期末テストも無事終わり、いよいよ本番になった。
「お笑いをやりたい」
なんて言い出すと、反対する親も多いとは聞く。だが、まだ遊びの範疇だと判断しているのか、望陽と風太の親は、それぞれわざわざスーツを買ってくれたようだった。
風太は細身の濃紺のスーツ。望陽は、少し遊び心のある明るめの青のチェックスーツだった。
「二人とも、よく似合ってる」
会場入りする前、僕は二人の腕を順番にポンと叩いた。
その瞬間、二人の目が驚いたように見開かれる。
「えっ……」
「ん? どうかした?」
首を傾げる僕に、二人はまるで、幽霊でも見たかのような顔で小さく震えていた。
「今、多日登……」
「笑った……よな?」
え、今そこ気にするとこ?
いや、確かに、これから本番に向かう二人の晴れ姿になんだか温かな気持ちにはなっていた。二人の初めての舞台。少し、背伸びしたスーツ姿。それが、ひどく僕の気分を高揚させた。
「今の、どっち判定?」
望陽が、風太に勢いよく顔を向けた。
「いや、今のはどっちとかねぇだろ?」
「先に、俺の腕叩いたから、俺じゃね?」
「なんでそうなるんだよ」
「いや、待って待って待って――」
僕は、慌てて、二人の間に割って入った。険悪ではないにしろ、明らかに本番に向けての集中力が途切れている。
「今のは、顔が綻んだだけ、笑ったのとは違うから!」
僕の必死の訴えに「えー」と望陽が残念そうな声を上げた。
「せっかく、本番前のおまじないにキスできると思ったのに――」
冗談半分なのはわかっている。だけど、風太もそれを真に受けて、ピリッと眉根を寄せるから困る。
「は? いや、お前で笑ってないから」
「いやいや、俺のスーツ姿に笑ったのかも」
「だから、笑ってない!」
僕は精一杯叫んだ。
横を通り過ぎようとする人たちが、ビクッと肩を震わせて足を止めた。僕は、それに赤面しながら、二人を交互に見て、声を落とした。
「これから、本番で、僕のこと笑わせてよ。ちゃんと、客席で見てるから――」
その言葉に、二人は顔を見合わせて頷いた。
「そうだな。ちゃんとネタで」
「ああ、絶対多日登を笑わせてやろうぜ」
そう言うと、二人はグッと手を握り合った。
よかった、なんとか収まった。
僕もその手を自分の両手で包み込んで、
「じゃあ、打ち合わせ通り、なるべく、真ん中の席に座るから、もし緊張したら、僕のことだけ見るようにして」
望陽と風太が、僕の目をしっかり見て強く頷く。それに応えるように僕は一度二人の手を強く握ってから、送り出した。
客席に向かう僕は、二人なら大丈夫。むしろ、僕のほうが緊張しているかもしれない。などと考えていた。
客席の照明が落ち、開幕のブザーが鳴る。舞台が明るく照らされた時には、僕の心臓が飛び出そうだった。
ああ、ついに始まってしまう。
これがスキップイソップの本当の意味でのデビューだ……
期待に胸を躍らせながら、僕はスキップイソップの順番を待った。
予想通り、舐めているのか? と思えるような、身内ウケを狙ったコンビが大半だった。あとは、どこかで見たことのあるようなネタ。その中に、おもしろいな、すごいなと思える組が二組あった。明らかに、ネタ作りや稽古にかけた時間が他とは違う。
この二組とは、ネタ作りや稽古にかけてきた時間が圧倒的に違うのだろう。それでも、こんな支部予選で届かないほどではない。
これは、完全に身内の贔屓目だ。そして、僕の願いだ。
絶対、望陽と風太には言えないけれど、ビジュアルは断トツで勝っている。
だから、練習通りにやれば、絶対、会場は盛り上がる。邪な考えかもしれないが、使えるもんは何でも使えばいいじゃないか。
僕は自分の甘さにも心の中で言い訳をしながら、祈るように手を握った。
そして、スキップイソップの名前が呼ばれる。
軽快なお囃子が流れて、下手から望陽、上手から風太が「どうもー」と、元気に飛び出してきた。
会場が一瞬、ざわっと揺れた感覚があった。
――よし、ビジュアルでの掴みはOK!
僕は、心の中でガッツポーズをした。
だが、そこからが、どうもおかしかった――
「こんにちはー、スキップイソップです!」
そう言った望陽の動きがおかしかった。
やたらと動きが大きいし、なんか変だった。無駄におチャラけているというか――そんな動き、練習にはなかった。むしろ、ここぞという時以外は、動きで見せるのは抑えようと決めていたはずなのに……
ネタ自体は練習通りに始まった。
しかし、僕にはわかる。あの一瞬の望陽の動きによって、風太はキレていた。
会場からはそれなりに笑いが起きていた。
それでも中盤で、ここぞという、望陽のおチャラけたボケの部分で、望陽は、無駄に一回転を入れた。
それも、練習ではなかった動きだった。
風太の次のツッコミがピタリと止まる。
「いやいや、ツッコミ待ち~」
という、望陽のアドリブに、会場からは笑いが起きた。
まだ、ネタの範囲内だと認識されているらしかった。
「っていうか、真面目にやれよ!」
風太が怒鳴った。
あーあ、やってしまった……
「あ、真面目にふざけてるだろ」
「いや、ふざけすぎだろ!」
「いいだろ! ふざけてなんぼだろ!」
「よくねぇよ、練習通りにやれよ!」
「やってるよ!」
「やってねぇだろ!」
「ツッコミ飛ばしたのおめぇだろ!」
「飛ばしてねぇ、お前のアドリブが寒すぎて凍っただけだわ!」
笑いが起きる。だが、一部の観客からは笑いの中に、少しずつ戸惑いが混じり始めた。
「すみませんね。こいつ、好きな人にいいとこ見せたくて必死なんですよ」
風太が客席に向かってそう言った。なんとか、軌道修正しようとしているようだった。
「あ、それはお前もだろうが!」
「そうだよ! だから、ちゃんとやって! ちゃ・ん・と、やって!!」
笑いは起きている。だけど、もうついていけないという雰囲気を出している観客もちらほら見えた。
後半はほぼアドリブとなり、なんとか、
「どうも、ありがとうございました」
と、頭を下げるまでに至ったが、持ち時間を大幅に過ぎていた。
近くにいた女の子グループが「推せる」と色めきだって拍手を送っていた。
それを聞いた僕は、なんだか無性に泣きたい気分になった。
「お笑いをやりたい」
なんて言い出すと、反対する親も多いとは聞く。だが、まだ遊びの範疇だと判断しているのか、望陽と風太の親は、それぞれわざわざスーツを買ってくれたようだった。
風太は細身の濃紺のスーツ。望陽は、少し遊び心のある明るめの青のチェックスーツだった。
「二人とも、よく似合ってる」
会場入りする前、僕は二人の腕を順番にポンと叩いた。
その瞬間、二人の目が驚いたように見開かれる。
「えっ……」
「ん? どうかした?」
首を傾げる僕に、二人はまるで、幽霊でも見たかのような顔で小さく震えていた。
「今、多日登……」
「笑った……よな?」
え、今そこ気にするとこ?
いや、確かに、これから本番に向かう二人の晴れ姿になんだか温かな気持ちにはなっていた。二人の初めての舞台。少し、背伸びしたスーツ姿。それが、ひどく僕の気分を高揚させた。
「今の、どっち判定?」
望陽が、風太に勢いよく顔を向けた。
「いや、今のはどっちとかねぇだろ?」
「先に、俺の腕叩いたから、俺じゃね?」
「なんでそうなるんだよ」
「いや、待って待って待って――」
僕は、慌てて、二人の間に割って入った。険悪ではないにしろ、明らかに本番に向けての集中力が途切れている。
「今のは、顔が綻んだだけ、笑ったのとは違うから!」
僕の必死の訴えに「えー」と望陽が残念そうな声を上げた。
「せっかく、本番前のおまじないにキスできると思ったのに――」
冗談半分なのはわかっている。だけど、風太もそれを真に受けて、ピリッと眉根を寄せるから困る。
「は? いや、お前で笑ってないから」
「いやいや、俺のスーツ姿に笑ったのかも」
「だから、笑ってない!」
僕は精一杯叫んだ。
横を通り過ぎようとする人たちが、ビクッと肩を震わせて足を止めた。僕は、それに赤面しながら、二人を交互に見て、声を落とした。
「これから、本番で、僕のこと笑わせてよ。ちゃんと、客席で見てるから――」
その言葉に、二人は顔を見合わせて頷いた。
「そうだな。ちゃんとネタで」
「ああ、絶対多日登を笑わせてやろうぜ」
そう言うと、二人はグッと手を握り合った。
よかった、なんとか収まった。
僕もその手を自分の両手で包み込んで、
「じゃあ、打ち合わせ通り、なるべく、真ん中の席に座るから、もし緊張したら、僕のことだけ見るようにして」
望陽と風太が、僕の目をしっかり見て強く頷く。それに応えるように僕は一度二人の手を強く握ってから、送り出した。
客席に向かう僕は、二人なら大丈夫。むしろ、僕のほうが緊張しているかもしれない。などと考えていた。
客席の照明が落ち、開幕のブザーが鳴る。舞台が明るく照らされた時には、僕の心臓が飛び出そうだった。
ああ、ついに始まってしまう。
これがスキップイソップの本当の意味でのデビューだ……
期待に胸を躍らせながら、僕はスキップイソップの順番を待った。
予想通り、舐めているのか? と思えるような、身内ウケを狙ったコンビが大半だった。あとは、どこかで見たことのあるようなネタ。その中に、おもしろいな、すごいなと思える組が二組あった。明らかに、ネタ作りや稽古にかけた時間が他とは違う。
この二組とは、ネタ作りや稽古にかけてきた時間が圧倒的に違うのだろう。それでも、こんな支部予選で届かないほどではない。
これは、完全に身内の贔屓目だ。そして、僕の願いだ。
絶対、望陽と風太には言えないけれど、ビジュアルは断トツで勝っている。
だから、練習通りにやれば、絶対、会場は盛り上がる。邪な考えかもしれないが、使えるもんは何でも使えばいいじゃないか。
僕は自分の甘さにも心の中で言い訳をしながら、祈るように手を握った。
そして、スキップイソップの名前が呼ばれる。
軽快なお囃子が流れて、下手から望陽、上手から風太が「どうもー」と、元気に飛び出してきた。
会場が一瞬、ざわっと揺れた感覚があった。
――よし、ビジュアルでの掴みはOK!
僕は、心の中でガッツポーズをした。
だが、そこからが、どうもおかしかった――
「こんにちはー、スキップイソップです!」
そう言った望陽の動きがおかしかった。
やたらと動きが大きいし、なんか変だった。無駄におチャラけているというか――そんな動き、練習にはなかった。むしろ、ここぞという時以外は、動きで見せるのは抑えようと決めていたはずなのに……
ネタ自体は練習通りに始まった。
しかし、僕にはわかる。あの一瞬の望陽の動きによって、風太はキレていた。
会場からはそれなりに笑いが起きていた。
それでも中盤で、ここぞという、望陽のおチャラけたボケの部分で、望陽は、無駄に一回転を入れた。
それも、練習ではなかった動きだった。
風太の次のツッコミがピタリと止まる。
「いやいや、ツッコミ待ち~」
という、望陽のアドリブに、会場からは笑いが起きた。
まだ、ネタの範囲内だと認識されているらしかった。
「っていうか、真面目にやれよ!」
風太が怒鳴った。
あーあ、やってしまった……
「あ、真面目にふざけてるだろ」
「いや、ふざけすぎだろ!」
「いいだろ! ふざけてなんぼだろ!」
「よくねぇよ、練習通りにやれよ!」
「やってるよ!」
「やってねぇだろ!」
「ツッコミ飛ばしたのおめぇだろ!」
「飛ばしてねぇ、お前のアドリブが寒すぎて凍っただけだわ!」
笑いが起きる。だが、一部の観客からは笑いの中に、少しずつ戸惑いが混じり始めた。
「すみませんね。こいつ、好きな人にいいとこ見せたくて必死なんですよ」
風太が客席に向かってそう言った。なんとか、軌道修正しようとしているようだった。
「あ、それはお前もだろうが!」
「そうだよ! だから、ちゃんとやって! ちゃ・ん・と、やって!!」
笑いは起きている。だけど、もうついていけないという雰囲気を出している観客もちらほら見えた。
後半はほぼアドリブとなり、なんとか、
「どうも、ありがとうございました」
と、頭を下げるまでに至ったが、持ち時間を大幅に過ぎていた。
近くにいた女の子グループが「推せる」と色めきだって拍手を送っていた。
それを聞いた僕は、なんだか無性に泣きたい気分になった。
