北風と太陽は旅人を笑わせたい

 それから僕たちは、漫才王に向けて稽古を始めた。ネタもかなりブラッシュアップできたと思う。

「いい! 今のすごく面白かった! この調子で行こう」

 望陽も風太も僕が笑うと嬉しそうにしてくれるからか、自然と笑えることが増えてきた。

 ただ――

「今のは俺の方が多かった」
「いや、絶対、俺の方が笑ってた」

 いちいち、このやり取りを挟まなければならないのが、面倒くさい。また、笑うの封印しようかな……?

 そして迎えた、漫才王第一回戦。

 場所にもよるのだが、僕らの地域は、一日限りの開催で、当日のうちに、公式サイトから二回戦出場者が発表される。その日のうちに全てが決まるので、緊張感もただならなかった。

 持ち時間はたったの二分。

 会場入りした時点で、僕の心臓はあり得ないほど高鳴っていた。

「や、助かる」

 控え室に送り出す前の僕を見下ろして、望陽が笑う。

「目の前にこんなにガチガチに緊張しているやつがいると、むしろ、緊張ほぐれるわ」
「わかる」

 風太も頷いた。

「あわわわ、あの僕――」

 緊張のあまり激励の言葉もかけられない僕の頭を、二人がくしゃくしゃと撫でた。

「いいって、いいって、多日登は客席で、俺らの分まで緊張してて」

 そう笑う望陽の顔を、風太が横目で見た。最近、風太は時折、何かを言いたげな顔をしている。もしかして、今の髪クシャも、風太的にはアウトだったのだろうか。

「じゃ、行ってくるね!」

 望陽が差し出した拳に、僕らも拳を合わせた。

 そして、僕の心臓は収まることなく、第一回戦が始まった。

 エントリーがギリギリだったので、スキップイソップの出番は後半の方だ。いくつもの組を見ているうちに、僕の心臓はやっと収まってきていた。明らかな思い出出場みたいな組もあれば、セミプロやプロを思わせる組もあった。コメハイで見た顔もあった。

 それでも全体を通して、やはり高校生漫才大会とは違う、レベルの高さを感じるばかりだった。

 いよいよ、エントリーナンバーと共に、スキップイソップの名前が呼ばれた。僕の心臓は跳ね上がったが、会場入り前に比べて、かなり落ち着いていた。

 ただ、手だけは自然と祈るように、胸の前で握ってしまっていた。

 二人が元気よく挨拶をする。掴みは上々。審査員の中にも頷いているような人が何人か見えた。

 次は望陽のターンだ。

 ――ウケた。

 僕は、小さくガッツポーズを決めた。二分という短い中に無理矢理でも入れて良かった。

「どうも~ありがとうございました!」

 二人が勢いよく頭を下げる。時間超過もない。練習通りにやり切った。

 夏休みの動画審査で『イケる!』と思ってしまったことが恥ずかしいくらい、しっかりとした漫才を二人は見せてくれた。それでも、一回戦を突破できるかすらわからない。そう思えるのも、僕たちが真剣に向き合ってきた結果なのだと思う。

 その夜、僕たちは望陽の家でお泊り会をした。

 もちろん、結果発表を一緒に見るためだ。何時に発表されるかは明確にされていないので、早めに寝支度を済ませ、三人で客間に用意された布団に寝転がりながら、発表を待った。

 何度も何度もスマホをスワイプし、更新を繰り返していると、22:00前にページが更新された。

 三人して息を殺して、ページをスワイプしていく。

「うそ……」
「……ガチで」
「え、待って……」

 また、僕らの息が止まった。

「通った……」

 そう言ったのは望陽だったか風太だったか――次の瞬間、

「やったぁぁぁ!!!」
「っしゃぁあああ!」

 僕たちは三人で抱き合いながら、布団の上を転がりまわっていた。キスもされた気がするけど、え、どっち?

 あまりの騒ぎように、パパンさんとママンさんが部屋に飛び込んでくるくらいだった。パパンさんには注意されたが、結果を知らせると、ママンさんが一番大きくて甲高い声を上げていた。

 もう遅い時間だったが、今日は特別とお許しを得て、ママンさんがこっそり焼いてくれていた『おめでとう』ケーキと『頑張ったね』ケーキを両方食べた。

 信じられないほど甘くて涙が出た。

 僕たちが再び布団に入ったのは深夜零時を過ぎたころだった。それでも、興奮は冷めやらない。特に望陽は鼻息が荒かった。

「っていうか、ていうか、これってガチで俺たちの芸人第一歩って感じだよな!」
「や、一回戦って、割とアマでも通ったりするから、そんなに興奮すんなよ」

 風太が冷静に言う。

「まあ、でも、地域の動画審査すらダメだったんだから、今ははしゃいでもいいんじゃない?」

 僕が言うと、風太は「まあ、そうだけど……」と、意味ありげに言葉を切った。やはり、これが気になる。

「あのさ、風太……もしかして、なにか不満とかある?」

 僕が思い切って聞くと、風太は顔を上げて、小さく開いた口を躊躇うようにまたキュッと結んだ。

「なにか、あんなら言えよ」

 望陽もずいっと身を乗り出す。それに観念したのか、風太は目を閉じて、大きく息を吸った。

「あのさ……夏くらいから、ずっと言いたかったんだけど……」

 僕と望陽の喉がごくりと鳴った。

「三人でやらない?」

 消灯した部屋に沈黙が下りる。

「…………え?」

 最初に反応したのは望陽だった。

「いや、その、お前……いくらお祝いだからって、その……」
「なに、考えてるんだよ!」

 僕を通り越して、風太のチョップが望陽の脳天に落ちる。

「漫才だよ、漫才!」

 良かった。僕も一瞬、望陽と同じ考えが頭に浮かんでいた。

「あ、ああ、漫才――えぇ!?」
「いや、合宿で撮った動画見てから、ずっと思ってたんだよ――いや、その前からかもしれないけど」

 確かに、あの時、風太は何度も動画を見直しては、何かを考え込んでいた。僕と望陽は頷きながら、風太の言葉を待った。

「それでさ、多日登のおかげで、俺らのキャラ付けって決まったじゃん?」
「ああ、俺がテンション高めのヤバい奴で、風太がまともそうに見えてヤバい奴ね」
「それ! ぶっちゃけ、胃もたれしない?」

 確かに、それはあった。そして、高度だとも思っていた。でも、そこを緩和させるために、まさか僕を投入するという考えになるとは、思ってもみなかった。

「元来、俺も実はボケたい方だし、Wボケに多日登がツッコミで入ってくれたら、ちょうどいいと思うんだけど」
「えっ!」

 望陽と僕が同時に声を上げる。しかし、その意味はどうやら違ったらしい。

「めーーーっっちゃいいじゃん! なんで早く言わないんだよ!」
「いや、何度も言おうと思ったよ、でも、さすがに漫才王に合わせて、トリオとして最初からネタ組みして、練習してっていうのは無謀じゃん!」
「あ、気にするとこそこ?」

 僕の意思は? とは、思ったが、実はやぶさかではない。

 とはいえ、僕が人前に立って、漫才などできるのだろうか……

「あ、不安そうな顔してる」

 風太が僕のおでこを小突いた。

「ちょ、イチャつき禁止」

 そう言いながら、望陽が僕の肩に顎を乗せる。

「お前も、距離バグ禁止」
「ほら、また話し逸れてるから!」

 僕が照れながらそう言うと、二人は「ナイスツッコミ!」と、親指を立てた。

「いやいやいや、とは言ってもさ――」

 思わず否定的な言葉が出そうになる。それを風太が「いやっ」と遮った。

「俺たちに散々大口叩いて、鼓舞してきたんだから、演者は無理とか言わせない」
「それな!」

 それを言われると、ぐうの音も出なくなる。

「とはいえ、多日登にも心の準備があるだろうし、実際に形にしてみないとわからないよな」

 風太のしたり顔に、望陽がにやりと笑う。

「だから?」
「だから、まずは文化祭で試そうぜ!」
「えぇ!? あと二週間しかないじゃん?」

 思わずガバっと起き上がった僕の膝に、望陽と風太が同時に顔を寄せた。

「ね、お願い。多日登――」
「な、お願い。多日登――」

 飼い主に甘えるゴールデンレトリーバーと黒柴が転がっている。僕は、二人のお願いにめっぽう弱いらしい。

「ううぅ……文化祭は二回戦のゲネプロとして考えてたのにぃ」

 僕は、二人が頭の下に敷いている毛布を引っ張って、きゅるんとした目を向けてくる二人をゴロっと転がした。その勢いのまま、毛布を頭から被りごろんと寝転がる。

「でも、そうなるとコンビ名――あ、トリオ名どうする?」

 みのむし状になった僕の上にのしっと上体を乗せて、望陽が風太に言った。風太は「ん?」と軽く言いつつも、望陽をグイっと押しのけたようだ。

「そのままでいいだろ?」
「あ、そっか、元々スキップイソップは三人でやってたようなものだしな」
「いや、多日登、たび、と――旅人」
「あっ!」

 望陽が大きな声を上げる。

「ヤバ、多日登が入って完成じゃん!」

 ――誰が上手いこと言えと……

 僕は布団の中で、小さく震えた。