拝啓、元私のお姉ちゃんへ。〜何故か姉が犬だけど気にせず青春を謳歌したい〜

 キーンコーンカーンコーン――

 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、心臓が跳ね上がった。

 心を落ち着かせるために意味もなく視線を動かすと、あのしずくとぶつかって脅して
きた張本人と目が合ってしまった。最悪だ!

 慌てて目を逸らし、平静を装う。この後何か言われなきゃいいけど……

 恐る恐るもう一度チラッと見てみると、もうあいつはこっちを見ていなかった。とりあえず一安心。

 あいつは古田 霧夜(こだ きりや)という無駄にかっこいい名前らしい。昨日の学食で生徒達が話してるのを聞いたのだ。

 というか、あいつに怯えてる場合じゃなかった!

 今日は、しずくと、お姉ちゃん、それから、しずくを助けてくれた3人と学食に行くことになったんだ。……いやしずく次第なんだけど。

 正直今朝の夢のこともあって怖いし緊張するけど、このままじゃ何も変われないもんね……! うん!

 深呼吸をひとつして立ち上がる。
 これはもう勢いだっ!

 バッと隣を向いて、隣の席の助けてくれた子のうちの1人である女の子に、話しかけようとした。

 話しかけようとしたんだけど。

 口が動かない。開いたまま固まっちゃってる。……恐怖だ。

 どどどどうしよう!? 今更こんな、露骨に? あの夢のせいだ。

 心の中で慌てふためいていると、女の子はしずくに気付かず立ち上がり、教室のドアに向かって歩き始めた。

 ああ、行っちゃう。これ、ダメだ――


――『友達になるんでしょ!? そんな怖がってたって何も始まんないから!』――


 諦めかけた瞬間、今朝のお姉ちゃんの声が頭に響き渡った。

 ……そうだった、また忘れるとこだったよ。姉貴。

 もうあんな風にはなりたくない。

「っ待って!」

 気づけば、女の子の手を掴んでいた。

 その子がゆっくりと振り返る。

「お、転校生ちゃんじゃん。どしたん?」

 穏やかな口調にしずくは安心し、覚悟を決めて、口を開いた。

「あ、あのっ、しず……わたしと一緒に学食でご飯食べてくれないかな? あその……この前のお礼を言いたくて。わたしのお姉ちゃんもいるんだけど」

 心臓がもうバックバクである。こ、怖い。

 けど、女の子は表情を変えなかった。

「全然ええよー。うちもしずっちと話してみてかったし。誘ってくれてありがとー」

 何百通りも想像した返事のされ方よりすごい軽い返事が返ってきて、後半に言われたことの理解が追いつかない。

「え、あ、いいの? …⋯え、しずっち?」

「うん。静紅だから、しずっち。可愛っしょ?」

 ニコッと笑って女の子は言った。……かわいい。思わず頬が緩む。

 しずっち。うん、悪くないかも。

「あ、お礼といえば、しずっち多分あの2人にもお礼言えてないっしょ。うちが誘っとくから、先学食行っといて〜」

 そう言い残して女の子は行ってしまった。

 あの2人というのはしずくを助けてくれた男子2人のことだろう。なんて察しが良くて優しいんだぁ。

 てかなんか、喋り方がちょっと変わってたような?  関西弁? 訛り? とは多分ちょっと違う……まぁ、いっか。個性だし、今はそんなのどうでもいい。

 しずくは無事やり遂げたことと、あの子と話せたという気持ちが重なり、スキップしながら学食へ向かった。鼻歌なんかも歌っちゃったりして。

 ルンルンで学食に着くと、お姉ちゃんが先にテーブル席に座って待っていた。

「おまたせ」

「おっ、ちゃんと誘えたの?」

「も、もちろん! そりゃもう完璧に!」

 ギリギリだったけどね☆

「それで、その子達は遅れてくるって」

「そう。早く来ないかなぁ。どんな子達だろ♪」

 お姉ちゃんはしずくを助けた子達に会えるのが楽しみらしく上機嫌だ。

「あ、そういえば……お姉ちゃん、星宮さんとかと一緒にいなくて良かったの?」

 星宮さん達は、お姉ちゃんの新しくできた友達だ。

「うん、事情を説明して断ってきたの」

「それならよかった」

 そう言いながら時計を見る。……そろそろかな。

「お待たせ〜」

 ちょうど時間通りに、しずくを助けてくれた3人が学食で注文した食べ物を持って歩いてきた。

 女の子はお姉ちゃんに興味津々らしい。あの赤髪のギャップがえぐい男子(仮)はしずくとお姉ちゃんを交互に見ている。

 そして心読める意外と頼りになる系男子(仮)はその後ろに隠れてチラチラとこっちを見ていた。

 いや、なんでそっちが緊張しているんだ……

 つられてしずくの緊張が戻ってくる。落ち着け、落ち着け……

「あっ、こんにちは! 私、静紅の姉です!」

 お姉ちゃんがここぞとばかりに笑顔で挨拶をした。し、しずくも負けてられない。

「や、ヤッホー。あ、とりあえず、座ってよ」

 そう促すと、女の子はしずくの隣に、赤髪の男子はお姉ちゃんの隣に、そしてその子の隣に、心読める意外と頼りになる系男子(仮)が座った。

「えっ、しずっちのお姉さん? めっちゃ可愛いいんですけど! 後で一緒に写真撮ってよ〜」

 女の子が目を輝かせてお姉ちゃんに急接近している。すごい積極的だな……

「そんなことないよー。君の方が可愛いよ。あ、それでみんな、静紅を助けてくれたんだよね」

 お姉ちゃんが切り出した。お礼を言うならここしかない。

「うん。本当にありがとう。すごく助かったよ!」

「私からも礼を言わせて。本当にありがとうね」

 そう言って2人で頭を下げた。

「いやいや、あれを助けるのは当然だよ!俺、転校してきたばっかの子にアイツらがあんなことしだすからびっくりしたわ」

「そーそー、あんなのいじめだし。うちらがやらないとって思ってさ」

「みんな偉すぎでしょ〜、中々できないよそういうの」

 赤髪の男子と女の子が口々に言い、お姉ちゃんが感嘆した様子でそう言った。優しいなぁ、ほんと。

 でもしずくは見逃さないぞ。この心読める(以下略)男子(仮)がまるで他人事のようにこのやり取りを見ていることを。

「本当にありがとう。あの……そういえば名前なんて言うの?」

 ようやく聞けた。お姉ちゃんがほっとしたような顔をする。

「えっと、うちは立花 水萌(たちばな みなも)! よろ〜」

「俺は星宮 宙(ほしみや そら)だよ! よろしく!」

「あ……津野 蓮月(つの はづき)、です。……よろしくお願いします」

 ふむふむ、ヘアピンを付けた女の子が水萌ちゃんで、心読める意外と頼りになる系男子が蓮月君。で、この赤髪の男子が宙くん……って、あれ、星宮なんて珍しい苗字、なんかどっかで聞いたことあるような。

「え? 星宮って、もしかして君、夏南の弟?」

 お姉ちゃんもそれに気づいて言った。そしたら案の定、

「……姉ちゃんのこと知ってるんですか?」

 という答えが返ってきた。

「知ってる知ってる! その子私の友達なんだよ〜」

 お姉ちゃんがそう笑顔で言う。

 改めて宙くんの顔をまじまじと見つめてみると、確かに宙くんは夏南さんと似た顔立ちをしていた。人懐っこそうな目もそっくり。

 そもそも、2人共同じ赤髪だ。茶色が少し強いローズピンク。地毛だったんだぁ。

 ……地毛か。いいな、いい色で。

「そうなんだ……」

 宙くんは何故か浮かない表情をしている。

「なんでそんな顔してるの?」

「あー……こいつ夏南さんとあんま仲良くなくて」

 尋ねてみると、代わりに蓮月くんがそう答えてくれた。

「そうなんだ……夏南すごい良い子なのに」

 お姉ちゃんがちょっと悲しそうに言う。

「こんなに似てるのにねー」

「はぁ!? どこが!?」

 水萌ちゃんが茶々を入れ、宙くんが怒った。
 思わずクスッと笑う。

「ははっ、皆面白いね! ……あ、自己紹介がまだだったね。私は氷華だよ。よろしくね!」

 お姉ちゃんの優しくて頼もしい雰囲気に、すっかりみんな和んでいた。

 その後しばらく話していると、昼休み終了5分前のチャイムが鳴り、しずく達はお姉ちゃんと別れた。4人並んで廊下を歩く。

「あー楽しかった! まじでひょーちゃん美人だったぁ」

 ……ひょーちゃん。

「ひょーちゃんって⋯⋯お姉ちゃんのこと?」 

「そ! かわいっしょ? あんたらもそう思うよね?」

「うん、可愛い!」

「いやまた勝手にあだ名つけたのかよ……まぁ可愛いかもしれないけど」

 宙くんがケラケラ笑い、蓮月くんは呆れている。

 ふふ、なんかいいな、この空間。

 和んでいると、途中で他学年の人とすれ違った。その人達はしずく達を見てコソコソと話している。……なんだろ。

 まあ、いいや。今はそんなの、どうでもいい。

 やるべき事はまだ残ってるんだから。


◆◇◆


 午後の授業が終わった放課後。
 ずっとタイミングを見計らっていた。

 帰りのホームルームが終わり、皆が昇降口へ向かって行く。その中に、水萌ちゃん達3人の背中は見当たらない。
 先生も出張があるからと言って早くに出て行った。

 そして今日は木曜日だから、中等部と高等部と共に全体部活停止日。らしい。3人が何部に入ってるかは知らないけど、部活がないならタイミングがずれることは無いはず。

 立ち上がり、既にほとんど人が居なくなった教室を見渡した。

 夕陽の光が窓から室内に差し掛かっている。

 そして、教室にはゆっくりと話しながら帰り支度をしている水萌ちゃんと宙くん、そしてぼーっと窓の外を座って眺めて2人を待っている蓮月くんがいた。
 青春を切り取った1枚の写真のような綺麗な光景に、思わず目を細める。

 よし、今だ。今こそ授業中に脳内シュミレーションしていたアレを実行するとき。

「ね、ねぇ、3人とも!」

 しずくは声を張り上げた。3人は少しびっくりした表情でこっちを見る。まぁ当たり前だよね。

 深呼吸して3人に歩み寄った。

 夢で見たのと同じ光景。ずき、と胸の奥が傷む。

 点数稼ぎ。表面だけ。本当はしずくに興味なんてなかった。騙された。

 夢の中の言葉と表情が頭の中でぐるぐるし始める。

 あ、これ、やばい、結構本当に本当にだめかも――


「どしたん、しずっち。ゆっくりでいいから」


 え、と顔を上げると、水萌ちゃんが優しく微笑んでいた。宙くんは、特に促すわけでもなく黙ってしずくの言葉を待ってくれている。蓮月くんは戸惑いつつもしずくの言葉を聞こうと席から立ち上がり、こっちに近づいてきた。

 そんな光景にふっと気が緩み、どうにでもなれ精神で、言葉を口にした。


「しずくと! 友達になってください!」


 そう言った瞬間、教室が静寂に包まれた。
 祈るように目を瞑る。


「⋯⋯く、ふはっ!」


 その静けさを破って、宙くんが笑い始めた。
 つられて水萌ちゃんも笑い始める。

 しずくはわけが分からず固まった。
 蓮月くんも一緒に固まった。なんだこれ面白いな。

 いや、そんなことより……これってまずいのでは!?

「はー、しずっち面白すぎ!」

 水萌ちゃんが笑いながら近付いてきて、下を向いて固まっていたしずくの顎に指をかけ、しずくの顔を持ち上げた。

 水萌ちゃんと正面から見つめ合う形になる……って、ななななにこれ!? どういうシチュエーション!? っていうか水萌ちゃん顔が良いっ…⋯! じゃなくて、どうしてこうなった!?

「しずっち、君って子は、ちょっと素直すぎない? 現代っ子ってもっとこう、そういうのってオブラートに言うっしょ? そもそも言わない方が多いし。⋯⋯でもね、うち的にそういうの、嫌いじゃないっ!」

 意味が分からず焦っていると、水萌ちゃんにそう言われた。

 なんとか状況が頭に追いついてきて、再び思考を巡らす。

 流石に露骨すぎた、かも。

 ……ん あれ、今、「嫌いじゃない」って言われた?

「……なあ立花、あんた最近少女漫画読んだだろ。影響受けすぎ」

 蓮月くんが呆れ顔で水萌ちゃんに言った。
 宙くんはその傍でまだ笑っている。

 蓮月くんって意外と人にちゃんと物言えるんだ。ずっとオドオドしてるのかと。

「あちゃ、バレた? いやぁなんかイケてるじゃん? ちょっとやってみたくなっちゃって。しずっち、ごめ〜」

 水萌ちゃんが笑いながらしずくの顎から手を放そうとした。

「……へっ?」

 でも、その手は再び動かなくなった。

 しずくが掴んだから。

 このままナシにされたら、嫌だ。

 嫌いじゃないんだよね、水萌ちゃん?

「ということは友達になってくれるってこと?」

「……マジ?」

 蓮月くんと宙くんが目をぱちくりさせ、しずく達はさっきと同じように見つめ合った。

「お……おもしれー女っ!」

 それこそ少女漫画的なことを水萌ちゃんが言い放った。そして、しずくが今いちばん気になっていること。

「いいよ! 友達! なってやろうじゃん!?」

「……っ! 本当!?」

「うん! なんかおもろそーだし! もちろん、宙達もいいよね?」

「ああ、俺ら? うん! もちろんいいぜー! 楽しそうだし。な、蓮月?」

「え、俺も……? いや、その、いいんだけど――」

「やったー!!」

 しずくは蓮月くんの言葉が終わる前に、自然と集まっていた3人に抱き着いた。とにかく本当に本当に本当に嬉しかった。

「わ、しずっち、くすぐったいってー」

「へっ!?  あ、え、ちょっ」

 蓮月くんがめっちゃキョドっている。……何だろうこのお気持ち。好奇心? みたいな。

「いやー静紅って意外と積極的なんだな。あ、てかさっき水萌がやってた顎クイかっこよかったから俺も静紅にやってみていい!?」

「はあ!?  いやお前やめとけって、そんな女子に軽率に触れるなよ」

「なんでだよ蓮月ぃ、あっじゃあお前にやってみていい? 女子じゃなかったらいいでしょ?」

「なななんで俺なんだよ!?」

「くふっ」

 宙くんと蓮月くんの掛け合いが面白くて思わず笑ってしまう。

 ああでもそっか、しずくもこの中の輪に入っていいんだね。

 友達だから。

「さ、帰ろ、しずっち!」

 水萌ちゃんがそう言ってしずくに手を差し伸べる。

「うん!」

 しずくは水萌ちゃんの手を取る。

「おー、準備できた? えてか手繋いんでるじゃんなかよしー!!  俺も俺も!」

「ちょ真似すんなしー!」

「えっいやなんでまた俺まで、あーもう何だこれ」

 しずく達は4人で手を繋いだ。なんだかおかしくて、4人で笑う。

 この瞬間がずっと続いたらいいのに。

 ⋯⋯そう、思ってたんだけど。


「ちょっと君達、てかおい静紅! 楽しそうなのはいいけど道は塞がないでよー?」


 エッ? と振り返ると、そこには学生鞄を肩にかけたお姉ちゃんがいた。

「お、オネエチャン、なんでここに⋯⋯」

「なんでって、今日一緒に帰るって約束したのにあんたが全然来ないからでしょ!」

 やばいっ、嬉しさと楽しさのあまり忘れてた。

「あっ3人とも。ごめんねお騒がせしちゃって。……ていうか、めっちゃ仲良くなったね。実はさっき静紅とハグしてたの見えちゃって。ふふっ、お姉さん嬉しいよ」

「な、ななな……っ」

 お姉ちゃんがニヤニヤした顔でしずくをチラッと見た。か、からかいやがってぇ!

「すっすみません俺用事あるんで帰ります!!」

「ちょっ、蓮月!?  あ、静紅に氷華さんじゃなー!」

「ま、また明日ねしずっちとひょーちゃん」

「ええっ!?  ちょっとみんな待ってよー!」

 ほらぁみんな逃げちゃったじゃん!! お姉ちゃんのせいで!!

「⋯⋯それで友達、できたんだ?」

 プンスカしているとお姉ちゃんがニヤケ顔で聞いてきた。

 あーもう最悪、絶対家でいじられるやつだぁ。

 しずくは絶望して、お姉ちゃんと共に帰るのであった……