北風と太陽は旅人を笑わせたい

 僕たち三人は、駅前のサイゼに向かって住宅街を並んで歩いていた。母のせいで昨日の重苦しさは、すっかり飛んでいってしまったが、それがいいのか悪いのか――

「だから、多日登の私服って女の子っぽいんだ」

 着替えた僕の姿を上から下まで舐めまわすように見ながら、望陽がポツリと漏らした。

「え、これって女の子っぽいの?」

 オーバーサイズのパーカーに、細身のデニムで来たんだけど、こういう格好は風太もよくしてないっけ? 唇を尖らせながら、自分の服を摘む。それを風太は遠慮がちに見た。

「多分、それ女物だよ」
「えっ!?」

 この歳になっても、服は母任せなので、全く気付いていなかった。口だけじゃなく、わりとガチ目に母は僕を女の子として育てていた可能性が浮上してくる。

 もしかして、そのせいなのかな?

 望陽か風太と、もし恋人みたいな関係になったとしても、そこまで抵抗がない気がするのは――

 ……いや、服は関係ないか。

 とはいえ、恋愛自体、どこか自分には関係のないことだと思っていたので、今さら、好きだの、どちらか選べだのと言われても全然、ピンと来てはいないのだけれど……

 まあ、今回はそういう話ではないよね?

 と願いつつ、僕はファミレスのドアをくぐった。

 席に案内されてから、しばらくは三人でメニューやタッチパネルを眺めて、いつも通りに過ごしていた。

 少しだけホッとする。恋愛系の話をされるのも困るけれど、お笑いの話も、少しだけ遠ざけたい気分になっていた。

「っていうか、ごめん」

 注文を終え、ドリンクバーを取りに行って席に着くなり、望陽が思い切ったように口を開いた。

「っていうか、本当にごめんなさい!」

 最初の囁くような声とは比べものにならないような大きな声が店内に響いた。しかも、頭を下げた勢いで、テーブルに額までぶつけているもんだから、店内にいた全員の注目を浴びたのは言うまでもない。

 店内BGMまで途切れたような錯覚を覚えた。

「あ、あの……お客様」

 訝し気な表情で駆け寄って来た店員さんを、風太が手で制した。

「あ、大丈夫です。喧嘩とかではないので……」
「そうですか……」
「すみません。以降、静かにしますので」
「なにかございましたら、お声がけ下さい」

 そう言い残すと、店員さんは去っていったが、絶対本心ではないだろう。

 風太も、ばつが悪そうに自分のうなじを撫でた。

「いや、俺も、本当にごめん……」

 謝罪を受けて、別に謝ってほしいわけではないことに気付く。僕は、困ってしまって俯いた。

 それが二人にどう見えたのか、風太が焦ったように言葉を紡いだ。

「多日登が、怒って帰っちゃうのも当然だよな……あんなにネタ作りとか、練習に付き合ってくれたのに」

 僕は返す言葉がなかった。確かに腹は立てていたが、そのことで怒っていたのだろうか?

 僕の返事を待たず、望陽が続ける。

「本当にごめん。俺、なんかすごく浮足立っちゃって、多日登をどうしても笑わせたいって思ったら、結構頭真っ白になっちゃって……」

 あ、もしかしたら、それは僕が悪かったのかもしれない。緊張したら僕を見てなんて、緊張を解そうといったことが裏目に出たのではなかろうか。

「うん。俺も、望陽の性格わかってたはずなのに、なんかムキになっちゃってごめん。せめて、俺が、冷静に軌道修正したら、あんなことにはならなかっただろうな……」
「え、それって、俺が悪いってこと?」
「や、お前だけのせいだって思ってないけど、きっかけはお前な」
「は? それについては謝ったじゃん」
「だから、お前だけのせいとは言ってないじゃん」
「多日登の前だからって、なんかさっきとは言ってること違くない?」
「べ、別に、多日登の前だからってわけじゃ……」
「なんか、俺も悪かったってムーブ出しながら、俺を下げてる感じしてるんだけど……」
「は? それはさすがに被害妄想だろ?」

 ――また始まった。

 やっぱり、二人が僕のことを好きというのが、どこかピンとは来ていないけれど、ここ最近のギスギスした雰囲気とか、こういう軽口の皮を被った言い合いとか、少なくとも、その中心にいるのは僕ではなかろうか。

「あのさ、もう、僕降りようか?」
「えっ!?」
「はっ!?」

 ほとんど投げやりな、僕の言葉に二人は声を上げた。その声が少し大きかったのか、また、店内の視線が集まる。

 口元に手を当てて、ペコペコと周囲に頭を下げる姿を見て、僕は妙に腑に落ちていた。

 わかった。こういうとこだ。

 二人が僕を好きだということにピンと来ないのも、僕の自己肯定感が低いせいばかりではない。

 二人とも、全然僕を尊敬していない。

 無視しているわけではない。感謝もしているだろう。だが、尊敬は全くしていない。それが要所要所に出ているのだ。

 いや、尊敬と言うのは、やや大仰だ。だが、少なくとも、敬意は払えよ! と思った。

 それに気付いたら、だんだん腹が立ってきた。

 もちろん、そんな僕の気持ちなんか全く気付くことなく、望陽だけじゃなく、風太まで少し熱っぽい視線を向けてきた。

「多日登、本当にごめん……言い訳じゃないけど、ほんの一瞬だったけど、多日登の笑顔見て、それで、僕を笑わせてって言って、つい力が入っちゃったんだ」

 望陽は言い訳じゃないけどと言ったが、それは完全に僕を言い訳に使っている。

「いや、それを言うなら、俺も、多日登を笑わせようと、必死になってる望陽に余計に腹が立ったのかも――」

 風太までそんなことを言いだす。

 僕の中でプチンと何かがキレた。

「じゃあ、余計に僕、君たちの傍にいない方がいいね」
「はぁっ!?」

 今度は、望陽と風太が苛立ったような声を上げた。ここまで言って、なんで伝わらないんだとでも言いたいんだろう。それはこっちのセリフなんだけどね。

「いや、だって、二人の話を聞いてると、僕のせいで練習通りにできなかったんだよね? じゃあ、僕いない方がいいじゃん!」
「なんで、そうなるんだよ!」

 珍しく風太が熱くなる。でも、今日の僕は怯まなかった。

「だって、『多日登を笑わせたいから』『多日登の前だから』って、まるで僕がいなければ上手くいったみたいな言葉しか出てきてないけど?」
「違うって、多日登がいなきゃ、俺たちここまで来れなかったんだから」

 逆に望陽が珍しく落ち着いた調子で言った。しかし、それも僕はピシャリとはねつけた。

「そうだろうね。でも、本番でちゃんとできなかったら、なにも意味ないよね? しかも、僕のせいっぽいし」
「え、なんか多日登キレてる?」
「キレてるよ!」

 僕はガンと、テーブルを叩いた。

 そのタイミングで、僕たちのテーブルに料理が届いた。

「お客様、どうかされましたか?」

 さっきから騒がしい僕たちに、圧をかけるためか、責任者っぽい男性が料理を運んで来た。

 僕は「すみません」と肩をすくめた。

 その人が離れるのを待ってから、僕は運ばれてきたピザにガリガリとピザカッターを走らせながら続けた。

「だって、君たち、僕の承諾もなく勝手に賞品にしたりさっ」
「多日登をじゃなくて、多日登のキスをね」

 少しは落ち着いたのか、風太が、ペンネにフォークを立てた。

「それも! その勝負とは別に、キスしようとするし! 僕、男の子なんですけどっ!」
「えっ」
「それはなしって決めたのに、こっそりえっちな触り方するしっ! 僕、男の子なんですけどっ!」
「えぇっ!」

 望陽と風太が同時にお互いを見た。その目つきは少し鋭かった。

「もっと、僕のこと尊重してくれてもいいよね! 僕の気持ち考えて、僕がしてほしいことしてくれてもいいよね! 僕のこと好きなら!」

 夢中になるあまり、ピザは、細切れになっていた。

 しかし、今はそこじゃない。

「あ……」

 ハッとして顔を上げると、対面に座る、望陽と風太がぽかんとした表情で僕を見ていた。