北風と太陽は旅人を笑わせたい

「……落選だって」

 僕の声は震えていた。二人になんて伝えようなんて、考える余裕もなかった。

 飯盒を吊るすための三脚を立てていた風太が、振り向く。僕がなんと言ったかまでは、聞こえなかったらしい。

「えっ?」

 テント脇で野菜の皮を向いていた望陽も、顔を上げた。

「ご、ごめんね……通らなかった」

 僕はぎゅうっとスマホを強く握った。

「つまり、落ちたってこと?」

 望陽が訝しげに眉根を寄せた。

 僕が頷くのを見て、風太が呆然としていた。

「どっちが?」
「両方」
「えっ……」

 望陽が駆け寄ってきた。僕が握ったスマホを、手ごと奪うようにして覗き込んだ。

 そこには、一通には「合格を見送らせていただきます」、もう一通には「ご希望に添えない結果」と記されていた。

 その二通を確認した望陽が大きなため息とともに、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

 その姿を見ると、僕はいたたまれなくなって、途端に目に涙が滲んだ。

「ごめんね……望陽、風太、ごめんね……」

 いけると思っていた。グランプリが取れるかと言ったら、それは難しいかもしれない。

 それでも、せめて一次予選くらいは通ると信じていた。そのくらい、手応えがあった。

 今回は、コメハイの時みたいにアドリブで崩れた訳ではない。何時間も何時間も練習して、動画の角度にもこだわったし、音声がきちんと入るように色々撮り直したりもしたのに。

 だから、言い訳もきかない。しかも二件、ほぼ同時に落選通知が届くなんて、まるで僕たちのやってきたことをいとも簡単に拒絶されたような気になった。

「ごめんね……ごめんね」

 頭が真っ白になって、僕はそれしか言えなかった。

「なんで多日登が謝るの?」

 いつの間にか隣に来ていた風太が、僕の肩を抱く。

「望陽、今だけギュッとするの許して。ほら、望陽も立って」

 風太に促されて、望陽がゆらりと立ち上がった。そして、項垂れたまま、僕にギュッと抱きついた。それを望陽ごと風太が包み込む。

「悔しいな……」

 風太がそう呟いた瞬間に、涙が零れた。

 それからは、明らかにお笑いに対するモチベーションが下がっていた。望陽や風太だけじゃない。僕だって、ネタ帳を開く気にもなれなかったし。なんとか、次のステージに向けて立ち直りたかったけれど、なかなか前を向けなかった。

 そんなに甘くないことは僕も、きっと望陽も風太もわかっている。

 これからお笑いを続けるのなら、恐らく勝つことよりも負けることの方が多いはずだ。でも、あれだけネタを練って、練習もして、一次審査すら通らない。その初めての挫折が、僕たちに重くのしかかっていた。

 スキップイソップ育成計画を作成してから、毎日お笑いの時間を作っていた。三人で集まれなかった数日ですら、グループチャットで話し合う時間を作っていた。

 それが、ピタリと止まった。三人で集まっても、誰もネタ合わせをしようなどの話を出さなかった。

 むしろ、黙々と勉強したりして、気分転換すらしないまま、僕らの夏休みは幕を閉じた。

 新学期が始まり、二年生は修学旅行に向けて浮足立っていた。

 ただ、僕たち三人の気持ちは沈んだままだった。放課後に集まる約束を一度、望陽が破った。

 友人たちとカラオケに行ったらしい。

 こうやって、離れてしまうのか。こんな感じで、僕らは終わってしまうのか、そんな予感がしていた。

 修学旅行の班や部屋割りが決まり、僕はなぜかクラスの中で目立つ班の一員になっていた。完全に数合わせだという自覚はある。でも、彼らとは、仲がいいわけではないが、話しかけられて固まるほど、僕も拗らせているわけではない。なので、特に思うこともなかった。

 修学旅行前の昼休み、パソコン教室に向かう途中、僕は同じ班の男子に呼び止められた。

「多日登、ちょっと、こっち」

 日の当たる席を陣取って、班の一人が手招きしている。いつの間に、名前で呼び合う仲になったっけと思いつつ、僕はとてとてとその席に向かった。

「どうしたの?」
「あの……実はお願いがあって――」

 そのもったいぶった言い方で、全てを察した。

「あ、いいよ」
「まだ、何も言ってないけど?」
「え、班の自由行動の時に彼女と回りたいってことでしょ?」
「エスパーかよ!」

 シンプルマッシュヘアの磯山くんが目を丸くした。

「いや、そのくらいわかるよ」

 僕は、小さく笑った。

「え、多日登って笑うんだ」

 一番軽薄そうな椎名くんが少しギョッとしたように言った。

 ――え、今、僕笑ってた?

 全く気にしていなかった。気持ち悪いと思われなかっただろうか。

「なんつーか、結構……え、かわっ」

 小鳥遊くんも目を丸くしている。どうやら、キモっと思われなかったようでホッとする。

「っていうか、多日登も彼女作れよ」

 椎名くんが、僕の肩を遠慮なく叩いた。僕を残して、自分たちだけ彼女と行動するのが後ろめたいのだろう。

 ――彼女……?

 ふと、風太と望陽の顔が浮かんだ。

 僕は、それを振り払うように小さく首を振った。

「いやいや、そんな簡単にできるもんじゃないでしょ?」
「え、多日登って、じつはイケメンっていうか、可愛い系だから、全然今からでも間に合いそう」
「良かったら、彼女の友達紹介するけど?」
「あ、いいねぇ、修学旅行前で、誰かいない? って、ガチしつこく言われてるんだけど~」
「えー多日登いいじゃん!」

 そんな風に、三人は勝手に盛り上がっていた。

「え、いいよ。僕、そういうのわからないし……」

 僕はジリジリと後退しながら、両手を振った。

「普通に、僕のことは気にしないで、自由行動は彼女と楽しんで」

 そう言うなり、僕は、その場を逃げるように後にした。

「あ」と、誰かが声を上げたが、僕は振り返らなかった。

 ――彼女……彼女か。

 僕の中で、その言葉がグルグル回る。

 望陽の足が、パソコン教室から遠のいている。風太は来てはいるものの、どこかソワソワしている。

 二年生の間では、修学旅行前の駆け込みのように、次々とカップルが生まれていた。同性同士で過ごすのも楽しいだろうけど、せっかくの修学旅行で、多くの人が甘酸っぱい思い出を作りたいと考えているんだろう。

 もしかして――

 いつの間にか、駆け足になっていた勢いのまま、僕は、パソコン教室のドアを開けた。

「わ、多日登どうした?」

 息を切らせた僕を見て、風太が目を丸くした。

「随分、遅かったけど、なんかあった?」

 今日は望陽も来ていた。

 僕は胸が詰まる思いがした。

「スキップイソップ、やめないよね?」

 そんな言葉が、まるで零れるように口をついた。

 きっと、泣きそうな顔をしていただろう。

 望陽が反射的に僕に駆け寄って来た。

「多日登、ごめん。ごめんな」

 そう言うと、間髪入れずに、僕を抱きしめる。

「あ」

 声を上げつつも遅れて、風太も近づいてきた。そして、風太も望陽ごと僕を抱きしめた。あのキャンプの日と一緒だった。

「俺もごめん。今回、落ちて、かなり凹んでた」
「俺もそう……ぶっちゃけ一次くらいはって思ってたから」

 ギュッと二人の腕に力がこもった。

「うん。僕も、僕も、すごく悔しかった」

 二人の腕を掴みながら、僕は必死に頷いた。

「修学旅行終わったら、もっかい、ちゃんとやり直そう」

 風太の言葉に、望陽も僕も強く頷いた。

「うん。もし、二人に彼女ができても、少しだけでいいから時間作って欲しい」
「ん?」

 僕の言葉に、二人の声が重なった。