僕たち三人は、魔法でもかけられたようにカチーンと固まった。店内の喧騒と、全く聞き取れないイタリア語の陽気なBGMが耳に戻ってくるまで、長い時間がかかったような気がした。
望陽の手からフォークが滑って、鉄板の端に当たって跳ね返り、からからと床に転がった。
その音でやっと僕らの時間が動き出した。
望陽は、床に転がったフォークを拾うためにテーブルの下に潜り込んだ。
風太はテーブルについた両肘の間に顔を埋めて、大きくため息をついた。
僕は、皿から飛び出てしまった小エビをギューっと指の腹でテーブルに押し付けて潰していた。
最初に口を開いたのは風太だった。
「本当に、多日登の言う通り……」
重々しい口調で呟いて、ため息をつく。それから何かを決意したように静かに居住まいを正した。
顔を上げて、僕を真っすぐ見つめる。ただならない雰囲気にちょっとドキっとした。
風太はひとつ大きく息を吸うと、少しだけ首を傾げて窺うような視線を僕に向けた。
「多日登のこと、好きなんだけど」
ガンッとテーブルの下に望陽が頭をぶつける大きな音がした。
風太は僕から視線を逸らさなかった。
「いつからとか明確に分からないけど、一緒にいるほど好きになって、望陽にとられたくなくて、焦ってた」
自分から煽ったくせに、僕は完全に処理落ちをしていた。テーブルに親指を押し付けすぎて痛いのだけれどやめられなかった。
「そのせいで、多日登の気持ちも考えられなくなってたと思う……ごめんな」
なにかを言わないと、と思ったけれど、声は出ない。
呆然とする僕の視界に、今度は少し涙目になった望陽が割り込んで来た。
「多日登、俺も好き! 男の子とか関係ない! 付き合いたい! いっぱいチュウしたい! 多日登、可愛い! 好き!」
「おい、そういうのが困るって、多日登は言ってるんだよ」
風太が苛立ったように、望陽の服を引いた。望陽もムッとして、風太の方に顔を向ける。
「は? 抜け駆けしたのお前だろ!」
「抜け駆けじゃない。バレてるならって認めただけ」
「いや、それなら、俺がテーブルの下にもぐってる間にしなくて良くね?」
「お前、絶対、途中で邪魔するだろ!」
「するよ! 俺だってお前にとられたくない!」
いつの間にか、また、いつもの言い合いに発展してしまっている。
「だからぁ!」
僕は周りに配慮しながら、二人を制止した。
今の告白はなんだったんだろう。結局、僕はまた蚊帳の外だ。
それに二人も気付いたのか、目を丸くして僕を見た後、弾かれたようにパッと席に着いた。
「や、多日登……本当にごめん」
風太が、長く息を吐いて手のひらを僕に向けた。
「あのさ、いっそ振ってくれていいよ。すぐに諦めつくかはわからないけど、無理なんだってわかれば、ちゃんとお笑いに集中するから」
それに望陽が「ヤダッ!」と軽く腰を浮かせた。
「俺はヤダ! 絶対、諦められない」
「だって、これ以上は、多日登を困らせるだけだし……」
僕は、二人の態度に告白されたときめきよりも、苛立ちがまた蘇って来た。
「あのさ……」
歪な形になってしまったピザを二人に向けながら、精一杯低めな声を出した。
「風太は、なんでいつも僕の気持ちを勝手に決めるの?」
「えっ」
この状況で、まさか自分に矛先が向くと思っていなかったのか、風太がビクッと肩をすくめた。
「僕のこと、庇ってくれてるのはわかるんだけど、風太の妹や弟みたいに守らなくて大丈夫」
「……っ、ごめん」
風太はシュンと肩を落とした。
気持ちはわかる。風太の家にお邪魔して、美鶴ちゃんや爽くん、凌くんへの態度を見てればわかる。今までずっと、お兄ちゃんを一生懸命やってきて、その癖がついてしまっているのだろう。でも、僕にまでそんなに過保護になる必要はない。
とはいえ、これは少し八つ当たりが入っている。その自覚はあったものの、今さら引くわけにもいかなかった。
風太がしょぼんとしている横で、望陽が勝ち誇ったような顔をしているのは気に入らなかった。
「っていうか、望陽も!」
これは、意図を持った八つ当たりだった。
「望陽はさ、本当に僕のことえっちな目でしか見てないじゃん!」
「えっ!」
「キス勝負も望陽が言い出したし、ベタベタ僕のこと触るし、漫才でやらかしたきっかけも望陽だし――」
「え~?」
「自分がやりたい、欲しいばっかりで、全然僕のこと知ろうとしてくれてないじゃん!」
「好きなら欲しいって思うの当たり前じゃん!」
「そうだけど、知りたいって思うのも当たり前なんじゃないの?」
「知りたいとも思ってるよ!」
「いや、ただ風太に先越されたくないとか、負けたくないって気持ちで突っ走ってるように見えちゃうよ!」
少しヒートアップしすぎてしまったかもしれない。ふと、店員のジトっとした視線が気になった。
三人の間に再び沈黙が降りる。
「ってことは、俺たち二人は振られたってことだ……」
少し遠い目をしながら風太が呟いた。風太はこんな風に照れ隠しに格好つけることがある。それが余計に恥ずかしいことに本人は気付いていない。
「振ってない!」
僕は、二人を睨むように見た。
「はっ!?」
望陽と風太が大袈裟にテーブルからガクッと肘を落とし、ズッコケたような動きを見せた。
空気がいつもの三人に戻りつつあって、僕も気楽に続ける。
「僕も風太と望陽が好き!」
「えっ、ちょ……」
「どっちも、好きなの?」
「そう。僕は友情とか恋愛とか、そういう境界線はよくわかんない。でも、二人とも好きだよ」
「ん? なんか、それズルくない?」
「そう? 僕は、君たちが好きだから、知りたいと思うし、役に立ちたいと思う」
恐らく軽い気持ちで聞いていただろう望陽と風太が黙り込んだ。
「僕と同じ気持ちになって欲しいわけじゃないけど……だから、僕と一緒にいたいって思ってくれるなら、もう少しでいいから、敬意を払ってほしいよ」
「ごめん、本当に配慮不足だった」
風太が素直に頭を下げる。
一方の望陽は考え込むように顎を指先で弾いた。
「具体的にどうすればいい?」
それに僕は深く頷いた。
「だから、僕を本気で笑わせてよ」
「ん?」
「え?」
首を傾げる二人に僕は手のひらを向けた。
「ズルはなし。イレギュラーもなし。単なる男子高校生の悪ふざけで笑わそうとするのもなし。芸人として――スキップイソップの望陽と風太として、僕のことを笑わせてよ」
「それって――」
望陽がゴクリと唾を飲み込んだ。
「もし、僕が好きなら、本気で来てよ」
風太の表情も心なしか強ばっている。
とんでもないことを言っている自覚はある。
でも、僕が望陽と風太とスキップイソップを続けるためには、もう僕を餌にして煽るしかないと思った。
「もし、先に笑わせてくれた方とキスもするし、恋人にもなる」
精一杯平静を装いながら言ったが、僕の心臓が直接鼓膜を揺らしているのではないかと思うくらいにうるさく鳴っていた。
望陽の手からフォークが滑って、鉄板の端に当たって跳ね返り、からからと床に転がった。
その音でやっと僕らの時間が動き出した。
望陽は、床に転がったフォークを拾うためにテーブルの下に潜り込んだ。
風太はテーブルについた両肘の間に顔を埋めて、大きくため息をついた。
僕は、皿から飛び出てしまった小エビをギューっと指の腹でテーブルに押し付けて潰していた。
最初に口を開いたのは風太だった。
「本当に、多日登の言う通り……」
重々しい口調で呟いて、ため息をつく。それから何かを決意したように静かに居住まいを正した。
顔を上げて、僕を真っすぐ見つめる。ただならない雰囲気にちょっとドキっとした。
風太はひとつ大きく息を吸うと、少しだけ首を傾げて窺うような視線を僕に向けた。
「多日登のこと、好きなんだけど」
ガンッとテーブルの下に望陽が頭をぶつける大きな音がした。
風太は僕から視線を逸らさなかった。
「いつからとか明確に分からないけど、一緒にいるほど好きになって、望陽にとられたくなくて、焦ってた」
自分から煽ったくせに、僕は完全に処理落ちをしていた。テーブルに親指を押し付けすぎて痛いのだけれどやめられなかった。
「そのせいで、多日登の気持ちも考えられなくなってたと思う……ごめんな」
なにかを言わないと、と思ったけれど、声は出ない。
呆然とする僕の視界に、今度は少し涙目になった望陽が割り込んで来た。
「多日登、俺も好き! 男の子とか関係ない! 付き合いたい! いっぱいチュウしたい! 多日登、可愛い! 好き!」
「おい、そういうのが困るって、多日登は言ってるんだよ」
風太が苛立ったように、望陽の服を引いた。望陽もムッとして、風太の方に顔を向ける。
「は? 抜け駆けしたのお前だろ!」
「抜け駆けじゃない。バレてるならって認めただけ」
「いや、それなら、俺がテーブルの下にもぐってる間にしなくて良くね?」
「お前、絶対、途中で邪魔するだろ!」
「するよ! 俺だってお前にとられたくない!」
いつの間にか、また、いつもの言い合いに発展してしまっている。
「だからぁ!」
僕は周りに配慮しながら、二人を制止した。
今の告白はなんだったんだろう。結局、僕はまた蚊帳の外だ。
それに二人も気付いたのか、目を丸くして僕を見た後、弾かれたようにパッと席に着いた。
「や、多日登……本当にごめん」
風太が、長く息を吐いて手のひらを僕に向けた。
「あのさ、いっそ振ってくれていいよ。すぐに諦めつくかはわからないけど、無理なんだってわかれば、ちゃんとお笑いに集中するから」
それに望陽が「ヤダッ!」と軽く腰を浮かせた。
「俺はヤダ! 絶対、諦められない」
「だって、これ以上は、多日登を困らせるだけだし……」
僕は、二人の態度に告白されたときめきよりも、苛立ちがまた蘇って来た。
「あのさ……」
歪な形になってしまったピザを二人に向けながら、精一杯低めな声を出した。
「風太は、なんでいつも僕の気持ちを勝手に決めるの?」
「えっ」
この状況で、まさか自分に矛先が向くと思っていなかったのか、風太がビクッと肩をすくめた。
「僕のこと、庇ってくれてるのはわかるんだけど、風太の妹や弟みたいに守らなくて大丈夫」
「……っ、ごめん」
風太はシュンと肩を落とした。
気持ちはわかる。風太の家にお邪魔して、美鶴ちゃんや爽くん、凌くんへの態度を見てればわかる。今までずっと、お兄ちゃんを一生懸命やってきて、その癖がついてしまっているのだろう。でも、僕にまでそんなに過保護になる必要はない。
とはいえ、これは少し八つ当たりが入っている。その自覚はあったものの、今さら引くわけにもいかなかった。
風太がしょぼんとしている横で、望陽が勝ち誇ったような顔をしているのは気に入らなかった。
「っていうか、望陽も!」
これは、意図を持った八つ当たりだった。
「望陽はさ、本当に僕のことえっちな目でしか見てないじゃん!」
「えっ!」
「キス勝負も望陽が言い出したし、ベタベタ僕のこと触るし、漫才でやらかしたきっかけも望陽だし――」
「え~?」
「自分がやりたい、欲しいばっかりで、全然僕のこと知ろうとしてくれてないじゃん!」
「好きなら欲しいって思うの当たり前じゃん!」
「そうだけど、知りたいって思うのも当たり前なんじゃないの?」
「知りたいとも思ってるよ!」
「いや、ただ風太に先越されたくないとか、負けたくないって気持ちで突っ走ってるように見えちゃうよ!」
少しヒートアップしすぎてしまったかもしれない。ふと、店員のジトっとした視線が気になった。
三人の間に再び沈黙が降りる。
「ってことは、俺たち二人は振られたってことだ……」
少し遠い目をしながら風太が呟いた。風太はこんな風に照れ隠しに格好つけることがある。それが余計に恥ずかしいことに本人は気付いていない。
「振ってない!」
僕は、二人を睨むように見た。
「はっ!?」
望陽と風太が大袈裟にテーブルからガクッと肘を落とし、ズッコケたような動きを見せた。
空気がいつもの三人に戻りつつあって、僕も気楽に続ける。
「僕も風太と望陽が好き!」
「えっ、ちょ……」
「どっちも、好きなの?」
「そう。僕は友情とか恋愛とか、そういう境界線はよくわかんない。でも、二人とも好きだよ」
「ん? なんか、それズルくない?」
「そう? 僕は、君たちが好きだから、知りたいと思うし、役に立ちたいと思う」
恐らく軽い気持ちで聞いていただろう望陽と風太が黙り込んだ。
「僕と同じ気持ちになって欲しいわけじゃないけど……だから、僕と一緒にいたいって思ってくれるなら、もう少しでいいから、敬意を払ってほしいよ」
「ごめん、本当に配慮不足だった」
風太が素直に頭を下げる。
一方の望陽は考え込むように顎を指先で弾いた。
「具体的にどうすればいい?」
それに僕は深く頷いた。
「だから、僕を本気で笑わせてよ」
「ん?」
「え?」
首を傾げる二人に僕は手のひらを向けた。
「ズルはなし。イレギュラーもなし。単なる男子高校生の悪ふざけで笑わそうとするのもなし。芸人として――スキップイソップの望陽と風太として、僕のことを笑わせてよ」
「それって――」
望陽がゴクリと唾を飲み込んだ。
「もし、僕が好きなら、本気で来てよ」
風太の表情も心なしか強ばっている。
とんでもないことを言っている自覚はある。
でも、僕が望陽と風太とスキップイソップを続けるためには、もう僕を餌にして煽るしかないと思った。
「もし、先に笑わせてくれた方とキスもするし、恋人にもなる」
精一杯平静を装いながら言ったが、僕の心臓が直接鼓膜を揺らしているのではないかと思うくらいにうるさく鳴っていた。
