていた。それでも収まらずソファから立ち上がると、箱ごと自室に持ち帰った。
弟に分けてやるつもりはなかった。
