その日の放課後、望陽がグズグズ言い出したので、残ってネタの添削をすることになった。
望陽はネタ帳を持ち歩いているので、パソコン教室でそれと睨めっこしていた。
風太はネタ帳を持っていないので、家に帰ってから添削したり、選別したりした方がいいのではないかとも思っていた。
しかし、なぜか一緒に残っていた。
「一応、これはお笑い全振りのスケジュールなんだけど、テストとかもあるから、一回ネタ見てから調整したいなって思ってる。どうかな?」
望陽と風太が顔を上げた。
風太は何かを言いたげに一度口を開いたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
代わりに、望陽が「あのさ……」と低い声で呟く。
また、なにか気に障ることを言ってしまったのかと思って、少しだけ身構える。
「俺らも、モチベーション上がるなにかが欲しい」
望陽が妙に真剣な顔で僕を見た。
「え?」
「だから、なんかご褒美ちょうだい」
「ん?」
僕は目を丸くした。
ちょっと、言ってる意味がわからない。
「え、ご褒美って……一次通過したら、とか?」
「いや、どっちが先に多日登を笑わせたかで、ご褒美」
「それ、まだ言うんだ……」
風太が横から呆れた声を出した。
「そうだよー。俺はそもそも、そういうノリだったんだから」
望陽が、溶けるように机に突っ伏した。
僕の眉間に、少しだけ力が入る。
「え、じゃあ、僕の提案は迷惑ってこと?」
「あ、いやいや!」
望陽が慌てて上体を起こす。
「ここまでしてくれて、驚いてはいるよ! でも、感謝もしてる。もちろん!」
口を開きかけた僕と同時に、風太も何かを言いかけた気配があった。
それを遮るように、望陽がぶんぶんと首を横に振った。
「でもでもでもっ! やっぱり、風太と勝負したい!!」
「えぇっ!?」
駄々をこねるような望陽に、僕も風太も呆気に取られた。
「だって、だってさぁ……そもそも、ネタ合わせとかできないのも、俺らの意見が合わないからじゃん。ぶっちゃけ、白黒つけたい! 俺の方が――」
そこまで言って、望陽はハッとしたように言葉を切った。
言い切らなかったけれど、そこまでの気持ちがあったとは……。
僕は他人事ながら、胸がドキドキしていた。
そんな重大なことの判定員が僕でいいのかな、という気持ちは正直あった。
こうして外から口を出す分にはまだ気が楽だけれど、どっちが面白いかを判定するのは、さすがに気が引ける。
確かに、これから二人のネタを実際に演じてみて、どの方向がスキップイソップに――つまり、望陽と風太のキャラに最適なのかを決めなくてはならない。
でも、それは話し合いをしつつ決めるべきだと、僕は思っていた。
その判定を丸投げされるとなると、荷が重すぎるのだ。
「あの……いや、えっと」
僕は助けを求めるように風太を見た。
風太は僕の視線を受けて、深く頷いた。
少しだけ、ホッとする。
「わかった。望陽、勝負しよう!」
「え、ええ!?」
僕が求めていた答えとは、全く別のものが風太の口から飛び出した。
「いや、あの、ちょ、ちょっと……えぇ!」
僕はみっともないくらいに狼狽した。
「ちょっと、ちょ、ちょ、ちょ……あの、ネタ選びって、多分、勝負とかそういうことじゃなくて、どっちのネタも見てみて、二人に最適な方向性を――」
教室をうろうろしながら、僕は頭を抱えた。
「それはわかってるよ」
風太の言葉に、ピタリと足を止めて顔を上げる。
「え……?」
「多分、どっちかをバッサリ切るみたいな感じではないのは、このファイルをざっと流し見してもわかった」
風太がファイルを顔の横にかざして、手の甲でトントンと叩いた。
望陽も頷く。
「俺も午後の授業中に読んだけど、多日登が週末使って、真剣に俺たちのこと考えてくれたんだなってわかってるよ」
「だったら……」
「だからこそ、俺は多日登をガチで笑わせたいと思ったんだよ」
「は?」
「それは……なんとなくわかる」
風太も真剣な表情で口元に手を当てた。
「このスキップイソップ育成計画は、あくまで、なるべく多くの人にウケる。まあ、おこがましい言い方をすれば、売れる俺たちを作る計画だよな?」
「……うん。そこまでの自信はさすがにないけど」
「でも、ガチで考えてはくれてるじゃん」
「それは、そう」
「だけど、それとは別に、俺なら俺の色で、望陽なら望陽の色で、まっすぐぶつかった時に、どっちが多日登を笑わせられるかも試してみたい――そういうことだよな?」
風太に顔を向けられて、望陽は「うん」と頷く。
「そうそう。上手く言えないんだけど、ピンで勝負した時の俺らも見てほしいっていうか――」
「わかる。俺だって、ネタだけじゃなく、個人としても望陽に負けたくない」
風太の言葉に、望陽が言い切らなかった「俺の方が――」の先を予想して、密かにムカついていたんだなということがわかった。
とはいえ、素直に頷けない僕がいる。
「あー、いやでも……僕、笑うの下手だし……」
そう言うと、望陽がきょとんとした顔で口を半開きにした。
「や、それがいいんだろ」
「そうだ。だから、多日登を笑わせた方が勝ちでいいってことになる」
風太も同調した。
「えー……」
僕は腕を組んで、うーんと首を捻る。
まあ、僕が明確にジャッジするわけではないから、いいのかもしれないけれど――
でも、もし、どちらのアプローチにも笑えなかったら……?
「あ」
僕はあることを思いついた。
笑わなければいいのだ。
元から笑うのは苦手だし、もし僕が笑わなければ、二人はこの先ずっと切磋琢磨することになる。
「わかった……」
僕は渋々といった調子で頷いた。
「やっ――」
喜びかける望陽を手で制して、なるべく難しい顔を作る。
「でも、それは余興にしてよ。これからは、あくまでコンクールとか大会に出るための土台作りがメインなんだから」
「わかってるわかってる」
そう言うと、望陽は飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
「じゃあさ、じゃあさ、ご褒美の発表もしていい?」
「ご褒美?」
僕と風太は顔を見合わせて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
なんだか、そっちがメインな気がしてきた。
望陽の妙な悪だくみは――
「ご褒美は美人からのキスでーす」
「は?」
どこかで聞いたことのあるご褒美だった。
「まさかと思うけど、美人からのキスって……」
僕が恐る恐る聞くと、風太までも「ああ」と納得したように頷いて僕を見た。
「多日登」
二人の声が重なる。
「なんでだよ!」
思わず大きな声が出た。
「いや、待って待って。なんでそうなるの?」
僕が額に手を当てて呆れていると、望陽がへらっと笑った。
「え、だって、金賭けたら犯罪になるよね? だからと言って、高校生の分際でテンション上がるような賞品なんて用意できないし」
それに風太もニヤリと笑った。
「なんか、俺らが小さい頃のバラエティで、そういうの普通にあったよな?」
「そうそう。今とか多分コンプラ~とかで無理なんだろうけど、勝者には美女からのキスみたいの定番だったよな?」
本当に頭が痛くなってきた。
「それならさ、僕じゃなくて、可愛い子に頼めばよくない? 君らモテそうだし、協力してくれる子いるでしょ?」
「いや、無理だろ?」
急に望陽が真顔になった。
「それこそ、大問題になる」
「それに、そういう子って結構ゲラだから、意味も分からず笑いそう」
「それか、風太目当てに、面白くもなくても笑うとか」
「それなら、望陽目当てもあり得るだろ」
あ、二人とも、モテてる自覚はあったんだ。
そんなことを考えて少しだけ現実逃避しながら、僕は固まった。
「それに俺は多日登がいい!」
「じゃあ、俺も多日登がいい」
にこやかに笑う二人を見て、なんだか腑に落ちた。
恐らく勝負までは本気なのだろうが、それ以降のご褒美キスのくだりは、きっと偉そうにする僕に内心ちょっとムカついていたのだろう。
それへの当てつけに違いない。
「わかったわかった――」
僕は降参したように、手のひらを二人に向けた。
いずれにせよ、さっき思い付いたように、笑わなければいいのだ。
望陽はネタ帳を持ち歩いているので、パソコン教室でそれと睨めっこしていた。
風太はネタ帳を持っていないので、家に帰ってから添削したり、選別したりした方がいいのではないかとも思っていた。
しかし、なぜか一緒に残っていた。
「一応、これはお笑い全振りのスケジュールなんだけど、テストとかもあるから、一回ネタ見てから調整したいなって思ってる。どうかな?」
望陽と風太が顔を上げた。
風太は何かを言いたげに一度口を開いたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
代わりに、望陽が「あのさ……」と低い声で呟く。
また、なにか気に障ることを言ってしまったのかと思って、少しだけ身構える。
「俺らも、モチベーション上がるなにかが欲しい」
望陽が妙に真剣な顔で僕を見た。
「え?」
「だから、なんかご褒美ちょうだい」
「ん?」
僕は目を丸くした。
ちょっと、言ってる意味がわからない。
「え、ご褒美って……一次通過したら、とか?」
「いや、どっちが先に多日登を笑わせたかで、ご褒美」
「それ、まだ言うんだ……」
風太が横から呆れた声を出した。
「そうだよー。俺はそもそも、そういうノリだったんだから」
望陽が、溶けるように机に突っ伏した。
僕の眉間に、少しだけ力が入る。
「え、じゃあ、僕の提案は迷惑ってこと?」
「あ、いやいや!」
望陽が慌てて上体を起こす。
「ここまでしてくれて、驚いてはいるよ! でも、感謝もしてる。もちろん!」
口を開きかけた僕と同時に、風太も何かを言いかけた気配があった。
それを遮るように、望陽がぶんぶんと首を横に振った。
「でもでもでもっ! やっぱり、風太と勝負したい!!」
「えぇっ!?」
駄々をこねるような望陽に、僕も風太も呆気に取られた。
「だって、だってさぁ……そもそも、ネタ合わせとかできないのも、俺らの意見が合わないからじゃん。ぶっちゃけ、白黒つけたい! 俺の方が――」
そこまで言って、望陽はハッとしたように言葉を切った。
言い切らなかったけれど、そこまでの気持ちがあったとは……。
僕は他人事ながら、胸がドキドキしていた。
そんな重大なことの判定員が僕でいいのかな、という気持ちは正直あった。
こうして外から口を出す分にはまだ気が楽だけれど、どっちが面白いかを判定するのは、さすがに気が引ける。
確かに、これから二人のネタを実際に演じてみて、どの方向がスキップイソップに――つまり、望陽と風太のキャラに最適なのかを決めなくてはならない。
でも、それは話し合いをしつつ決めるべきだと、僕は思っていた。
その判定を丸投げされるとなると、荷が重すぎるのだ。
「あの……いや、えっと」
僕は助けを求めるように風太を見た。
風太は僕の視線を受けて、深く頷いた。
少しだけ、ホッとする。
「わかった。望陽、勝負しよう!」
「え、ええ!?」
僕が求めていた答えとは、全く別のものが風太の口から飛び出した。
「いや、あの、ちょ、ちょっと……えぇ!」
僕はみっともないくらいに狼狽した。
「ちょっと、ちょ、ちょ、ちょ……あの、ネタ選びって、多分、勝負とかそういうことじゃなくて、どっちのネタも見てみて、二人に最適な方向性を――」
教室をうろうろしながら、僕は頭を抱えた。
「それはわかってるよ」
風太の言葉に、ピタリと足を止めて顔を上げる。
「え……?」
「多分、どっちかをバッサリ切るみたいな感じではないのは、このファイルをざっと流し見してもわかった」
風太がファイルを顔の横にかざして、手の甲でトントンと叩いた。
望陽も頷く。
「俺も午後の授業中に読んだけど、多日登が週末使って、真剣に俺たちのこと考えてくれたんだなってわかってるよ」
「だったら……」
「だからこそ、俺は多日登をガチで笑わせたいと思ったんだよ」
「は?」
「それは……なんとなくわかる」
風太も真剣な表情で口元に手を当てた。
「このスキップイソップ育成計画は、あくまで、なるべく多くの人にウケる。まあ、おこがましい言い方をすれば、売れる俺たちを作る計画だよな?」
「……うん。そこまでの自信はさすがにないけど」
「でも、ガチで考えてはくれてるじゃん」
「それは、そう」
「だけど、それとは別に、俺なら俺の色で、望陽なら望陽の色で、まっすぐぶつかった時に、どっちが多日登を笑わせられるかも試してみたい――そういうことだよな?」
風太に顔を向けられて、望陽は「うん」と頷く。
「そうそう。上手く言えないんだけど、ピンで勝負した時の俺らも見てほしいっていうか――」
「わかる。俺だって、ネタだけじゃなく、個人としても望陽に負けたくない」
風太の言葉に、望陽が言い切らなかった「俺の方が――」の先を予想して、密かにムカついていたんだなということがわかった。
とはいえ、素直に頷けない僕がいる。
「あー、いやでも……僕、笑うの下手だし……」
そう言うと、望陽がきょとんとした顔で口を半開きにした。
「や、それがいいんだろ」
「そうだ。だから、多日登を笑わせた方が勝ちでいいってことになる」
風太も同調した。
「えー……」
僕は腕を組んで、うーんと首を捻る。
まあ、僕が明確にジャッジするわけではないから、いいのかもしれないけれど――
でも、もし、どちらのアプローチにも笑えなかったら……?
「あ」
僕はあることを思いついた。
笑わなければいいのだ。
元から笑うのは苦手だし、もし僕が笑わなければ、二人はこの先ずっと切磋琢磨することになる。
「わかった……」
僕は渋々といった調子で頷いた。
「やっ――」
喜びかける望陽を手で制して、なるべく難しい顔を作る。
「でも、それは余興にしてよ。これからは、あくまでコンクールとか大会に出るための土台作りがメインなんだから」
「わかってるわかってる」
そう言うと、望陽は飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
「じゃあさ、じゃあさ、ご褒美の発表もしていい?」
「ご褒美?」
僕と風太は顔を見合わせて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
なんだか、そっちがメインな気がしてきた。
望陽の妙な悪だくみは――
「ご褒美は美人からのキスでーす」
「は?」
どこかで聞いたことのあるご褒美だった。
「まさかと思うけど、美人からのキスって……」
僕が恐る恐る聞くと、風太までも「ああ」と納得したように頷いて僕を見た。
「多日登」
二人の声が重なる。
「なんでだよ!」
思わず大きな声が出た。
「いや、待って待って。なんでそうなるの?」
僕が額に手を当てて呆れていると、望陽がへらっと笑った。
「え、だって、金賭けたら犯罪になるよね? だからと言って、高校生の分際でテンション上がるような賞品なんて用意できないし」
それに風太もニヤリと笑った。
「なんか、俺らが小さい頃のバラエティで、そういうの普通にあったよな?」
「そうそう。今とか多分コンプラ~とかで無理なんだろうけど、勝者には美女からのキスみたいの定番だったよな?」
本当に頭が痛くなってきた。
「それならさ、僕じゃなくて、可愛い子に頼めばよくない? 君らモテそうだし、協力してくれる子いるでしょ?」
「いや、無理だろ?」
急に望陽が真顔になった。
「それこそ、大問題になる」
「それに、そういう子って結構ゲラだから、意味も分からず笑いそう」
「それか、風太目当てに、面白くもなくても笑うとか」
「それなら、望陽目当てもあり得るだろ」
あ、二人とも、モテてる自覚はあったんだ。
そんなことを考えて少しだけ現実逃避しながら、僕は固まった。
「それに俺は多日登がいい!」
「じゃあ、俺も多日登がいい」
にこやかに笑う二人を見て、なんだか腑に落ちた。
恐らく勝負までは本気なのだろうが、それ以降のご褒美キスのくだりは、きっと偉そうにする僕に内心ちょっとムカついていたのだろう。
それへの当てつけに違いない。
「わかったわかった――」
僕は降参したように、手のひらを二人に向けた。
いずれにせよ、さっき思い付いたように、笑わなければいいのだ。
