あれから三年。
「嫌いになったんじゃないけど。好きだから、別れたい」
私は今、ベッドの上で優月からそう告げられている。
この三年、なんの問題もなかったと思う。私は仕事が忙しくて、あまり会えなかったり、すぐに連絡を返せなかったりすることもあったけど、浮気だってしたことないし、たぶん、優月もしてないと思う。本当に何も心当たりはなかった。むしろそろそろ一緒に住んでもいいかなと思っていた頃だった。それなのに、そう思っていたのは私だけだったらしい。
「……なんで?」
「叶芽といると幸せだけど、何もできなくなっていく自分が怖くなる」
「え? どういうこと? そんなことないと思うよ」
「ううん。なってる。叶芽はいつも仕事で忙しくしているけど、私は、いつだって叶芽と一緒にいたいと思ってしまう。でも、叶芽は私がいなくても平気でしょ」
「そんなことないよ」
「でも、もう決めたんだ」
私には意味が分からなかった。でも、優月はもう別れを決めているようだった。それでも、どこかでまた、嘘だよって笑ってくれるような気がした。私は、しばらく黙った。でも優月は何も言わなかった。私は諦めて、呟くように言った。
「……分かった」
そう言うしかなかった。
私たちは、もういい年齢だ。
優月の親は厳しかったから、もしかしたら何か言われたのかもしれない。二十五歳の私たちは、もう、結婚を考えてもいい年齢だった。優月も「結婚する相手はいないのか」と親から言われているようだった。もしかしたら、そういうことが原因なのかもしれない。でも、もしそうだったとしても、相談してほしかった。
私がベッドから出ようとすると、優月が私の手を引っ張った。
「ねぇ、叶芽、私を引き留めることと、私を愛することって、同じだと思う?」
――え?
私は頭が真っ白になった。優月の顔を見て、しばらく言葉が出なかった。すると、私の体のずっと奥の方から沸々と、何かが湧き上がってきて、抑えきれない怒りが口から出た。
「それってどういうこと? 私にどうしろっていうの?」
怒りが口から出た途端、体の力が抜けて、私は思わず床にへたり込んで泣いた。
優月はずるい。私に何をさせたいのだろう。自分で別れを決めたくせに、それじゃあまるで私が引き留めないのが悪いみたいだ。私はずっと優月が好きで好きでたまらないのに、優月は分かっていない。優月が選んだことを尊重したいだけなのに、私だって別れたくないのに、そんなこと言わなくても分かってほしいのに。
優月はずっとあの頃から何も変わっていない。私をいつも試すようなことをする。私に何を言ってほしいのか全然分からない。こんなに好きなのに、どうして、伝わらないんだろう。愛しているに決まってる。他の人になら何も考えずに自分の意見を言えるのに、優月のことになると私は何を言ったら正解なのか分からなくなる。
――私を引き留めることと、私を愛することって、同じだと思う? 同じだと思う? それは何の問いなの?
「ねぇ、優月、私になんと言ってほしい? 本当はどうしたい? そんな風に試すようなこと、もうやめない?」
私は立ち上がって、服を着始めた。
「叶芽……」
優月が何かを察知したかのように、私に飛びついてきた。
「ごめん。ごめん。行かないで。叶芽! 叶芽!」
優月が私の体を揺らした。私は無言のまま服を着て、優月の腕を振り解いて、玄関へ向かった。
「かなめ!」
優月が私の名前を噛み締めるように叫んだ。私は玄関で止まって、振り返らずに呟いた。
「私は、ずっと、優月を愛してたよ。でももう……無理だと思う」
「叶芽! 行かないで! 愛してるならここにいてよ!」
優月がキリキリとした声を上げた。
「ごめん」
そう言って私は玄関から出た。
――こんなに何年も好きだったのに。……本当に、手放すことができるのかな?
それでも私は前を向いて歩いた。自分のために。
