二人の話を聞いて、僕は指で眉間を押さえた。
なんだか目に来た。
なんと、二人は高校一年生の時にコンビ名を決めてから、丸々一年間、ネタ合わせすらしたことがないらしい。
理由は単純。
「だって、こいつのネタ、勢いだけでなんか中身がねぇんだもん。俺的にはリズムネタとかギャグとかって、一発屋になりがちじゃん。そんなの嫌だよ」
風太がそう言いながら、望陽を睨む。
それに望陽がムキになって顎を突き出した。
「はぁ? お前のネタはわかりづらいんだよ。やけに文学めいてるし、小難しい単語並べやがって。オチはなんかこえぇし。大爆笑よりも『えぇぇ』ってドン引きして終わるみたいなネタばっかじゃん」
どうやら、方向性の違いらしい。
一応、ネタは作っているようだが、ネタ合わせをするところまで行かず、お互いに却下し合っているようだった。
個人的には、風太のネタに興味がある。
お笑い好きを拗らせすぎた僕は、わーっと盛り上げておいて、最後にどんでん返しのようにドン引きさせるサイコネタや、「どこで笑えと?」というところが逆におもしろいシュールネタが好きだった。
しかし、そんなことを言ったら、一方的に風太の味方をするみたいで、望陽の芽を摘んでしまうことになりかねない。
ここはグッと堪えて、フラットに意見することにした。
「あのさぁ……」
初速から間違えた。
でも、呆れたのは確かだし、今さら出た言葉は取り消せない。
「君たちが非難してた先輩と、君たちと何が違うの?」
「え?」
二人が少し訝しげに眉を顰めた。
「だってさ、あいつらと違って、俺らは真剣みたいな空気出しといて、全然活動してないじゃん?」
「いや、ネタは書いてるし……」
望陽が口を尖らせて、もごもごと言い訳をした。
「いやいや、待って。書いてるだけでしょ? それを一旦合わせてみようとか、ブラッシュアップしようって域にも至ってないじゃん」
「それは……」
風太も気まずそうに、うなじを撫でる。
その態度にも、なんだかムカついてきた。
「その先輩たちを庇うつもりはないし、僕は認めないけど、少なくとも傍から見たら、その先輩たちの方が動いてるし、努力しているとすら言えるよ」
「……っ」
二人は言葉を失った。
「方向性がそんなに違って、ネタ合わせすらできないなら、もう解散したら?」
そこまで言わなくてもよかったかもしれない。
でも、お笑いへの姿勢について、適当にやっている先輩たちにムカついて、噛みつきまでした二人だ。
ある意味、僕のお笑い研究部に対する鬱憤を晴らしてくれたのだと思っていた。
それが、蓋を開けてみたら口ばかりだったと思うと、心底ガッカリしてしまったのだ。
しかし、ここまで煽ってしまったら、さすがに二人も腹を立てるだろう。
「お前になにがわかるんだ――」
案の定、望陽が僕に詰め寄ろうとした。
それを風太が駆け寄って制止した。
「いや、望陽。ここでキレたら、本当にあいつらと一緒だ」
「でも、風太……」
「多日登の言葉は正しい。俺らもただ、漠然と芸人になりてぇって思ってるだけで、結局は舐めてるんだって」
「そうだね。君らも僕から見たら、ただビジュ磨いてる人だよ」
言わなくていいことまで言ってしまった。
ガッカリしているとはいえ、何をこんなにムカついているのか、自分でもよくわからなかった。
「それは言いすぎ」
そう言うと、風太が僕のおでこを指で弾いた。
冷静に見えて、風太も多少はムカついたのだと思う。
「……ごめん」
パソコン教室に重苦しい空気が流れた。
僕たちはそれぞれ別の場所を見ながら俯いた。
「じゃあ……」
風太が小さく口を開く。
それから僕の正面に向き直り、まっすぐ僕を見た。
「じゃあ、どうすればいい?」
「へ?」
僕は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
「そうだよ、これだけ煽ったんだ! 責任取れ!」
風太の後ろから、望陽がいつもの調子に戻って、そうだそうだと言うように拳を振った。
「いやいや、他責他責! なんでそんなこと僕に聞くの?」
僕は慌てて首を振る。
次の瞬間、逃すまいと言うように、風太の両手が僕の肩をガシッと掴んだ。
「ここ一か月、お前のこと見てて、相当お笑いオタクだってわかった。だから、教えてほしい。俺ら、どうしたら芸人になれる?」
言ってることは滅茶苦茶だが、その目は真剣だった。
「いや、オタクって言っても……休みのたびにお笑いライブに行くわけじゃないし、動画とかテレビ見たりするだけだし……」
僕は言い訳するように、口の中でもごもごと言葉を転がした。
「いやいや、オタクじゃなきゃ、芸人のエッセイ本とか小説とかまで読まねぇよ」
望陽があっさりとそう言う。
それに風太が、少し意地悪そうにニヤリと笑った。
「確かに……全然、笑わないくせに」
「そうそう、クスリともしないくせに」
望陽もニヤッと同じような笑みを浮かべる。
やはり、僕が笑うことが下手だということにも気づいていたのか。
それはそうか。
今まではそこに触れずにいてくれたようだが、ここにきて言い出すなんて、僕のさっきの嫌味への仕返しだろうか。
少し悲しい気持ちになってしまったのは、勝手に僕が二人を友達だと思い始めていたからだろう。
陽キャと陰キャ。
やはり住む世界が違うのだ。
「ってか、今だから言うと、実はこうして仲良くなる前から、お前のこと気になってた」
落ち込みかけていた僕の肩を掴んだまま、風太がいきなりそんなことを言い出した。
「へぁっ!?」
あまりに真っすぐに言われ、思わず赤面する。
僕の顔を見て、風太の頬もなぜか、みるみる赤くなった。
「あ、いや、そういうんじゃなくて……」
「え、君らそういう関係?」
「ち、ちがっ、って、お前もそうだろ。お前から説明してやれ」
後ろからひょこっと顔を出して茶化す望陽に丸投げして、風太はパッと顔を隠すようにして僕の前を離れた。
――これだから陽キャは……。
急な距離詰めに戸惑ってしまう。
「あー、俺ら、会った時から多日登の名前知ってたじゃん?」
「あ、ああ。それ、僕も気になっていた」
僕も慌てて、望陽の話に合わせた。
「実は、中等部のときから、多日登のこと気になってたんだよ」
望陽の軽い口調に、今度は赤面しなかった。
その代わり、大きく目を見開いてしまう。
「えぇ?」
なんで、陰キャの僕なんかが一軍陽キャの目に留まることがあるのだろうか。
その理由は、望陽がすぐに明かしてくれた。
「や、中三の時に学年レクあったじゃん?」
その時点で、僕にも思い当たることがあった。
「ああ、きろみみっぽいコント劇やったやつ?」
「……そうそう」
望陽が苦笑しながら頷く。
「その時さ、みんな身内ノリで笑ってたじゃん?」
「あー、あれ、きろみみっぽかったけど、面白かったよ」
「えっ」
「全然笑ってなかったじゃん?」
背中を向けていた風太も、驚いたように振り向いた。
それには少し申し訳なくなる。
「いや、あれ一応、オリジナル脚本でしょ? 面白かったよ。笑えなかったけど」
風太が大きなため息をつく。
「そこだよ……笑えなきゃ意味ないじゃん」
「あ、いやいや、あの、それは僕の性格で、本当に面白くてもなんか笑うのセーブしちゃうだけ」
「え、そうなの?」
風太が不思議そうに僕の顔を見る。
「なーんだ!」
望陽は伸びをするような姿勢で、ほっとした声を上げた。
反らせた背を戻す反動で、僕の鼻先に顔を近づける。
「いや、あの時、身内ノリで笑ってたやつらの中に、全く笑ってないやつは何人かいたよ。でも、多分、そいつらは元から俺らが嫌いで笑えないって感じだった」
「そうそう。ただ、多日登だけが、真剣に舞台を見てるのに、ちっとも笑ってなかったんだよ」
「すげぇ、目立ってたよな」
「で、『あいつ誰?』みたいに望陽と盛り上がって、ちょっとストーキングしてた」
「……それはごめん」
僕は急に恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「思えば……こいつを笑わせたくて、俺たちはお笑い芸人を目指したのかもしれない」
急に、望陽が演技じみた調子で遠くを見ながら言った。
それに風太がぶはっと吹き出す。
「いや、そう言うと大袈裟だけど、根底にはあったのかもな」
「えー、それはさすがにないでしょ?」
困ったように眉を寄せる僕を見て、望陽は「あっ」と目と口を大きく開いた。
「そうだ、多日登を笑わせればいいんじゃない?」
「え、どういうこと?」
僕と風太は同時に首を傾げた。
なんだか目に来た。
なんと、二人は高校一年生の時にコンビ名を決めてから、丸々一年間、ネタ合わせすらしたことがないらしい。
理由は単純。
「だって、こいつのネタ、勢いだけでなんか中身がねぇんだもん。俺的にはリズムネタとかギャグとかって、一発屋になりがちじゃん。そんなの嫌だよ」
風太がそう言いながら、望陽を睨む。
それに望陽がムキになって顎を突き出した。
「はぁ? お前のネタはわかりづらいんだよ。やけに文学めいてるし、小難しい単語並べやがって。オチはなんかこえぇし。大爆笑よりも『えぇぇ』ってドン引きして終わるみたいなネタばっかじゃん」
どうやら、方向性の違いらしい。
一応、ネタは作っているようだが、ネタ合わせをするところまで行かず、お互いに却下し合っているようだった。
個人的には、風太のネタに興味がある。
お笑い好きを拗らせすぎた僕は、わーっと盛り上げておいて、最後にどんでん返しのようにドン引きさせるサイコネタや、「どこで笑えと?」というところが逆におもしろいシュールネタが好きだった。
しかし、そんなことを言ったら、一方的に風太の味方をするみたいで、望陽の芽を摘んでしまうことになりかねない。
ここはグッと堪えて、フラットに意見することにした。
「あのさぁ……」
初速から間違えた。
でも、呆れたのは確かだし、今さら出た言葉は取り消せない。
「君たちが非難してた先輩と、君たちと何が違うの?」
「え?」
二人が少し訝しげに眉を顰めた。
「だってさ、あいつらと違って、俺らは真剣みたいな空気出しといて、全然活動してないじゃん?」
「いや、ネタは書いてるし……」
望陽が口を尖らせて、もごもごと言い訳をした。
「いやいや、待って。書いてるだけでしょ? それを一旦合わせてみようとか、ブラッシュアップしようって域にも至ってないじゃん」
「それは……」
風太も気まずそうに、うなじを撫でる。
その態度にも、なんだかムカついてきた。
「その先輩たちを庇うつもりはないし、僕は認めないけど、少なくとも傍から見たら、その先輩たちの方が動いてるし、努力しているとすら言えるよ」
「……っ」
二人は言葉を失った。
「方向性がそんなに違って、ネタ合わせすらできないなら、もう解散したら?」
そこまで言わなくてもよかったかもしれない。
でも、お笑いへの姿勢について、適当にやっている先輩たちにムカついて、噛みつきまでした二人だ。
ある意味、僕のお笑い研究部に対する鬱憤を晴らしてくれたのだと思っていた。
それが、蓋を開けてみたら口ばかりだったと思うと、心底ガッカリしてしまったのだ。
しかし、ここまで煽ってしまったら、さすがに二人も腹を立てるだろう。
「お前になにがわかるんだ――」
案の定、望陽が僕に詰め寄ろうとした。
それを風太が駆け寄って制止した。
「いや、望陽。ここでキレたら、本当にあいつらと一緒だ」
「でも、風太……」
「多日登の言葉は正しい。俺らもただ、漠然と芸人になりてぇって思ってるだけで、結局は舐めてるんだって」
「そうだね。君らも僕から見たら、ただビジュ磨いてる人だよ」
言わなくていいことまで言ってしまった。
ガッカリしているとはいえ、何をこんなにムカついているのか、自分でもよくわからなかった。
「それは言いすぎ」
そう言うと、風太が僕のおでこを指で弾いた。
冷静に見えて、風太も多少はムカついたのだと思う。
「……ごめん」
パソコン教室に重苦しい空気が流れた。
僕たちはそれぞれ別の場所を見ながら俯いた。
「じゃあ……」
風太が小さく口を開く。
それから僕の正面に向き直り、まっすぐ僕を見た。
「じゃあ、どうすればいい?」
「へ?」
僕は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
「そうだよ、これだけ煽ったんだ! 責任取れ!」
風太の後ろから、望陽がいつもの調子に戻って、そうだそうだと言うように拳を振った。
「いやいや、他責他責! なんでそんなこと僕に聞くの?」
僕は慌てて首を振る。
次の瞬間、逃すまいと言うように、風太の両手が僕の肩をガシッと掴んだ。
「ここ一か月、お前のこと見てて、相当お笑いオタクだってわかった。だから、教えてほしい。俺ら、どうしたら芸人になれる?」
言ってることは滅茶苦茶だが、その目は真剣だった。
「いや、オタクって言っても……休みのたびにお笑いライブに行くわけじゃないし、動画とかテレビ見たりするだけだし……」
僕は言い訳するように、口の中でもごもごと言葉を転がした。
「いやいや、オタクじゃなきゃ、芸人のエッセイ本とか小説とかまで読まねぇよ」
望陽があっさりとそう言う。
それに風太が、少し意地悪そうにニヤリと笑った。
「確かに……全然、笑わないくせに」
「そうそう、クスリともしないくせに」
望陽もニヤッと同じような笑みを浮かべる。
やはり、僕が笑うことが下手だということにも気づいていたのか。
それはそうか。
今まではそこに触れずにいてくれたようだが、ここにきて言い出すなんて、僕のさっきの嫌味への仕返しだろうか。
少し悲しい気持ちになってしまったのは、勝手に僕が二人を友達だと思い始めていたからだろう。
陽キャと陰キャ。
やはり住む世界が違うのだ。
「ってか、今だから言うと、実はこうして仲良くなる前から、お前のこと気になってた」
落ち込みかけていた僕の肩を掴んだまま、風太がいきなりそんなことを言い出した。
「へぁっ!?」
あまりに真っすぐに言われ、思わず赤面する。
僕の顔を見て、風太の頬もなぜか、みるみる赤くなった。
「あ、いや、そういうんじゃなくて……」
「え、君らそういう関係?」
「ち、ちがっ、って、お前もそうだろ。お前から説明してやれ」
後ろからひょこっと顔を出して茶化す望陽に丸投げして、風太はパッと顔を隠すようにして僕の前を離れた。
――これだから陽キャは……。
急な距離詰めに戸惑ってしまう。
「あー、俺ら、会った時から多日登の名前知ってたじゃん?」
「あ、ああ。それ、僕も気になっていた」
僕も慌てて、望陽の話に合わせた。
「実は、中等部のときから、多日登のこと気になってたんだよ」
望陽の軽い口調に、今度は赤面しなかった。
その代わり、大きく目を見開いてしまう。
「えぇ?」
なんで、陰キャの僕なんかが一軍陽キャの目に留まることがあるのだろうか。
その理由は、望陽がすぐに明かしてくれた。
「や、中三の時に学年レクあったじゃん?」
その時点で、僕にも思い当たることがあった。
「ああ、きろみみっぽいコント劇やったやつ?」
「……そうそう」
望陽が苦笑しながら頷く。
「その時さ、みんな身内ノリで笑ってたじゃん?」
「あー、あれ、きろみみっぽかったけど、面白かったよ」
「えっ」
「全然笑ってなかったじゃん?」
背中を向けていた風太も、驚いたように振り向いた。
それには少し申し訳なくなる。
「いや、あれ一応、オリジナル脚本でしょ? 面白かったよ。笑えなかったけど」
風太が大きなため息をつく。
「そこだよ……笑えなきゃ意味ないじゃん」
「あ、いやいや、あの、それは僕の性格で、本当に面白くてもなんか笑うのセーブしちゃうだけ」
「え、そうなの?」
風太が不思議そうに僕の顔を見る。
「なーんだ!」
望陽は伸びをするような姿勢で、ほっとした声を上げた。
反らせた背を戻す反動で、僕の鼻先に顔を近づける。
「いや、あの時、身内ノリで笑ってたやつらの中に、全く笑ってないやつは何人かいたよ。でも、多分、そいつらは元から俺らが嫌いで笑えないって感じだった」
「そうそう。ただ、多日登だけが、真剣に舞台を見てるのに、ちっとも笑ってなかったんだよ」
「すげぇ、目立ってたよな」
「で、『あいつ誰?』みたいに望陽と盛り上がって、ちょっとストーキングしてた」
「……それはごめん」
僕は急に恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「思えば……こいつを笑わせたくて、俺たちはお笑い芸人を目指したのかもしれない」
急に、望陽が演技じみた調子で遠くを見ながら言った。
それに風太がぶはっと吹き出す。
「いや、そう言うと大袈裟だけど、根底にはあったのかもな」
「えー、それはさすがにないでしょ?」
困ったように眉を寄せる僕を見て、望陽は「あっ」と目と口を大きく開いた。
「そうだ、多日登を笑わせればいいんじゃない?」
「え、どういうこと?」
僕と風太は同時に首を傾げた。
