(迅くんが連れて行きたい場所ってどこなのかしら)
迅に人間界を案内してもらった翌日。
天寧は早朝に起床し、彼との待ち合わせ場所に向かって宿内を歩いていた。
公務以外での外出ということで過保護な父を説得するのにだいぶ時間がかかったが、きちんと護衛をつけるのであれば、と何とか許可を得ることが出来た。
(迅くんの名前は出さなかったけれど、また彼が護衛だって知ったら、変な誤解が生まれそうだもの。お父さまには申し訳ないけれど黙っていた方が正解よね)
本当に迅とは仲の良い幼なじみで、それ以上の関係ではないのだが、男女が二人きりというだけで龍王である父は心配する。
彼が護衛を務めることには変わりはないし嘘ではないので、静かにしておいた方が父の性格上、良いのは知っていた。
(それに外出するのは公務が始まる短時間だけ。すぐに戻れば問題はないわよね)
そう考えながら廊下を歩いていると待ち合わせ場所である宿の入り口に迅が立っていた。
壁に掛けられている時計で時刻を確認するとまだ約束の時間ではないが、待たせてしまったかもしれないと気持ちが焦り始める。
天寧は慌てて歩く足を速めて彼に近づいた。
「お、おはよう迅くんっ。待たせてしまったかしら……!」
「天寧さん、おはよう。いや、俺もさっき来たところだ。それにまだ約束の時間になっていないから気にしないで」
「ありがとう、わたしも余裕をもって部屋を出たけれど貴方の方がずいぶんと早かったから驚いたわ」
「天寧さんといられるのが嬉しくて早くに目が覚めてしまったんだ。今日から君もまた公務で忙しくなるだろう? 少しでも長く一緒にいたくて」
「……!そ、それってどういう……」
言葉の真意を確かめようとしたとき、窓から差し込んだきらりとした光に遮られてしまった。
どうやら朝日が昇り始めたのだろう。
それに気がついた迅は焦った様子で天寧の手をひく。
急に手を握られてどくんと鼓動が飛び跳ねた。
そして迅は天寧の小さい手を包み込んだまま外へ向かっていく。
「きゅ、急にどうしたのっ!?」
「太陽が昇りきる前に君に見せたい景色があるんだ」
「見せたい景色って?」
「それは着いてからのお楽しみ。さあ行こう!」
まるで子供のように笑う迅に思わず魅入ってしまってそれ以上何も問うことが出来なかった。
そして天寧は彼に身を委ねたまま目的地まで行くのだった。
宿の敷地内に止めていた自動車に乗ると、迅の運転で目的地まで移動する。
あの気弱だった彼が真剣な面持ちで運転をする姿に驚きを隠せないまま、しばらく揺られているとゆっくりと停車した。
「さあ、着いたよ」
「ここって小さい頃よく来ていた……」
自動車から降りるとそこは帝都では珍しい自然豊かな丘だった。
丘といってもそこまで高く広いわけではなく、知るぞ人知る穴場である。
けれどここの頂上から見る景色は特別美しく、それを気に入って、幼い頃に迅と二人でよく遊びに来ていたのだ。
草の匂いが鼻を抜け、ひんやりとする風が頬に当たって気持ちが良い。
その綺麗な空気を胸いっぱいに吸ってゆっくりと吐いた。
「懐かしい……。迅くんが連れて行きたい場所ってここだったのね」
深呼吸をして隣に立つ迅を見ると彼は優しく微笑んで頷いた。
「ずっと難しいことを考えていると息が詰まるだろう? だからたまには気分転換や息抜きも必要だと思ったんだ。真面目な天寧さんならなおさら、ね」
(あ……。昨日のことがあったから気をつかってくれたのね……)
これからの公務に不安を抱いていた天寧を見て元気づけようと彼なりに色々と考えてくれたのだろう。
昨夜も励ましの言葉はかけてもらったけれど、一生懸命に親身になってくれる優しさが伝わって胸がじんわりとあたたかくなる。
「ありがとう、迅くん。いつも貴方に救われているわ」
「俺は天寧さんが笑顔でいられるなら、どんな努力でもする。国も民も当然だけど君を守って幸せにしたくて軍人になったのだから」
朝日に照らされながら想いを伝えてくれる彼の姿は凜々しくそして他の誰よりも美しい。
天寧は自身の心に芽生えた感情に気がつくとそっと胸に手を添えた。
そして向いていた体を彼から丘の頂上へと変えるとゆっくりと呼吸を整える。
「えいっ!」
「あ、天寧さん!?」
急に丘を全力で駆け上がった天寧。
病弱な彼女が起こした行動に迅はかなり驚いているようだ。
彼の気持ちに応えるにはどうしたら良いか、天寧なりに考えた末に出したのは走ることだった。
「はあ、はあ……」
丘の頂上に着き、植えられている大木に手をつきながら息を整える。
今まで激しい運動は制限していた。
けれど多少は乱れているものの懸念していたほどではなく、ほっと胸を撫で下ろした。
「天寧さんはやっぱり足が速いな」
迅も天寧を追って丘を駆け上がると彼女の横に並んだ。
彼もかなり体力をつけたのだろう。
子供の頃と違ってまったく息を切らしていない。
その調子ならもっと長い距離を走れそうだ。
「急に走ってしまってごめんなさい」
「驚いたけれどまたあの頃の天寧さんが見られて嬉しいよ。天真爛漫な君も大好きだったから」
「へっ!? 今、大好きって……」
直球すぎる彼の言葉に鈍感な天寧もさすがに気づいた。
自分が一人の女性として好意を抱かれていることを。
迅は決意するように一度、目を閉じると再び開き、こちらに向き直った。
鼓動が早鐘を打ち、まるで人気のない朝の静かさのせいで時が止まったかのようにも思える。
「天寧さんが好きだよ、昔からずっと」
ずっと今まで弟のような友人のような存在だった彼が自分に恋をしてくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて心が震えた。
「……わたしは」
この数日間を彼と過ごして気がついたことがある。
弟、そして友人ではなく一人の男性として惹かれていることを。
胸に生まれた感情を一つ一つ確かめながら言葉を紡いだ。
「わたしも迅くんが好き。貴方が傍にいてくれるだけで心があたたかくなる。一緒に過ごしていくたびに幸せで満たされていくの」
「天寧さん……。ありがとう、気持ちを伝えてくれて」
迅はそっと天寧の手をひくと自分の腕の中へと包み込んだ。
伝わる体温と彼の少し早い鼓動が聞こえて一気に体が熱くなる。
「これから俺たちには大変な運命が待ち構えているだろうけれど、どんなことがあっても君のことは必ず守るから。隣にいて幸せにする役目は他の男には譲らない」
「わたしも貴方にふさわしい女性でいられるように努力し続ける。堂々と胸を張って一緒に未来を歩めるように」
太陽が昇り、柔らかな陽射しが抱き締め合う二人を照らす。
そして交わす約束は確かな決意と愛で満ち溢れていたのだった。
迅に人間界を案内してもらった翌日。
天寧は早朝に起床し、彼との待ち合わせ場所に向かって宿内を歩いていた。
公務以外での外出ということで過保護な父を説得するのにだいぶ時間がかかったが、きちんと護衛をつけるのであれば、と何とか許可を得ることが出来た。
(迅くんの名前は出さなかったけれど、また彼が護衛だって知ったら、変な誤解が生まれそうだもの。お父さまには申し訳ないけれど黙っていた方が正解よね)
本当に迅とは仲の良い幼なじみで、それ以上の関係ではないのだが、男女が二人きりというだけで龍王である父は心配する。
彼が護衛を務めることには変わりはないし嘘ではないので、静かにしておいた方が父の性格上、良いのは知っていた。
(それに外出するのは公務が始まる短時間だけ。すぐに戻れば問題はないわよね)
そう考えながら廊下を歩いていると待ち合わせ場所である宿の入り口に迅が立っていた。
壁に掛けられている時計で時刻を確認するとまだ約束の時間ではないが、待たせてしまったかもしれないと気持ちが焦り始める。
天寧は慌てて歩く足を速めて彼に近づいた。
「お、おはよう迅くんっ。待たせてしまったかしら……!」
「天寧さん、おはよう。いや、俺もさっき来たところだ。それにまだ約束の時間になっていないから気にしないで」
「ありがとう、わたしも余裕をもって部屋を出たけれど貴方の方がずいぶんと早かったから驚いたわ」
「天寧さんといられるのが嬉しくて早くに目が覚めてしまったんだ。今日から君もまた公務で忙しくなるだろう? 少しでも長く一緒にいたくて」
「……!そ、それってどういう……」
言葉の真意を確かめようとしたとき、窓から差し込んだきらりとした光に遮られてしまった。
どうやら朝日が昇り始めたのだろう。
それに気がついた迅は焦った様子で天寧の手をひく。
急に手を握られてどくんと鼓動が飛び跳ねた。
そして迅は天寧の小さい手を包み込んだまま外へ向かっていく。
「きゅ、急にどうしたのっ!?」
「太陽が昇りきる前に君に見せたい景色があるんだ」
「見せたい景色って?」
「それは着いてからのお楽しみ。さあ行こう!」
まるで子供のように笑う迅に思わず魅入ってしまってそれ以上何も問うことが出来なかった。
そして天寧は彼に身を委ねたまま目的地まで行くのだった。
宿の敷地内に止めていた自動車に乗ると、迅の運転で目的地まで移動する。
あの気弱だった彼が真剣な面持ちで運転をする姿に驚きを隠せないまま、しばらく揺られているとゆっくりと停車した。
「さあ、着いたよ」
「ここって小さい頃よく来ていた……」
自動車から降りるとそこは帝都では珍しい自然豊かな丘だった。
丘といってもそこまで高く広いわけではなく、知るぞ人知る穴場である。
けれどここの頂上から見る景色は特別美しく、それを気に入って、幼い頃に迅と二人でよく遊びに来ていたのだ。
草の匂いが鼻を抜け、ひんやりとする風が頬に当たって気持ちが良い。
その綺麗な空気を胸いっぱいに吸ってゆっくりと吐いた。
「懐かしい……。迅くんが連れて行きたい場所ってここだったのね」
深呼吸をして隣に立つ迅を見ると彼は優しく微笑んで頷いた。
「ずっと難しいことを考えていると息が詰まるだろう? だからたまには気分転換や息抜きも必要だと思ったんだ。真面目な天寧さんならなおさら、ね」
(あ……。昨日のことがあったから気をつかってくれたのね……)
これからの公務に不安を抱いていた天寧を見て元気づけようと彼なりに色々と考えてくれたのだろう。
昨夜も励ましの言葉はかけてもらったけれど、一生懸命に親身になってくれる優しさが伝わって胸がじんわりとあたたかくなる。
「ありがとう、迅くん。いつも貴方に救われているわ」
「俺は天寧さんが笑顔でいられるなら、どんな努力でもする。国も民も当然だけど君を守って幸せにしたくて軍人になったのだから」
朝日に照らされながら想いを伝えてくれる彼の姿は凜々しくそして他の誰よりも美しい。
天寧は自身の心に芽生えた感情に気がつくとそっと胸に手を添えた。
そして向いていた体を彼から丘の頂上へと変えるとゆっくりと呼吸を整える。
「えいっ!」
「あ、天寧さん!?」
急に丘を全力で駆け上がった天寧。
病弱な彼女が起こした行動に迅はかなり驚いているようだ。
彼の気持ちに応えるにはどうしたら良いか、天寧なりに考えた末に出したのは走ることだった。
「はあ、はあ……」
丘の頂上に着き、植えられている大木に手をつきながら息を整える。
今まで激しい運動は制限していた。
けれど多少は乱れているものの懸念していたほどではなく、ほっと胸を撫で下ろした。
「天寧さんはやっぱり足が速いな」
迅も天寧を追って丘を駆け上がると彼女の横に並んだ。
彼もかなり体力をつけたのだろう。
子供の頃と違ってまったく息を切らしていない。
その調子ならもっと長い距離を走れそうだ。
「急に走ってしまってごめんなさい」
「驚いたけれどまたあの頃の天寧さんが見られて嬉しいよ。天真爛漫な君も大好きだったから」
「へっ!? 今、大好きって……」
直球すぎる彼の言葉に鈍感な天寧もさすがに気づいた。
自分が一人の女性として好意を抱かれていることを。
迅は決意するように一度、目を閉じると再び開き、こちらに向き直った。
鼓動が早鐘を打ち、まるで人気のない朝の静かさのせいで時が止まったかのようにも思える。
「天寧さんが好きだよ、昔からずっと」
ずっと今まで弟のような友人のような存在だった彼が自分に恋をしてくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて心が震えた。
「……わたしは」
この数日間を彼と過ごして気がついたことがある。
弟、そして友人ではなく一人の男性として惹かれていることを。
胸に生まれた感情を一つ一つ確かめながら言葉を紡いだ。
「わたしも迅くんが好き。貴方が傍にいてくれるだけで心があたたかくなる。一緒に過ごしていくたびに幸せで満たされていくの」
「天寧さん……。ありがとう、気持ちを伝えてくれて」
迅はそっと天寧の手をひくと自分の腕の中へと包み込んだ。
伝わる体温と彼の少し早い鼓動が聞こえて一気に体が熱くなる。
「これから俺たちには大変な運命が待ち構えているだろうけれど、どんなことがあっても君のことは必ず守るから。隣にいて幸せにする役目は他の男には譲らない」
「わたしも貴方にふさわしい女性でいられるように努力し続ける。堂々と胸を張って一緒に未来を歩めるように」
太陽が昇り、柔らかな陽射しが抱き締め合う二人を照らす。
そして交わす約束は確かな決意と愛で満ち溢れていたのだった。



