「浮かない顔だねぇ」
ハルはブロッコリーをフォークで突き刺すと、ニヤリと笑った。
「うん……」
あの後、僕はぼんやり帰路についた。どうやって帰ったのか正直覚えていない。ただ、自分の頭の中で、これまでのユウの姿と先程の姿とが、走馬灯のように延々と流れていた。ハルと夕食の準備をしている間も夢うつつで、食事も今自分が何を咀嚼しているのかすら分かっていない。
「それで、私たちは京本優希に完全に嫌われてしまった、という事だね?」
「うん……」
「それは、そうだろう」
ハルはブロッコリーが突き刺さっているフォークをくるくる回し、口に入れた。
「そうなの?」
嚥下すると、ハルはクスクスと楽しそうに笑う。
「そうさ。確かに、同じ傷を持つ者同士は特別な関係になりやすい。その傷を舐めて癒やす事ができるのは、同じ傷を持つ者だけだからね。だから、ミツの考えは途中までは正しかったのさ」
「どこからが違うの?」
「それは京本優希も言っていたんだろう? その傷をつけたのが、同じ傷を持つ者その人だったからだ」
「僕は傷をつけたんじゃなくて、傷がついているって教えてあげただけだよ」
「だから、教えてもらいたくなかったのさ、彼は」
「本当の事を知らないなんて可哀想だよ」
ハルは「可哀想ねぇ」とチキンステーキにナイフを通すと、音もなく切断していく。一欠片食べたハルは、口の端についたソースを舐めた。
「現実というものは、それはもう酷いものさ。私には直視できないね。やはり、人は美しい物語の中に逃げ込みでもしないと、到底幸福になんてなれないのさ」
「それは、問題を先送りにしているだけじゃないの?」
「その問題は、解決する必要があるのかな?」
「問題は、答えを出すために存在するでしょ」
「答えがなくても、導かなくても、問題は問題だ」
「何それ。意味分かんない」
「別に分からなくていい」
ハルは口を閉ざすと食事を再開した。食べないわけにはいかないので、僕も兄に倣い手と口を動かし始めた。
しばらく無言でお互い食事を続けるも、今日、ユウと話したときに感じたような気不味さは一切ない。
話す事がないから話さない。それだけだ。
視線を目の前の兄に向けた。
今日も僕にそっくり。鏡の前でご飯を食べているような気分になる。
「ともあれ、私たちは見事に目標を達成したんだ。喜ぶべきなんじゃないか?」
「そうだけど……」
「何が不満なのかな。何も知らず平和に過ごしていた京本優希を、私たちと同じ地獄へ堕とした。完璧じゃないか。流石は私の弟なだけある、素晴らしいプロットだったよ」
ハルに計画を褒められて、じくりと胸が痛んだ。最初に褒められたときは、あんなに嬉しかったのに。
「土曜日の夜は、僕もそう思っていたよ。でも、ユウが学校に来なくなっちゃって、僕に笑いかけてくれなくなっちゃって……何か嫌だ」
「へぇ……」
素直に自分の気持ちを口にすると、ハルは興味深そうに薄く笑った。絶対に碌でもない事を考えている。ハルの悪い癖だ。
「ここから先は特に想定していなかったが……確かに、ここで幕を下ろすにはなかなか惜しい」
人差し指で机をとん、とんと叩き始める。きっと今、ハルの思考はここではなくて、どこか遠いところに飛んでいる。
「ミツ。明日も彼の自宅を訪ねなよ」
「ええっ。そんな事していいの? だって僕、嫌われちゃったから……」
また家に行ったら、もっと嫌われちゃうのでは?
「仲良くなりたいんだろう?」
「うん」
僕が頷くと、ずいっと、人差し指でハルはこちらを指してきた。
「じゃあ、指をくわえて見ているようではダメだ。動いてみないと、始まるものも始まらない。いつだって、行動力のある奴が勝つんだよ」
「ユウのところにまた行って……僕は何をすればいいの?」
「やりたいようにやればいい」
ハルは、ステーキの最後の一欠片を、グサリとフォークで突き刺した。
「どうせいつか、皆死ぬのだからね」
ハルはブロッコリーをフォークで突き刺すと、ニヤリと笑った。
「うん……」
あの後、僕はぼんやり帰路についた。どうやって帰ったのか正直覚えていない。ただ、自分の頭の中で、これまでのユウの姿と先程の姿とが、走馬灯のように延々と流れていた。ハルと夕食の準備をしている間も夢うつつで、食事も今自分が何を咀嚼しているのかすら分かっていない。
「それで、私たちは京本優希に完全に嫌われてしまった、という事だね?」
「うん……」
「それは、そうだろう」
ハルはブロッコリーが突き刺さっているフォークをくるくる回し、口に入れた。
「そうなの?」
嚥下すると、ハルはクスクスと楽しそうに笑う。
「そうさ。確かに、同じ傷を持つ者同士は特別な関係になりやすい。その傷を舐めて癒やす事ができるのは、同じ傷を持つ者だけだからね。だから、ミツの考えは途中までは正しかったのさ」
「どこからが違うの?」
「それは京本優希も言っていたんだろう? その傷をつけたのが、同じ傷を持つ者その人だったからだ」
「僕は傷をつけたんじゃなくて、傷がついているって教えてあげただけだよ」
「だから、教えてもらいたくなかったのさ、彼は」
「本当の事を知らないなんて可哀想だよ」
ハルは「可哀想ねぇ」とチキンステーキにナイフを通すと、音もなく切断していく。一欠片食べたハルは、口の端についたソースを舐めた。
「現実というものは、それはもう酷いものさ。私には直視できないね。やはり、人は美しい物語の中に逃げ込みでもしないと、到底幸福になんてなれないのさ」
「それは、問題を先送りにしているだけじゃないの?」
「その問題は、解決する必要があるのかな?」
「問題は、答えを出すために存在するでしょ」
「答えがなくても、導かなくても、問題は問題だ」
「何それ。意味分かんない」
「別に分からなくていい」
ハルは口を閉ざすと食事を再開した。食べないわけにはいかないので、僕も兄に倣い手と口を動かし始めた。
しばらく無言でお互い食事を続けるも、今日、ユウと話したときに感じたような気不味さは一切ない。
話す事がないから話さない。それだけだ。
視線を目の前の兄に向けた。
今日も僕にそっくり。鏡の前でご飯を食べているような気分になる。
「ともあれ、私たちは見事に目標を達成したんだ。喜ぶべきなんじゃないか?」
「そうだけど……」
「何が不満なのかな。何も知らず平和に過ごしていた京本優希を、私たちと同じ地獄へ堕とした。完璧じゃないか。流石は私の弟なだけある、素晴らしいプロットだったよ」
ハルに計画を褒められて、じくりと胸が痛んだ。最初に褒められたときは、あんなに嬉しかったのに。
「土曜日の夜は、僕もそう思っていたよ。でも、ユウが学校に来なくなっちゃって、僕に笑いかけてくれなくなっちゃって……何か嫌だ」
「へぇ……」
素直に自分の気持ちを口にすると、ハルは興味深そうに薄く笑った。絶対に碌でもない事を考えている。ハルの悪い癖だ。
「ここから先は特に想定していなかったが……確かに、ここで幕を下ろすにはなかなか惜しい」
人差し指で机をとん、とんと叩き始める。きっと今、ハルの思考はここではなくて、どこか遠いところに飛んでいる。
「ミツ。明日も彼の自宅を訪ねなよ」
「ええっ。そんな事していいの? だって僕、嫌われちゃったから……」
また家に行ったら、もっと嫌われちゃうのでは?
「仲良くなりたいんだろう?」
「うん」
僕が頷くと、ずいっと、人差し指でハルはこちらを指してきた。
「じゃあ、指をくわえて見ているようではダメだ。動いてみないと、始まるものも始まらない。いつだって、行動力のある奴が勝つんだよ」
「ユウのところにまた行って……僕は何をすればいいの?」
「やりたいようにやればいい」
ハルは、ステーキの最後の一欠片を、グサリとフォークで突き刺した。
「どうせいつか、皆死ぬのだからね」
