北風と太陽は旅人を笑わせたい

 望陽にキスされそうになったので、風太に相談したら擬似キスされた件――じゃないんだよ。

 もう、二人とも僕をどうしたいんだ?

 ぽってりとした唇がコンプレックスだった。

「芋虫みたい」と揶揄されたこともあった。「少女漫画の目」とからかわれた目と一緒に唇も隠してしまいたかった。

 でも、前髪で目元を隠し、マスクまでしたら、それこそ不審者になってしまう。だから、どちらかと言えば、隠す理由の多い目元を隠すことを選んでいた。

 それが裏目に出たのかな?

 試しに「ぽってり唇」と検索をしたら、どうやら一部男性にウケるらしい。

「好きだ」と言われたわけではない。でも、二人とも僕とキスしたいと言ったも同然だ。

 つまりそういうことなのだろう。

 かくいう僕もキスを意識した瞬間、なんだか妙に落ち着かない。

 興味はある。

 恋愛感情でするキスは、家族やペットへの愛情でするキスと何が違うのだろう。

 望陽や風太となら、それがわかるのだろうか。

 望陽と風太ほどのイケメンなら、恋愛としてのキスも経験していそうだ。もしかしたら、僕が思うより、ずっと軽いノリなのかもしれない。今は二人とも気軽にキスできる相手もいないようなので、近場のぽってり唇にムラついているだけなのだと思う。

 それに、賭けなんかしているもんだから、お互いにムキになってるんだろう。

 若さゆえの衝動なのだ。

 ――だからなに?

 賭けでもなんでも、できるのなら、別の人を対象にしてもらいたい。もっと可愛い女の子に告白するとか、そっちにいってほしい。

 僕みたいな、そういうのに慣れていないやつを巻き込まないでほしい。

 そう思うと同時に、望陽や風太が他の誰かを追い掛けることを考えると、それはそれでモヤっとするのだった。

 そんなモヤモヤした気持ちで、僕は中間テストにあまり集中できなかった。

 返却されたテストは散々というほどではなかった。教師や親に心配されるほど目立って点数が落ちたりはしていない。だが、自分で見直すと、いつもと比べて凡ミスが目立った。

 一方、望陽は、かなり点数が上がったらしい。それはそうだ。望陽は典型的なやればできるタイプなのだから。

「うわぁ、本当に助かったぁ!」

 テストの順位が発表されたその日、望陽は点数が書かれた細い紙を片手に、かなり上機嫌だった。

 昼休み、風太はまだパソコン室に来ていなかった。

 久々の望陽との二人きりの時間だったが、ハイテンションの望陽からは、僕が心配しているような雰囲気はなかった。

「数学なんて、前回に比べて三十点も上がってて、先生にちょっと疑われたからね」
「えー、それはちょっと失礼だね……」

 僕が代わりに頬を膨らませていると、望陽はガバっと僕に抱き着いてきた。

 このくらいは、日常茶飯事になっているので、あまり警戒をしていなかった。

「んー、多日登に勉強見てもらいました。って言ったら、素直に納得してたよ」
「え、え、そうなんだ」
「うんうん。本当に、多日登のおかげだよ!」
「いや、風太も一緒にやってたじゃん?」
「それでも、一緒に勉強しようって言ったの、多日登じゃん」

 そう言うなり、望陽は僕の髪に唇を落とした。

 すっかり油断していた。

「わ、ちょ、望陽」
「多日登、ありがとう」

 チュッチュッとやられて、キュッと体が強張る。

「多日登可愛い! 偉い! 生きてるだけで大優勝!」

 望陽の興奮は収まらない。

 僕がもぞもぞと身を捩ったせいで、むしろ、望陽の唇の行方が怪しくなってきた。おでこ、目元、ほっぺ――

 ――あ、この角度……次は口に……

 止めるより先に、咄嗟に目を閉じてしまった。

「おい、なにしてんだよ!」

 低い声と共に、僕と望陽の身体がグイっと引き離された。

 勢いで、僕は、その場に尻もちをついてしまった。

「あ、いてっ」

 間一髪、パソコン教室に風太が来たらしい。僕らの姿を見て、ほとんど突き飛ばすように引き離したせいで、望陽の方も、ふらついて近くの机に手をついていた。

「あ、多日登、ごめん」

 風太は焦った様子でそう言うと、僕の手を掴んで引っ張り起こした。その勢いのまま、僕を庇うように肩を抱き、望陽を睨みつける。

「……おまえ、なにしてんの?」

 低い声だった。

「いてて……いや、風太がもう少し入ってくるの遅かったら、多日登とちゅーできたのに」
「は? それ反則じゃない?」
「別に、そんなルールなくない?」
「そんなこと言ったら、賭けの賞品の意味ないじゃん」
「多日登は、物じゃないだろ?」
「言い出したの、お前だろ」

 いつもの軽快なテンポの言い合いだった。それでも、パソコン室の空気はピリッと張り詰めていた。

「あ、多分、望陽はテンション上がって、ちょっとふざけただけだから……」

 空気に耐え切れず、僕が風太を見上げると「は?」と、険しい視線が落ちてきた。

「なに、多日登はあのまま望陽とキスしても良かったの?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「ていうか、多日登は別に拒んでなかったから」

 僕の言い訳を、望陽の強い口調が阻んだ。

「……本当?」
「そうだよね?」

 二人に同時に詰められて、僕は狼狽した。

 不本意ながら、僕が中心の話である。それでも、僕に振らないで欲しかった。

「……君らのこと、嫌いじゃない」

 僕は、勇気を振り絞って、なんとか自分が思っていることをポツポツと言葉にしようとした。

「でも、キ、キスしたいとか、そういうのはわからない……別に、いいかとも思えるし、そういうんじゃないとも思える」

 僕の肩に回された風太の手に、僅かに力が籠った。

「それは、望陽とってこと?」

 少しだけ、寂しそうな声だった。僕は困りきって、風太の顔を見上げる。

「わかんないけど、どっちとも……」

 そう言うと、風太の眉がしゅんと下がった。今までで、見たこともないような、悲しそうな顔だった。

 なんで、そんな顔をするんだろ。

 僕は、自然と胸元に置いた手を握りしめた。

「……多日登、ごめん。風太も」

 望陽が一歩前に出た。そして、僕もろとも風太を抱きしめた。

 一瞬、ふざけてるのかと思ったが、どうやら望陽は大真面目らしい。

「なんか、俺、焦っちゃってたかも……」
「焦ったって?」

 僕の問いに望陽は答えなかった。

「ちゃんと、多日登に選んでもらおう」

 ただ、それだけを言った。

 風太も小さく頷いた。

 それだけだった。

 勝負のことだろうと思ったけれど、どこか引っ掛かるものがあった。