「じゃあ、まずはお前らの恋愛問題を片付けろよ!」
校舎を出ると、望陽はそう言って、駅に向かっていった。この言葉を最後に望陽は恋愛レースからは完全に降りたという宣言のように聞こえた。
いつもなら、駅前のバスステーションでみんなでバスを待つのだが、今日は風太と二人で歩いて帰ることにした。
とはいえ、何を話し合えばいいのか、僕にはわからなかった。僕の気持ちはさっき、外階段で大泣きしながら伝えたはずだ。
「多日登」
「ん?」
夕暮れの住宅街を並んで歩きながら、ふと、名前を呼ばれて、顔を上げた。その時には、もう風太の顔が間近に迫っていた。
「あ……」
声を上げたのと同時に、唇が重なる。そして、それはほんの一瞬で離れた。
風太は上体を起こすと、少し照れたような顔を背けた。そして、僕の手をそっと握った。なんだかくすぐったい雰囲気だ。僕の胸もバクバクと高鳴っている。
でも――
「こらっ!」
「えっ?」
「なんで、いつも不意打ちなんだ」
「え……恥ずかしいから……」
「僕だって、恥ずかしいけど、なんか……なんか……」
「いや、ごめん」
風太は真っ赤になった顔を、手のひらで覆った。
「本当に、俺、多日登のことになると余裕ない」
なのに、キスはするんだ。これ、僕の気持ちを伝えてなかったら、かなりギリギリの行為なんだが――
「だって、望陽がさ……さんじゅ……せめて早く取り返したい」
やっぱり、そこを気にしてるんだな。それはそうだろうし、二人が張り合う癖は、絶対になくならないだろう。それが、いい点でもあると思うし。
「……じゃあ、残り、二十七回、今日……してもいいけど」
平静を装ってはいたが、そんなことを言うだけで、僕の心臓は爆発寸前だった。むしろ、今まであまり意識していなかった、手を繋ぐことですら、熱くて、手の汗が気になって、おかしくなりそうなのに――
「…………二十七?」
「え……」
見上げた風太の顔は、やけに真剣だった。僕は、首を傾げる。あの夜、僕たちの唇は確かに触れた。だけど、あれは事故としてノーカンなのだろうか。
「だ、だって、テーマパークの……」
「うっ……」
風太の顔が苦々しく歪んだ。
「あ、あれは……本当にごめん。言い訳にならないけど、本当に余裕なくて……」
「うん。それはわかった」
「だって、望陽が抜け駆けデートしたって聞いて、もう頭真っ白になっちゃってさ」
恐らく、修学旅行三日目の夜、望陽や風太から連絡がなかった日のことだろう。あの日、相当に揉めたのかも知れない。
――私のために争わないで!
またそんなことが頭に浮かんで、僕は慌てて頭を振った。
「多日登?」
「あ、いや……いいよ。怒ってない」
握った手にまたじんわり汗が滲んだ。でも、僕の手のひらと同じくらい、風太の手も汗ばんでいた。それが、なんだか嬉しかった。
「実は、あのテーマパークの夜……俺が暴走したから、多日登は望陽を選んだのかなって思っちゃった」
「はぁ!?」
「あ、いやいや、本当にごめん。俺、本当にずっとモヤモヤしてて、どうしていいかわからなくて……」
「僕が、わざと笑ったと思ってるの?」
「いや、違う――あ、違わないけど、あー、もー、怒んないでよ」
「怒るよ!」
「多日登、好き。本当に好き! それでおかしくなってるんだって俺」
「……」
そんなんで、誤魔化されないぞ! と怒鳴ってやりたかったけれど、顔どころか頭のてっぺんまで熱くなってる気がして、僕はぷぅっと頬を膨らませることしかできなかった。
「もう、どうしよう。本当に好き」
そう言うと、風太は僕をギュッと抱きしめた。
僕の身体が爆散したような錯覚を覚えた。その後は全身が心臓になったみたいだった。
風太は僕を抱きしめる腕にさらに力を込めた。
「だから、多日登も俺が好きだって言ってくれて、ガチ嬉しい。死んじゃいそう。でも、やっぱりすげぇ複雑」
「ぼ、僕が、望陽を選んだから?」
「そうだよ! 望陽のターンで笑ったり、望陽とデートしたり……」
「……だから、信じられないってこと?」
「そうじゃないけど……なんか、本当に男として負けた気がする」
それを聞いて、やっぱり、風太の中では望陽との張り合いがどうしても前に出ちゃうんだなと感じた。
もちろん、それは風太が僕を好きな理由の根本ではないことはわかっている。でも、暴走や今、こうして拗らせている原因にはなっているんだろう。僕の行動もその一端を担っているのだが――
「ねぇ、風太。上手く言えるかわからないし、信じてもらえるかわからないけど、怒らないで聞いて」
「え、ちょ、ちょ、怖い……」
「じゃあ、どっか座る?」
「そうしよう。卒倒するかも?」
「そこまでの話じゃないと思うけど」
話し出す前から風太がひどく動揺しているので、僕らは近くの小さな公園に入った。そこのベンチに並んで腰を下ろす。
風太は大きく何度か深呼吸をしたあと、僕の手に自分の手を重ねた。
「……じゃあ、どうぞ」
その言葉に、僕も頷いて、何度か深呼吸をしてから口を開いた。
「望陽とキスするまで」
「ぐぅっ」
「スタートから躓かないで」
「……うん。わかった、続けて」
風太は頭を垂れた。話し出しからこれだと、先が思いやられるが、気を取り直して話を再開した。
「本気で二人を選べないって思ってた。でも、キスしてみて、あ、それって、友情と恋愛を一緒に考えてたからなんだなって気づいたんだ」
「うん……」
「望陽も風太もそうだと思うけど、僕も三人でいるのが好きだし、コメハイの時みたいに、僕のせいで三人の関係が崩れるのも嫌だった」
「……それは、俺もそう」
「だから、選ばないことでこの関係が続いていけばなって思ってたんだよね」
「それって、結構、残酷だよね」
「そう、だったね……うん、全部、今思えばって感じになっちゃうけど」
僕は視線を地面に落とした。風太が、僕の手をそっと握った。
「ごめん……続けて」
「うん」
僕は頷いた。
「あの……ね、多分、笑っちゃったのも、風太のせいだと思う」
「えっ!?」
「望陽のターンは面白かったよ。でも、それ以外にも、笑いそうなところは何度もあった。ただ、やっぱり勝負のことが気になって、無理に押さえてたんだと思う」
「そう、だったんだ……」
「ただ、今日は、風太が普通にしてくれて、すごく安心しちゃって、つい――テーマパークの夜のこと、僕もすごく気になってたから」
「それは……」
「や、わかる。後付けっぽいよね?」
「まあ、そうだけど――」
「でも、望陽とキスしてみて、付き合うって言って、全部繋がったんだ」
これ重要なので言わなきゃならないのだけれど、いちいちピクッと反応するのはやめて欲しい。
「風太のこと好きって。望陽も好きだけど、風太とは違う好きだったんだと思う」
「……そっか」
「うまく言えないよ。ごめん。だけど、望陽とのデートも楽しかった。でも、風太の顔が何度も浮かんだ。望陽のターンで笑っちゃったときも、風太じゃなかったことに『あっ』って思った」
「じゃあ、その時に、ちゃんと言って欲しかった」
「そ、そうだよね! ごめん! でも、僕だって、風太が好きって、認められなかったんだよ!」
少し拗ねたように唇を尖らせていた風太が「ん?」と、僕の方へ顔を向けた。
「だって、机の下に入って、密着して抱きしめられて、名字呼ばれて、なんか、ムラムラしたって!」
「はっ!? その時から!?」
「そうだよ! あ、その時は明確に好きとかじゃなかったと思うけど、なんか男の子相手に、妙にムラムラして意識しちゃったとか、認められないじゃん!」
「えぇぇぇ!」
さすがにこのことは、望陽の前では言えなかった。
そこから、一緒に過ごして、好意を向けられたりもしてごちゃごちゃになったのは事実だ。
「だから、なんか、僕の面倒くさい性格のせいで、いっぱい考えちゃったり、感情をごっちゃにしたりして、望陽も風太も、いっぱい振り回してごめん」
いつの間にかまた泣き出していた僕の頭を、風太はそっと抱き寄せた。
「もう、全部、ちゃんと話したんだから、信じてよ!」
「うん、わかった。信じるよ」
風太が僕の体をそっと離した。すっかり暗くなった公園の外灯の下で、僕はじっと風太の目を見た。
落ち着いていたはずの、心臓がまたうるさく鳴り出した。
「多日登……」
風太の両手が僕の頬を優しく包んだ。
「キスしていい?」
目が細められる。
「うん……二十七回?」
「ううん。もっと」
僕は頷くと、静かに目を閉じた。
校舎を出ると、望陽はそう言って、駅に向かっていった。この言葉を最後に望陽は恋愛レースからは完全に降りたという宣言のように聞こえた。
いつもなら、駅前のバスステーションでみんなでバスを待つのだが、今日は風太と二人で歩いて帰ることにした。
とはいえ、何を話し合えばいいのか、僕にはわからなかった。僕の気持ちはさっき、外階段で大泣きしながら伝えたはずだ。
「多日登」
「ん?」
夕暮れの住宅街を並んで歩きながら、ふと、名前を呼ばれて、顔を上げた。その時には、もう風太の顔が間近に迫っていた。
「あ……」
声を上げたのと同時に、唇が重なる。そして、それはほんの一瞬で離れた。
風太は上体を起こすと、少し照れたような顔を背けた。そして、僕の手をそっと握った。なんだかくすぐったい雰囲気だ。僕の胸もバクバクと高鳴っている。
でも――
「こらっ!」
「えっ?」
「なんで、いつも不意打ちなんだ」
「え……恥ずかしいから……」
「僕だって、恥ずかしいけど、なんか……なんか……」
「いや、ごめん」
風太は真っ赤になった顔を、手のひらで覆った。
「本当に、俺、多日登のことになると余裕ない」
なのに、キスはするんだ。これ、僕の気持ちを伝えてなかったら、かなりギリギリの行為なんだが――
「だって、望陽がさ……さんじゅ……せめて早く取り返したい」
やっぱり、そこを気にしてるんだな。それはそうだろうし、二人が張り合う癖は、絶対になくならないだろう。それが、いい点でもあると思うし。
「……じゃあ、残り、二十七回、今日……してもいいけど」
平静を装ってはいたが、そんなことを言うだけで、僕の心臓は爆発寸前だった。むしろ、今まであまり意識していなかった、手を繋ぐことですら、熱くて、手の汗が気になって、おかしくなりそうなのに――
「…………二十七?」
「え……」
見上げた風太の顔は、やけに真剣だった。僕は、首を傾げる。あの夜、僕たちの唇は確かに触れた。だけど、あれは事故としてノーカンなのだろうか。
「だ、だって、テーマパークの……」
「うっ……」
風太の顔が苦々しく歪んだ。
「あ、あれは……本当にごめん。言い訳にならないけど、本当に余裕なくて……」
「うん。それはわかった」
「だって、望陽が抜け駆けデートしたって聞いて、もう頭真っ白になっちゃってさ」
恐らく、修学旅行三日目の夜、望陽や風太から連絡がなかった日のことだろう。あの日、相当に揉めたのかも知れない。
――私のために争わないで!
またそんなことが頭に浮かんで、僕は慌てて頭を振った。
「多日登?」
「あ、いや……いいよ。怒ってない」
握った手にまたじんわり汗が滲んだ。でも、僕の手のひらと同じくらい、風太の手も汗ばんでいた。それが、なんだか嬉しかった。
「実は、あのテーマパークの夜……俺が暴走したから、多日登は望陽を選んだのかなって思っちゃった」
「はぁ!?」
「あ、いやいや、本当にごめん。俺、本当にずっとモヤモヤしてて、どうしていいかわからなくて……」
「僕が、わざと笑ったと思ってるの?」
「いや、違う――あ、違わないけど、あー、もー、怒んないでよ」
「怒るよ!」
「多日登、好き。本当に好き! それでおかしくなってるんだって俺」
「……」
そんなんで、誤魔化されないぞ! と怒鳴ってやりたかったけれど、顔どころか頭のてっぺんまで熱くなってる気がして、僕はぷぅっと頬を膨らませることしかできなかった。
「もう、どうしよう。本当に好き」
そう言うと、風太は僕をギュッと抱きしめた。
僕の身体が爆散したような錯覚を覚えた。その後は全身が心臓になったみたいだった。
風太は僕を抱きしめる腕にさらに力を込めた。
「だから、多日登も俺が好きだって言ってくれて、ガチ嬉しい。死んじゃいそう。でも、やっぱりすげぇ複雑」
「ぼ、僕が、望陽を選んだから?」
「そうだよ! 望陽のターンで笑ったり、望陽とデートしたり……」
「……だから、信じられないってこと?」
「そうじゃないけど……なんか、本当に男として負けた気がする」
それを聞いて、やっぱり、風太の中では望陽との張り合いがどうしても前に出ちゃうんだなと感じた。
もちろん、それは風太が僕を好きな理由の根本ではないことはわかっている。でも、暴走や今、こうして拗らせている原因にはなっているんだろう。僕の行動もその一端を担っているのだが――
「ねぇ、風太。上手く言えるかわからないし、信じてもらえるかわからないけど、怒らないで聞いて」
「え、ちょ、ちょ、怖い……」
「じゃあ、どっか座る?」
「そうしよう。卒倒するかも?」
「そこまでの話じゃないと思うけど」
話し出す前から風太がひどく動揺しているので、僕らは近くの小さな公園に入った。そこのベンチに並んで腰を下ろす。
風太は大きく何度か深呼吸をしたあと、僕の手に自分の手を重ねた。
「……じゃあ、どうぞ」
その言葉に、僕も頷いて、何度か深呼吸をしてから口を開いた。
「望陽とキスするまで」
「ぐぅっ」
「スタートから躓かないで」
「……うん。わかった、続けて」
風太は頭を垂れた。話し出しからこれだと、先が思いやられるが、気を取り直して話を再開した。
「本気で二人を選べないって思ってた。でも、キスしてみて、あ、それって、友情と恋愛を一緒に考えてたからなんだなって気づいたんだ」
「うん……」
「望陽も風太もそうだと思うけど、僕も三人でいるのが好きだし、コメハイの時みたいに、僕のせいで三人の関係が崩れるのも嫌だった」
「……それは、俺もそう」
「だから、選ばないことでこの関係が続いていけばなって思ってたんだよね」
「それって、結構、残酷だよね」
「そう、だったね……うん、全部、今思えばって感じになっちゃうけど」
僕は視線を地面に落とした。風太が、僕の手をそっと握った。
「ごめん……続けて」
「うん」
僕は頷いた。
「あの……ね、多分、笑っちゃったのも、風太のせいだと思う」
「えっ!?」
「望陽のターンは面白かったよ。でも、それ以外にも、笑いそうなところは何度もあった。ただ、やっぱり勝負のことが気になって、無理に押さえてたんだと思う」
「そう、だったんだ……」
「ただ、今日は、風太が普通にしてくれて、すごく安心しちゃって、つい――テーマパークの夜のこと、僕もすごく気になってたから」
「それは……」
「や、わかる。後付けっぽいよね?」
「まあ、そうだけど――」
「でも、望陽とキスしてみて、付き合うって言って、全部繋がったんだ」
これ重要なので言わなきゃならないのだけれど、いちいちピクッと反応するのはやめて欲しい。
「風太のこと好きって。望陽も好きだけど、風太とは違う好きだったんだと思う」
「……そっか」
「うまく言えないよ。ごめん。だけど、望陽とのデートも楽しかった。でも、風太の顔が何度も浮かんだ。望陽のターンで笑っちゃったときも、風太じゃなかったことに『あっ』って思った」
「じゃあ、その時に、ちゃんと言って欲しかった」
「そ、そうだよね! ごめん! でも、僕だって、風太が好きって、認められなかったんだよ!」
少し拗ねたように唇を尖らせていた風太が「ん?」と、僕の方へ顔を向けた。
「だって、机の下に入って、密着して抱きしめられて、名字呼ばれて、なんか、ムラムラしたって!」
「はっ!? その時から!?」
「そうだよ! あ、その時は明確に好きとかじゃなかったと思うけど、なんか男の子相手に、妙にムラムラして意識しちゃったとか、認められないじゃん!」
「えぇぇぇ!」
さすがにこのことは、望陽の前では言えなかった。
そこから、一緒に過ごして、好意を向けられたりもしてごちゃごちゃになったのは事実だ。
「だから、なんか、僕の面倒くさい性格のせいで、いっぱい考えちゃったり、感情をごっちゃにしたりして、望陽も風太も、いっぱい振り回してごめん」
いつの間にかまた泣き出していた僕の頭を、風太はそっと抱き寄せた。
「もう、全部、ちゃんと話したんだから、信じてよ!」
「うん、わかった。信じるよ」
風太が僕の体をそっと離した。すっかり暗くなった公園の外灯の下で、僕はじっと風太の目を見た。
落ち着いていたはずの、心臓がまたうるさく鳴り出した。
「多日登……」
風太の両手が僕の頬を優しく包んだ。
「キスしていい?」
目が細められる。
「うん……二十七回?」
「ううん。もっと」
僕は頷くと、静かに目を閉じた。
