駆け寄ってくる二人を、僕は素早くパソコン室に招き入れた。
しかし、ドアを閉めるのが早かったのか、明るい髪の方の踵をドアがかすめてしまったらしい。
「いてっ!」
明るい髪の方が、空気を読まずに大きな声を出した。
「しっ」
僕は慌てて、口元に人差し指を立てた。
隣では黒髪もしかめっ面で、人差し指を口元に当てていた。
明るい髪の方が「あっ」と音を出さずに口を開け、自分も同じように口元に人差し指を当てた。
――いや、うるさくしたのはお前だ!
とは思ったが、ツッコミを入れられるほど親しくはないので我慢する。
それに、これ以上声を発すること自体、危険な気がしていた。
僕は身振り手振りで、二人に机の下に隠れろと指示を出す。
パソコン室の机は、脚元が見えない箱型の長机になっている。そこに隠れれば、廊下側からは見えないだろう。
しかし、必死になる僕を見て、二人は首を傾げた。
絶対、ふざけている。
口元がややにやけている。
こういうところが、相手を怒らせたのではないだろうか?
僕は、助けたことを少し後悔し始めながら、鍵をかけた。
その瞬間だった。
パソコン室の外から足音が聞こえてきた。
「もう、ここしかねぇけど」
「ぜってー逃がさねぇ」
声もかなり近い。
追っ手は、ついにこの階までたどり着いたようだった。
――ここまで執着されるなんて、本当になにをしたのだろう?
呆れるように二人を交互に見ると、明るい髪の方はヘラッと人懐っこい笑顔を向けてきた。黒髪の方は、なぜか睨むように見返してきた。
ガチャガチャ。
目の前の二人がしたように、追っ手もまずは木工室のドアを開けようとしているらしい。
「ここも鍵かかってんなぁ」
「こっちもだわ」
「じゃあ、あとはこの部屋だけか……」
その声に僕は慌てて、二人の背中を押した。
背伸びをして頭を押さえ、ぎゅうぎゅうと近くの机の下に二人を詰め込む。
後方ののぞき窓に、人影が映る。
僕は関係ないのだが、姿を見られたら面倒だ。
僕も咄嗟に、同じ机の下に身体を滑り込ませた。
「ぐぇ」
体勢的に一番下になってしまった明るい髪の方が、小さく呻いた。
「しっ」
黒髪が短く言う。
格好としては、明るい髪の方が黒髪の方を後ろから膝立ちで抱くようなところに、僕が身体をねじ込んでしまったせいで、黒髪の方が僕を正面から抱く形になってしまった。
長机といえど、大きめの高校生男子一人分くらいの大きさだ。
体格のいい二人と、高校生男子の平均体型をやや下回る僕とで、ぎゅうぎゅうだった。
明るい髪の方に体重がかかりすぎないように、真ん中の黒髪の方が一生懸命踏ん張っているせいで、僕と彼が密着する状態になっている。
非常に気まずい。
だが、状況的にわがままは言ってられない。
先ほど人影が見えた後方のドアが、ガタガタッと揺らされた。
「チッ、やっぱ鍵かかってるわ」
「いや、内側から鍵かけたんじゃね?」
「えっ? そういう感じ?」
怒りが収まってきたのか、二人の会話は冷静そうに聞こえた。
そう油断した瞬間――
バァンと、壁を強く叩く音が響いた。
反射的にビクッと身体が震える。
「ちょ、あんま動くな」
黒髪の方が、僕の耳元で苦しげな声を上げた。
「ごめん……」
小さく返して、慌てて口を押さえた。
続けて、前方のドアを乱暴に揺らす音が響く。
「あー、クソッ、どこも鍵閉まってんじゃん!」
苛立った声と共に、バンバンとドアを蹴るような音が続いた。
驚くなと言われても、僕はあまりにも暴力的な状況に慣れていない。
口を押さえているから、なんとか声は出さずにいられてはいるが、ビクッと反応する身体までは抑えきれない。
「大雪……マジで頼む」
「……っ、ごめん」
咄嗟に謝ったが、内心、名前を呼ばれたことにも驚いた。
――なんで、名前知ってるんだろう?
そう思ったが、今は聞ける状況ではない。
永遠にも思える時間、息を殺していると、やっと、
「もう、いねぇよ」
諦めたような声が聞こえた。
つい力が抜けて、黒髪の方に軽く体重を預けてしまった。
「大雪……」
「あ、ごめん」
慌てて上体を起こしたせいで、天板の裏に頭を打ち付けてしまった。
ガンッと大きめの音が響く。
僕の身体の下で、息を呑む気配があった。
しかし幸い、追っ手がバァンと壁を蹴るか殴るかした音と重なったため、気付かれずに済んだようだ。
「ごめん、ごめん……」
必死に謝る僕に、「しぃーっ」と下から声が重なる。
「ったく、次、会ったらただじゃおかねぇ」
「ってか、普通、逃げるなら上に逃げねぇだろ?」
「だから、上って言ったのお前だろ?」
「いや、お前だって」
廊下の方から、苛立ちをぶつけ合うように言い合いながら、追っ手と思われる二人組の声が遠ざかっていった。
それでも、僕たちはしばらく息を顰めて、周囲の音に警戒していた。
どのくらい時間が経っただろう――。
「ごめん、ちょっと俺、限界……」
一番負荷がかかっているであろう明るい髪の方が、弱々しい声を上げた。
「あっ」
いつの間にか背中に回されていた黒髪の方の腕を払って、僕は机の下から転がり出した。
勢い余って後ろ回りするような形になってしまい、後ろにあった机に頭を強かに打ち付けた。
「いてっ」
頭を擦りながら見上げると、机の下から抜け出した黒髪の方が、僕の目の前に手を差し出していた。
「大丈夫か?」
僕はその手を素直に取る。
次の瞬間、ぐいと手を引かれ、僕の身体は一気に引っ張り上げられた。
「ありがとう」
少し熱くなる頬を気にしながら、僕は正面から黒髪の方を見た。
彼が小さく笑う。
「いや、こっちこそありがとう」
黒髪の方は、握ったままの手に少しだけ力を込めた。
よく見ると、切れ長の涼しげな目元に薄い唇。いわゆる醤油系のイケメンだった。
中等部のころから、イベントのたびにクラスの女子が色めきだっていたのを思い出す。
名前はなんだったっけ……。
僕がぼんやりと見上げる黒髪の方の後方で、「いてててて――」と、明るい髪の方がゆっくりと机の下から這い出してきた。
腰を擦りながら黒髪の方の横に立つと、やけに真剣な顔でこう言った。
「ヤバい、ガチで腰折れたわ」
「折れてるわけねぇだろ」
「折れてたら立てないだろ」
黒髪の方とほぼ同時に、つい僕もツッコミを入れてしまった。
それに、明るい髪の方が一度目を見開いた後、満足そうにヘラッと笑った。
「あはは、いやぁ、本当に助かったよ」
こちらもよく見たら、男らしいキリッとした眉毛の下に、パッチリとした丸い目が印象的なイケメンだった。
目尻が少し垂れていて、どことなく大型犬を連想させる愛嬌のあるタイプだった。
そいつが突然、僕の空いている方の手を取って、ぶんぶんと振った。
「俺、B組の太田望陽!」
それをちらりと横目で見てから、黒髪の方も握った僕の手を軽く振った。
「俺は、北島風太。D組」
あ、そうだ。
名前を聞いてやっと思い出した。
中等部のころから仲がいいイソップコンビだ。
名前を略すと、イソップ寓話の北風と太陽になるので、一部ではそう呼ばれていたのだった。
「あ、僕は――」
そういう流れなのだろうと、僕が名乗ろうとした時、
「知ってるよ。G組の大雪多日登だろ?」
太陽の方も僕の名前を口にした。
なぜ、学年でも目立つタイプの陽キャが、僕のような陰キャの名前を知っているのだろう。
首を傾げる僕に、二人はにこやかな笑みを向けた。
「これから、よろしくな」
見事なシンクロ率でそう言う二人に、僕は反対側に首を折る。
「え、なにがよろしくなの?」
微かな不安を覚えた僕に構わず、北風と太陽はぷっと吹き出して笑い出した。
しかし、ドアを閉めるのが早かったのか、明るい髪の方の踵をドアがかすめてしまったらしい。
「いてっ!」
明るい髪の方が、空気を読まずに大きな声を出した。
「しっ」
僕は慌てて、口元に人差し指を立てた。
隣では黒髪もしかめっ面で、人差し指を口元に当てていた。
明るい髪の方が「あっ」と音を出さずに口を開け、自分も同じように口元に人差し指を当てた。
――いや、うるさくしたのはお前だ!
とは思ったが、ツッコミを入れられるほど親しくはないので我慢する。
それに、これ以上声を発すること自体、危険な気がしていた。
僕は身振り手振りで、二人に机の下に隠れろと指示を出す。
パソコン室の机は、脚元が見えない箱型の長机になっている。そこに隠れれば、廊下側からは見えないだろう。
しかし、必死になる僕を見て、二人は首を傾げた。
絶対、ふざけている。
口元がややにやけている。
こういうところが、相手を怒らせたのではないだろうか?
僕は、助けたことを少し後悔し始めながら、鍵をかけた。
その瞬間だった。
パソコン室の外から足音が聞こえてきた。
「もう、ここしかねぇけど」
「ぜってー逃がさねぇ」
声もかなり近い。
追っ手は、ついにこの階までたどり着いたようだった。
――ここまで執着されるなんて、本当になにをしたのだろう?
呆れるように二人を交互に見ると、明るい髪の方はヘラッと人懐っこい笑顔を向けてきた。黒髪の方は、なぜか睨むように見返してきた。
ガチャガチャ。
目の前の二人がしたように、追っ手もまずは木工室のドアを開けようとしているらしい。
「ここも鍵かかってんなぁ」
「こっちもだわ」
「じゃあ、あとはこの部屋だけか……」
その声に僕は慌てて、二人の背中を押した。
背伸びをして頭を押さえ、ぎゅうぎゅうと近くの机の下に二人を詰め込む。
後方ののぞき窓に、人影が映る。
僕は関係ないのだが、姿を見られたら面倒だ。
僕も咄嗟に、同じ机の下に身体を滑り込ませた。
「ぐぇ」
体勢的に一番下になってしまった明るい髪の方が、小さく呻いた。
「しっ」
黒髪が短く言う。
格好としては、明るい髪の方が黒髪の方を後ろから膝立ちで抱くようなところに、僕が身体をねじ込んでしまったせいで、黒髪の方が僕を正面から抱く形になってしまった。
長机といえど、大きめの高校生男子一人分くらいの大きさだ。
体格のいい二人と、高校生男子の平均体型をやや下回る僕とで、ぎゅうぎゅうだった。
明るい髪の方に体重がかかりすぎないように、真ん中の黒髪の方が一生懸命踏ん張っているせいで、僕と彼が密着する状態になっている。
非常に気まずい。
だが、状況的にわがままは言ってられない。
先ほど人影が見えた後方のドアが、ガタガタッと揺らされた。
「チッ、やっぱ鍵かかってるわ」
「いや、内側から鍵かけたんじゃね?」
「えっ? そういう感じ?」
怒りが収まってきたのか、二人の会話は冷静そうに聞こえた。
そう油断した瞬間――
バァンと、壁を強く叩く音が響いた。
反射的にビクッと身体が震える。
「ちょ、あんま動くな」
黒髪の方が、僕の耳元で苦しげな声を上げた。
「ごめん……」
小さく返して、慌てて口を押さえた。
続けて、前方のドアを乱暴に揺らす音が響く。
「あー、クソッ、どこも鍵閉まってんじゃん!」
苛立った声と共に、バンバンとドアを蹴るような音が続いた。
驚くなと言われても、僕はあまりにも暴力的な状況に慣れていない。
口を押さえているから、なんとか声は出さずにいられてはいるが、ビクッと反応する身体までは抑えきれない。
「大雪……マジで頼む」
「……っ、ごめん」
咄嗟に謝ったが、内心、名前を呼ばれたことにも驚いた。
――なんで、名前知ってるんだろう?
そう思ったが、今は聞ける状況ではない。
永遠にも思える時間、息を殺していると、やっと、
「もう、いねぇよ」
諦めたような声が聞こえた。
つい力が抜けて、黒髪の方に軽く体重を預けてしまった。
「大雪……」
「あ、ごめん」
慌てて上体を起こしたせいで、天板の裏に頭を打ち付けてしまった。
ガンッと大きめの音が響く。
僕の身体の下で、息を呑む気配があった。
しかし幸い、追っ手がバァンと壁を蹴るか殴るかした音と重なったため、気付かれずに済んだようだ。
「ごめん、ごめん……」
必死に謝る僕に、「しぃーっ」と下から声が重なる。
「ったく、次、会ったらただじゃおかねぇ」
「ってか、普通、逃げるなら上に逃げねぇだろ?」
「だから、上って言ったのお前だろ?」
「いや、お前だって」
廊下の方から、苛立ちをぶつけ合うように言い合いながら、追っ手と思われる二人組の声が遠ざかっていった。
それでも、僕たちはしばらく息を顰めて、周囲の音に警戒していた。
どのくらい時間が経っただろう――。
「ごめん、ちょっと俺、限界……」
一番負荷がかかっているであろう明るい髪の方が、弱々しい声を上げた。
「あっ」
いつの間にか背中に回されていた黒髪の方の腕を払って、僕は机の下から転がり出した。
勢い余って後ろ回りするような形になってしまい、後ろにあった机に頭を強かに打ち付けた。
「いてっ」
頭を擦りながら見上げると、机の下から抜け出した黒髪の方が、僕の目の前に手を差し出していた。
「大丈夫か?」
僕はその手を素直に取る。
次の瞬間、ぐいと手を引かれ、僕の身体は一気に引っ張り上げられた。
「ありがとう」
少し熱くなる頬を気にしながら、僕は正面から黒髪の方を見た。
彼が小さく笑う。
「いや、こっちこそありがとう」
黒髪の方は、握ったままの手に少しだけ力を込めた。
よく見ると、切れ長の涼しげな目元に薄い唇。いわゆる醤油系のイケメンだった。
中等部のころから、イベントのたびにクラスの女子が色めきだっていたのを思い出す。
名前はなんだったっけ……。
僕がぼんやりと見上げる黒髪の方の後方で、「いてててて――」と、明るい髪の方がゆっくりと机の下から這い出してきた。
腰を擦りながら黒髪の方の横に立つと、やけに真剣な顔でこう言った。
「ヤバい、ガチで腰折れたわ」
「折れてるわけねぇだろ」
「折れてたら立てないだろ」
黒髪の方とほぼ同時に、つい僕もツッコミを入れてしまった。
それに、明るい髪の方が一度目を見開いた後、満足そうにヘラッと笑った。
「あはは、いやぁ、本当に助かったよ」
こちらもよく見たら、男らしいキリッとした眉毛の下に、パッチリとした丸い目が印象的なイケメンだった。
目尻が少し垂れていて、どことなく大型犬を連想させる愛嬌のあるタイプだった。
そいつが突然、僕の空いている方の手を取って、ぶんぶんと振った。
「俺、B組の太田望陽!」
それをちらりと横目で見てから、黒髪の方も握った僕の手を軽く振った。
「俺は、北島風太。D組」
あ、そうだ。
名前を聞いてやっと思い出した。
中等部のころから仲がいいイソップコンビだ。
名前を略すと、イソップ寓話の北風と太陽になるので、一部ではそう呼ばれていたのだった。
「あ、僕は――」
そういう流れなのだろうと、僕が名乗ろうとした時、
「知ってるよ。G組の大雪多日登だろ?」
太陽の方も僕の名前を口にした。
なぜ、学年でも目立つタイプの陽キャが、僕のような陰キャの名前を知っているのだろう。
首を傾げる僕に、二人はにこやかな笑みを向けた。
「これから、よろしくな」
見事なシンクロ率でそう言う二人に、僕は反対側に首を折る。
「え、なにがよろしくなの?」
微かな不安を覚えた僕に構わず、北風と太陽はぷっと吹き出して笑い出した。
