幼馴染がおれだけに甘い

 スマホのアラームを消して起き上がる。まだジリリリリとけたたましく鳴り響いている目覚まし時計も、ベッドから降りて止めた。
 ぐっと伸びをする。土曜日の八時半。
 今日は怜矢に甘やかされる日なのだが、どんな甘やかしが待っているのかを考えると、そわそわと落ち着かない。

「あれ? 自分で起きちゃったけど、よかったのか?」

 怜矢の家に行くから、昨日の夜は考えずにアラームと目覚まし時計をセットした。でも甘やかすって、起きるところからなんじゃないか?
 すっかり目は覚めてしまったけれど、ベッドに寝転がる。

『迎えにきて』

 怜矢にメッセージを送り、掛け布団を首まで引き上げた。
 眠れないけれど、せっかくなら怜矢に起こしてもらおう。
 しばらくすると、階段が軋む音が聞こえた。
 怜矢が来た。瞼を下ろす。
 すぐに扉が開き、足音がこちらに近付いてくる。ベッドの前で止まり、座ったような気がした。気配はそこにあるのに、一向に声をかけられない。
 ずっといるのになんで?
 痺れを切らして薄目を開けると、怜矢はベッドに頬杖を付いておれを見ていた。グラブジャムンよりも甘ったるい顔で。

「ふふっ」

 怜矢が笑いを堪えられなかったようで、声を漏らした。

「起きてるんでしょ? おはよう」

 目をパッチリと開いて「おはよ」と返す。

「なんですぐに起こさねーの?」
「寝たふりをしてるのが可愛くて」
「え? 最初からわかってたのか?」
「当たり前だよ。俺がいつも起こしてたんだから」

 怜矢がクローゼットを開けて服を持ってきた。黒のパーカーに、カーキの七分丈パンツ。
 起き上がって受け取る。

「俺のために『迎えにきて』ってメッセージして、寝たふりをしてくれてたんでしょ? なんかすごく愛おしいなって、見続けちゃった」

 恥ずかしいことを言われて、顔が熱い。

「別に怜矢のためだけじゃないし」

 おれが起こしてもらいたかったから。
 上を脱ぐと、怜矢が勢いよく後ろを向いた。

「ん? どうした?」
「あのさ、俺たち付き合い始めたよね?」
「ああ、そうだな」
「今までも涼真が着替えるところを見ないように気をつけてたけど、涼真も意識して欲しいな」

 怜矢の耳が赤い。
 さっきまで平然と恥ずかしいことを言ってたのに、おれが着替えるだけで赤くなってんの?
 胸がむずむずと疼き、口角が自然と上がる。
 これが愛おしいってことか?
 素早く着替えて「怜矢」と呼ぶ。

「着替え終わったの?」
「着替え終わったよ」

 怜矢がこちらに向き直り、寝巻きを丁寧に畳んでくれた。

「本当に世話を焼くの面倒じゃねーの?」
「好きでやってるの」
「そっか。それなら今日はもっと怜矢にやってもらっていいの?」
「むしろやらせて」

 その後は寝癖を直してもらった。
 手をそっと握られる。

「俺の家に行こうか。朝ごはんを用意したから」

 こうやって手を繋ぐのは、小学校の低学年以来かもしれない。
 むず痒いけれど離したくなくて、繋いだ手に力を込めた。怜矢が目を細める。
 勉強道具を持って階段を降りた。




 怜矢の部屋に入る。ローテーブルに卵焼きとおにぎりが乗っていた。
 今日は普段通り、ベッドは整えられている。
 いつもは向かい合って座るけれど、今日は並んで腰を下ろした。

「いただきます」

 声を揃えて手を合わせた。

「おばさんの卵焼きだ!」

 大きな口を開けてパクリ。ほんのり甘くてふわふわで最高。

「おにぎりは俺が作った」
「えっ? すごいじゃん」

 おにぎりは綺麗な三角形をしていた。
 一口かじる。ごはんの程よい塩加減と、ツナマヨの旨みが相性抜群。
 怜矢はおれの好みを熟知している。

「涼真は卵焼き好き?」
「うん、好き」
「ツナマヨおにぎりは?」
「好き」
「じゃあ、俺は?」
「大好き」

 怜矢は両手で顔を覆って上を向いた。

「なんだよ。今のは絶対に、言わせたかったやつじゃん」
「そうなんだけど、『好き』って返ってくると思ったのに『大好き』だったから」

 朝一はおれが振り回されていたから、やり返せて気分がいい。
 おにぎりの残りを口に詰め込んだ。美味い!




 一時間みっちり勉強して、休憩を挟む。

「飲み物を持ってくるから待ってて」

 部屋に一人残されると、落ち着かない。
 怜矢がお茶を持って戻ってくる。グラスをローテーブルに置いた。

「なぁ、おれの後ろに座って」

 あぐらをかくおれの後ろに、膝を立てた足を広げて怜矢が座る。
 怜矢の胸を背もたれにして、体を預けた。
 怜矢の指が、おれの腹の前で組まれる。肩に顎を乗せられた。
 自分で誘ったけれど、幼馴染以上の距離に緊張で胸が騒ぐ。

「涼真」
「な、なに?」

 名前を呼ばれるなんていつものことなのに、声が裏返ってしまった。

「甘えられて嬉しい」
「まだまだこんなもんじゃねーし。今日は怜矢になんでもやってもらうから」
「ありがとう」

 怜矢の声は心底嬉しそうだった。

「やっぱり毎朝迎えに来て」
「え? いいの?」
「うん、せっかくできるようになったし、朝ごはんを食べたいから自分で起きるけど、怜矢に迎えに来てもらいたい」

 一緒に学校に行って、帰るまでずっと怜矢が隣にいるんだ。

「毎日迎えに行くね」
「待ってる」

 怜矢の腕の力が強くなって、隙間がなくなるほど密着した。