翌日は三人で勉強と、ネタ合わせをした。
昼休みも放課後も、望陽は何事もないように普通だった。なんだか、意識をしているのは僕ばかりな感じがして、少しモヤモヤした。
風太が、僕の態度を見て、何かを言いたそうに見ている気がして、それも気まずかった。
いや、それも全て気のせいかもしれない。望陽が悪趣味ないたずらをしたとは思わないけれど、勉強やらネタ作りやらのストレスで一時的に血迷っただけの可能性もあるし――
それにしても、モヤモヤする。たとえ一時だとしても、好意を寄せられたことなんて初めてだった。女の子からもないのに、ましてや男の子に――友人に――それがぼんやりと終わってしまったというか、止まってしまっている状況が、どうも耐えられない。
そのせいで、中間テストの直前にも関わらず、それっぽい口実を作って、僕は水曜日の放課後をパスしてしまった。
その週の土曜日、僕は風太の家にまた朝の九時からお邪魔していた。風太の弟の爽太と凌太にまた恋人認定されたりすることも、変に意識してしまった。それから、初めて中学生の妹、美鶴ちゃんにも挨拶すると、
「ふぅん……おにぃ、こういうタイプ好きそうだよね」
なんて言われたりして、もう、訳がわからなくなっていた。
風太の部屋に入るなり、僕は、ローテーブルに溶けるように突っ伏した。
「いや、妹と弟がごめん。なんで、そうなるんだろうな……」
風太の呆れた口調に、まさか風太まで――という自意識過剰だけは、なんとか振り払えていた。
「僕って……そんな女の子みたい……?」
ローテーブルにペタッと頬っぺたをつけながら、僕は風太にそう聞いた。
風太は虚を突かれたように、目を見開いた。
「や、本当にごめん。妹たちも悪気があってのことじゃないとは思うけど、嫌だったよな?」
「あ、そういうことじゃなくて」
本当に申し訳なさそうに言う風太に、僕は慌てて上体を起こした。
「あの……」
でも、続く言葉が見つからない。いっそ、風太には先週あった出来事を打ち明けていいかとも思った。
言い淀む僕に、風太は訝し気な表情を浮かべた。
「え、もしかして、望陽となんかあった?」
僕の胸がドクンと鳴った。
――やっぱり、なにか気付いてたんだ。
そう思うと、さらに何を言っていいかがわからなくなってきた。
「望陽に何か言われたの?」
風太は、僕の横に腰を下ろすなりに、ずいっと僕の方へ身を乗り出した。
「あ、いや……あの……そうじゃなくて……」
「え、まさか、なんかされたとか?」
風太の顔は少し怒っているようだった。
思わず、目を逸らす。その時、微かに頬が熱くなってしまったのだと思う。
「……付き合ってるの?」
そう言われて、また胸が跳ねた。
あの空気の時点で、僕には、もう理解の範疇を越えていた。しかし、もし、受け入れていたら、その可能性もあったのかと思うと、更に顔が紅くなった。
「嘘……ガチで?」
僕の反応に勘違いしたのか、さっきまで怒っていたような風太の顔から血の気が引いた。そりゃあ、三人のうち二人がそうなっていたら、気まずいだろう。さらに、男同士でという関係性を思えば、そんな顔にもなるかもしれない。
「あ、違う違う! 全然、そんなんではないんだけど……」
もう、ここまで言ってしまったら、これ以上隠しだてしても、余計な誤解を招くだけだ。
僕は先週の水曜日に起こった出来事を、包み隠さず風太に話した。
話を聞き終えると、風太は長い溜息をつきながら、天を仰いだ。
「……んだよ、ったく」
舌打ちとともに吐き捨てる。
「で、多日登は嫌じゃなかったんだ?」
冷めた視線を向けられて、僕の胸がきゅっと詰まった。
「……わかん、ない……でも、あの後、望陽は別に普通だし、なんか意識してるの僕だけかな? って思って」
「意識はしてるんだ?」
それが、どんな意味なのかはよくわからない。それでも、恐らく、風太が聞きたいこととは違う気はした。
「いや、って言うか、最初の質問に戻るんだけど、別に望陽って男の子が好きとかじゃないよね?」
風太は少しだけ不機嫌そうにしながらも、首を傾げた。
「あー、まあ、見てる限りでは」
「じゃあ、僕が、そんなに女の子っぽいってことかな? ってのが、聞きたかったんだけど……」
「は? 悩んでるとこそこ?」
風太は苛立っているようだった。
僕はこくりと頷いた。だって、それ以外に望陽の行動にどんな説明がつくのだろう。
「あー、もー」
風太はガシガシと頭を掻いた。
「そういう問題じゃないんだよ」
「いやいや、僕が思うに、なんか勉強とかネタ作りとかで疲れて、目の前に丁度いい女顔があって、ちょっとムラついたとか?」
風太は一度、キョトンと目を見開いてから、プッと小さく吹き出した。
「なんかさ、多日登って自己評価低すぎない?」
「ん?」
「んー、まあ、自分の顔が悩みなら、本当にごめんだけど、多日登は普通にかわいいよ」
「は?」
「顔は整ってるし、なにより好きなことに熱くなったり、俺らのために一生懸命になったりしてくれたりしてるとことか、近くで見てたら――」
そこまで言うと、風太は唐突に言葉を切った。
僕の方を反射的に見ると、目が合うなり風太の顔がみるみる紅くなった。
なんだか、今日の風太は騒がしい。
「と、とにかく、望陽の気持ちを代弁したり憶測することは、俺にはできないけど、意地悪とかからかい目的でそこまで悪ふざけするやつじゃないとは思う」
望陽の気持ちを憶測で話しそうになってしまったことを、風太は恥じたのだろう。腕で顔を隠しながら、そう言った。
「それに、賭けの賞品に多日登のキスとか言い出したのは、望陽だし……」
「……えっ!? あれ、冗談じゃなかったの?」
僕は思わず身を乗り出した。
「いや、少なくとも、俺は本気だったけど?」
風太が手で顔を扇ぎながら、僕を見た。
じゃあ、百歩譲って、望陽は僕とキスしたいとしても、風太にとってはメリットがないのではないだろうか、と僕は思い至る。
「いや、それなら、条件が平等じゃない気が――」
首を捻る僕を風太はジッと見た。
「だから、多日登は自己評価低すぎ――あ、いや、無自覚で隙だらけ」
ん? なんか、今ディスられた?
風太が僕の隣に座り直し、すっと肩を寄せてきた。
床に手をついて、身を乗り出した時の体勢で固まる僕の口元を風太の大きな手が覆った。風太の顔が近づく。僕はわけもわからず動けないままだった。
そっと目を閉じた風太が、僕の口元を覆った手の甲に唇をつけた。
風太のまつ毛が目の前で微かに揺れる。
一瞬、何が起こったかわからなかった。
僕の唇に伝わっているのは、風太の手のひらの温もりだけだ。それなのに、すごく胸がドキドキしてうるさかった。
ゆっくりと風太の顔が離れた。そして、僕の口元からも手のひらが外れた。
僕は、息をするのを忘れていたようで、ぷはっと水面から出た時のように大きく息を吸い込んだ。
心臓もうるさいし、顔も熱い。
――今の、なに?
風太が目の前で柔らかく笑う。
「望陽のぬけがけ分」
「えっ?」
「俺も、賭けに負ける気はないから――」
僕はまた目が回るような感覚を覚えた。
望陽も風太も、一体、どうしてしまったのだろう。
僕をどうしたいのだろう。
昼休みも放課後も、望陽は何事もないように普通だった。なんだか、意識をしているのは僕ばかりな感じがして、少しモヤモヤした。
風太が、僕の態度を見て、何かを言いたそうに見ている気がして、それも気まずかった。
いや、それも全て気のせいかもしれない。望陽が悪趣味ないたずらをしたとは思わないけれど、勉強やらネタ作りやらのストレスで一時的に血迷っただけの可能性もあるし――
それにしても、モヤモヤする。たとえ一時だとしても、好意を寄せられたことなんて初めてだった。女の子からもないのに、ましてや男の子に――友人に――それがぼんやりと終わってしまったというか、止まってしまっている状況が、どうも耐えられない。
そのせいで、中間テストの直前にも関わらず、それっぽい口実を作って、僕は水曜日の放課後をパスしてしまった。
その週の土曜日、僕は風太の家にまた朝の九時からお邪魔していた。風太の弟の爽太と凌太にまた恋人認定されたりすることも、変に意識してしまった。それから、初めて中学生の妹、美鶴ちゃんにも挨拶すると、
「ふぅん……おにぃ、こういうタイプ好きそうだよね」
なんて言われたりして、もう、訳がわからなくなっていた。
風太の部屋に入るなり、僕は、ローテーブルに溶けるように突っ伏した。
「いや、妹と弟がごめん。なんで、そうなるんだろうな……」
風太の呆れた口調に、まさか風太まで――という自意識過剰だけは、なんとか振り払えていた。
「僕って……そんな女の子みたい……?」
ローテーブルにペタッと頬っぺたをつけながら、僕は風太にそう聞いた。
風太は虚を突かれたように、目を見開いた。
「や、本当にごめん。妹たちも悪気があってのことじゃないとは思うけど、嫌だったよな?」
「あ、そういうことじゃなくて」
本当に申し訳なさそうに言う風太に、僕は慌てて上体を起こした。
「あの……」
でも、続く言葉が見つからない。いっそ、風太には先週あった出来事を打ち明けていいかとも思った。
言い淀む僕に、風太は訝し気な表情を浮かべた。
「え、もしかして、望陽となんかあった?」
僕の胸がドクンと鳴った。
――やっぱり、なにか気付いてたんだ。
そう思うと、さらに何を言っていいかがわからなくなってきた。
「望陽に何か言われたの?」
風太は、僕の横に腰を下ろすなりに、ずいっと僕の方へ身を乗り出した。
「あ、いや……あの……そうじゃなくて……」
「え、まさか、なんかされたとか?」
風太の顔は少し怒っているようだった。
思わず、目を逸らす。その時、微かに頬が熱くなってしまったのだと思う。
「……付き合ってるの?」
そう言われて、また胸が跳ねた。
あの空気の時点で、僕には、もう理解の範疇を越えていた。しかし、もし、受け入れていたら、その可能性もあったのかと思うと、更に顔が紅くなった。
「嘘……ガチで?」
僕の反応に勘違いしたのか、さっきまで怒っていたような風太の顔から血の気が引いた。そりゃあ、三人のうち二人がそうなっていたら、気まずいだろう。さらに、男同士でという関係性を思えば、そんな顔にもなるかもしれない。
「あ、違う違う! 全然、そんなんではないんだけど……」
もう、ここまで言ってしまったら、これ以上隠しだてしても、余計な誤解を招くだけだ。
僕は先週の水曜日に起こった出来事を、包み隠さず風太に話した。
話を聞き終えると、風太は長い溜息をつきながら、天を仰いだ。
「……んだよ、ったく」
舌打ちとともに吐き捨てる。
「で、多日登は嫌じゃなかったんだ?」
冷めた視線を向けられて、僕の胸がきゅっと詰まった。
「……わかん、ない……でも、あの後、望陽は別に普通だし、なんか意識してるの僕だけかな? って思って」
「意識はしてるんだ?」
それが、どんな意味なのかはよくわからない。それでも、恐らく、風太が聞きたいこととは違う気はした。
「いや、って言うか、最初の質問に戻るんだけど、別に望陽って男の子が好きとかじゃないよね?」
風太は少しだけ不機嫌そうにしながらも、首を傾げた。
「あー、まあ、見てる限りでは」
「じゃあ、僕が、そんなに女の子っぽいってことかな? ってのが、聞きたかったんだけど……」
「は? 悩んでるとこそこ?」
風太は苛立っているようだった。
僕はこくりと頷いた。だって、それ以外に望陽の行動にどんな説明がつくのだろう。
「あー、もー」
風太はガシガシと頭を掻いた。
「そういう問題じゃないんだよ」
「いやいや、僕が思うに、なんか勉強とかネタ作りとかで疲れて、目の前に丁度いい女顔があって、ちょっとムラついたとか?」
風太は一度、キョトンと目を見開いてから、プッと小さく吹き出した。
「なんかさ、多日登って自己評価低すぎない?」
「ん?」
「んー、まあ、自分の顔が悩みなら、本当にごめんだけど、多日登は普通にかわいいよ」
「は?」
「顔は整ってるし、なにより好きなことに熱くなったり、俺らのために一生懸命になったりしてくれたりしてるとことか、近くで見てたら――」
そこまで言うと、風太は唐突に言葉を切った。
僕の方を反射的に見ると、目が合うなり風太の顔がみるみる紅くなった。
なんだか、今日の風太は騒がしい。
「と、とにかく、望陽の気持ちを代弁したり憶測することは、俺にはできないけど、意地悪とかからかい目的でそこまで悪ふざけするやつじゃないとは思う」
望陽の気持ちを憶測で話しそうになってしまったことを、風太は恥じたのだろう。腕で顔を隠しながら、そう言った。
「それに、賭けの賞品に多日登のキスとか言い出したのは、望陽だし……」
「……えっ!? あれ、冗談じゃなかったの?」
僕は思わず身を乗り出した。
「いや、少なくとも、俺は本気だったけど?」
風太が手で顔を扇ぎながら、僕を見た。
じゃあ、百歩譲って、望陽は僕とキスしたいとしても、風太にとってはメリットがないのではないだろうか、と僕は思い至る。
「いや、それなら、条件が平等じゃない気が――」
首を捻る僕を風太はジッと見た。
「だから、多日登は自己評価低すぎ――あ、いや、無自覚で隙だらけ」
ん? なんか、今ディスられた?
風太が僕の隣に座り直し、すっと肩を寄せてきた。
床に手をついて、身を乗り出した時の体勢で固まる僕の口元を風太の大きな手が覆った。風太の顔が近づく。僕はわけもわからず動けないままだった。
そっと目を閉じた風太が、僕の口元を覆った手の甲に唇をつけた。
風太のまつ毛が目の前で微かに揺れる。
一瞬、何が起こったかわからなかった。
僕の唇に伝わっているのは、風太の手のひらの温もりだけだ。それなのに、すごく胸がドキドキしてうるさかった。
ゆっくりと風太の顔が離れた。そして、僕の口元からも手のひらが外れた。
僕は、息をするのを忘れていたようで、ぷはっと水面から出た時のように大きく息を吸い込んだ。
心臓もうるさいし、顔も熱い。
――今の、なに?
風太が目の前で柔らかく笑う。
「望陽のぬけがけ分」
「えっ?」
「俺も、賭けに負ける気はないから――」
僕はまた目が回るような感覚を覚えた。
望陽も風太も、一体、どうしてしまったのだろう。
僕をどうしたいのだろう。
