閉鎖生態系ver.2.0

 翌日、朝っぱらから、ハルは出かけてしまった。
 午前中はお気に入りの映画館に一人で行き、午後は友達の家に遊びに行くらしい。映画館に誘われたけど、勉強しないといけないと断った。まったく、試験前なのに呑気なものだ。
 童話だったら、眠りこけたウサギは負けてしまうのに、この兄と来たらいくら眠りこけていても、いつだって一等賞を掻っ攫ってしまう。やるせない事この上ない。
 父さんもふらっとどこかに外出したようで、広い家には僕一人だった。
 さて、どうしよう。
 図書館で勉強しようかと思ったけれど、知らない人とはいえ、今は誰とも顔を合わせたくなかった。この土日は、家に籠もって試験勉強に励むことにした。
 父さんが言っていた事はあながち間違いではない。
 まともに人と関わる事ができない僕には、勉強しか取り柄がない。それさえも兄に劣るというのに、これが欠けたら僕という存在の価値はいよいよ終わりなのだった。
 父さんの言葉に胸が痛むのは、それが認めたくない真実だからなのである。
 遅い朝食を終えた僕は二階へと上がるも、ふと思うところがあり、足を三階へと運んだ。秘密基地に入ると、スクリーンは巻き上げられたままになっていて隣室がよく見えた。ソファにぼすんと身体を沈め、座面をそっと撫でた。
 あれは、ちょうど先週の出来事だった。
 あのときは、まさかこんな事になるなんて、予想しなかった。ある意味、そのときの僕は幸せだったのだろう。もしかしたら、僕の人生の最高幸福地点は、そこだったのかもしれない。
 後は下るだけ。
 身体を横に倒し、ソファにうつぶせに寝そべった。
 ここでユウは泣いて暴れていた。
 自分を守ろうと必死に足掻いていたけれど、僕たちに壊されてしまった。
 タイムリープできないかな。
 そんな馬鹿な考えが頭に浮かんだものの、仮にあのときに戻れたとしても、自分を止められた気がしない。自分こそが正義だと思っている奴ほど厄介なものはない。
 ちらりと隣に目をやった。
 マジックミラーの奥には誰もいない。
 あんな人だけど、父さんは特定の人物と二十年以上にもわたって関係を継続できているのだ。僕には到底できそうにない。
『本当に俺の子なのか?』
 父さんが疑問に思うのも最もだ。僕と父さんで似ているところなんて、外見くらいのものだろう。ハルの方がずっと似ている。だから、父さんにとって自分の息子は「陽輝」だけなんだ。一個買ったらもう一個付いてくる! みたいな。
「ふふっ」
 頭の中でおかしなCMが流れ、僕は一人笑った。
 ハルのおまけ、か。
 何もかも劣る僕にお似合いの称号だ。
 せめてちょっとはマシなおまけになろう。
 ソファから立ち上がり秘密基地を出ると、自室に向かった。
 土曜日も日曜日も、僕は部屋に籠もって、ひたすら問題を解き続けた。