僕は結果発表を待たずに会場を飛び出していた。
スキップイソップの後にも、あと何組か出場者は残っていた。おそらく、僕がおもしろいと思った二組。それに、僕が見逃した中にいたとしても、あと一組くらい。そのあたりから選ばれるだろう。
きっと練習通りできていたら、スキップイソップだっていいところへ行っていた。もしかしたら、通過もあったかもしれない。あんなアドリブのグダグダだって、会場は盛り上がっていた。
それでも、時間超過の減点も考えると、結果は火を見るよりも明らかだった。
あの場に居たくなかった。
いたたまれなかった。
――全部僕のせいだ。
そんな思いが湧いてきて、逃げるように走って帰った。
家に帰ると僕は夕飯も取らずに、ベッドに潜り込んだ。もう、何も見たくないし、誰とも話したくなかった。
望陽と風太からは何件ものメッセージや着信があった。
僕はそれを無視した。家に着いてからは、電源自体をオフにして、全てを遮断した。
なにに怒っていて、なにが悲しくて、どこが僕のせいなのかは説明がつかなかった。頭がごちゃごちゃになって、意味もなく涙が出てきた。
そのうち、僕は眠りに落ちていたらしい。
翌日は月曜日だった。僕は学校には行かなかった。
気分が乗らないとか、そういう理由ではなく、都合よく熱が出た。一応、かかりつけの病院にも行ったが、インフルエンザなどの検査はすべて陰性で、原因のはっきりしない風邪と診断された。
だが、僕にはわかっている。
確実に知恵熱みたいなものだと思う。
昔から、考え込んだり、落ち込んだりすると発熱する癖があった。まるで小さな子どもみたいだ。でも、そんな体質に今回ばかりは感謝した。
案の定、昼前には熱も下がり、誰もいない家でまったりとした時間を過ごしていた。
もういい。手を引こう。
一人でお笑い動画を観て、コッペパンをかじる生活に戻ろう。
そう決めても、思い出すのは望陽と風太のことばかりだった。
あのアドリブ――本当にただのその場しのぎだったのだろうか?
――好きな人にいいとこ見せたくて、
――お前もだろ!
――そうだよ
二人の声が交互に頭の中に響く。
正直に言えば、自分が誰かに好かれるわけがないとか、男同士だし、友情を勘違いしてるとか、その思いを拭い去れるわけではない。
でも、もう誤魔化しや自意識過剰では済まないところまで来てるのは確かだった。
二人が、僕を好き?
キスをしたがったことも、ちょっとしたスキンシップも、昨日のアドリブも――全部そういうことだと思っていいのだろう。
まだ、頭がぼんやりしているのか、ふと僕の頭の中に、
「私のために争わないで!!」
という言葉が浮かんだ。
お笑いのネタとして、何度となく聞いたセリフだが、ギャグ以外で、物語の中の真剣なセリフとして使われているのは見たことがない。
そうだ、ギャグなんだ。
そう思うと、笑えた。もちろん、上手くは笑えなかった。でも、僕は笑った。無理矢理笑った。
ふと、ダイニングの壁にある鏡に、自分が映っているのが目に入った。
口元がぎこちなく歪んだ、下手くそな笑顔だった。
こんな僕のどこがいいのかな?
そう思うと、また少しだけ、頭が重くなった。
それから、また眠っていたらしい。時刻は18時、家族は既に帰宅しているようだ。階下からはバタバタと必要以上に騒がしい物音が聞こえていた。
「多日登~!!」
見計らったように母の大きな声が家中に響いた。
「お客さーん!!」
てっきり、夕飯に呼ばれたものと思っていた僕は、その言葉にガバっと勢いよく起き上がった。
こんな時間にお客さんなんて、思い当たるのは二人しかいない。
慌てて、階下に降りると、案の定玄関には、望陽と風太が所在なさげに立っていた。
「え、多日登……」
「あの……えっ?」
僕を見るなり、二人の視線が置き場をなくして忙しなく泳いだ。
あ、まずい……僕は自分の格好を今さらながらに思い出す。
母の趣味のせいで、某有名ブランドの女性ものの部屋着を着ていたのだった。しかも、下はほぼショートパンツ。
「あ、ちが、ちがう! これは、母の趣味で」
「な、かわいっしょ。女の子欲しかったんだけど、男しか生まれなくてさ~」
リビングへ続くドアから顔を出して、母がニヤっと笑う。
正直、母の姿にも二人はかなり引いているに違いない。
「ってか、どっち彼氏? それなら、めっちゃ嬉しいんだけど、女の子欲しかったけど、産まれなかったからさ」
もう一度、母は同じようなことを言ったが、意味合いが違ってる気がする。
「いや、まだ……」
「まだ!?」
咄嗟にそう答えてしまった僕に、三人の声が重なった。
「あー、まぁ、いいけどさ、男同士だからってゴムはちゃんとしろよ~」
「お母さん!!!」
僕は真っ赤になった。
母はベッと舌を出して、リビングへ引っ込んでいった。
それを呆然と見送った風太がぽつりと呟く。
「意外過ぎて、色々吹っ飛んでんだけど……」
「めっちゃギャルじゃん」
望陽も目を丸くして立ち尽くしている。
当然の反応だろう。
「ギャルって言うか、ヤンキー。元ヤン」
「意外過ぎて、パニック」
風太の言葉を最後に妙な空気のまま、三人で立ち尽くしていると、また母がリビングへ続く扉から顔を出した。
「つーか、見ての通り、あーし、普通のママさんじゃねぇから」
さっきの話、聞いてたのかよ。
「夕飯食べていきなさいとか出来ねぇのよ。悪ぃね。ほら、金やるから、外で食ってきな」
そう言うと、母は僕に五千円札を握らせた。
そして、さっさとまた引っ込もうとして、またのけ反るような格好で、望陽と風太を見た。
「あ、別に、育ち盛りの坊ちゃんの分まで量用意してねぇって意味で、あーしの飯がまずいってわけじゃないからな!」
と、なぜかドスの効いた声を出す。
「は、はい!」
望陽と風太の背筋がピンと伸びた。
「前もって言ってくれたらさ、うまいもん食わしてやるから、懲りずに遊びにきてや」
「もう、いいから、お母さん!」
僕がリビングに母を押し込もうとすると、母は、無駄に抵抗してきた。
「なんだし、多日登。もう一言いわせろや!」
「もう、いいって言ってんだろ!」
「つーか、どっちが彼氏になってもいいんだけど、うちの大事な姫を大切にしてくれよな」
「はいっ!」
望陽と風太はもう軍隊式の敬礼をしそうなほど、ピンと姿勢を正していた。
それを見てニカッと笑うと、母はやっと、引っ込んでいった。
「……ほんと、ごめん」
僕は一気に疲れた気がして、二人に謝った。
母を恥じているわけではない。むしろ自慢の母だ。しかし、ちょっと、今の状況を思うと、言わないで欲しいことのオンパレードだったのが恥ずかしい――
「いや、全然」
望陽が首を振る。
「めっちゃ男前じゃん。うらやましいよ……」
「それな」
風太も苦笑しつつ、頷く。
「最初は見た目だけで意外って思ったけど、多日登の面倒見がいいとことか、変なとこやけに強引なのとか、案外おふくろさん譲りなのかも?」
なんだか急に照れくさくなってきた。
「あ、じゃ、じゃあ、着替えてくるから!」
僕は慌てて自室へ逃げ込んだ。
「別に、そのままでもいいのに……」
ポツリと呟いた望陽を、どすっと小突く音が、背後でした。
良かった。二人は仲直りしているようだ。
スキップイソップの後にも、あと何組か出場者は残っていた。おそらく、僕がおもしろいと思った二組。それに、僕が見逃した中にいたとしても、あと一組くらい。そのあたりから選ばれるだろう。
きっと練習通りできていたら、スキップイソップだっていいところへ行っていた。もしかしたら、通過もあったかもしれない。あんなアドリブのグダグダだって、会場は盛り上がっていた。
それでも、時間超過の減点も考えると、結果は火を見るよりも明らかだった。
あの場に居たくなかった。
いたたまれなかった。
――全部僕のせいだ。
そんな思いが湧いてきて、逃げるように走って帰った。
家に帰ると僕は夕飯も取らずに、ベッドに潜り込んだ。もう、何も見たくないし、誰とも話したくなかった。
望陽と風太からは何件ものメッセージや着信があった。
僕はそれを無視した。家に着いてからは、電源自体をオフにして、全てを遮断した。
なにに怒っていて、なにが悲しくて、どこが僕のせいなのかは説明がつかなかった。頭がごちゃごちゃになって、意味もなく涙が出てきた。
そのうち、僕は眠りに落ちていたらしい。
翌日は月曜日だった。僕は学校には行かなかった。
気分が乗らないとか、そういう理由ではなく、都合よく熱が出た。一応、かかりつけの病院にも行ったが、インフルエンザなどの検査はすべて陰性で、原因のはっきりしない風邪と診断された。
だが、僕にはわかっている。
確実に知恵熱みたいなものだと思う。
昔から、考え込んだり、落ち込んだりすると発熱する癖があった。まるで小さな子どもみたいだ。でも、そんな体質に今回ばかりは感謝した。
案の定、昼前には熱も下がり、誰もいない家でまったりとした時間を過ごしていた。
もういい。手を引こう。
一人でお笑い動画を観て、コッペパンをかじる生活に戻ろう。
そう決めても、思い出すのは望陽と風太のことばかりだった。
あのアドリブ――本当にただのその場しのぎだったのだろうか?
――好きな人にいいとこ見せたくて、
――お前もだろ!
――そうだよ
二人の声が交互に頭の中に響く。
正直に言えば、自分が誰かに好かれるわけがないとか、男同士だし、友情を勘違いしてるとか、その思いを拭い去れるわけではない。
でも、もう誤魔化しや自意識過剰では済まないところまで来てるのは確かだった。
二人が、僕を好き?
キスをしたがったことも、ちょっとしたスキンシップも、昨日のアドリブも――全部そういうことだと思っていいのだろう。
まだ、頭がぼんやりしているのか、ふと僕の頭の中に、
「私のために争わないで!!」
という言葉が浮かんだ。
お笑いのネタとして、何度となく聞いたセリフだが、ギャグ以外で、物語の中の真剣なセリフとして使われているのは見たことがない。
そうだ、ギャグなんだ。
そう思うと、笑えた。もちろん、上手くは笑えなかった。でも、僕は笑った。無理矢理笑った。
ふと、ダイニングの壁にある鏡に、自分が映っているのが目に入った。
口元がぎこちなく歪んだ、下手くそな笑顔だった。
こんな僕のどこがいいのかな?
そう思うと、また少しだけ、頭が重くなった。
それから、また眠っていたらしい。時刻は18時、家族は既に帰宅しているようだ。階下からはバタバタと必要以上に騒がしい物音が聞こえていた。
「多日登~!!」
見計らったように母の大きな声が家中に響いた。
「お客さーん!!」
てっきり、夕飯に呼ばれたものと思っていた僕は、その言葉にガバっと勢いよく起き上がった。
こんな時間にお客さんなんて、思い当たるのは二人しかいない。
慌てて、階下に降りると、案の定玄関には、望陽と風太が所在なさげに立っていた。
「え、多日登……」
「あの……えっ?」
僕を見るなり、二人の視線が置き場をなくして忙しなく泳いだ。
あ、まずい……僕は自分の格好を今さらながらに思い出す。
母の趣味のせいで、某有名ブランドの女性ものの部屋着を着ていたのだった。しかも、下はほぼショートパンツ。
「あ、ちが、ちがう! これは、母の趣味で」
「な、かわいっしょ。女の子欲しかったんだけど、男しか生まれなくてさ~」
リビングへ続くドアから顔を出して、母がニヤっと笑う。
正直、母の姿にも二人はかなり引いているに違いない。
「ってか、どっち彼氏? それなら、めっちゃ嬉しいんだけど、女の子欲しかったけど、産まれなかったからさ」
もう一度、母は同じようなことを言ったが、意味合いが違ってる気がする。
「いや、まだ……」
「まだ!?」
咄嗟にそう答えてしまった僕に、三人の声が重なった。
「あー、まぁ、いいけどさ、男同士だからってゴムはちゃんとしろよ~」
「お母さん!!!」
僕は真っ赤になった。
母はベッと舌を出して、リビングへ引っ込んでいった。
それを呆然と見送った風太がぽつりと呟く。
「意外過ぎて、色々吹っ飛んでんだけど……」
「めっちゃギャルじゃん」
望陽も目を丸くして立ち尽くしている。
当然の反応だろう。
「ギャルって言うか、ヤンキー。元ヤン」
「意外過ぎて、パニック」
風太の言葉を最後に妙な空気のまま、三人で立ち尽くしていると、また母がリビングへ続く扉から顔を出した。
「つーか、見ての通り、あーし、普通のママさんじゃねぇから」
さっきの話、聞いてたのかよ。
「夕飯食べていきなさいとか出来ねぇのよ。悪ぃね。ほら、金やるから、外で食ってきな」
そう言うと、母は僕に五千円札を握らせた。
そして、さっさとまた引っ込もうとして、またのけ反るような格好で、望陽と風太を見た。
「あ、別に、育ち盛りの坊ちゃんの分まで量用意してねぇって意味で、あーしの飯がまずいってわけじゃないからな!」
と、なぜかドスの効いた声を出す。
「は、はい!」
望陽と風太の背筋がピンと伸びた。
「前もって言ってくれたらさ、うまいもん食わしてやるから、懲りずに遊びにきてや」
「もう、いいから、お母さん!」
僕がリビングに母を押し込もうとすると、母は、無駄に抵抗してきた。
「なんだし、多日登。もう一言いわせろや!」
「もう、いいって言ってんだろ!」
「つーか、どっちが彼氏になってもいいんだけど、うちの大事な姫を大切にしてくれよな」
「はいっ!」
望陽と風太はもう軍隊式の敬礼をしそうなほど、ピンと姿勢を正していた。
それを見てニカッと笑うと、母はやっと、引っ込んでいった。
「……ほんと、ごめん」
僕は一気に疲れた気がして、二人に謝った。
母を恥じているわけではない。むしろ自慢の母だ。しかし、ちょっと、今の状況を思うと、言わないで欲しいことのオンパレードだったのが恥ずかしい――
「いや、全然」
望陽が首を振る。
「めっちゃ男前じゃん。うらやましいよ……」
「それな」
風太も苦笑しつつ、頷く。
「最初は見た目だけで意外って思ったけど、多日登の面倒見がいいとことか、変なとこやけに強引なのとか、案外おふくろさん譲りなのかも?」
なんだか急に照れくさくなってきた。
「あ、じゃ、じゃあ、着替えてくるから!」
僕は慌てて自室へ逃げ込んだ。
「別に、そのままでもいいのに……」
ポツリと呟いた望陽を、どすっと小突く音が、背後でした。
良かった。二人は仲直りしているようだ。
