北風と太陽は旅人を笑わせたい

望陽と風太に付きまとわれてから、ひと月半が経っていた。
そろそろほとぼりも冷め、先輩が二年生のフロアをうろつくこともなくなってきた。

望陽と風太を心配した生徒の数名が先生にチクったのも一因らしい。むやみに他学年の教室へ行かないよう、お達しが出た。

「もうそろそろいいんじゃない?」

昼休み、いつものようにコッペパンをかじりながら、僕は望陽と風太を睨むように見た。

「ん、なにが?」

望陽がドア近くの床に座る僕の隣にぴたりと肩をつけて、首を傾げた。

「あの、もうオタク擬態? する必要ないんじゃないの」

僕は望陽の肩の温もりからさりげなく距離を取りながら、二人の顔を交互に見た。

「ああ、確かに……」

風太が天井を仰ぎながら呟いた。

「さすがにあいつらも諦めただろうな」

「まあ、顔を合わせたら、なにされるかわからないけどね」

望陽がへらっと笑いながら、僕が空けた距離を埋めるように、また身を寄せてきた。

僕は逃げるのを諦めて、妙に近い望陽を見る。

「そもそも、なんでそんなに怒らせたの?」

「いや、あいつらが悪いんだって!」

望陽がズイッと身を乗り出した。

いつも少し離れた定位置に座る風太が、その時のことを思い出したのか、不快そうに眉を顰めた。

「あれ、俺らがお笑い研究部にいたことって知ってるんだっけ?」

「え?」

僕はぴくりと眉を寄せた。

正直、お笑い好きな僕にとって、お笑い研究部にはいい印象がなかった。

高校に入ってすぐ、一年生に向けた部活紹介のレクリエーションがあった。体育館のステージで、各部活が五分ほどのアピールをするものだ。

そこで披露されたお笑い研究部の発表は、僕をうんざりさせるのに十分だった。

ステージでは漫才をやっていた。

スラッと背の高い二人組が袖から登場すると、在校生からは大きな歓声が上がった。センターマイクに向かって話し始めた二言目には、僕は思わず立ち上がって異議を申し立てたくなったくらいだ。

僕は心の中で、「これはジディローペス」「あ、今のギャグはみっちょぬ」「平地盆地……」と、次々にネタ元の名前を挙げることでその場を耐えた。

これが、すでに第一線で活躍している芸人のネタを組み合わせただけの、漫才とは言えないお披露目会であることは、皆気付いていたはずだ。

それでも大笑いする生徒たちを軽蔑した。

いや、元から面白いネタを模倣しているのだから、笑うのは仕方ないかもしれない。元ネタの間やテンポはしっかり研究しているようだ。そういう意味での研究会なのだと納得するしかなかった。

それからも、ややアンチ気味に僕はお笑い研究会のことを探った。

もしかしたら、あの時のネタは、新入生勧誘のためにわかりやすいものを、とやってしまっただけなのかもしれない。それでも僕としては、やっぱり許せない部分はあったけれど……。

しかし、密かにその活動を追ってみても、最初の印象が変わることはなかった。いや、むしろ、どんどん悪くなっていったほどだった。

お笑いに真剣というより、自分を売り込むこと、それも特に女の子にアピールすることに真剣と言った方が正しい。

SNSに、さあ笑えと言わんばかりの、中身もない変顔ダンスを投稿したりもしていた。

一度、高校生主催の地元のお笑いライブにも足を運んだが、うちの高校がダントツでひどかった。

部活紹介の時ほど露骨なパクリはなかったが、どこかで見たようなネタに、高校生あるある、学校教師のモノマネといった身内ネタ。AI頼みで、五分くらいで作ったんじゃないかと思えるようなネタだった。

観客の一部は完全に冷めた顔をしていたが、身内ノリなのか、わりとウケていたのが余計に腹立たしかった。

「え、あの先輩もお笑い研究部?」

追っ手の顔はよく見ていなかったから気付かなかったが、そう言えば、僕がお笑い研究部を嫌悪したきっかけになった二人に背格好が似ている気もした。
お笑いライブで見たのは別の先輩だったが、その二人もやたらとビジュアルは磨いていた気がする。
嫌悪感が顔ににじみ出ていたのか、風太が僕を見て、少しだけ眉を上げた。

「そう、だよ。あいつら、本当にムカつくよ」
それに、望陽が力強く頷く。
「あいつら、お笑いライブとかに出てるからって、俺らのことバカにしやがって」
「いや、お笑い自体馬鹿にしてんだよ。あの馬鹿」
風太も熱くなってきた。
ん、と思うこともあったが腰を折らずに、僕は二人がヒートアップしていくのを見ていた。

「そうだよな! ビジュが良ければネタなんてなんだって媚び笑いしてくれるとか」
望陽がほぼ四つん這いになるほどに上体を乗り出しながら、続けた。
「いや、女にモテたくて芸人目指すのはいいよ。でも、それをネタ磨きじゃなくて、自分磨きに全力投球するとか、あり得なくね?」
うんうんと風太も深く頷く。
「アイドルやれるほどのビジュもないから、お笑いに逃げたって感じが透けて見えてんだよ。最悪なことに、それでいい想いしてるから、余計調子に乗ってる」
「そーだよ、マジキモイよ。百歩譲って、その信念でご勝手にやってくれるならまだしもよぉ、俺らにまで押し付けてくんのがガチでキモイ!死ねっ!!」
「死ねは言い過ぎだけど、ガチで死ね」
二人のこの熱の入りっぷりで、大体の事情は分かった。
恐らく、なにか方向違いな指導を受けて、キレてしまったのだろう。この調子なら、余計な煽りでも入れて相手をブチキレさせたのだろうことが予想できた。

正直なことを言うと、お笑い研究部に所属している――いたかな?――というだけで、僕の中での二人の印象はかなり悪い方向に傾いていた。

しかし、今の話を聞いている限り、どちらかと言えば、二人は僕と近い考えなのかもしれない。

それ自体も、なんだか同志を得たみたいで嬉しかったのだが、僕にはそれ以上に興味をそそられる点があった。

「え、ちょっと、待って待って……」

ギギギッと歯噛みする二人に、僕は少しだけ素っ頓狂な声を上げた。
二人の視線が僕に注がれる。

「もしかして、君たちってコンビなの?」

僕の問いに、望陽と風太は一度、きょとんとした顔を見合わせた。
それから、望陽がパッと明るい顔を向けてきた。

「そうなんだよ! 多日登!」

そして、僕の肩をガバッと抱くと、

「どうも~スキップイソップで~す!」

と元気な声を出した。

「スキップ、イソップ……?」

僕は戸惑いながら望陽を横目で見たあと、助けを求めるように風太を見た。
明るい望陽とは裏腹に、風太はどこかばつが悪そうに視線を逸らせた。

僕と風太との温度差を気にすることなく、望陽が明るい声で続ける。

「スキップイソップは、俺らのコンビ名なんだ!」

「あ、そ、そうなんだ……え、由来は?」

なんだか社交辞令的に返してしまったが、やはり望陽は気にしていない。

「ほら、俺らの名前、省略すると北風と太陽になるだろ?」

それで、一部ではイソップコンビと呼ばれているのを思い出す。

「ああ、だからイソップ? じゃあ、スキップは?」

「なんとなくノリ? リズム?」

「いや、そう聞かれても……」

少し困ったように言ってみたが、頭の中でそのコンビ名を改めて分析してみる。

確かに語呂はいい。覚えやすいし、スキイソと省略することもできるのはポイントが高い。

「いいコンビ名だね」

僕は素直な感想を二人に投げかけた。

それに二人は揃って目を丸くして、小さく肩をすくめる。

「で、どんなネタやってんの?」

続けて僕が投げかけた質問に、二人は先ほどよりも大きく肩をすくめた。

「えっ?」

望陽と風太の声が重なる。

ごく自然な流れだったと思うが、二人の「なんでそんなこと聞くの?」と言いたげな顔を見て、僕もつい言ってしまった。

「えっ?」