北風と太陽は旅人を笑わせたい

 ネタ合わせは、思ったより難航していた。

 なので、早くこちらに集中したいところではあったが、テスト勉強の方もなかなか大変だった。望陽は本当に勉強を諦めているらしく、記憶系以外は、テスト範囲より前の基礎から説明しなくてはならなかった。

 唯一の救いは、望陽も地頭が悪いわけではないので、飲み込みはいいということくらい。風太は呆れを通り越して、いつも軽くキレるので、僕も居心地の悪い時間が何度かあった。

 そうこうしているうちに、風太の家へ初訪問の日がやってきた。

 その日になってやっと気付いたのだが、なるべく長く打ち合わせをしたいとのことで、朝の九時に予定を合わせたが、土曜の午前中からということは、初回から僕一人じゃん、ということ。

 最初は午後に望陽と二人で行くということにすれば良かったと、今更、後悔しても無駄だった。

 送って貰ったマップ情報を見ながら、辿り着いたのは、新興住宅地にある小綺麗な一軒家だった。周りの建売住宅に比べて、少し大きくて、部屋数も多そうだった。

 考えてみたら、友達の家に遊びに行くなんて、小学校低学年以来だ。インターフォンを押す勇気も出なくて、僕は『着いたよ』というメッセージを風太に送った。

 間もなく、ガチャリと玄関ドアが開く。

 ロンTにデニムのラフな格好の風太を見るなり、ドキリと胸が跳ねた。

 そういえば、私服を見るのも初めてだ。もちろん、見られるのも。

 僕、ダサくないかな?

 急にそんな不安が湧いた。

「多日登、いらっしゃい。入って入って」
「はいっ」

 ガチガチになりながら玄関に入ると、バタバタと奥から足音が駆けてきた。

「お客さん!?」

 小学校二、三年生くらいの男の子と、未就学らしい男の子が僕の前でキッとブレーキをかける。

「こ、こんにちはー。お邪魔します」

 こんなに歳が離れた弟がいるんだと、遠慮がちに見たが、弟たちは遠慮なくジロジロと僕を見てきた。

「兄ちゃんのお友達?」
「いや、彼女だろ」

 上の弟の言葉に風太がプッと吹き出した。

「いやいや、男の子だよ」
「えーーーっ!」

 弟たちはなぜか不満そうに声を上げた。

 ちょっとゆったりとした薄手のニットを着てきたのは失敗だったかもしれない。髪も、長らく切っていない。

 とはいえ、そりゃあ、お兄ちゃんに比べれば小さいけれど、女の子に間違えられたのは少し悲しかった。

「多日登、入って」

 風太に促されて、僕は慌てて持参したスリッパを出した。それに風太が目を丸くする。

「え、わざわざスリッパ持ってきたの?」
「変かな?」
「いやいや、多日登らしいよ。そういうとこ、かわいい」

 風太は本当に可笑しそうにクスッと笑った。

 なんだか、学校で見るよりもかなり緩んだ雰囲気の風太に顔が熱くなった。

 そんなやり取りを横目で見ていた下の弟が、

「彼女……じゃないの?」

 と首を傾げた。

「男の子だから、彼氏?」

 上の弟も不思議そうに首を傾げていた。

「何言ってんだ! 宿題やれっ!」

 風太は慌てたように、弟たちをリビングと思われる扉の方へと押しやった。

「多日登、ばいばーい!」
「多日登、また後でね~」

 口々に言いながら、弟たちはまたバタバタと去っていった。もう、呼び捨てにされている。親愛の現れなのか、舐められているのかはよく分からなかった。

「来て早々、うるさくてごめん」
「いやいいよ、うちも一番下があんな感じだし、なんなら、兄貴もあんな感じだから」

 二人の弟たちのお陰で、僕も多少緊張が解れたこともあったし、むしろ、感謝だった。

 だが、風太の部屋へと通されて、収まりかけてた緊張がまた蘇って来た。

 風太の部屋は風太の印象の通り、物も色も少ないシンプルな部屋だった。よく片付いていて、ベッド脇に置かれたローテーブルには既に飲み物とお菓子が用意されていた。

「適当に座って」

 ローテーブルを前にドア側に腰掛ける。

「あ、いやいや、ベッド側で」
「え?」
「ベッド背もたれにした方が楽でしょ?」

 後ろ手にドアを閉めながら、風太は言った。

 そうか、僕たちは、勉強は各自でできるので、風太と二人きりのときはネタ合わせを中心にやるんだった。

 対面よりは横並びでやった方が効率がいい。

 だが、なんだか、違和感がある。

 学校ではいつも、望陽が僕にベタベタしてくる一方で、風太は一歩引いたところにいるので、隣り合わせになると思うと、かなり距離が近く感じてしまうのだった。

 いや、なんで、こんな意識してしまっているのか自体、自分でも不思議なのだけれど――

 それでも、ネタ帳を開いた瞬間、全てが吹っ飛んだ。

 僕たちは夢中になって、ネタについて話し合った。そのせいで、一度、風太の顔があまりに近くにあって、慌ててのけ反ったことがあったくらいだった。

 それから、昼に風太が作ってくれたチャーハンを食べて、あまりのおいしさに、ほくほくになっていたところに、望陽が合流した。

「うわ、風太んち、ガチ久々」
「な、一年の初めは、割と頻繁に来てたけどな」
「へぇ、そうなんだ?」

 慣れた様子で、鞄を適当に下ろし、断りもなく座る望陽を見て、僕はそんなものなのかと首を傾げた。

「ってか、望陽、飯は?」

 すっかり寛いだ様子の望陽に風太が声をかけた。

「んー、適当にマック食ってきた」

 その言葉に、僕は反射的に反応してしまった。

「ねぇねぇ、望陽! 僕、今日のお昼は、風太の作ってくれたチャーハン食べたんだよ!」
「えっ!?」

 望陽が驚いたように軽く身を引いた。

 自分でもやや興奮しすぎだとは思っていたけれど、かなりおいしかったし、嬉しかったので、なんだか止まらなかった。

「めっっっちゃ、美味しかった!」
「あ、そうなんだ……」
「風太のチャーハン、ナルトが入ってるんだよ。爽くんが長ネギ苦手だから玉ねぎなんだよ。それが、甘くておいしくて、お店のとはまた違うおいしさがあって――」
「いや、多日登興奮しすぎ……」

 風太が照れくさそうに、僕の食レポを制止した。

 望陽は僕と風太を交互に見ると、ぽつりと言った。

「え、なにそれ……なんかズルくね?」

 その言葉にハッとする。

「あ、そうだよね! 望陽も食べたかったよね!」

 配慮が足りなかった。

 マックもおいしいけれど、望陽だってせっかくなら風太の手料理を食べたかったに違いない。

 なのに、自慢するような言い方をして、申し訳なくなる。

「……ごめんね」

 しゅんと肩を落としながら、僕は風太を見た。

「風太、また、作ってくれる?」
「お、おう、全然、いいよ」

 風太が頷くのを見て、望陽が口を尖らせた。

「いや、そういうことじゃなくて……」

 それに続く言葉はなかった。

 一体、何が言いたかったのだろう。