二日後、部活帰りの彼と行きつけの映画館に来ていた。
あの後、映画鑑賞に誘うとあっさり了承され、拍子抜けした。てっきり断られるものと思っていたから。
理由を尋ねたところ、「誘われたから」とふざけた回答をしたので詰め寄ると、「あんな不安そうな顔で誘われたら断れないって」と笑われた。恥ずかしくて死にたくなった。
「へぇ。この映画館ってこんな感じなんだ」
興味深そうに館内を見渡しながら、彼は感嘆の声を上げた。
「来たことないのか」
「確かに学校から近いけどさ、俺みたいな初心者じゃなくて通が来る所っぽいじゃん。やってる映画も昔のばかりだし」
「別に映画館で映画を観るのに資格も何もないだろう」
「そうだけどさ」
彼は上映作品が表示されているエリアへ近づくと、振り向いた。
「何観るんだ?」
「特に何も決めていない。選びな」
「俺が? てっきり観たいものがあるから、俺を誘ったんだと思ってた」
私が返答に詰まると、先程の言葉にさほど意味はなかったのか、「じゃあ、これ」と指差した。
「……鮫?」
「鮫。夏だし」
関係あるか?
ポスターには、いかにもCGの鮫が中央にでかでかと写っており、とんでもなくダサい日本語の煽り文が、これまたとんでもなくダサいフォントで記載されている。
というか、そもそもこれは鮫なのか?
ウロボロスのように、鮫が自身の尾を加え円環を形成しているが、一番の武器である口を封じてどう人を襲うというんだ?
「絶対つまらないよ、これ」
「つまらないから、絶対お前一人じゃ観ないだろ」
「まあ……」
渋い顔をする私を置いて彼が窓口へと向かい出したので、その後を追い、それぞれチケットを購入した。しばらく二人でグッズショップを冷やかしたり、上映作品のポスターについて中身のない話をしたりするうちに開場時刻となった。案の定、夏休みだというのに客席は疎らで、私たちのほかに観客は二、三人しかいない。
「どうしよう。不安になってきた。やっぱりこれ、めちゃくちゃつまらないのでは?」
「だから言ったじゃないか」
「俺の千百円税込み……」
「君の家だと、そんなの端金だろう」
「そうかもしれないけどさぁ。もったいないものは、もったいないって」
「ここ、払い戻し不可だから」
そう教えると、ガックリと肩を落とした。
馬鹿だ。
「俺、来世は鮫になろっかな」
「せいぜいアザラシだろう」
「それ、冒頭で食われてた奴じゃん」
「お似合いじゃないか」
「どこがだ。っていうか、まさか輪になった鮫の空洞がワープホールになっていて、そこから人を墜落させるなんてな。何食ったら思いつくんだよ」
「自分の子供にでも考えさせたんじゃないか? 小学校低学年の男子」
「絶対それだ」
映画は予想通り駄作だった。
それはもう、非の打ち所のない程で、何処からどう突っ込めばよいか分からなかった。
つまらないと思われていたら、どうしよう。
映画がつまらないのは当然だが、そんな不安に幾度も襲われ、その度に、スクリーンではなく隣席に視線が吸い寄せられた。そして、ニヤニヤしながらポップコーンを口に放り込んでいる姿を見て安堵した。
エンドロールの後、自身のワープホールに吸い込まれ消滅したはずの鮫が何故かまた復活するという蛇足の映像が流れ、シアター内の照明が点灯すると、隣席の彼は「ヤバかったな」と興奮気味に声を掛けてきた。超低予算鮫映画がお気に召したのか、彼は映画の感想を頻りに語りかけてくる。
「次、いつ行く?」
「え?」
映画館を出た後、自宅に向かう私と駅に向かう彼は途中まで道が同じなので、ダラダラと喋りながら歩いていた。気に入ってくれて良かったと、軽く意識を上映中の彼の姿に飛ばしていたため、今隣を歩いている彼の言葉に対する反応が遅れた。
「だから、次いつ行く? って」
「……ああ」
次があるなんて思いもしなかった。
ましてや、彼から誘われるとも。
動揺を悟られぬよう、涼しい顔で私は回答する。
「次の土曜か日曜はどうだろう」
「土曜は練習試合だから、日曜な。午前は用事あるから、それ終わったらお前の家行くわ」
「私の家に来るとき、正面玄関ではなく、裏口から来てくれないか」
「何で?」
「その……ミツに知られたくないから」
「まだ喧嘩してるんか。でも、裏口から入っても階段とかで遭遇するんじゃねぇの」
「その点は大丈夫。あの家はおかしな構造をしているからね」
軽く説明するために、そのまま彼を自宅前に連れてくると、周辺をぐるりと周り裏側に来た。私は鞄から鍵を取り出すと、裏門を開き彼を招く。
「ここから庭周って玄関ってこと?」
「いや、違う」
私は白い壁の中に白い塗装で隠された鍵穴に鍵を差し込むと、反時計回りに回転させる。窪みの部分に手を掛け、横にスライドさせた。
「マジックミラーに隠し扉って……アトラクションか何かか?」
「あながち、そうかもね」
彼を中に押し込むと、振り返り尋ねてきた。
「これ上ればいいのか?」
子供っぽく目を輝かせるのが微笑ましくて、この変な家に生まれた事を初めて喜ばしく思った。
「そうだ」
「オッケー」
彼はとんとんと暗い階段を上っていき最上段に辿り着くと、下で立っている私を見下ろす。
「壁しかないんだけど」
「窪みが何処かにあるはずだから、手探りで見つけて横に引けば開く」
そう伝えると、ガララと扉が開く音とともに、「開いた」という彼の呟きが落ちてきた。
「靴脱いで先上がって。そこ置いといていいから」
「はいはい」
そして、靴を揃えた彼の姿が最上段から消えると、私も階段を上り、中に入った。
「本当に三階直通なんだな」
「ああ。だから、これからはこの通路を使ってほしい。ミツは二階の部屋と一階が基本的な行動範囲だから、この階には来ない」
「この通路、何のためにあるんだ?」
「この家を建てた先代の妻が、建築士を誑かして夫に秘密で作らせたらしい。愛人を呼ぶためにね」
「うわー、ドン引き。普通そこまでするかよ」
「普通じゃなかったんだ。そして、後から気づいた夫は、妻の部屋の隣室にマジックミラーを設けた」
「……ある意味、お似合い夫婦なのかもな」
「さあね。仲は頗る良かったそうだよ。とりあえず次の日曜は、うちの近くまで来たら電話してほしい。鍵を開けに行くから」
「了解」
彼を裏門まで見送った後、自室に戻った私は先程購入した鮫映画のパンフレットをパラパラと読む。
紙すら低品質で、思わず笑った。
あの後、映画鑑賞に誘うとあっさり了承され、拍子抜けした。てっきり断られるものと思っていたから。
理由を尋ねたところ、「誘われたから」とふざけた回答をしたので詰め寄ると、「あんな不安そうな顔で誘われたら断れないって」と笑われた。恥ずかしくて死にたくなった。
「へぇ。この映画館ってこんな感じなんだ」
興味深そうに館内を見渡しながら、彼は感嘆の声を上げた。
「来たことないのか」
「確かに学校から近いけどさ、俺みたいな初心者じゃなくて通が来る所っぽいじゃん。やってる映画も昔のばかりだし」
「別に映画館で映画を観るのに資格も何もないだろう」
「そうだけどさ」
彼は上映作品が表示されているエリアへ近づくと、振り向いた。
「何観るんだ?」
「特に何も決めていない。選びな」
「俺が? てっきり観たいものがあるから、俺を誘ったんだと思ってた」
私が返答に詰まると、先程の言葉にさほど意味はなかったのか、「じゃあ、これ」と指差した。
「……鮫?」
「鮫。夏だし」
関係あるか?
ポスターには、いかにもCGの鮫が中央にでかでかと写っており、とんでもなくダサい日本語の煽り文が、これまたとんでもなくダサいフォントで記載されている。
というか、そもそもこれは鮫なのか?
ウロボロスのように、鮫が自身の尾を加え円環を形成しているが、一番の武器である口を封じてどう人を襲うというんだ?
「絶対つまらないよ、これ」
「つまらないから、絶対お前一人じゃ観ないだろ」
「まあ……」
渋い顔をする私を置いて彼が窓口へと向かい出したので、その後を追い、それぞれチケットを購入した。しばらく二人でグッズショップを冷やかしたり、上映作品のポスターについて中身のない話をしたりするうちに開場時刻となった。案の定、夏休みだというのに客席は疎らで、私たちのほかに観客は二、三人しかいない。
「どうしよう。不安になってきた。やっぱりこれ、めちゃくちゃつまらないのでは?」
「だから言ったじゃないか」
「俺の千百円税込み……」
「君の家だと、そんなの端金だろう」
「そうかもしれないけどさぁ。もったいないものは、もったいないって」
「ここ、払い戻し不可だから」
そう教えると、ガックリと肩を落とした。
馬鹿だ。
「俺、来世は鮫になろっかな」
「せいぜいアザラシだろう」
「それ、冒頭で食われてた奴じゃん」
「お似合いじゃないか」
「どこがだ。っていうか、まさか輪になった鮫の空洞がワープホールになっていて、そこから人を墜落させるなんてな。何食ったら思いつくんだよ」
「自分の子供にでも考えさせたんじゃないか? 小学校低学年の男子」
「絶対それだ」
映画は予想通り駄作だった。
それはもう、非の打ち所のない程で、何処からどう突っ込めばよいか分からなかった。
つまらないと思われていたら、どうしよう。
映画がつまらないのは当然だが、そんな不安に幾度も襲われ、その度に、スクリーンではなく隣席に視線が吸い寄せられた。そして、ニヤニヤしながらポップコーンを口に放り込んでいる姿を見て安堵した。
エンドロールの後、自身のワープホールに吸い込まれ消滅したはずの鮫が何故かまた復活するという蛇足の映像が流れ、シアター内の照明が点灯すると、隣席の彼は「ヤバかったな」と興奮気味に声を掛けてきた。超低予算鮫映画がお気に召したのか、彼は映画の感想を頻りに語りかけてくる。
「次、いつ行く?」
「え?」
映画館を出た後、自宅に向かう私と駅に向かう彼は途中まで道が同じなので、ダラダラと喋りながら歩いていた。気に入ってくれて良かったと、軽く意識を上映中の彼の姿に飛ばしていたため、今隣を歩いている彼の言葉に対する反応が遅れた。
「だから、次いつ行く? って」
「……ああ」
次があるなんて思いもしなかった。
ましてや、彼から誘われるとも。
動揺を悟られぬよう、涼しい顔で私は回答する。
「次の土曜か日曜はどうだろう」
「土曜は練習試合だから、日曜な。午前は用事あるから、それ終わったらお前の家行くわ」
「私の家に来るとき、正面玄関ではなく、裏口から来てくれないか」
「何で?」
「その……ミツに知られたくないから」
「まだ喧嘩してるんか。でも、裏口から入っても階段とかで遭遇するんじゃねぇの」
「その点は大丈夫。あの家はおかしな構造をしているからね」
軽く説明するために、そのまま彼を自宅前に連れてくると、周辺をぐるりと周り裏側に来た。私は鞄から鍵を取り出すと、裏門を開き彼を招く。
「ここから庭周って玄関ってこと?」
「いや、違う」
私は白い壁の中に白い塗装で隠された鍵穴に鍵を差し込むと、反時計回りに回転させる。窪みの部分に手を掛け、横にスライドさせた。
「マジックミラーに隠し扉って……アトラクションか何かか?」
「あながち、そうかもね」
彼を中に押し込むと、振り返り尋ねてきた。
「これ上ればいいのか?」
子供っぽく目を輝かせるのが微笑ましくて、この変な家に生まれた事を初めて喜ばしく思った。
「そうだ」
「オッケー」
彼はとんとんと暗い階段を上っていき最上段に辿り着くと、下で立っている私を見下ろす。
「壁しかないんだけど」
「窪みが何処かにあるはずだから、手探りで見つけて横に引けば開く」
そう伝えると、ガララと扉が開く音とともに、「開いた」という彼の呟きが落ちてきた。
「靴脱いで先上がって。そこ置いといていいから」
「はいはい」
そして、靴を揃えた彼の姿が最上段から消えると、私も階段を上り、中に入った。
「本当に三階直通なんだな」
「ああ。だから、これからはこの通路を使ってほしい。ミツは二階の部屋と一階が基本的な行動範囲だから、この階には来ない」
「この通路、何のためにあるんだ?」
「この家を建てた先代の妻が、建築士を誑かして夫に秘密で作らせたらしい。愛人を呼ぶためにね」
「うわー、ドン引き。普通そこまでするかよ」
「普通じゃなかったんだ。そして、後から気づいた夫は、妻の部屋の隣室にマジックミラーを設けた」
「……ある意味、お似合い夫婦なのかもな」
「さあね。仲は頗る良かったそうだよ。とりあえず次の日曜は、うちの近くまで来たら電話してほしい。鍵を開けに行くから」
「了解」
彼を裏門まで見送った後、自室に戻った私は先程購入した鮫映画のパンフレットをパラパラと読む。
紙すら低品質で、思わず笑った。
