「じゃあ、チュウしていい?」
望陽が両手を広げて僕に近づいてきた。
「……いま!? ここで?」
「後でがいい? 二人きりでゆっくり?」
望陽はすっかり、出来上がって、僕の腰に手を回して抱き寄せた。
「え……あの」
僕は困惑して風太を見る。
「……勝ちは勝ち、負けは負けだから」
風太が頷いた。冷静を装ってはいるが、その目はテーマパークの夜に見た時のように悲しそうだった。
胸が詰まる。
でも、僕も、あの夜、風太に選べないと言った。それは本心だった。だから、選ばせてとも言った。それも本心だったと思う――ただ、それがあまりにも突然に来てしまったから、自分でも心の準備ができてなかったのだ。
「じゃあ、まず、チュウだけ頂戴」
待ちきれなかった望陽の唇が僕の目元に落ちた。
「あ……」
風太のことが気になって、小さく身を捩る。
「風太――」
思わず、その名を呼んでしまった。
「なに?」
風太の声は冷えていた。僕の体からスっと血の気が引くような気がした。それ以上の言葉が出ない僕に代わり、望陽が少しだけ風太の前に出る。
「風太は――いいの?」
「なにが?」
「もし、このまま、多日登と俺が付き合っても」
風太は苛立ったように小さく舌打ちをして、床に視線を落とした。
「ヤダよ。嫌に決まってるだろ? 俺は多日登が好きだから」
「俺も好きだよ」
「じゃあ、聞くなよ、勝ったのお前だろ?」
風太は望陽を睨んだ。その目は今にも泣き出しそうなのを堪えている感じだった。
「それに――最後に選ぶのは多日登だから」
望陽と風太の視線がゆっくりと僕に向けられた。僕は、あわあわと口を開閉させて言葉を探した。
「え、選べない――僕、どっちも好きだから……」
なんとも情けない答えだと自分でも思う。母にも父にも吹っ飛ばされてしまいそうなほど、往生際が悪いのも分かっている。
だが、本当に心から、僕は二人が好きだ。
ただ、その好きの種類をどうしても処理できないでいた。そして、そんな曖昧な態度が二人に対して不誠実なことも、僕はよくわかっていた。
「だから、勝負で決めるって言ったのは多日登だよね?」
風太が、妙に落ち着いた声で言った。
「それなら、もう答え出してもいいじゃん。今のは確実に望陽が多日登を笑わせた――俺には、できなかった」
そう言うと、風太は顔を伏せて、一歩踏み出した。
「悪ぃ、ちょっと、ここにいるのキツい」
顔を伏せたまま、風太は僕たちの横を通り過ぎた。
「風太!」
思わず手を伸ばした僕の体を望陽がグッと抱き寄せる。
「待って、多日登。風太の言う通りだよ。多日登が決めて。今、風太を追うか、俺を選ぶか」
見上げた先にある望陽の顔は、相変わらず留守番を言いつけられた大型犬みたいに情けない。その顔を愛おしいと思う僕もいる。
少し離れた場所で、パソコン教室のドアが閉まる音がした。
これで二人きりだ。
「ごめん、望陽。僕、優柔不断すぎだよね」
「そうだね」
僕は望陽の胸にそっと頭を寄せた。伝わってきた鼓動はありえないほど高鳴っていた。
「正直に言うと、付き合うとか恋愛とかよくわかんない。でも、僕を笑わせてくれてありがとう」
僕はギュッと目を閉じて、顎を少しだけあげた。
「多日登……」
今までにないくらい甘く名前を呼ばれて、すぐに暖かくて柔らかな感触が僕の唇を包んだ。
一瞬、頭が真っ白になる。
僕の意志とは関係なく、身体が小さく震えた。
「ん……」
吐息が漏れるのと共に、ゆっくりと温もりが離れる。静かに目を開くと、熱っぽい瞳で望陽が見つめていた。
「多日登、好き。付き合ってください」
「はい」
僕は赤くなる顔を隠すように頷いた。
僕は望陽の首に腕を回し、今度は自分から唇を重ねた。
二度目のキスはなんだかくすぐったかった。
一体、何度目のキスになるだろう。二人で盛り上がってしまって、何度も唇を重ねた。
だが、未だに僕らの唇は、ただ触れ合うだけで、それ以上に深くはならなかった。
「もっかい」
そう望陽が顔を寄せてきた時、とうとう耐えられなくて僕は顔を逸らせた。
「ふ、ふふふ」
的を外れた望陽の唇は、僕の頬に落ちた。
「え、多日登、笑ってるの?」
「うん、ごめん。ぶっちゃけ、これが一番おかしい」
「え、なになに?」
「――もしかして、望陽もそうじゃない?」
僕らは鼻先が触れ合う距離で見つめ合った。そこにはいつの間にか、甘さがなくなっていた。望陽が根負けしたようにフッと笑う。
「ごめん……俺も多分、同じ気持ちだわ」
「風太でしょ?」
「そう風太……」
最初は熱に浮かされて、思わず望陽にキスをしてしまった。しかし、そうしているうちに、なんだか僕は言い知れない違和感を覚えてしまっていた。
何か違う。
望陽のことは好きだ。キスも気持ちよかった。
だけど、何かが違った。
望陽と唇を重ねるたびに、頭に浮かぶのは風太の顔だった。いつもの仏頂面や、笑った顔、怒った顔、『俺を選んで』と縋っていた時の顔――
「本当にごめん。望陽……」
「いや、俺もごめん……なんか、ちゅうするたびに、もう頭の中が多日登~より風太でいっぱいになってきちゃってて」
「え、望陽も?」
「いや、なんつーか、多日登のことは本当に大好きなんだけど、俺、思ってた以上に風太のことも大好きみたい」
「そうなんだ? 僕の場合は、もう耐えられなくて笑っちゃった時、風太が頭の中で黒い柴犬になってきゅーんって鳴きながら耳垂らしてたよ」
「うわ、めっちゃわかる! 風太って柴犬っぽいよな」
君はゴールデンレトリーバーね。と思ったけれど、それは言わなかった。
望陽は憑き物が落ちたように、ドッと近くの椅子に腰を下ろした。
「……で、どうする?」
「僕たち……別れる?」
「えー、もう?」
「じゃあ、このまま付き合う?」
それに望陽は「うーん……」と首を捻った。
「いや、あの、本当に勘違いして欲しくないんだけど、多日登のこと好き。本当に好き」
「うん。ありがとう」
「でも、多日登に触る度に、やっぱ、風太のこと思い出しちゃいそう」
「それは、僕もそう……」
僕が俯くと、望陽は僕の手をグイッと引っ張って、自分の膝の上に座らせた。
「いや、多分、多日登は違うでしょ?」
「なにが?」
「俺を選んだら、後悔すると思う」
「え?」
「だって、俺のターンで笑った時から、多日登『しまった』みたいな顔してたよ」
「……そんな」
「ごめん。それが悔しくて、俺、ちょっとムキになってたのかも」
そう言うと、望陽は僕の髪をそっと撫でた。
優しく目を細める望陽を見て、僕は胸が苦しくなった。
「ごめん。そうかも、僕も望陽のこと大好きだから、望陽の気持ちにも応えたくて、なんか色々言い訳してたのかも」
「そうだよね……俺も、多分、結構前から気付いてたかも……でも、多日登のこと好きだし、チュウしたいのは本気だったし、それよりも風太に負けたくなくて、必死だったのかも」
「そうなんだ? じゃあ、僕たち、二人が僕のこと好きすぎて拗れてた訳じゃなくて、僕と望陽が風太のこと好きすぎておかしくなってたんだね」
「そうなるね」
僕たちはまた、顔を見合わせて笑った。
望陽が両手を広げて僕に近づいてきた。
「……いま!? ここで?」
「後でがいい? 二人きりでゆっくり?」
望陽はすっかり、出来上がって、僕の腰に手を回して抱き寄せた。
「え……あの」
僕は困惑して風太を見る。
「……勝ちは勝ち、負けは負けだから」
風太が頷いた。冷静を装ってはいるが、その目はテーマパークの夜に見た時のように悲しそうだった。
胸が詰まる。
でも、僕も、あの夜、風太に選べないと言った。それは本心だった。だから、選ばせてとも言った。それも本心だったと思う――ただ、それがあまりにも突然に来てしまったから、自分でも心の準備ができてなかったのだ。
「じゃあ、まず、チュウだけ頂戴」
待ちきれなかった望陽の唇が僕の目元に落ちた。
「あ……」
風太のことが気になって、小さく身を捩る。
「風太――」
思わず、その名を呼んでしまった。
「なに?」
風太の声は冷えていた。僕の体からスっと血の気が引くような気がした。それ以上の言葉が出ない僕に代わり、望陽が少しだけ風太の前に出る。
「風太は――いいの?」
「なにが?」
「もし、このまま、多日登と俺が付き合っても」
風太は苛立ったように小さく舌打ちをして、床に視線を落とした。
「ヤダよ。嫌に決まってるだろ? 俺は多日登が好きだから」
「俺も好きだよ」
「じゃあ、聞くなよ、勝ったのお前だろ?」
風太は望陽を睨んだ。その目は今にも泣き出しそうなのを堪えている感じだった。
「それに――最後に選ぶのは多日登だから」
望陽と風太の視線がゆっくりと僕に向けられた。僕は、あわあわと口を開閉させて言葉を探した。
「え、選べない――僕、どっちも好きだから……」
なんとも情けない答えだと自分でも思う。母にも父にも吹っ飛ばされてしまいそうなほど、往生際が悪いのも分かっている。
だが、本当に心から、僕は二人が好きだ。
ただ、その好きの種類をどうしても処理できないでいた。そして、そんな曖昧な態度が二人に対して不誠実なことも、僕はよくわかっていた。
「だから、勝負で決めるって言ったのは多日登だよね?」
風太が、妙に落ち着いた声で言った。
「それなら、もう答え出してもいいじゃん。今のは確実に望陽が多日登を笑わせた――俺には、できなかった」
そう言うと、風太は顔を伏せて、一歩踏み出した。
「悪ぃ、ちょっと、ここにいるのキツい」
顔を伏せたまま、風太は僕たちの横を通り過ぎた。
「風太!」
思わず手を伸ばした僕の体を望陽がグッと抱き寄せる。
「待って、多日登。風太の言う通りだよ。多日登が決めて。今、風太を追うか、俺を選ぶか」
見上げた先にある望陽の顔は、相変わらず留守番を言いつけられた大型犬みたいに情けない。その顔を愛おしいと思う僕もいる。
少し離れた場所で、パソコン教室のドアが閉まる音がした。
これで二人きりだ。
「ごめん、望陽。僕、優柔不断すぎだよね」
「そうだね」
僕は望陽の胸にそっと頭を寄せた。伝わってきた鼓動はありえないほど高鳴っていた。
「正直に言うと、付き合うとか恋愛とかよくわかんない。でも、僕を笑わせてくれてありがとう」
僕はギュッと目を閉じて、顎を少しだけあげた。
「多日登……」
今までにないくらい甘く名前を呼ばれて、すぐに暖かくて柔らかな感触が僕の唇を包んだ。
一瞬、頭が真っ白になる。
僕の意志とは関係なく、身体が小さく震えた。
「ん……」
吐息が漏れるのと共に、ゆっくりと温もりが離れる。静かに目を開くと、熱っぽい瞳で望陽が見つめていた。
「多日登、好き。付き合ってください」
「はい」
僕は赤くなる顔を隠すように頷いた。
僕は望陽の首に腕を回し、今度は自分から唇を重ねた。
二度目のキスはなんだかくすぐったかった。
一体、何度目のキスになるだろう。二人で盛り上がってしまって、何度も唇を重ねた。
だが、未だに僕らの唇は、ただ触れ合うだけで、それ以上に深くはならなかった。
「もっかい」
そう望陽が顔を寄せてきた時、とうとう耐えられなくて僕は顔を逸らせた。
「ふ、ふふふ」
的を外れた望陽の唇は、僕の頬に落ちた。
「え、多日登、笑ってるの?」
「うん、ごめん。ぶっちゃけ、これが一番おかしい」
「え、なになに?」
「――もしかして、望陽もそうじゃない?」
僕らは鼻先が触れ合う距離で見つめ合った。そこにはいつの間にか、甘さがなくなっていた。望陽が根負けしたようにフッと笑う。
「ごめん……俺も多分、同じ気持ちだわ」
「風太でしょ?」
「そう風太……」
最初は熱に浮かされて、思わず望陽にキスをしてしまった。しかし、そうしているうちに、なんだか僕は言い知れない違和感を覚えてしまっていた。
何か違う。
望陽のことは好きだ。キスも気持ちよかった。
だけど、何かが違った。
望陽と唇を重ねるたびに、頭に浮かぶのは風太の顔だった。いつもの仏頂面や、笑った顔、怒った顔、『俺を選んで』と縋っていた時の顔――
「本当にごめん。望陽……」
「いや、俺もごめん……なんか、ちゅうするたびに、もう頭の中が多日登~より風太でいっぱいになってきちゃってて」
「え、望陽も?」
「いや、なんつーか、多日登のことは本当に大好きなんだけど、俺、思ってた以上に風太のことも大好きみたい」
「そうなんだ? 僕の場合は、もう耐えられなくて笑っちゃった時、風太が頭の中で黒い柴犬になってきゅーんって鳴きながら耳垂らしてたよ」
「うわ、めっちゃわかる! 風太って柴犬っぽいよな」
君はゴールデンレトリーバーね。と思ったけれど、それは言わなかった。
望陽は憑き物が落ちたように、ドッと近くの椅子に腰を下ろした。
「……で、どうする?」
「僕たち……別れる?」
「えー、もう?」
「じゃあ、このまま付き合う?」
それに望陽は「うーん……」と首を捻った。
「いや、あの、本当に勘違いして欲しくないんだけど、多日登のこと好き。本当に好き」
「うん。ありがとう」
「でも、多日登に触る度に、やっぱ、風太のこと思い出しちゃいそう」
「それは、僕もそう……」
僕が俯くと、望陽は僕の手をグイッと引っ張って、自分の膝の上に座らせた。
「いや、多分、多日登は違うでしょ?」
「なにが?」
「俺を選んだら、後悔すると思う」
「え?」
「だって、俺のターンで笑った時から、多日登『しまった』みたいな顔してたよ」
「……そんな」
「ごめん。それが悔しくて、俺、ちょっとムキになってたのかも」
そう言うと、望陽は僕の髪をそっと撫でた。
優しく目を細める望陽を見て、僕は胸が苦しくなった。
「ごめん。そうかも、僕も望陽のこと大好きだから、望陽の気持ちにも応えたくて、なんか色々言い訳してたのかも」
「そうだよね……俺も、多分、結構前から気付いてたかも……でも、多日登のこと好きだし、チュウしたいのは本気だったし、それよりも風太に負けたくなくて、必死だったのかも」
「そうなんだ? じゃあ、僕たち、二人が僕のこと好きすぎて拗れてた訳じゃなくて、僕と望陽が風太のこと好きすぎておかしくなってたんだね」
「そうなるね」
僕たちはまた、顔を見合わせて笑った。
