閉鎖生態系ver.2.0

「いた」
 秘密基地のソファに身を沈めて本を読んでいると、部屋に入ってきた弟の声が聞こえた。
「何が」
 本から顔を上げずに返した。
 物語はいよいよ終盤。どうもこの調子だと主人公とヒロインは互いの気持ちを確かめ合い恋人となるようだ。
 つまらない。とんだ期待外れである。
「京本先生の息子」
「は?」
 その言葉を聞いた瞬間、手にしている本の内容が綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちてしまった。
「……京本大雅くんは違っただろう?」
「七組の京本優希」
「ゆうき……」
 加賀美悠星のゆう。京本洋紀のき。
 あの男がつけそうな、気持ち悪い名前だ。
「知らないな。中等部三年のときは、何組だった?」
「外部生」
「ああ。なるほどね」
 どうりで知らない訳だ。
 七組となると、一組の自分とは教室が離れているうえ、合同授業もない。それに、まさか高等部から入学してくるとは考えもしなかった。一体どういう風の吹き回しだ。
「でも、京本先生のご子息とは確定できないだろう」
「外見が似ている。華道の家。父親がうち出身」
「満点だ。どうやって調べた?」
「同じクラスに米倉くんという子がいるんだけど、夏あたりから、その子のところによく来るようになった。サッカー部の友達らしい。外部生だから、仲の良い子ができて嬉しいんじゃないかな。よく喋っているよ」
「それで、盗み聞きをしていると」
「うん」
 何の後ろめたさもない声。この子の悪い癖だ。
「どうだった?」
「何も知らないみたい。にこにこしていて、幸せそう」
「へぇ、そう」 
「こんなの、おかしいよ」
「と、いうと?」
「僕たちの家は、最初からめちゃくちゃだ。あの子も同じ境遇なはず。それなのに、愛されて、安心して、幸せそうで……許せないよ」
「どうして、その子が愛されていると思ったんだい?」
「今日のお弁当は父さんが作っただの、サッカーの試合に両親が応援に来ただの、嬉しそうに話していたから」
「十分かな」
「僕、あの子嫌い」
 寝そべる私に近寄ると、顔を覗き込みニヤリと笑った。
「ねぇ、壊しちゃおうよ」
「……私たちにどんなメリットが?」
「復讐」
「その子は別に何も悪くないだろう」
「悪い。一番悪い。無知で幸福なんて、絶対に許せない」
 淡々と言うが、この上ない怒りが込められている事は明らかだった。
 放置しておくと、危ないかもしれない。これは、私が介入して手綱を握っておく必要があるだろう。
「私の弟はまったくこれだから怖いね」
 手にしていた本に栞を挟むと、机の上に置いた。
「地獄の同居人が、ちょうどもう一人欲しいところだったんだ」
 スマホを手に取ると、メモアプリを開いた。身体を起こし、空いているところをぽんぽんと叩く。
「プロットは?」