『ビービー』
『ジリリリリリ』
二つの甲高い音で目が覚めた。
「うるさい」
手探りでスマホを掴んでアラームを消す。
ジリリリリと響く音は消えない。
布団を頭まで被る。
「怜矢、目覚まし止めて」
無意識に口から出て、慌てて飛び起きる。
怜矢がいるわけないのに。おれは本当に怜矢に頼り切った生活をしていたようだ。
ベッドから降りて、目覚ましを止めた。
着替えてスクールバッグを持って階段を駆け降りる。
リビングで母さんが目を剥いていた。
「怜矢くんが来る前に起きるなんて、珍しいわね」
「おれだって一人で起きられるし。それより朝ごはんある?」
「いつもギリギリまで寝てるから、作ってないわよ。ご飯はあるから、おにぎりでも作ろうか?」
「おにぎりじゃなくて、ごはんに目玉焼き乗っけてほしい」
「わかった。ちょっと待ってなさい」
ダイニングテーブルについて待っていると、ご飯の上にツヤツヤの目玉焼きが乗った茶碗が目の前に置かれた。
しょうゆを少し垂らして、黄身を崩す。ほかほかご飯にトロッとした黄身が絡むのがたまらない。
「いただきます」
一気に掻っ込む。
「うまっ!」
すぐに平らげて「ごちそうさま」と手を合わせた。弁当をスクールバッグにしまい、歯磨きと洗顔を済ませて「いってきます」と家を出る。
いつもより早く、時間に余裕がある。
学校に向かう足取りは軽い。
「おれ、やればできるじゃん」
朝ごはんも食べられたから、購買のパンを買う必要もない。
早起きっていいことずくめだな。
教室の扉を開いて「おはよ」と声をかける。
こちらに目を向けて、クラスメイトは動きを止めた。
「えっ? 一人?」
「怜矢は休みなのか?」
怜矢を心配する声が上がる。
「今日は一人で来た。怜矢に頼らないって決めたからな」
そう返して席につくと、背中をバンバン叩かれて痛い。
「やるじゃん」
「この調子で頑張れ」
褒められて気分がいい。
チャイムが鳴る直前に、怜矢が息を切らして入ってきた。
「怜矢おはよ」
「ねぇ、なんで先に行くの? 連絡ないから涼真の家に行ったら、おばさんに先に行ったって言われるし」
剣のある目を向けられて、おれは目を丸くする。
「昨日、一人でなんでもやるって言ったろ」
怜矢は子どもの頃のように、ベソをかきそうに眉を寄せた。
扉が開いて担任が入ってくると、下唇を噛んでおれの後ろに座る。
なんで怜矢は悲しそうだったんだろ? おれはなにか間違ったことをしたのだろうか? 頭を捻っても、全く思い当たらなかった。
昼休みになり「今日は一度も怜矢を頼っていない」と胸を張る。
「おれは頼られる男を目指す」
拳を握って意気込むと、目の前に小銭が置かれた。
「頼れる男、いちごオレ買ってきて」
「じゃあオレは牛乳」
阿部と内田に小銭を渡された。それを握りしめて立ち上がる。
「怜矢はなにかいる?」
隣に座る怜矢はこちらを見上げて、パッと表情を明るくした。
「ついていこうか?」
「一人で行けるって。なんてったって、おれは頼りになる男だから」
胸をドンと叩くと、怜矢は「そうだね」と視線を下げた。
「俺はなにもいらないよ」
「わかった。じゃあいってくるから」
教室を飛び出して、購買に向かう。
いちごオレと牛乳の代金を払い、ふと思った。これは頼られているというより、パシリじゃないか?
教室に戻っていちごオレと牛乳とお釣りを渡す。
「おい! パシリにするな!」
「違う違う、初めてのおつかいだって」
「そうそう。一人で買いに行けてすげーじゃん」
阿部と内田にゲラゲラ笑われて、口をひん曲げる。
買い物くらい、一人でできる。子ども扱いしやがって。
「怜矢もなにか言えよ。こいつらおれのことバカにしすぎ」
怜矢は虚な瞳で宙を見ていた。
「おい、どうした? 体調悪いのか?」
怜矢の肩を叩くと、大袈裟なほど体が跳ねた。
「あっ、戻ってきてたんだね。おかえり」
おれが帰ってきたことにも、気付いていないようだった。
「さっきっからこうなんだよ」
「話しかけても反応薄くて」
みんな怜矢に心配そうな目を向けている。
怜矢の額に触れた。熱はない。
「あんまり無理するなよ」
怜矢はとびっきり甘い顔で微笑んだ。
帰りながら「今日も一緒に勉強する?」と聞かれる。
「やめとく」
怜矢がいると、無意識に頼りそうになるから。
「うん、わかった。明日は一緒に学校に行こうね。もう置いて行かないでよ」
「じゃあ明日はおれが怜矢を迎えに行くから」
家の前で手を上げて別れた。
部屋について着替え、ベッドに倒れ込む。
いつもならこうしている間に、怜矢が学ランをハンガーにかけて片付けてくれる。
自分でやって気付いたけど、怜矢は自分とおれの二人分やっているんだよな。こんな面倒なことを。怜矢の負担を減らすためにも、自分のことは自分でやろう。
寝転がっていると眠ってしまいそうで、足を振り上げて下ろし、反動で勢いよく起き上がる。
床に落ちている学ランを拾い、ハンガーにかけてクローゼットにしまった。
「よし、勉強するか」
学習デスクのイスに座り、しばらくぼーっとしていた。
「だめだ。全然やる気にならねー」
必要なものをリュックに詰め込んで、向かいのインターホンを鳴らした。
おばさんに迎えられ、階段を駆け登って怜矢の部屋の扉を開く。
怜矢はまだ学ランを着ていて、床にあぐらをかいてぼんやりしていた。こちらに目を向けて、瞬きを繰り返す。
部屋はいつもきれいに整えられているのに、掛け布団がベッドから半分ずり落ちていた。珍しい。
「どうしたの?」
「一人で勉強しようと思ったけど、やる気になれなくて。やっぱり一緒にやってもいいか?」
「もちろん。ちょっと待ってて」
怜矢は顔を輝かせ、機敏な動きで別の部屋からローテーブルを持ってくる。
向かい合って座り、自分の勉強に集中する。
怜矢が真面目に勉強をするから、おれもやらざるを得ない。
外が薄暗くなる頃、勉強を終える。
「おれさ、怜矢と勉強すると捗るんだけど、これも頼ってるってことになるのか?」
「ならないと思うよ。俺に聞いたりせずに、全部自分で調べて勉強してるし。俺は教え合ったりはいいと思うけどね。お互いのメリットになるから」
「教える側のメリットって?」
教え合うと言われたけれど、成績上位の怜矢に、おれが教えられることなんて思い浮かばない。
「きちんと理解していないと、教えることなんてできないでしょ。説明できなければ、理解が足りないって気付くことができる」
「そっか。じゃあ聞いてもいいんだ」
「うん。俺は涼真に聞かれることで、自分のあやふやな箇所が知れる」
怜矢は視線を下げ、口を引き結ぶ。言おうか迷う素振りを見せるから「なに?」と自分から聞いた。
怜矢は苦々しい顔で口を開く。
「でも、自分で調べるのはいいことだと思うよ」
「んー、それなら自分で調べてもわからなかったら、怜矢に聞くことにする」
「それが涼真にとっては一番いいと思うよ。俺はもっと頼ってほしいけど」
怜矢が眉を下げて笑う。昨日から笑いたくないのに、下手くそな笑顔を浮かべている。
「怜矢の負担になりたくないから、頼らないよ。じゃあ帰るから。また明日な」
立ち上がると手首を掴まれた。
「待って。負担ってなに?」
「ん? おれ、全部怜矢にやってもらってただろ。面倒だろうなって」
「そんなこと思ってないよ」
「怜矢が優しいのはわかった。でもおれにまで気を遣わなくていいって」
怜矢が口を開く前にスマホが震える。
画面を見ると『夕飯できたから、帰ってきなさい』と母さんからメッセージが届いていた。
「帰ってこいって連絡きた。またな」
怜矢は「あっ、……うん」と戸惑いがちに手を離した。
怜矢の部屋を出て首を傾ける。
なんだか急に冷えたような気がする。怜矢の手はそんなに温かかっただろうか?
反対の手で、手首を掴む。怜矢の手よりおれの手の方が熱い。手を離すが、全く手首はひんやりとしなかった。
『ジリリリリリ』
二つの甲高い音で目が覚めた。
「うるさい」
手探りでスマホを掴んでアラームを消す。
ジリリリリと響く音は消えない。
布団を頭まで被る。
「怜矢、目覚まし止めて」
無意識に口から出て、慌てて飛び起きる。
怜矢がいるわけないのに。おれは本当に怜矢に頼り切った生活をしていたようだ。
ベッドから降りて、目覚ましを止めた。
着替えてスクールバッグを持って階段を駆け降りる。
リビングで母さんが目を剥いていた。
「怜矢くんが来る前に起きるなんて、珍しいわね」
「おれだって一人で起きられるし。それより朝ごはんある?」
「いつもギリギリまで寝てるから、作ってないわよ。ご飯はあるから、おにぎりでも作ろうか?」
「おにぎりじゃなくて、ごはんに目玉焼き乗っけてほしい」
「わかった。ちょっと待ってなさい」
ダイニングテーブルについて待っていると、ご飯の上にツヤツヤの目玉焼きが乗った茶碗が目の前に置かれた。
しょうゆを少し垂らして、黄身を崩す。ほかほかご飯にトロッとした黄身が絡むのがたまらない。
「いただきます」
一気に掻っ込む。
「うまっ!」
すぐに平らげて「ごちそうさま」と手を合わせた。弁当をスクールバッグにしまい、歯磨きと洗顔を済ませて「いってきます」と家を出る。
いつもより早く、時間に余裕がある。
学校に向かう足取りは軽い。
「おれ、やればできるじゃん」
朝ごはんも食べられたから、購買のパンを買う必要もない。
早起きっていいことずくめだな。
教室の扉を開いて「おはよ」と声をかける。
こちらに目を向けて、クラスメイトは動きを止めた。
「えっ? 一人?」
「怜矢は休みなのか?」
怜矢を心配する声が上がる。
「今日は一人で来た。怜矢に頼らないって決めたからな」
そう返して席につくと、背中をバンバン叩かれて痛い。
「やるじゃん」
「この調子で頑張れ」
褒められて気分がいい。
チャイムが鳴る直前に、怜矢が息を切らして入ってきた。
「怜矢おはよ」
「ねぇ、なんで先に行くの? 連絡ないから涼真の家に行ったら、おばさんに先に行ったって言われるし」
剣のある目を向けられて、おれは目を丸くする。
「昨日、一人でなんでもやるって言ったろ」
怜矢は子どもの頃のように、ベソをかきそうに眉を寄せた。
扉が開いて担任が入ってくると、下唇を噛んでおれの後ろに座る。
なんで怜矢は悲しそうだったんだろ? おれはなにか間違ったことをしたのだろうか? 頭を捻っても、全く思い当たらなかった。
昼休みになり「今日は一度も怜矢を頼っていない」と胸を張る。
「おれは頼られる男を目指す」
拳を握って意気込むと、目の前に小銭が置かれた。
「頼れる男、いちごオレ買ってきて」
「じゃあオレは牛乳」
阿部と内田に小銭を渡された。それを握りしめて立ち上がる。
「怜矢はなにかいる?」
隣に座る怜矢はこちらを見上げて、パッと表情を明るくした。
「ついていこうか?」
「一人で行けるって。なんてったって、おれは頼りになる男だから」
胸をドンと叩くと、怜矢は「そうだね」と視線を下げた。
「俺はなにもいらないよ」
「わかった。じゃあいってくるから」
教室を飛び出して、購買に向かう。
いちごオレと牛乳の代金を払い、ふと思った。これは頼られているというより、パシリじゃないか?
教室に戻っていちごオレと牛乳とお釣りを渡す。
「おい! パシリにするな!」
「違う違う、初めてのおつかいだって」
「そうそう。一人で買いに行けてすげーじゃん」
阿部と内田にゲラゲラ笑われて、口をひん曲げる。
買い物くらい、一人でできる。子ども扱いしやがって。
「怜矢もなにか言えよ。こいつらおれのことバカにしすぎ」
怜矢は虚な瞳で宙を見ていた。
「おい、どうした? 体調悪いのか?」
怜矢の肩を叩くと、大袈裟なほど体が跳ねた。
「あっ、戻ってきてたんだね。おかえり」
おれが帰ってきたことにも、気付いていないようだった。
「さっきっからこうなんだよ」
「話しかけても反応薄くて」
みんな怜矢に心配そうな目を向けている。
怜矢の額に触れた。熱はない。
「あんまり無理するなよ」
怜矢はとびっきり甘い顔で微笑んだ。
帰りながら「今日も一緒に勉強する?」と聞かれる。
「やめとく」
怜矢がいると、無意識に頼りそうになるから。
「うん、わかった。明日は一緒に学校に行こうね。もう置いて行かないでよ」
「じゃあ明日はおれが怜矢を迎えに行くから」
家の前で手を上げて別れた。
部屋について着替え、ベッドに倒れ込む。
いつもならこうしている間に、怜矢が学ランをハンガーにかけて片付けてくれる。
自分でやって気付いたけど、怜矢は自分とおれの二人分やっているんだよな。こんな面倒なことを。怜矢の負担を減らすためにも、自分のことは自分でやろう。
寝転がっていると眠ってしまいそうで、足を振り上げて下ろし、反動で勢いよく起き上がる。
床に落ちている学ランを拾い、ハンガーにかけてクローゼットにしまった。
「よし、勉強するか」
学習デスクのイスに座り、しばらくぼーっとしていた。
「だめだ。全然やる気にならねー」
必要なものをリュックに詰め込んで、向かいのインターホンを鳴らした。
おばさんに迎えられ、階段を駆け登って怜矢の部屋の扉を開く。
怜矢はまだ学ランを着ていて、床にあぐらをかいてぼんやりしていた。こちらに目を向けて、瞬きを繰り返す。
部屋はいつもきれいに整えられているのに、掛け布団がベッドから半分ずり落ちていた。珍しい。
「どうしたの?」
「一人で勉強しようと思ったけど、やる気になれなくて。やっぱり一緒にやってもいいか?」
「もちろん。ちょっと待ってて」
怜矢は顔を輝かせ、機敏な動きで別の部屋からローテーブルを持ってくる。
向かい合って座り、自分の勉強に集中する。
怜矢が真面目に勉強をするから、おれもやらざるを得ない。
外が薄暗くなる頃、勉強を終える。
「おれさ、怜矢と勉強すると捗るんだけど、これも頼ってるってことになるのか?」
「ならないと思うよ。俺に聞いたりせずに、全部自分で調べて勉強してるし。俺は教え合ったりはいいと思うけどね。お互いのメリットになるから」
「教える側のメリットって?」
教え合うと言われたけれど、成績上位の怜矢に、おれが教えられることなんて思い浮かばない。
「きちんと理解していないと、教えることなんてできないでしょ。説明できなければ、理解が足りないって気付くことができる」
「そっか。じゃあ聞いてもいいんだ」
「うん。俺は涼真に聞かれることで、自分のあやふやな箇所が知れる」
怜矢は視線を下げ、口を引き結ぶ。言おうか迷う素振りを見せるから「なに?」と自分から聞いた。
怜矢は苦々しい顔で口を開く。
「でも、自分で調べるのはいいことだと思うよ」
「んー、それなら自分で調べてもわからなかったら、怜矢に聞くことにする」
「それが涼真にとっては一番いいと思うよ。俺はもっと頼ってほしいけど」
怜矢が眉を下げて笑う。昨日から笑いたくないのに、下手くそな笑顔を浮かべている。
「怜矢の負担になりたくないから、頼らないよ。じゃあ帰るから。また明日な」
立ち上がると手首を掴まれた。
「待って。負担ってなに?」
「ん? おれ、全部怜矢にやってもらってただろ。面倒だろうなって」
「そんなこと思ってないよ」
「怜矢が優しいのはわかった。でもおれにまで気を遣わなくていいって」
怜矢が口を開く前にスマホが震える。
画面を見ると『夕飯できたから、帰ってきなさい』と母さんからメッセージが届いていた。
「帰ってこいって連絡きた。またな」
怜矢は「あっ、……うん」と戸惑いがちに手を離した。
怜矢の部屋を出て首を傾ける。
なんだか急に冷えたような気がする。怜矢の手はそんなに温かかっただろうか?
反対の手で、手首を掴む。怜矢の手よりおれの手の方が熱い。手を離すが、全く手首はひんやりとしなかった。



