北風と太陽は旅人を笑わせたい

 夜、連絡するとは言ったが、望陽からの連絡はなかった。風太からもだった。グループも個人も、どちらも動きはなかった。

 磯山くんたちには、素直に望陽と水族館に行ったことを話した。罪悪感が払拭されたおかげか、変に茶化された。

 小鳥遊くんだけ「え? そうなの? 二人はそういう関係なの?」としきりに首を傾げていたのがおかしかった。

 それからも、修学旅行は予定通りに進んで行った。

 最終日前日にご褒美みたいなテーマパークの予定は、ここも、みんな彼女と回りたいかな? と思い、いつ言い出してくるかな、と待ち構えていたが、結局入場した時のまま班行動をした。

「え、良かったの?」

 夜のパレードを見ながら、僕が椎名くんの服の裾を握ると、椎名くんは「なにが?」と不思議そうに僕を見下ろした。

「あ、みんな彼女と一緒に回らなくて」
「いやいや、彼女とはまた来ればいいじゃん。こういうとこは、気ぃ遣わず、男同士でウェイした方が楽しいだろ」
「……そんなとこに僕がいたらテンション下げちゃったんじゃない?」
「はー? そんなこと気にしてたから、ずっと浮かない顔してたの? 俺は多日登と仲良くなれてめっちゃ楽しかったよ!」

 そういうと、椎名くんは僕の肩をガッと抱いた。

「ほら、多日登、見て見て、あのキャラの名前なんだっけ?」
「あー、えっと、プル――」

 僕が答えようとした瞬間、腕を掴まれ、強い力で後方に引かれた。

「えっ!?」

 反射的に振り向くと、風太が僕の手首を引いて駆け出すところだった。

「わりぃ、椎名。多日登借りるな!」
「お、おう」

 戸惑いながらも振り向く椎名くんの横で、磯山くんが、

「多日登、モッテモテだな」

 と、笑った。

 小鳥遊くんだけが、

「え、え? どうゆうこと? 北島もそうなの?」

 と、しきりに首を傾げていた。

 風太に引っ張られるままに、僕たちは既に稼働時間が終了している小さい子供向けのアトラクションの前まで来ていた。

 握られた手首に力がこもっていて、少しだけ痛い。

「風太、ちょっと痛い……」
「あ、ごめんっ!」

 風太が慌てて、僕の手首を離す。無意識に僕は解放された手首をさすった。

「悪かった……俺、ちょっと――いや、全然余裕ないかも」

 風太にしては珍しく、ひどく取り乱しているようだった。

「とりあえず、座ろうか?」

 僕は近くのベンチを指した。風太が頷いて、並んでそこへ腰を下ろす。

 明かりの落ちたアトラクションの前では、皆、遠くのパレードの光に注目するばかりで、僕らに目を向ける者はいなかった。

「望陽に……聞いたよ」
「え?」

 僕が顔を上げるのと同時に、風太はガッと僕の両肩に手を置いた。

「ズリぃよ、抜け駆けだろ? なんで、多日登は嫌だって言わなかったの?」

 僕を見る風太の目は、今にも泣き出しそうだった。

「え、いや――あの、ごめん」
「無理やり連れてかれた?」

 それに近いものはある。だが、ここで望陽が悪者になるようなことを言うのは違う気がした。

 僕は緩く頭を振る。

「ちがう。ちゃんと、望陽は抜け駆けだって自分で言ってた。だけど、僕はついてった」
「じゃあ、多日登は望陽を選んだの?」

 これは少し答えに窮する。あの時だけは、と言えば確かに望陽を選んだ。情に流されたと言えば簡単なんだろうけど、やはり望陽のせいにしているようで嫌だった。

「そういうのじゃない――」
「じゃあ、どういう意味?」
「それは……」
「あの後も、自分から望陽とデートしたこと言ってくれなかったよね?」
「デートだとは、思ってなくて……」
「じゃあ、尚更、言えるんじゃないの?」
「そう、かな?」
「俺のことなんか少しも思い出さなかった? それくらい楽しめた?」
「それは、違う!」

 そう、それは違う。何度も風太の顔を思い出した。言えなかったのも全部、きっと、後ろめたかったからだ。

「……三人で来れたらいいのになって思ってたよ」
「その言い方は、ズルいだろ」

 僕が最適解だと思った言葉をあざとくも口にしたせいで、風太の目が苦しそうに細められた。

 次の瞬間、肩に置かれた手に力が籠る。そのまま、強い力で引き寄せられた。

「あ」

 一瞬、躊躇ったせいで、唇にほんのわずか、柔らかなものが触れた。

「風太!」

 僕は慌てて身を引くと、風太の胸を強く押した。

「これは違う! これは、流石に一線越えてるって!」

 短い沈黙に恐る恐る顔を上げると、風太が明らかに傷ついた顔で僕を見ていた。僕の胸もチクリと痛む。

「多日登、笑って。お願い。俺の言うことで笑って。多日登、俺を選んで――」

 風太の悲痛な声に、僕は泣きたかった。でも、今、泣いちゃダメだと思った。泣いたら崩れてしまいそうだった。

 だから、絶対ダメだと思った。

「それこそズルいよ風太」
「俺、多日登が好きなんだ。俺を選んで」

 胸が痛い。張り裂けそうに痛かった。

「――選べない。僕には選べない! だから、ちゃんと選ばせてよ!」

 そう叫ぶと、僕は勢いよく立ち上がった。同時に零れた涙を隠すように腕で顔を覆い、振り返ることなく駆け出した。クラスの友人たちのところまで走り、その勢いのまま、飛び込むように椎名くんの背中に抱きついた。

「え、なになに? 多日登大丈夫?」
「ごめん。ちょっとだけ、ごめん!」

 そう言う僕に、椎名くんは黙って背中を貸してくれた。

「やー、青春だねー」

 そう茶化しながら、磯山くんが僕の頭をポンポンと軽く叩いた。

「え、どうなったの!?」

 小鳥遊くんだけは相変わらずわかってないようだった。