十日間という長い時間を家族以外の誰かと過ごすのは初めてだった。
それでも、あっという間の十日間で、名残惜しささえあった。
「うわぁー! 帰りたくねぇ!!」
迎えの車を待つ間、望陽が吠えた。僕も同意だった。風太は黙っていたが、多分、同じ気持ちなのだろう。
昼前にパパンさんが迎えに来てくれた。
もう一人、会社の人を連れてきていて、かなり本格的に僕らの仕事をチェックしていった。
「いやぁ、あまり期待していなかったけど、大したもんだな!」
パパンさんは単に子供を褒めるというよりも、心底感心していた。
それはそうだ。言われたこと以外にも、全部屋のマットレスを干したり、廊下にワックスをかけたりまでしたのだから。
僕らは胸を張った。
「これなら、充分だろう。な、都築」
パパンさんが横にいた男性に顔を向けた。
「はい。さすが専務のご令息です」
「いや、うちの愚息は人を見る目だけは一流だから、多分お友達のお陰なんだろ」
「パパン! 褒めてるの!? 貶してるの!?」
望陽がプリプリと甘えながら怒っている。
それにパパンさんも「あはは、ごめんごめん。みーちゃんも頑張ったね」なんて、なんというか……なんというか……え、望陽って相当なお坊ちゃん?
都築と呼ばれた部下らしき人に、僕たちは茶封筒を渡された。すぐに確認するのも失礼かと思ったので、車に乗り込み、中を確認すると、予想以上の額が入っていた。
「えっ!?」
思わず声を上げる僕の隣で、風太もヒュッと息を飲んでいた。
「いやいやいや、こんなにいただけません!」
流石に、今言わないとと思ったのか、風太が後部座席から身を乗り出した。
パパンさんは、ヒラヒラと手を振りながら笑った。
「いいのいいの。労働の対価だからね。会社から、正式に君らに支払われるものだよ。それに、言ったでしょ? 業者に頼んだら、もっとぼったくられるんだから」
「そうですね。君たちがしてくれたのよりも雑な仕事で何倍も取られます」
都築さんも皮肉混じりにそう言った。お手伝いのお礼くらいに考えていたけれど、会社から正式に支払われるとなると、僕も急に心配になってきた。
「あの、僕たちの学校バイト禁止でして――」
「学校には職業体験として、報酬が出ることも含めて説明してあります。必要な書類も提出して、了承をいただいていますので」
都築さんの眼鏡がキラリと光る。いかにも仕事が出来そうな雰囲気だ。それを部下に従えているのだから、パパンさんはそれ以上なのだろう。
それでも、はいそうですかと受け取れる金額ではなかった。風太がもう少しだけ食い下がった。
「いや、でも、滞在中の飯代も全部出して頂いてますし……」
最初にパパンさんが冷蔵庫に入れてくれた食料と、封筒に入れられたお金で食費は賄っていた。必ずここから出して、領収書を貰うようにと言われていたので、素直に従った。
なので、僕たちは私物のシャープペンシルの芯などを買う以外には一切、お金を出していない。
「いいから、いいから。若者が遠慮するもんじゃないよ。そのお金で、夏休みはみーちゃんといっぱい遊んであげてね」
「だって」
望陽の一言で、この話は打ち切りになった。僕と風太は怖々と顔を見合せた。
とはいえ、臨時収入もあり、パパンさんの言う通り、僕たち三人は夏休みを満喫した。
当面の予定はクリアしていて、後は結果を待つのみだった。一日一回は、必ずネタ作りや稽古に時間を割いたが、あまり詰め込みすぎないようにはした。
もちろん、テストの度に困ったりしないように、宿題の他に勉強も忘れずにやった。
各家庭へのお泊まりもした。
初めて会った風太のお母さんはサバサバしていて、いかにも仕事が出来そうな雰囲気だった。なによりも、風太と顔がそっくりだった。
夕飯はお父さんが用意してくれた。パパンさんとはまた違った、穏やかなタイプの人で、腰が低くて、眼鏡のよく似合う大人しい感じの人だった。
聞くところによると、北島家はお母さんが大黒柱で、今は単身赴任から帰ってきたお父さんが時短勤務で、子供たちの面倒や家事をやっているらしい。
「顔はお母さん似で、性格はお父さん似なのかな?」
三人で川の字になって寝ている時に、望陽がそんなことを言い出した。
「いや、顔も性格も母さん似」
「それ、わかる。お母さん、相当面倒見良さそうだもんね」
風太の言葉に、僕は小さく笑った。
「えっ?」
「えっ!?」
もう、電気を消していたので、顔は見えなかったと思う。
「今のはノーカン」
僕は毛布を鼻まで被って、早々に眠りについた。
翌朝、僕のジャージの腰のあたりに望陽の手が入り込んでいたのは、風太には内緒にしてあげた。
望陽の家ではパパンさんに続き、ママンさんにも会った。こちらも、まさにママンさんという印象の女性だった。
とにかくふわふわでキラキラしていて、少女のように若々しかった。僕のことを一目で気に入ったらしく、何度も「うちの子になる?」と聞かれた。夕飯後にはパパンさんも便乗して「そうしなさい」と言い出したから、ほとほと困ってしまった。
危うく、就寝はパパンさんとママンさんの部屋に連れ込まれるところだった。
翌朝、今度は風太が僕を望陽から庇うようにしっかり後ろから抱きしめて寝ていたが、そのことは望陽には言わなかった。
最後は僕の家で、すっかり彼氏候補になった望陽と風太は母から質問責めや、やや際どい助言などを受けてタジタジになっていた。
八歳下の弟ともいっぱい遊んでくれたし、普段僕には冷たい兄とも、ゲームなんかをして打ち解けていた。
翌朝、長距離トラックの運転手をしている父がリビングのソファで大いびきをかいていたのにはビックリした。
今日は帰ってくる日だったんだ、とタイミングがいいのか悪いのか――
母からなんと説明されたのか、フガッと自分のイビキで目を覚ますなり、
「おうおう、どっちがうちの姫を幸せにしてくれるんだー!」
と、寝惚けて暴れだした。
いや、僕のこと姫なんて呼んだことないだろ。
と思いつつ、母が父の背中に、僕と弟が脛に蹴りを入れると、途端に大人しくなった。
ちなみに、父は母と出会った頃は、ちょっと大きな声では言えない集団の「ヘッド」というものをやっていたらしい。
落ち着いたあとは、SAで買ったお土産を広げて、免許は取った方がいいぞという話を延々としていた。
その他にも、プールやBBQ、遊園地にも行った。ただ、今後、個人主催のお笑いライブなどに出場する時の出演料やノルマなども考えて、あまり散財しないようにはした。
北島家のお盆休みに便乗して、三人でキャンプをしていた時のことだった。
僕のスマホに立て続けにメールが届いた。
確認した瞬間、僕の心臓は止まりかけた。
それでも、あっという間の十日間で、名残惜しささえあった。
「うわぁー! 帰りたくねぇ!!」
迎えの車を待つ間、望陽が吠えた。僕も同意だった。風太は黙っていたが、多分、同じ気持ちなのだろう。
昼前にパパンさんが迎えに来てくれた。
もう一人、会社の人を連れてきていて、かなり本格的に僕らの仕事をチェックしていった。
「いやぁ、あまり期待していなかったけど、大したもんだな!」
パパンさんは単に子供を褒めるというよりも、心底感心していた。
それはそうだ。言われたこと以外にも、全部屋のマットレスを干したり、廊下にワックスをかけたりまでしたのだから。
僕らは胸を張った。
「これなら、充分だろう。な、都築」
パパンさんが横にいた男性に顔を向けた。
「はい。さすが専務のご令息です」
「いや、うちの愚息は人を見る目だけは一流だから、多分お友達のお陰なんだろ」
「パパン! 褒めてるの!? 貶してるの!?」
望陽がプリプリと甘えながら怒っている。
それにパパンさんも「あはは、ごめんごめん。みーちゃんも頑張ったね」なんて、なんというか……なんというか……え、望陽って相当なお坊ちゃん?
都築と呼ばれた部下らしき人に、僕たちは茶封筒を渡された。すぐに確認するのも失礼かと思ったので、車に乗り込み、中を確認すると、予想以上の額が入っていた。
「えっ!?」
思わず声を上げる僕の隣で、風太もヒュッと息を飲んでいた。
「いやいやいや、こんなにいただけません!」
流石に、今言わないとと思ったのか、風太が後部座席から身を乗り出した。
パパンさんは、ヒラヒラと手を振りながら笑った。
「いいのいいの。労働の対価だからね。会社から、正式に君らに支払われるものだよ。それに、言ったでしょ? 業者に頼んだら、もっとぼったくられるんだから」
「そうですね。君たちがしてくれたのよりも雑な仕事で何倍も取られます」
都築さんも皮肉混じりにそう言った。お手伝いのお礼くらいに考えていたけれど、会社から正式に支払われるとなると、僕も急に心配になってきた。
「あの、僕たちの学校バイト禁止でして――」
「学校には職業体験として、報酬が出ることも含めて説明してあります。必要な書類も提出して、了承をいただいていますので」
都築さんの眼鏡がキラリと光る。いかにも仕事が出来そうな雰囲気だ。それを部下に従えているのだから、パパンさんはそれ以上なのだろう。
それでも、はいそうですかと受け取れる金額ではなかった。風太がもう少しだけ食い下がった。
「いや、でも、滞在中の飯代も全部出して頂いてますし……」
最初にパパンさんが冷蔵庫に入れてくれた食料と、封筒に入れられたお金で食費は賄っていた。必ずここから出して、領収書を貰うようにと言われていたので、素直に従った。
なので、僕たちは私物のシャープペンシルの芯などを買う以外には一切、お金を出していない。
「いいから、いいから。若者が遠慮するもんじゃないよ。そのお金で、夏休みはみーちゃんといっぱい遊んであげてね」
「だって」
望陽の一言で、この話は打ち切りになった。僕と風太は怖々と顔を見合せた。
とはいえ、臨時収入もあり、パパンさんの言う通り、僕たち三人は夏休みを満喫した。
当面の予定はクリアしていて、後は結果を待つのみだった。一日一回は、必ずネタ作りや稽古に時間を割いたが、あまり詰め込みすぎないようにはした。
もちろん、テストの度に困ったりしないように、宿題の他に勉強も忘れずにやった。
各家庭へのお泊まりもした。
初めて会った風太のお母さんはサバサバしていて、いかにも仕事が出来そうな雰囲気だった。なによりも、風太と顔がそっくりだった。
夕飯はお父さんが用意してくれた。パパンさんとはまた違った、穏やかなタイプの人で、腰が低くて、眼鏡のよく似合う大人しい感じの人だった。
聞くところによると、北島家はお母さんが大黒柱で、今は単身赴任から帰ってきたお父さんが時短勤務で、子供たちの面倒や家事をやっているらしい。
「顔はお母さん似で、性格はお父さん似なのかな?」
三人で川の字になって寝ている時に、望陽がそんなことを言い出した。
「いや、顔も性格も母さん似」
「それ、わかる。お母さん、相当面倒見良さそうだもんね」
風太の言葉に、僕は小さく笑った。
「えっ?」
「えっ!?」
もう、電気を消していたので、顔は見えなかったと思う。
「今のはノーカン」
僕は毛布を鼻まで被って、早々に眠りについた。
翌朝、僕のジャージの腰のあたりに望陽の手が入り込んでいたのは、風太には内緒にしてあげた。
望陽の家ではパパンさんに続き、ママンさんにも会った。こちらも、まさにママンさんという印象の女性だった。
とにかくふわふわでキラキラしていて、少女のように若々しかった。僕のことを一目で気に入ったらしく、何度も「うちの子になる?」と聞かれた。夕飯後にはパパンさんも便乗して「そうしなさい」と言い出したから、ほとほと困ってしまった。
危うく、就寝はパパンさんとママンさんの部屋に連れ込まれるところだった。
翌朝、今度は風太が僕を望陽から庇うようにしっかり後ろから抱きしめて寝ていたが、そのことは望陽には言わなかった。
最後は僕の家で、すっかり彼氏候補になった望陽と風太は母から質問責めや、やや際どい助言などを受けてタジタジになっていた。
八歳下の弟ともいっぱい遊んでくれたし、普段僕には冷たい兄とも、ゲームなんかをして打ち解けていた。
翌朝、長距離トラックの運転手をしている父がリビングのソファで大いびきをかいていたのにはビックリした。
今日は帰ってくる日だったんだ、とタイミングがいいのか悪いのか――
母からなんと説明されたのか、フガッと自分のイビキで目を覚ますなり、
「おうおう、どっちがうちの姫を幸せにしてくれるんだー!」
と、寝惚けて暴れだした。
いや、僕のこと姫なんて呼んだことないだろ。
と思いつつ、母が父の背中に、僕と弟が脛に蹴りを入れると、途端に大人しくなった。
ちなみに、父は母と出会った頃は、ちょっと大きな声では言えない集団の「ヘッド」というものをやっていたらしい。
落ち着いたあとは、SAで買ったお土産を広げて、免許は取った方がいいぞという話を延々としていた。
その他にも、プールやBBQ、遊園地にも行った。ただ、今後、個人主催のお笑いライブなどに出場する時の出演料やノルマなども考えて、あまり散財しないようにはした。
北島家のお盆休みに便乗して、三人でキャンプをしていた時のことだった。
僕のスマホに立て続けにメールが届いた。
確認した瞬間、僕の心臓は止まりかけた。
