望陽の思いつきはこうだった。
「じゃあ、どっちが面白いか多日登に決めてもらえばいいんじゃない?」
「へぁっ?」
僕の口から変な声が出た。
風太がちらりと僕を見る。
――なに馬鹿なこと言ってるんだ?
てっきり、そんな言葉が出ると思っていた。
しかし、風太はため息と共に前髪を掻き上げる。
「もう、それしかないか……」
いや、なんでそうなるんだよ?
なんでお前の中で一択になってるんだよ!?
風太はクールそうに見えて、たびたび分かりにくいボケをかます。
そして、ボケる時は大体、前髪を掻き上げる。
望陽は気付いているだろうが、あまり上手く拾えてない。
まず、そこから指摘するべきか。
「で、多日登はどう思う?」
ほとんど現実逃避的にそんなことを考えていたら、風太が顔を向けてきた。
「あー」
僕は首を傾げる。
「でも、僕の感覚と一般の感覚が違うかもしれないし」
やんわりと断るつもりだった。
しかし、望陽が溢れんばかりの明るさで、それを阻止してきた。
「いやいや、ネタに関しては、客観的に見られるでしょ? 一般受けしそうとか、俺らに合ってそうとか」
「どうだろう?」
「いやいや、芸人のエッセイ読むほど好きなんだから、絶対できるって!」
僕はなにを励まされているのだろう、と思った。
目をキラキラとさせる望陽の横で、「ん?」と風太が眉を寄せた。
「客観的に見てもらって、俺らのネタのアドバイスをしてもらうの? それとも、多日登を笑わせる勝負すんの?」
「どっちも」
望陽が、当然だろうと言いたげにへらっと笑う。
「多日登を笑わせる勝負しながら、俺らのネタにもアドバイスしてもらうの」
「えー」
思わず声が漏れた。
なんだか、都合よくないか?
そんなひねくれた気持ちが湧いた。
だが、少しだけ興味はあった。
もし、お笑い研究部がもっと真剣にお笑いを研究する部活なら、作家志望として参加したいくらいだった。
ただ、やはり気になるのは――
「うーん。でも、僕、ネタ書いたこととかないし、そんなやつに偉そうに言われたら、いい気しないんじゃない?」
「あー、望陽はアドバイスじゃなくて批判だと捉えて、イラッとしそう」
「し、しねぇって! まあ、だから勝負も兼ねてだったら、なんか素直に力不足を認められるかも……」
望陽の言葉は、後半になるにつれて、もごもごと消え入りそうなほど小さくなっていた。
注意されて腹を立てるほど、自分の面白さには自信があるのか、と僕は少しだけ感心した。
「……ちょっと、考えさせて」
僕はそう答えた。
実は、もうこの申し出を受け入れることは決めていた。
しかし、それを受けるには少し準備が必要だ。
「来週には答え出すから」
そう言って顔を上げると、望陽と風太が少したじろいだように顎を引いた。
「……なんか、告白の答え待ちみたいで、夜眠れないじゃん!」
望陽がおどけて身を捩らせる。
それを風太が冷ややかな目で見た。
「ていうか、連絡先……」
視線は望陽なのに、どうやら僕に言っているらしい。
「ん?」
「そろそろ、連絡先教えてほしいんだけど」
「あ」
僕は慌ててスマホをポケットから取り出した。
「え、意外とあっさり教えてくれるんだ」
望陽が目を丸くした。
僕を一体なんだと思っているのだろう。
もしかして、主要なメッセージアプリを落としてすらいないほど、友達がいないとでも思っているのだろうか?
「あ、なんか、タイミングなくて」
「それな」
頷きながら、風太が僕のスマホ画面に表示したQRコードを読み込む。
続けて、望陽も自分のスマホをかざした。
「よしっ」
頷く風太の横で、望陽がまたくねくねと身を捩った。
「これで、寝落ちもちもちできるね!」
「しません」
***
望陽と風太――いや、スキップイソップの問題は、まだコンビとしてのイメージが全くつかめていないことだ。
提案を受けた日の夜から、僕は、真剣に二人のことを考え始めた。
やりたいことや目標は言われた時点でぼんやりと頭に浮かんでいた。
ネタはいっぱい書いているみたいだった。
だが、お互いがお互いのネタが気に入らない。
「解散しろよ」
思わず、ひとり言が出た。
それでも、二人でやりたいのだから、できる限りのことをしよう。
そう思い直して、僕はノートを開いた。
タブレットやスマホを使用してもいいが、ついAIに頼ってしまいそうなので、元から遮断するためだった。
まず、僕は、思い付くものを書き殴る。
それを蛍光マーカーで色分けして、ジャンルごとにまとめる。
直観的な望陽にもわかり易いように、レジュメを作った。
気が付くと、開けっ放しのカーテンから朝日が差していた。
――僕、どんだけ夢中になってたんだよ。
夕飯後から始めたとはいえ、空腹はおろか、尿意までも無視していたらしい。
思い出したら、急に膀胱が騒ぎ出して、僕はトイレに駆け込んだ。
戻ってみると、自室の前にはラップに包まれたおにぎりが一個置かれているのに気付いた。
僕の部屋を覗いた母が、勉強でもしていると思ったのか、用意してくれたのだろう。
――ごめん。母さん。勉強なんて微塵もしてない。
そう心の中で呟いてみたが、申し訳なさよりも、胸が躍るような高鳴りの方が勝っていた。
***
月曜日、パソコン室の教壇に立って、風太と望陽を睨みつけるように見た。
「え、なになに?」
「どうした多日登」
二人の昼食は、もうコッペパンではなくなっていた。
さすがにコッペパンふたつだと、放課後までもたないらしい。
朝に何か買ってくるか、自分たちで購買に行くようになっていた。
二人の視線を受けて、僕は急に緊張してきた。
資料作成の時は、相当アドレナリンが出ていたようだ。
今さらながら、こんなことを自分がしていいのかと、心の中のもう一人の僕が首を傾げた。
「あの……あ、あのね」
声が少しだけうわずって、赤面する。
それに、望陽と風太が小さく笑った気がして、もしかして馬鹿にされているのかと自虐的になった。
「さぁ、続いては多日登さんの発表です。みなさん、真剣に聞きましょう」
望陽が元気な声を上げる。
励ましてくれているのだとわかっているはずなのに、茶化されているのかと思ってしまう自分が嫌だった。
「おい、ふざけるな……」
風太が静かに望陽を窘める。
「多日登、ゆっくりでいいから。言いたいことあるなら言って」
風太の穏やかな声に、僕はほっと息を吐いた。
望陽は横で唇を尖らせていた。
その顔も可愛らしくて、さらに気が楽になった。
「あのね、僕、多分、すごく偉そうなこと言っちゃうかも……」
「え?」
「あ、もし、ネタの添削とかアドバイスとかするなら」
俯き加減で、ちらちらと風太と望陽の顔を窺った。
二人は呆気に取られたように、ぽかんと口を開けていた。
「え……いや」
風太が困ったように望陽を見る。
望陽も風太と顔を合わせてから、呆気に取られたような顔を僕に向けた。
「いや、逆に忖度されたら嫌なんだけど?」
「そうだよな? むしろ、辛口で来てもらわないと意味ないだろ」
望陽と風太はまた顔を見合わせた。
僕はハッと顔を上げた。
「ほんと?」
それに風太が頷く。
「それに、俺ら、もうダチだと思ってんだけど……」
「え?」
望陽も風太と僕を交互に見ながら、へらっと笑った。
「そうそう。今だって、もっとグイグイ来てほしいくらいだし」
二人の言葉を聞いて、僕はなんだか泣きそうになった。
「じゃ、じゃあ、まずこれ見てくれるかな」
目頭が熱くなるのを誤魔化すように、僕は勢いよく二冊のファイルを差し出した。
「な、なに?」
戸惑う二人に、僕は安堵の笑みを向けた。
「スキップイソップ、育成計画!」
「えっ!!」
望陽と風太が同時に身を乗り出した。
「じゃあ、どっちが面白いか多日登に決めてもらえばいいんじゃない?」
「へぁっ?」
僕の口から変な声が出た。
風太がちらりと僕を見る。
――なに馬鹿なこと言ってるんだ?
てっきり、そんな言葉が出ると思っていた。
しかし、風太はため息と共に前髪を掻き上げる。
「もう、それしかないか……」
いや、なんでそうなるんだよ?
なんでお前の中で一択になってるんだよ!?
風太はクールそうに見えて、たびたび分かりにくいボケをかます。
そして、ボケる時は大体、前髪を掻き上げる。
望陽は気付いているだろうが、あまり上手く拾えてない。
まず、そこから指摘するべきか。
「で、多日登はどう思う?」
ほとんど現実逃避的にそんなことを考えていたら、風太が顔を向けてきた。
「あー」
僕は首を傾げる。
「でも、僕の感覚と一般の感覚が違うかもしれないし」
やんわりと断るつもりだった。
しかし、望陽が溢れんばかりの明るさで、それを阻止してきた。
「いやいや、ネタに関しては、客観的に見られるでしょ? 一般受けしそうとか、俺らに合ってそうとか」
「どうだろう?」
「いやいや、芸人のエッセイ読むほど好きなんだから、絶対できるって!」
僕はなにを励まされているのだろう、と思った。
目をキラキラとさせる望陽の横で、「ん?」と風太が眉を寄せた。
「客観的に見てもらって、俺らのネタのアドバイスをしてもらうの? それとも、多日登を笑わせる勝負すんの?」
「どっちも」
望陽が、当然だろうと言いたげにへらっと笑う。
「多日登を笑わせる勝負しながら、俺らのネタにもアドバイスしてもらうの」
「えー」
思わず声が漏れた。
なんだか、都合よくないか?
そんなひねくれた気持ちが湧いた。
だが、少しだけ興味はあった。
もし、お笑い研究部がもっと真剣にお笑いを研究する部活なら、作家志望として参加したいくらいだった。
ただ、やはり気になるのは――
「うーん。でも、僕、ネタ書いたこととかないし、そんなやつに偉そうに言われたら、いい気しないんじゃない?」
「あー、望陽はアドバイスじゃなくて批判だと捉えて、イラッとしそう」
「し、しねぇって! まあ、だから勝負も兼ねてだったら、なんか素直に力不足を認められるかも……」
望陽の言葉は、後半になるにつれて、もごもごと消え入りそうなほど小さくなっていた。
注意されて腹を立てるほど、自分の面白さには自信があるのか、と僕は少しだけ感心した。
「……ちょっと、考えさせて」
僕はそう答えた。
実は、もうこの申し出を受け入れることは決めていた。
しかし、それを受けるには少し準備が必要だ。
「来週には答え出すから」
そう言って顔を上げると、望陽と風太が少したじろいだように顎を引いた。
「……なんか、告白の答え待ちみたいで、夜眠れないじゃん!」
望陽がおどけて身を捩らせる。
それを風太が冷ややかな目で見た。
「ていうか、連絡先……」
視線は望陽なのに、どうやら僕に言っているらしい。
「ん?」
「そろそろ、連絡先教えてほしいんだけど」
「あ」
僕は慌ててスマホをポケットから取り出した。
「え、意外とあっさり教えてくれるんだ」
望陽が目を丸くした。
僕を一体なんだと思っているのだろう。
もしかして、主要なメッセージアプリを落としてすらいないほど、友達がいないとでも思っているのだろうか?
「あ、なんか、タイミングなくて」
「それな」
頷きながら、風太が僕のスマホ画面に表示したQRコードを読み込む。
続けて、望陽も自分のスマホをかざした。
「よしっ」
頷く風太の横で、望陽がまたくねくねと身を捩った。
「これで、寝落ちもちもちできるね!」
「しません」
***
望陽と風太――いや、スキップイソップの問題は、まだコンビとしてのイメージが全くつかめていないことだ。
提案を受けた日の夜から、僕は、真剣に二人のことを考え始めた。
やりたいことや目標は言われた時点でぼんやりと頭に浮かんでいた。
ネタはいっぱい書いているみたいだった。
だが、お互いがお互いのネタが気に入らない。
「解散しろよ」
思わず、ひとり言が出た。
それでも、二人でやりたいのだから、できる限りのことをしよう。
そう思い直して、僕はノートを開いた。
タブレットやスマホを使用してもいいが、ついAIに頼ってしまいそうなので、元から遮断するためだった。
まず、僕は、思い付くものを書き殴る。
それを蛍光マーカーで色分けして、ジャンルごとにまとめる。
直観的な望陽にもわかり易いように、レジュメを作った。
気が付くと、開けっ放しのカーテンから朝日が差していた。
――僕、どんだけ夢中になってたんだよ。
夕飯後から始めたとはいえ、空腹はおろか、尿意までも無視していたらしい。
思い出したら、急に膀胱が騒ぎ出して、僕はトイレに駆け込んだ。
戻ってみると、自室の前にはラップに包まれたおにぎりが一個置かれているのに気付いた。
僕の部屋を覗いた母が、勉強でもしていると思ったのか、用意してくれたのだろう。
――ごめん。母さん。勉強なんて微塵もしてない。
そう心の中で呟いてみたが、申し訳なさよりも、胸が躍るような高鳴りの方が勝っていた。
***
月曜日、パソコン室の教壇に立って、風太と望陽を睨みつけるように見た。
「え、なになに?」
「どうした多日登」
二人の昼食は、もうコッペパンではなくなっていた。
さすがにコッペパンふたつだと、放課後までもたないらしい。
朝に何か買ってくるか、自分たちで購買に行くようになっていた。
二人の視線を受けて、僕は急に緊張してきた。
資料作成の時は、相当アドレナリンが出ていたようだ。
今さらながら、こんなことを自分がしていいのかと、心の中のもう一人の僕が首を傾げた。
「あの……あ、あのね」
声が少しだけうわずって、赤面する。
それに、望陽と風太が小さく笑った気がして、もしかして馬鹿にされているのかと自虐的になった。
「さぁ、続いては多日登さんの発表です。みなさん、真剣に聞きましょう」
望陽が元気な声を上げる。
励ましてくれているのだとわかっているはずなのに、茶化されているのかと思ってしまう自分が嫌だった。
「おい、ふざけるな……」
風太が静かに望陽を窘める。
「多日登、ゆっくりでいいから。言いたいことあるなら言って」
風太の穏やかな声に、僕はほっと息を吐いた。
望陽は横で唇を尖らせていた。
その顔も可愛らしくて、さらに気が楽になった。
「あのね、僕、多分、すごく偉そうなこと言っちゃうかも……」
「え?」
「あ、もし、ネタの添削とかアドバイスとかするなら」
俯き加減で、ちらちらと風太と望陽の顔を窺った。
二人は呆気に取られたように、ぽかんと口を開けていた。
「え……いや」
風太が困ったように望陽を見る。
望陽も風太と顔を合わせてから、呆気に取られたような顔を僕に向けた。
「いや、逆に忖度されたら嫌なんだけど?」
「そうだよな? むしろ、辛口で来てもらわないと意味ないだろ」
望陽と風太はまた顔を見合わせた。
僕はハッと顔を上げた。
「ほんと?」
それに風太が頷く。
「それに、俺ら、もうダチだと思ってんだけど……」
「え?」
望陽も風太と僕を交互に見ながら、へらっと笑った。
「そうそう。今だって、もっとグイグイ来てほしいくらいだし」
二人の言葉を聞いて、僕はなんだか泣きそうになった。
「じゃ、じゃあ、まずこれ見てくれるかな」
目頭が熱くなるのを誤魔化すように、僕は勢いよく二冊のファイルを差し出した。
「な、なに?」
戸惑う二人に、僕は安堵の笑みを向けた。
「スキップイソップ、育成計画!」
「えっ!!」
望陽と風太が同時に身を乗り出した。
