無表情な不運君と恋

ダルい、眠い、夜更かししすぎた。
もしくは一限に講義を入れた俺のバカ。
睡眠時間ってなんで一時間減るだけでこんなにも眠いんだろう。
そんなことを思いながら駅のホームへ続く階段を上り、頂上付近でぎょっとする。
な、なんだ……?
階段を上りきったすぐの所で、スマホ片手に向かいのホームを見ている男。
俺より断然身長の高いソイツは、制服であるところを見るに高校生だろうか。
微動だにせずただじっと前を見ている姿が、妙な迫力を醸し出していた。
大回りして避けながら通り過ぎて、少し離れた所からもう一度さり気なく見る。
先程見た時から一ミリも動いていなさそうなソイツは、やっぱり真っ直ぐと前を見ていた。
なんか妙な圧があるな、コイツ……。
まだ冷たさの残る風が吹いて首を竦める。
対抗するように肺の中の息を勢いよく吐けば、なんとなく寒さがマシになるような気がした。
電車が参ります、とアナウンスが響く。
周囲の人間は電光掲示板を確認したり、スマホを眺めていたり、こちらへ向かって来るはずの電車をまだ見えないうちから眺めて待っていたりするのに、高校生らしき男は相変わらずただ真っ直ぐと前を見ていて、風にも寒さにもアナウンスにも動じない。
次第にそういうパフォーマーかとさえ思えてきて、周りも気にせずただソイツを眺める。
何を見てるんだろうなと思うけれど、きっと俺があの視線の先を見ても本当に見ているものなんて分からないのだろうなと思った。
響く音が近付いてきてようやくソイツから目を離す。
俺がいつも乗る電車が来た。
つまり、観察もここまで。
電車から降りてくる人を避けながら、続けて乗り込もうとする人の列に混ざる。
電車の扉をくぐる寸前、ふと気になってソイツの方を見ると、ずっと前を向いていた頭が僅かに、俯いていた。
「っ、すみません、降ります」
乗り込んだ途端降りようとする俺に、後ろで並んでいた人は驚きと戸惑いの顔をしている。
けれど気にする余裕なんてなくて、急いで掻き分けると電車から無理やり降りた。
その直後にアナウンスと音がして、背後の扉が閉まる。
人が捌けたホームには、今、俺とソイツしか居なかった。

「なぁ、大丈夫か?」
何故か分からないけれど妙にソイツが気になった。
声を掛けてもまだ軽く俯いたままで、歩み寄るとその視界に割り込む形で覗く。
ようやく見えたソイツの顔は、結構大人っぽい作りをしていた。
「大丈夫?」
「……はい。いえ」
「はは、どっちだよ」
聞こえた声は静かで、落ち着いていて大人っぽい。
制服を着ていなければ俺より年上に思えるな、なんて思った。
「えっと。定期を失くしてしまって」
「まじか」
それは一大事だなと思う。
だから立ち尽くしていたのかと納得して、辺りを見渡すけれど当然、それらしきものは見当たらない。
ホームに入ってこられてるってことは、さっきまでは持ってたってことだよな?とソイツを見れば、僅かに俯く程度だった頭がほぼ直角に俯いていてぎょっとした。
「だから駅員さんの所へ行こうとしたら、靴底が剥がれてしまって。よろけた拍子に人とぶつかってメガネも吹っ飛びました」
「え」
「スマホの充電も切れてるし、あと今、物凄くトイレに行きたいです」
「は、早く言え!」
何を見るでもなくただ前を見ていたのは、メガネがなくてよく見えなかったからか。
スマホ片手に立ち尽くしていたのはスマホの充電が切れてしまったからで、動かなかったのは靴底が剥がれていたから。
全部の辻褄が合ってスッキリするけれど、最後にとんでもないことを付け足したぞコイツ。
身の回りを探して、とりあえず着ていたパーカーの首元から紐を引っこ抜くと、跪く。
「靴底剥がれたのどっちの足だ?」
「右、です」
「右な、オッケー」
向かって左の足先を叩いて上げさせると、本当にベロンと靴底が剥がれていくから少し笑う。
踵はまだ繋がっているようだから、引っこ抜いた紐で足底と足の甲を一周する形で結べば、応急処置の完成だった。
「おし、行くぞ。ゆっくり歩けよ」
「え」
「俺の腕掴んで、ほら」
促せば素直に行動してくれる。
ゆっくり歩き始めるとちゃんと付いてきて、そのままトイレへと誘導した。
「あの、紐……が」
「ああ、いいよ。その紐いっつも左右の長さが揃わなくて手間だったし」
「でも」
「早く行ってこい、待っててやるから」
トイレの前で、俺が結んだ紐を気にするから背中を押して促す。
手間だったのは事実だし、実際無くてもそんなに困らないから本当に気にしていなかった。
躊躇しながらも進んでいくソイツを見送って、トイレの入口から少し離れる。
もし倒れでもしたら音で分かるだろうし、まあ目がよく見えなくてもトイレくらいなら大丈夫だろう。
待つ間にスマホを開くと、友人に代返を頼むメッセージを送る。
定期も失くしたと言っていたしここで置いていくのは流石に寝覚めが悪い。
手を貸したからには最後まで付き合うつもりで、俺は軽く息を吐いた。