夏休みに入り一週間が経った。
あの日以来、私は秘密基地、ミツは子供部屋を使うようになり、互いを避けて生活を送るようになっていた。
今日は母さんのお見舞いに行くと決めていたので、適当な友人と遊ぶ予定は入れなかった。
茹だるように暑い。天高く太陽が輝き、容赦なく全てを焼いていく。どうして昼頃に面会の予約を入れてしまったのだろうと自分を恨んだ。
暑さで意識が朦朧とする。病院へ向かうバス停へ行く途中、駅に新しく花屋がオープンしているのを見つけた。
花……。
店先に飾られた鮮やかな黄色の向日葵から目が離せず、蜜に誘われる羽虫のようにふらふらと店内へ足を運んだ。
向日葵をメインに、夏らしく黄色と水色でまとめた花束を母に渡そうと買った。
バスに乗り込むと、自分以外には老人が一人座っているだけで夏休みだというのにガラガラだった。このバスに乗るのは、病院に用がある人間くらいなので当然だ。だから、車内の人間は明るい顔を浮かべていないのが常で、その老人も窓の外を胡乱な目で見つめていた。きっと今、私も同じ表情をしているのだろう。
車窓の景色は、繁華街から住宅地、山の麓へと移ろいでいき、やがて鬱蒼と茂る木々しか映さなくなった。目的地に辿り着くと、私と老人を降ろしたバスは、面会を終えたであろう人々を乗せ、もと来た道を下っていった。私は病院に入ると、受付に向かう。
「二時から面会の予約を入れている加賀美です」
「はい。加賀美さんですね。……あの、そのお花って」
「お見舞い用ですが」
「ごめんなさい。お花は持ち込む事ができないんです」
「あっ」
すっかり失念していた。
ここ数年で厳しくなったのだった。それゆえ、普段は花なんて持っていったりしないのに、暑さで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「なので、そのお花は」
「あら。加賀美さんとこのお坊ちゃんじゃない」
面識のある看護師が受付にやって来たので挨拶を交わす。
「この子のお母さんは個室だから、大目に見てあげてちょうだい」
「はぁ……わかりました」
「綺麗なお花ね。お母さんに見せてあげたら、きっと喜ぶわ」
「ありがとうございます」
一礼すると、母さんの病室へ向かった。
あの病室から見える景色なんて、森だけだ。四季折々の姿は見せてくれるが、それ以上のものはない。
せめて美しい花で母さんの心を少しでも和らげてあげたかった。
病室に入ると、いつも通り母さんはベットに横たわり、濁った目で天井を見つめていた。嵌め殺しの窓の外に広がる景色には微塵も興味がないようだ。
昔はあんなに綺麗な人だったのに今や見る影もなく、肌は青白く無数に皺が走り、白髪混じりの髪は細く艶がない。
そんな姿が悲しくて、来なければよかった、と来る度に思ってしまう。
「母さん」
入口で呼べど、こちらを見る様子はない。足を踏み入れ、母さんに私は近づく。
「陽輝だよ。外はすごく暑くてさ、この部屋は涼しくていいね」
母さんは微動だにしない。
私は更に近づいた。
「今日は、花を買ってきたんだ。向日葵。今の季節に」
突然、母さんがこちらを向いた。
「母さん?」
「私は……」
「妃奈子は……」
「花なんてっ、大っっ嫌いなのよっっっ」
母さんは物凄い勢いで花束を奪い取ると、思いっきり私に投げつけた。その勢いで派手に転んでしまい、点滴や器具が倒れる。けたたましい警告音が鳴り始める中、母さんの怒声が響き渡る。
「こんなものっ。こんなものがあるからいけないのよっ。全部っ。全部っ。死ねっ。早く死んでしまえっっ」
散らばる花の中、腰が抜けた私は床にぺたりと座り込み、暴れる母さんを為す術もなく見上げた。
「陽輝くんっ」
首だけで振り返ると、数人の看護師が入口に立っており、次々と中に入ってきた。
「加賀美さんっ。落ち着いてっ」
「離せっ。離せっつってんだろーがっっ」
「母さん……」
とんとんと肩を叩かれると、先程の顔見知りの看護師が隣にしゃがんでいた。
「陽輝くん。危ないから今すぐここを離れて」
私の腰に手を回し立ち上がらせると、病室の外へ連れ出した。振り返ると、母さんは数人の看護師に押さえつけられ怒声を撒き散らしていた。
「母さん……」
ごめんなさい。
あの日以来、私は秘密基地、ミツは子供部屋を使うようになり、互いを避けて生活を送るようになっていた。
今日は母さんのお見舞いに行くと決めていたので、適当な友人と遊ぶ予定は入れなかった。
茹だるように暑い。天高く太陽が輝き、容赦なく全てを焼いていく。どうして昼頃に面会の予約を入れてしまったのだろうと自分を恨んだ。
暑さで意識が朦朧とする。病院へ向かうバス停へ行く途中、駅に新しく花屋がオープンしているのを見つけた。
花……。
店先に飾られた鮮やかな黄色の向日葵から目が離せず、蜜に誘われる羽虫のようにふらふらと店内へ足を運んだ。
向日葵をメインに、夏らしく黄色と水色でまとめた花束を母に渡そうと買った。
バスに乗り込むと、自分以外には老人が一人座っているだけで夏休みだというのにガラガラだった。このバスに乗るのは、病院に用がある人間くらいなので当然だ。だから、車内の人間は明るい顔を浮かべていないのが常で、その老人も窓の外を胡乱な目で見つめていた。きっと今、私も同じ表情をしているのだろう。
車窓の景色は、繁華街から住宅地、山の麓へと移ろいでいき、やがて鬱蒼と茂る木々しか映さなくなった。目的地に辿り着くと、私と老人を降ろしたバスは、面会を終えたであろう人々を乗せ、もと来た道を下っていった。私は病院に入ると、受付に向かう。
「二時から面会の予約を入れている加賀美です」
「はい。加賀美さんですね。……あの、そのお花って」
「お見舞い用ですが」
「ごめんなさい。お花は持ち込む事ができないんです」
「あっ」
すっかり失念していた。
ここ数年で厳しくなったのだった。それゆえ、普段は花なんて持っていったりしないのに、暑さで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「なので、そのお花は」
「あら。加賀美さんとこのお坊ちゃんじゃない」
面識のある看護師が受付にやって来たので挨拶を交わす。
「この子のお母さんは個室だから、大目に見てあげてちょうだい」
「はぁ……わかりました」
「綺麗なお花ね。お母さんに見せてあげたら、きっと喜ぶわ」
「ありがとうございます」
一礼すると、母さんの病室へ向かった。
あの病室から見える景色なんて、森だけだ。四季折々の姿は見せてくれるが、それ以上のものはない。
せめて美しい花で母さんの心を少しでも和らげてあげたかった。
病室に入ると、いつも通り母さんはベットに横たわり、濁った目で天井を見つめていた。嵌め殺しの窓の外に広がる景色には微塵も興味がないようだ。
昔はあんなに綺麗な人だったのに今や見る影もなく、肌は青白く無数に皺が走り、白髪混じりの髪は細く艶がない。
そんな姿が悲しくて、来なければよかった、と来る度に思ってしまう。
「母さん」
入口で呼べど、こちらを見る様子はない。足を踏み入れ、母さんに私は近づく。
「陽輝だよ。外はすごく暑くてさ、この部屋は涼しくていいね」
母さんは微動だにしない。
私は更に近づいた。
「今日は、花を買ってきたんだ。向日葵。今の季節に」
突然、母さんがこちらを向いた。
「母さん?」
「私は……」
「妃奈子は……」
「花なんてっ、大っっ嫌いなのよっっっ」
母さんは物凄い勢いで花束を奪い取ると、思いっきり私に投げつけた。その勢いで派手に転んでしまい、点滴や器具が倒れる。けたたましい警告音が鳴り始める中、母さんの怒声が響き渡る。
「こんなものっ。こんなものがあるからいけないのよっ。全部っ。全部っ。死ねっ。早く死んでしまえっっ」
散らばる花の中、腰が抜けた私は床にぺたりと座り込み、暴れる母さんを為す術もなく見上げた。
「陽輝くんっ」
首だけで振り返ると、数人の看護師が入口に立っており、次々と中に入ってきた。
「加賀美さんっ。落ち着いてっ」
「離せっ。離せっつってんだろーがっっ」
「母さん……」
とんとんと肩を叩かれると、先程の顔見知りの看護師が隣にしゃがんでいた。
「陽輝くん。危ないから今すぐここを離れて」
私の腰に手を回し立ち上がらせると、病室の外へ連れ出した。振り返ると、母さんは数人の看護師に押さえつけられ怒声を撒き散らしていた。
「母さん……」
ごめんなさい。
