北風と太陽は旅人を笑わせたい

 夏休みのスケジュールを組んでみたら、僕たちはほとんどの時間を一緒に過ごすことになった。

 まずは宿題を終わらせることと、締め切りが間近に迫る地域のお笑いコンクールへ提出する動画を撮ることを目標とした。

 地域のお笑いコンクールは二つあって、どちらも一次審査は動画審査だった。

 ひとつは、コメハイよりも小規模だが、内容的にはほぼ同じで、高校生限定や勝ち上がり方式は変わらず、対象地域だけが限定された大会だ。もう一つは完全に地元のお祭りのステージに出場できる数組を選ぶ地元のテレビ番組主催の大会だった。

 前者は高校生限定とはいえ、コメハイで支部予選を通過したり結果を出した組も出るだろうし、後者は規模は小さくても、プロアマ・年齢不問のオープン大会なので、どんな出場者が集まるか分からない。

 コメハイ予選の時は、あのやらかしさえなければ、スキイソもいけていたなんて甘い考えを、僕自身が抱いていたことを痛感した。

 これからはビシバシいかなくては――

 まずは練習あるのみ! 正直、各々、家に帰る時間さえ惜しいと思っていた。そんな時、

「合宿しね?」

 そう望陽が言い出した。

「え、そんな金ねぇよ」

 すかさず、風太が却下する。が、望陽は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

「実はさ、うちのパパンの会社のさ、保養所があるんだけど、お盆近くに使うらしいから、そこを掃除してくれんなら、使っていいってさ」
「えっ」

 僕と風太の声が重なった。

「いや、家の事情とかで無理なら、仕方ないけど、ちょっとはバイト代も出してくれるらしいしさ」
「僕は大丈夫だけど――」

 多分、うちは聞かなくても二つ返事でOKしてくれるだろう。しかも、ある意味バイトのようなことを理由に行くのなら、なおさら聞くまでもなさそうだ。

 だが――僕はちらりと風太を見た。

 風太の家庭は、長男である風太が、共働きゆえに家事を担っている部分がある。合宿となると、もしかしたら難しいかも知れない。

「あ、俺も大丈夫だと思う」
「えっ」

 今度は僕と望陽の弾んだ声が重なった。

「うん。父さんが単身赴任から帰って来るし、鶴ちゃんも一人である程度、家のことできるから、頼めば、なんとか――」
「やったー!」

 こうして、僕らの合宿が決定した。

 当日は望陽のパパンが車を出してくれた。迎えに来てくれたところを、母が出てきて挨拶した時には、かなりビビり倒していた。それくらい、穏やかで気の良さそうな、まさにパパンという感じの人だった。

「なんか、すみません。俺らまで」

 道中、風太が後部座席から顔を覗かせて言うと、

「いいのいいの。業者に頼むより全然安上がりだから。むしろ助かったのはこっちだよ~」

 と笑ってくれた。

「あ、でも、お金も発生するから、きちんとやるようにね」

 しっかり釘を刺すことも忘れないところを見ると、ただの甘い父親というわけでもないようだった。

 保養施設はかなり広かったが、滞在期間が十日もあれば、掃除にばかり時間を割かれることもなく、僕らは午前中に掃除、ネタ合わせ、昼食を挟んでまたネタ合わせをしてから、宿題、夕飯後に稽古といった、まさに合宿スケジュールをしっかりこなしていた。

 ちなみに、寝室は別々。

 望陽は同室がいいとごねたが、各自、日中に終わらなかった宿題やネタの見返しをやるようにと、僕と風太が頑として譲らなかった。

「っていうか、一緒に寝たりして――ない、自信あるわけ?」

 よく聞き取れなかったが、最後に風太が望陽へ耳打ちした一言が決め手になったらしい。

 なんて言ったかは皆まで聞かない。予測もしない。

 なんだかあのサイゼでの夜以来、すっかり勝負の件については、誰も口にしなくなっていたから。

 ああ、告白したことで、僕みたいに翌日になって我に返ったのだろうと、軽く考えていた。

 それは合宿三日目、大浴場をみんなで掃除していた時に起こった。

「つまり、どうやったら多日登にキスできるんだ?」

 デッキブラシの頭を両手で抑え、その上に顎を乗せて、まるでひとり言のように言い出した。

 望陽はたまに第一声から接続詞を使う。多分、本人の中では繋がっているのだろう。だが、今はそんなことを指摘する段ではない。

 あまりに唐突な発言に、僕は、丁寧に磨いていた湯桶をからんと手から落とした。

「口より手を動かせよ」

 空の浴槽をガシガシと磨きながら、風太が不機嫌そうに言う。この話はしたくないのかもしれない。僕も、正直したくない。

 しかし、そんな僕たちの空気など察することもなく、望陽は傾けていたデッキブラシを片足で蹴る。

「俺、ずっと考えてたんだけど、なんか条件厳しくね?」

 ギクッと肩が跳ねそうになる。実は、敢えてそうしていた。

 もしかして、二人とも僕のこと――と思ってから、僕は物凄く考えていた。三人の関係。友達のこと。勘違い。性欲。恋人になったら――などなど。

 ぶっちゃけ言って、二人のどちらかと恋人になるのは嫌じゃない。この前、サイゼで言ったことは本心だ。

 身体的な問題は無視するとして、元来僕は自分からリードするタイプではない。だから、考えようによっては相手にリードしてもらえる関係の方がいいのではないだろうか。

 望陽ともし付き合えたら、きっと毎日楽しいだろうし、風太は凄く大切にしてくれると思う。たとえ、その結果、気の迷いだと気付いたとしても、それなりにいい思い出にはなるはずだ――

 でも、それよりも僕は、今のこの関係がいい。この関係のままダラダラと腐れ縁になればいいとすら思っている。

 だから、ほぼ実現不可能な条件を出した。

 要約すると、ネタ出しや稽古の最中に、二人のどちらかが出した案や実演で僕を笑わせること。それだけが成功条件だった。そもそも、最初に思った通り、僕が笑わなければ済むことだ。笑ったと判定される範囲を、著しく狭めた。そして、万が一笑ってしまったとしても、ネタ中なら、それがどっちの手柄なのか判断がつかないだろう。なんとでも言い張れる。

 だが、望陽も風太も馬鹿ではない。

 偏差値同じだし。

 数日経って、このからくりに気付きまではしないものの、疑問をもってしまったらしい。

「まず、芸人として笑わせるってなに? 悪ふざけでは笑わせないとかも境界線曖昧じゃない?」

 一番、突っ込んで欲しくないことに、望陽は気づいてしまっていた。

「それは……要するに、安いネタで笑わそうとするなってことじゃないの?」

 風太もデッキブラシを動かす手を止めて、話に加わってしまった。

「でもさ、突然降りてくることもあるじゃん? ギャグって、それを、パッと口にして笑ったら?」
「……なしなんじゃないの? 不意打ち的なのは」

 望陽と風太の視線が僕に向けられる。

「あ、えっと~……」

 僕は視線を必死に泳がせた。

「つまり……証人がいない状態で笑った、笑ってないって判定不能じゃん? だから、ネタ中ならいいよってこと」
「んー、それって、どっちが笑わせたってのが、わかりづらくない?」

 風太はそこにもすでに辿り着いてしまった。ぐぅ……

「ネタはみんなで作ってるし、言い方が面白かったとか間が面白かったっていうのも、みんなで積み上げて作ってるものじゃん。じゃあ、誰が笑わせた? ってことにならない?」
「え、それを言った人じゃない?」
「んー、なんか、それはちょっと納得いかないかも」

 あまりにもあっさりと、僕の魂胆は見破られてしまった。いや、魂胆までは見破られてはいないけれど、トリックは暴かれてしまった。

 まあ、僕が笑わなければいいだけの話なのだけど、スーツ姿を見ただけで顔を綻ばせてしまっているのだから、もう、その自信もない。

「そんなこと、どうでも良くない?」

 僕は、シレっと誤魔化そうとしてみた。

「どうでも良くない!」

 二人の声が大浴場に響いた。