拝啓、元私のお姉ちゃんへ。〜何故か姉が犬だけど気にせず青春を謳歌したい〜

「「ただいまー」」
 
 転校初日の学校が終わり、お姉ちゃんと共に帰宅した。

 手を洗って、それぞれ寝転んでダラダラする。

「初日の学校どーだった?」

 お姉ちゃんが訊いてきて、しずくは少し返答を考えてから、

「もしかしたら友達できるかもしれないんだ〜」

 と、答えた。

「そうなんだ。ま、私はもう出来たけどねっ!」

「い、いちいち腹立つ……」

 そんなくだらない会話をする。

「あっ、そうだ、もう帽子とっちゃおう」

 お姉ちゃんが被っているベレー帽に手をかけた。

「大丈夫? カーテン閉めたの?」

「うん、さっき確認した。初日だから気合い入れてベレー帽にしてみたけど、やっぱニット帽じゃなきゃだめだわ。これ窮屈でさ〜」

 お姉ちゃんが帽子を外す様子を、思わずじっと見る。

 すると、ぴょこんとお姉ちゃんの頭に、ふわふわな「耳」が現れた。

 その耳は、お姉ちゃんの髪色と同じブルーブラックで、ときどきぴこぴこ動く。

 犬の耳。

 つまり、お姉ちゃんは、犬の耳、ケモミミというものが生えているのだ。

 それから、犬のしっぽも。
 

 お姉ちゃんは、犬だ。


 なぜお姉ちゃんが犬の特徴を持っているのか、本当に謎である。

 このことは、お姉ちゃんとしずく、そしておとうさん、そして数人の医者しか知らない。もし周りの人にバレたら、大変な騒ぎになる。

「今日お姉ちゃんが転びかけた時すごい焦ったんだからね……」

「ごめんごめん。でもこの耳可愛すぎてっ! 憎めないんだよぉ〜」

 そう、昔犬を飼っていたこともあり、お姉ちゃんは大の犬好きだ。

 でも、ほんっと、バレたら洒落にならん。

「あ、そうそう友達出来そうって今言ってたよね。どんな子達なん?」

 お姉ちゃんにそう質問され、しずくは少し考えた。

 どう返すべきだろう。しずくはあの子達の名前も知らないし。

 そこで名案を思いついた。今日あったことを話せば、もしかしたらお姉ちゃんが友達作りに協力してくれるかもしれない。

「……実はね――」

 しずくは今日あった出来事を話した。怖い男子3人に脅されたところを、優しい子達3人が助けてくれたこと。それがすごくかっこよくて、その子達と友達になりたいと思ったこと。

 そしたら案の定お姉ちゃんは、

「え〜っ、めっちゃいい子達じゃん! 私その子達とお話したい!」

 と、好反応を示してくれた。

「うん。しずくもお話したい! それに⋯⋯まだちゃんとお礼言えてなくて」

「じゃあ、決まりね。明日その子達と一緒に学食で話そう! ちゃんと誘ってよね?」

 よしゃ! としずくは心の中でガッツポーズをした。

 これで、チャンスが巡ってきた。……まぁ、お姉ちゃんに頼らず最初からしずくが誘えばよかった話なんだけども。

「よし、じゃあ飯にするか〜」

 お姉ちゃんが夕飯の支度をし始めた。何も出来ないしずくは後ろからその姿を眺めるだけ。

 お姉ちゃんとの2人暮らしは、お互い協力して生活できている。……と、しずくは思っている。

 今日中鶴さんに家庭科の腕を褒められたように、手先が器用で大抵何でもこなせるお姉ちゃんは、食事作りを担当してる。たまに裁縫もしてる。

 対してしずくは根っからの不器用だから洗濯を担当してる。洗濯物を畳むのも苦手だからお姉ちゃんに手伝ってもらって、掃除は2人で。

 みたいな役割分担だけど、いちばん負担してるのはお姉ちゃんだ。

 お姉ちゃんがご飯を作ってくれてる間に、洗濯し終えた洗濯物を干す。これくらいなら、流石にしずくだってできる。もう中2だし。

「静紅ー、ご飯できたよー」

 お姉ちゃんに呼ばれてリビングに戻ると、食卓に2人分の焼き魚とサラダ、オレンジジュース、それから、お姉ちゃん専用のドッグフードが並べられていた。

「「いただきまーす」」

 お姉ちゃんの作るご飯はどれもすごく美味しい。このままだと舌が肥えるな。……いや、もう手遅れか。

 お姉ちゃんはすげぇ勢いでバクバク食べて、しずくがまだ半分も食べ終えてないうちにあっという間に完食してしまった。

 これが犬の食欲、と毎回驚かされる。
 こんなに食べてもお姉ちゃんは全然太らないから不思議だ。

 しばらくしてしずくも食べ終え、2人で一緒にお風呂に入る用意を始めた。

 1階にあるバスルームの湯船に、しずくのちょっとした趣味であるバスボムを落とした。 
 お湯が色んな色に鮮やかに染まっていくのが、何だか新鮮で心が落ち着く。

 2人一緒に湯船に浸かり、疲れを癒す。湯につかることでこんなに癒されることをつい最近知った。

 お姉ちゃんの黒いしっぽがゆっくりと左右に揺れている。リラックスしている証拠だ。

 20分くらい浸かって風呂から上がり、しずくはスカイブルーのロングスカートパジャマ、お姉ちゃんはミントグリーンとホワイトのボーダーシャツのパジャマに着替え、2人一緒に鏡の前に立ち歯を磨く。
 いつも通りの、変わらない日常。

 しずく達は仲がいいと思ってる。家ではいつも一緒に居るから。

「静紅おやすみ〜」

「おやすみお姉ちゃん」

 いつも通りの言葉を交わして、今日はどっちの部屋で寝ようかな、と考えながら階段を上がっていく。しずく達はマイルームを2つずつ持っている。

 結局いちばん少ない階段を上った先にある2階の部屋に向かった。

 ベッドにダイブすると一瞬で眠気が襲ってきて、それに任せて目を閉じる。

 明日、しずくは大丈夫かな。


◆◇◆


「しずくと友達になってほしいなあ、なんて……」

 恐る恐る助けてくれた3人に言うと、3人はニコッと笑った。

 や、やった、成功し――


「あんたみたいなやつとなるわけないじゃん」


 ………え?

 衝撃的な言葉を聞いてしずくは顔を上げた。

 今、なんて?

 3人は冷たい目でしずくを見下ろしていた。

「いや、ちょっと助けたからって調子乗んないでくんない?」

 助けてくれたうちの1人の茶髪の女の子がそう言った。

「そうだよ、点数稼ぎだよ、点数稼ぎ。分かる?」

 赤髪の男の子も、口々に言った。

「お前、ほんと馬鹿だな」

 心読める意外と頼りになる男子、と思っていた人にもそう言われて、呆然とする。

 なんで? どうして? しずくはまた騙されたの?

 信じてたのに。この人達は、優しいって、思ってたのに。

 ……また友達、できなかった。

 またしずくが悪かったのかな。

 何がいけなかったんだろう。

「……ずく!」

 こんな自分でごめんなさい。でも、お願い、誰か――


「静紅!!」


◆◇◆


「っ!」

 ガバッと体を起こした。冷や汗がダラダラ流れている。

「ちょっと、静紅大丈夫? めっちゃうなされてたけど……」

 お姉ちゃんに心配そうに覗き込まれ、今のが夢だったことを理解した。

「だい、だいじょぶ、ありがと」

 息も途切れ途切れにようやくそう告げると、時計を確認した。6時半。もう起きる時間だ。お姉ちゃんが起こしに来てくれたのか。……助かった。

 ふらふらと起き上がって洗面台の前に立ち、震える手でカラコンをつけ、あの悪夢から意識を完全に断ち切るために冷たい水で顔をバシャバシャと洗った。

 大丈夫。大丈夫大丈夫。今のは夢。しずくはやれる。大丈夫。

 そう心でずっと唱えてるのに、体は震えたままだ。

 怖い。怖いよ。もし、さっきの夢みたいにあの人達に裏切られたりしたら。騙されたりして、色々言われたりしたら、しずくは、しずくは……っ

「静紅!」

 大きな声で名前を呼ばれ、びっくりして顔を上げると、険しい顔をしたお姉ちゃんが鏡に映っていた。

「あんたまさか、怖いの? 友達になりたい人達を誘うのが?」

「…⋯」

「友達になるんでしょ!? そんな怖がってたって何も始まんないから!」

 ああ、そうだ、そうだよ。友達、作らなきゃいけないんだ。

 ……いや、違う。友達を作らないといけないんじゃなくて、しずくが、しずく自身が、あの子達と友達になりたいんだ。

 ちょっと怖い夢見たからって、昔のことを思い出したからって、パニックになるなんてダメだ!

 ばしゃ、と勢いよく顔を洗い、顔が濡れたまま振り返ってお姉ちゃんに笑いかける。

「ありがと、しずくはもう大丈夫! さ、朝ごはん食べよ?」

 その言葉を聞くと、お姉ちゃんは腕を組んで頷いた。

「……そうこなくちゃな!」

 お姉ちゃんが朝食を作り始めた。しずくはただ後ろから眺めている。

 時々不安になることがある。
 お姉ちゃんはお姉ちゃんと全然似てないしずくをどう思ってるんだろうって。

「さ、いっぱい食べなお嬢ちゃん」

 お嬢ちゃん……?

 朝ご飯を作り終えたお姉ちゃんが、普段は使わない言葉でしずくを呼んだ。お姉ちゃんなりにしずくを励ましてくれてるのだろうか。謎だけども。

 しずくの目の前に、ケチャップのかかった目玉焼きが置かれた。お姉ちゃんのには醤油がかかってる。しずく達は好みも違う。

 目玉焼きを食べているお姉ちゃんの犬耳が垂れている。眠い証拠だ。


 ――ここにいるのは、しずくと、お姉ちゃんだけ。


 それは今も、多分これからも変わらない。        変わってはくれない。

 寂しいなんてもう感じなくなった、と言えば嘘かもしれない。

 ……一体どこに行ったんだろう。

 そのとき飲んだ卵スープは、優しい味がして、ちょっと冷たかった。