北風と太陽は旅人を笑わせたい

 昼休みのうちにできたのは、望陽の二本と、風太の一本だけだった。

「じゃあ、あとは放課後だね」

 僕はメモ用に使ったノートを慌てて閉じた。後ろから望陽が覗き込もうとしたからだった。

 二本目までは、少しの照れとお互いのネタへの不満で少しぎこちなかった二人だったが、三本目には割と振り切れていたようだった。

「え、感想もなし?」

 教室に戻る道すがら、望陽が不満そうに頬を膨らませながら、僕に軽く体当たりをして来た。

「あー、面白かったよ」
「説得力ねぇ」

 一歩離れた後ろから風太がげんなりした声を出す。

 嘘ではなかった。 クスリと笑えそうなところはいくつかあった。ネタ自体が悪いわけではなさそうだが、どうも笑えないのは、僕の表情筋が硬いせいだけでもなさそうだ。

「ごめん……やっぱ、僕が観客だとテンション下がるよね」

 シュンと肩を落とす僕に、トントンと体を当ててきていた、望陽の動きがピタリと止まる。

「ん?」

 見上げると、視線が合う前に、肩をグイっと引き寄せられた。

「そんなことないってばぁ。俺は、多日登がいいの!」

 気付くと僕は望陽に抱きしめられていて、頭に頬をグリグリとこすり付けられていた。

「本当に、風太は意地悪だね!」
「はっ!?」

 望陽の煽りに風太が過剰に反応した。

「いや、そういうことじゃなくて――」
「わかってる、わかってるよ」

 僕は、慌てて風太を宥めた。

 言いたいことはわかる。僕が安易に面白かったなんて言ったのが悪かったのだ。

 なにか言い訳をしたかったけれど、本鈴が鳴ってしまったので、僕たちは駆け足で教室に向かった。なんだか、少しだけピリピリした空気のまま別れてしまったことが気になった。

 放課後。

 パソコン室に、風太が先に来ていた。望陽の姿はない。

 窓を開け放ち、窓枠に軽く寄りかかりながら、裏山の木々しかない景色を眺めていた。

「あ、多日登。望陽は掃除当番だって」

 僕に気付くなり、どうでもよさそうな口調でそう言った。また視線を裏山に戻す。

 それが、なんだか無性に気になった。

「なんか……あった?」

 正直に言えば、こんな状況で、なんて声をかけていいのかわからない。悩みを打ち明けられたところで、上手く答えられるかもわからない。

 それでも、いかにも何か言いたげに、窓から入り込む風を浴びている風太を放っておけなかった。

「ん……いや」

 まあ、こうくるよね。

 なにかあった? って聞いて、実はさ~ってペラペラ話し出すくらいなら、こんな察してオーラを出しながら感傷に耽ったりしないよね。

 僕は、乏しい経験とドラマなんかからの知識を凝らして、風太がどうしてこうなっているのかの原因を一生懸命探した。

「……望陽のネタのこと?」
「あ、ああ、まあ、うん」

 風太は、少し気まずそうに頷いた。

 望陽絡みだろうとは思っていたけれど、確信はなかった。まったく別のことで、たとえば恋煩いなんかだったら僕にはお手上げだ。

 望陽のことだとしても、なにについて悩んでいるのかまではわからない。だから、かろうじて僕にも口を挟めそうなネタのことを出しただけなのだが――風太の曖昧な返事が気になった。だが、不正解でもないようだ。

「そんなに嫌?」

 僕は風太の横に並んで立つ。

 風太は僕をちらりと見てから、また視線を戻した。

「……嫌では、ない」

 意外な答えだった。

「え、じゃあ、何が問題なの? 面白くない?」

 僕は思わず風太に詰め寄った。

 もう心配というよりは、興味本位だった。

「いや、面白いと思えるとこも多い……けど」
「けど?」
「俺にはできない……」
「なんで?」
「……あのネタをやり切る自信がない」

 それはわかる。

 風太のキャラであれをやるのは厳しいと思う。三本ずつ見終わった後に、僕からもそこは指摘するつもりだった。

 逆に、風太のネタを望陽がやることについてもだ。

「……なんていうか、恥ずかしい」

 不貞腐れたような顔でポツリと漏らしたあと、風太はハッとして僕を見た。

 どうやら二人には、僕がお笑いガチ勢だと思われている節がある。

 そんなことを言えば、僕がイラっとするとでも思ったのだろう。

「いや、わかるよ。あれを全力で振り切るのは、勇気がいるよね」

 そう言うと、風太はホッとしたように息を吐いた。

 その横顔を見ながら、ふと、望陽も同じなのではないかという思いが頭をよぎった。

 風太のネタは演技力を要求される。望陽は望陽で、それに抵抗があるのかもしれない。

 つまり、二人とも互いの面白さは認めている。

 ただ、それに自分が乗れるかどうかは、まだ迷っているということなのだろう。

 僕は風太の視線の先を追った。

 山しかない。

 でも風太は、その先にある何か、目では捉えられないものを見ているような気がした。

 その時、タイミングを見計らったように強い風が吹き込んできて、僕たちの髪を大きくなびかせた。

「いてっ」

 僕は目に痛みを感じて、咄嗟に押さえる。

 ほこりか何かが入ってしまったらしい。

「多日登、大丈夫?」

 風太が僕の頬を両手で包んで、自分の方へ向かせる。

「……なんか、目に入ったかも」

 僕はうまく開かない片目に涙を溜めながら、風太を見上げた。

「ちょっと、見せて」

 風太の親指が僕の左目の下を軽く押さえて、下に引っ張った。

 なんだか、その指先がすごく温かくて、妙に緊張する。

 そんな気持ちを誤魔化すように、僕はまだチクチク痛む目を開いて上を向いた。

「んー、なにも入ってなさそうだけどなぁ……」

 顔の角度を変えながら、風太は僕の左目をじっと見ていた。

 顔が近い。
 すごく近い。

「前髪の先が当たったんじゃないかな?」

 さらに顔が近づいた。

 必死で上を向いているせいで、僕はほぼ白目を剥いていたと思う。

「……え、なにしてるの?」

 教室の反対方向から聞こえた低い声に、やっと自分たちの距離の近さに気付いた。

 弾かれるように離れて声の方を向くと、そこには訝しげな顔をした望陽が、ドアに手を掛けたまま立っていた。

「あ、いや、あの、目が痛くて!」
「そうそう、多日登の目にゴミが入ったみたいで!」

 そう取り繕うも、なんでそんなに焦っているのか、自分でもよくわからなかった。おそらく、風太もそうだろう。

「ふぅん……」

 望陽は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、近くにあった椅子を引いて、そこにどかっと座った。

 なんだか気まずい。昼休みに別れた時よりも、もっと気まずい空気になっている。

「じゃ、じゃあ、さっそくやっちゃう?」

 風太に触れられたところから、じわじわと広がっていくような熱を誤魔化しながら、僕は自分の荷物を置いた机へと向かった。

 両手と両足が同時に出てしまいそうなほど、妙な緊張感が身体に残っていた。

「そ、そうだな……」

 風太も頷くと、傍らに置かれた自分のスクールバッグに手を伸ばす。

 その様子を、望陽はジトっとした目つきで追っていた。