翌日から、怒涛のくすぐり攻撃でもされるのかと、僕は身構えていた。
しかし、そんなことは全くなく、むしろ休み時間のたびに望陽と風太が来ることさえなくなった。
まったくの凪状態。
もしかして、僕が思っていたほど本気じゃなくて、面倒くせぇと投げ出したのかと、一瞬頭をよぎったが、そんなことはないだろう。
仲良くなってからは、そんなに経っていない。
それでも、二人が信じるに値することはなんとなく感じていた。
昼休み、僕はソワソワしていた。
先輩から逃げる意図もあったから、たいていは望陽と風太が先にパソコン教室に来ていた。
しかし今日は、僕の方が先だった。
午前中に、信じるに値するなんて思っていたけれど、それと、僕との関係をどの程度重く見ているかは別だった。
適当にブッチしても問題ないくらい軽く見られていたらどうしよう……。
これは二人の性格を疑っているというより、人付き合いをあまりしてこなかった僕の自信のなさからきているものなんだと思う。
だから、望陽と風太が少し言い合いのようなものをしながら、パソコン教室のドアをくぐった時には、かなりほっとした。
「俺が先」
「いや、俺が先に見てもらう」
肩をぶつけ合いながら、望陽と風太は僕の前で立ち止まる。
「はいっ」
挨拶もなく、二人は頭を深々と下げながら、同時にノートとルーズリーフを差し出した。
以前、バラエティ企画のお見合い番組で見た、告白シーンみたいだった。
「えっと……あの」
僕は困惑した。そして、どちらも受け取らなかった。
「読まないよ?」
「えっ!」
望陽と風太は同時に顔を上げた。その目は大きく見開かれていた。
「あの、読んでも意味ないから」
「え、だって、ネタ持ってこいっていったの多日登じゃん」
早速、望陽が頬を膨らませる。
僕は言葉足らずだったことを反省しながら、ゆっくりと首を左右に振った。
「やって見せてとは言わないけど、並んで立って、読み合わせ方式で発表してよ」
「えぇっ!?」
二人の息の合った叫びが響く。
気持ちはわかる。
相手のネタを読んだ時点で、これは俺の好みじゃねぇって突き返していたんだ。
今さら、それを自分の口で読むのにも抵抗があるのだろう。
「とりあえず、パートの確認だけして、今は一切相手のネタに文句は言わずに、声に出して読んでほしい」
二人は顔を見合わせた。
「あ、どうせなら購買部でコピーしてくるから、一旦貸して」
呆気に取られる二人からネタ帳をもぎ取って、僕はさっさとパソコン教室を出た。
これは、結構重症かもしれない。
コンビを結成してから一年。
本来ならノリと勢いで一緒にネタを作っていたはずの時期を、お互いへの対抗心で過ごしてしまった。
そのせいで、今さら相手のネタを演じることに妙な照れまで出ている。
――僕がなんとかしなくちゃ。
そう思って、ふと我に返った。
なんで、ここまで真剣になっているのだろう。
自分のことでもないのに……。
昼休みの時間も限られているので、僕は急いでコピーをとって、走ってパソコン教室に戻った。
息を切らせながら、教室に入って来た僕を見て、望陽と風太は少しだけ驚いたように目を丸くした。
「はぁ……遅くなってごめん」
息を整えながら、なぜかポカンと僕を見つめる二人に、内心首を傾げつつコピーを手渡していく。
「じゃあ、どっちからでもいいから、ザっと読んで軽くパート確認したら声かけて――あ、ご飯食べてからでもいいよ」
そう声をかけると、定位置である前方ドアの近くの床に座る。そして、イヤフォンを片耳だけに入れて、適当におススメに出てきている動画をタップした。
コッペパンを片手に、ぼんやりと見ていたが、どうも二人が気になって頭に入ってこない。
ちらっと上目で見ると、案の定、望陽も風太もムッと不機嫌そうに口を結んでいた。
――もう、いっそ解散しろ。
こんなことを思うのは、もう何度目になるか。僕は呆れたように天を仰いだ。
「喧嘩はなしっ! ダメ出しもなしっ! 準備できたならやろっ!」
そう。二人はここからが進まないのだ。
そして、ここからを進めるのが僕の役目なのだ。
「はい。じゃあ、これセンターマイクね」
僕は、教卓の上に飲みかけのココアの紙パックを置いた。
教卓の後ろでやると、下半身が隠れてしまい、動きが見えづらいけれど、今回は読み合わせなので目をつぶろう。
なにか、代わりになるものはないか。それとも、学校の備品を借りるか――と、考えていると、望陽と風太が渋々と教卓の後ろに並べて立った。
「どうもぉ、スキップイソップでぇす」
ココアの紙パックに向かって、風太が不貞腐れたように言う。
「え?」
僕は思わず目を見開いた。
「風太ってそのキャラで行くの? それともやる気ないだけ?」
風太の顔が一瞬で赤くなる。眉を顰めて、僕に鋭い視線を向ける。
照れもあったとは思う。だが、僕の煽りが効いたと言った方が正しい。
――またやってしまった。
でも風太も、そんな顔するんだ……。
と、同時に思ってしまい、なんだか言い表しがたい気持ちが胸の奥をムズムズとさせた。
「そうだよ……もう少し、テンション上げてやってくれよ!」
「っるせぇな、わかったよ」
風太は赤くなる顔を隠すように腕を口元に当てた。
それから、一度乱れた気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吸った。
「どうもー!! スキップイソップです!!」
普段の風太からは想像もつかないような明るくて大きな声が、教室内の空気を震わせた。
僕は身体の芯からなにか込み上げてくるようなものを感じた。
元から低くていい声だと思っていたが、いつもより少し高めに発せられたその声は、驚くほどよく通った。
教室の端――いや、それを通り越して、隣の教室の壁にぶつかるんじゃないかと思えるくらいだった。
「えー、僕がイソップで、こっちがスキップ。二人合わせてスキップイソップでっす! って、お前もやれよ!」
一人でペラペラと喋る風太の横で、望陽が変な動きでクルクル回っていた。
風太の不機嫌さから察しはついていたが、最初は望陽の方か。
初読み合わせだから、テンポは期待していなかったが、それにしても酷い。
内容が悪いのではない。
やりようによっては面白くなる可能性のある台本だった。
しかし、この手の勢い系は、最初で滑ったらずっと滑る。その怖さを望陽は恐らくわかっていない。
僕がメモを取る手を気にしながらも、望陽と風太は一本目のネタをやり終えた。
「どうだ? 面白かっただろ?」
望陽がふふんと鼻を鳴らす。
それに風太が噛みつきそうなものだったが、小難しそうに眉を寄せて腕を組んでいた。
僕も、感想は言わなかった。
「じゃあ、サクサク行こう」
僕が手を打つ。
望陽が「えっ」と不服そうに首を前に突き出した。
「三本くらい見てから、講評したいから……」
下唇をペンの頭で押し上げながら、僕はメモを見返した。
そして、ハッと顔を上げる。
「や、ごめん……偉そうだよね」
急に視線が合った風太が、驚いたように小さくのけ反る。
「いや、いいよ」
そう言って、ふっと抜けるように笑った。
「なんか、あの時みたい」
「あ、本当だ!」
「あの時?」
望陽もへらっと笑いながら、頷く。
「ほら、俺らが多日登を気にし始めたあの日」
僕はなんだか、無性に照れ臭くなって俯いた。
しかし、そんなことは全くなく、むしろ休み時間のたびに望陽と風太が来ることさえなくなった。
まったくの凪状態。
もしかして、僕が思っていたほど本気じゃなくて、面倒くせぇと投げ出したのかと、一瞬頭をよぎったが、そんなことはないだろう。
仲良くなってからは、そんなに経っていない。
それでも、二人が信じるに値することはなんとなく感じていた。
昼休み、僕はソワソワしていた。
先輩から逃げる意図もあったから、たいていは望陽と風太が先にパソコン教室に来ていた。
しかし今日は、僕の方が先だった。
午前中に、信じるに値するなんて思っていたけれど、それと、僕との関係をどの程度重く見ているかは別だった。
適当にブッチしても問題ないくらい軽く見られていたらどうしよう……。
これは二人の性格を疑っているというより、人付き合いをあまりしてこなかった僕の自信のなさからきているものなんだと思う。
だから、望陽と風太が少し言い合いのようなものをしながら、パソコン教室のドアをくぐった時には、かなりほっとした。
「俺が先」
「いや、俺が先に見てもらう」
肩をぶつけ合いながら、望陽と風太は僕の前で立ち止まる。
「はいっ」
挨拶もなく、二人は頭を深々と下げながら、同時にノートとルーズリーフを差し出した。
以前、バラエティ企画のお見合い番組で見た、告白シーンみたいだった。
「えっと……あの」
僕は困惑した。そして、どちらも受け取らなかった。
「読まないよ?」
「えっ!」
望陽と風太は同時に顔を上げた。その目は大きく見開かれていた。
「あの、読んでも意味ないから」
「え、だって、ネタ持ってこいっていったの多日登じゃん」
早速、望陽が頬を膨らませる。
僕は言葉足らずだったことを反省しながら、ゆっくりと首を左右に振った。
「やって見せてとは言わないけど、並んで立って、読み合わせ方式で発表してよ」
「えぇっ!?」
二人の息の合った叫びが響く。
気持ちはわかる。
相手のネタを読んだ時点で、これは俺の好みじゃねぇって突き返していたんだ。
今さら、それを自分の口で読むのにも抵抗があるのだろう。
「とりあえず、パートの確認だけして、今は一切相手のネタに文句は言わずに、声に出して読んでほしい」
二人は顔を見合わせた。
「あ、どうせなら購買部でコピーしてくるから、一旦貸して」
呆気に取られる二人からネタ帳をもぎ取って、僕はさっさとパソコン教室を出た。
これは、結構重症かもしれない。
コンビを結成してから一年。
本来ならノリと勢いで一緒にネタを作っていたはずの時期を、お互いへの対抗心で過ごしてしまった。
そのせいで、今さら相手のネタを演じることに妙な照れまで出ている。
――僕がなんとかしなくちゃ。
そう思って、ふと我に返った。
なんで、ここまで真剣になっているのだろう。
自分のことでもないのに……。
昼休みの時間も限られているので、僕は急いでコピーをとって、走ってパソコン教室に戻った。
息を切らせながら、教室に入って来た僕を見て、望陽と風太は少しだけ驚いたように目を丸くした。
「はぁ……遅くなってごめん」
息を整えながら、なぜかポカンと僕を見つめる二人に、内心首を傾げつつコピーを手渡していく。
「じゃあ、どっちからでもいいから、ザっと読んで軽くパート確認したら声かけて――あ、ご飯食べてからでもいいよ」
そう声をかけると、定位置である前方ドアの近くの床に座る。そして、イヤフォンを片耳だけに入れて、適当におススメに出てきている動画をタップした。
コッペパンを片手に、ぼんやりと見ていたが、どうも二人が気になって頭に入ってこない。
ちらっと上目で見ると、案の定、望陽も風太もムッと不機嫌そうに口を結んでいた。
――もう、いっそ解散しろ。
こんなことを思うのは、もう何度目になるか。僕は呆れたように天を仰いだ。
「喧嘩はなしっ! ダメ出しもなしっ! 準備できたならやろっ!」
そう。二人はここからが進まないのだ。
そして、ここからを進めるのが僕の役目なのだ。
「はい。じゃあ、これセンターマイクね」
僕は、教卓の上に飲みかけのココアの紙パックを置いた。
教卓の後ろでやると、下半身が隠れてしまい、動きが見えづらいけれど、今回は読み合わせなので目をつぶろう。
なにか、代わりになるものはないか。それとも、学校の備品を借りるか――と、考えていると、望陽と風太が渋々と教卓の後ろに並べて立った。
「どうもぉ、スキップイソップでぇす」
ココアの紙パックに向かって、風太が不貞腐れたように言う。
「え?」
僕は思わず目を見開いた。
「風太ってそのキャラで行くの? それともやる気ないだけ?」
風太の顔が一瞬で赤くなる。眉を顰めて、僕に鋭い視線を向ける。
照れもあったとは思う。だが、僕の煽りが効いたと言った方が正しい。
――またやってしまった。
でも風太も、そんな顔するんだ……。
と、同時に思ってしまい、なんだか言い表しがたい気持ちが胸の奥をムズムズとさせた。
「そうだよ……もう少し、テンション上げてやってくれよ!」
「っるせぇな、わかったよ」
風太は赤くなる顔を隠すように腕を口元に当てた。
それから、一度乱れた気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吸った。
「どうもー!! スキップイソップです!!」
普段の風太からは想像もつかないような明るくて大きな声が、教室内の空気を震わせた。
僕は身体の芯からなにか込み上げてくるようなものを感じた。
元から低くていい声だと思っていたが、いつもより少し高めに発せられたその声は、驚くほどよく通った。
教室の端――いや、それを通り越して、隣の教室の壁にぶつかるんじゃないかと思えるくらいだった。
「えー、僕がイソップで、こっちがスキップ。二人合わせてスキップイソップでっす! って、お前もやれよ!」
一人でペラペラと喋る風太の横で、望陽が変な動きでクルクル回っていた。
風太の不機嫌さから察しはついていたが、最初は望陽の方か。
初読み合わせだから、テンポは期待していなかったが、それにしても酷い。
内容が悪いのではない。
やりようによっては面白くなる可能性のある台本だった。
しかし、この手の勢い系は、最初で滑ったらずっと滑る。その怖さを望陽は恐らくわかっていない。
僕がメモを取る手を気にしながらも、望陽と風太は一本目のネタをやり終えた。
「どうだ? 面白かっただろ?」
望陽がふふんと鼻を鳴らす。
それに風太が噛みつきそうなものだったが、小難しそうに眉を寄せて腕を組んでいた。
僕も、感想は言わなかった。
「じゃあ、サクサク行こう」
僕が手を打つ。
望陽が「えっ」と不服そうに首を前に突き出した。
「三本くらい見てから、講評したいから……」
下唇をペンの頭で押し上げながら、僕はメモを見返した。
そして、ハッと顔を上げる。
「や、ごめん……偉そうだよね」
急に視線が合った風太が、驚いたように小さくのけ反る。
「いや、いいよ」
そう言って、ふっと抜けるように笑った。
「なんか、あの時みたい」
「あ、本当だ!」
「あの時?」
望陽もへらっと笑いながら、頷く。
「ほら、俺らが多日登を気にし始めたあの日」
僕はなんだか、無性に照れ臭くなって俯いた。
