拝啓、元私のお姉ちゃんへ。〜何故か姉が犬だけど気にせず青春を謳歌したい〜

 く…… しず……さん、しずく、さん。

 誰かが自分の名前を呼んでる。
 この声、どこかで聞いたことあるような。

 視界が歪む。
 ここは、どこ?

 ああ、思い出した。この人は、自分がいるのは――


◆◇◆


「静紅、おい、静紅、ちょっと、起きて!」

 聞き慣れた声が聞こえて、ぱちっと目を開けた。

 そこには、しずくがよく知っている人がいる。

「あ、お姉ちゃん。おはよ……」

「おはよじゃないでしょ、初日から遅刻するつもり!? 早く準備して! もう出るよ!」

 ミント色のニット帽を被っているお姉ちゃんにまくしたてられて、しずくはあわあわとベッドから這い出た。

 そうだった! 今日から、しずく……じゃなくて、わたしとお姉ちゃんは、新しい学校へ通うんだ。


◆◇◆


 わたしの名前は桐生 静紅(きりゅう しずく)。ごく普通の、可愛い14歳。そして今起こしてくれたのは、ごく普通……ではなく、個性しかないしずくの……あっ。まぁいいやめんどくさい。うん、しずくのお姉ちゃん、氷華(ひょうか)である。
 
 昨年の冬頃、急に東京から遠い街(田舎と都会を足したみたいなとこ)へ引っ越すことが決まり、無事編入試験にも合格し、しずくたちは私立の中高一貫校へ通うことになった。

 引っ越しの理由は、おとうさんの仕事の都合だ。
 実はおとうさんは少し昔に軍人として戦っていたんだけど、戦後は測量の仕事をしている。
 そこでこれからの仕事場の関係で拠点を移さないといけなくなったらしい。

 まあ、幼少期の頃からおとうさんは忙しくてたまーにしか家に来ないんだから、あんまり意味ないと思うけど。

 だからしずくはお姉ちゃんと2人暮らしをしている。おとうさんの仕送りのおかげで、全然不自由なく暮らせてるんじゃないかな。


◆◇◆


 お姉ちゃんが朝早く作ってくれた目玉焼きと卵スープを急いでかっこみ、新しい制服のセーラーに袖を通して、ズボンを履く。ちょっと大きいかも。

 カラコンを付けて、少し傷んだ黒髪を高めのポニーテールに結び、前髪をコームで整え、歯磨きと洗顔を済ませて急いで玄関へ向かう。

 そこで先に支度を済ませていたお姉ちゃんが靴を履いていた。棚の上に、おとうさんが飾ったであろう写真立てが置いてある。

 しずく達はそれを見ないようにして、早足で家を出た。

 自転車を走らせ、お姉ちゃんの後ろをついていく。

 桜は散っていた。まあ、引越し初日に散歩した時にお花見できたからいいけど。

 学校に着くと、まず校長室で先生達と話をしてから、しずくとお姉ちゃんは別々の教室へ向かった。

 別れる途中、お姉ちゃんの顔を見たんだけど、緊張してそうだったな。まぁ、しずくも人のこと言えないけどね……

 教頭先生の案内で、2-2と書かれた教室の前に辿り着いた。

 ごくっと唾を飲み込む。担任の先生が教室の扉をちょっと開けて、手招きをしてきた。

 恐る恐る、ちょっと開いた扉に手をかける。

 しずくは知らなかった。ここで、ものすごく、沢山のことが起こるなんて。

 しずくは、扉を開けた。