誰がお前を好きになるかよ

 
 しばらくして唇が離れると、この状況から急に突き放されたらどうしようと怖くなり、俺は都築にしがみついた。

「蛍はキス、嫌じゃなかったの?」

 さっきは名字呼びだったのに、蛍と呼ばれたことがたまらなく嬉しい。ふざけてちゃん付けにしているわけでもなく、初めて丁寧に呼ばれた。

 今は俺だけじゃなくて、都築の様子も違う気がする。
 視線や声色、指先の全てから、俺への拒否が感じられない。
 ……どうして?

「嫌じゃなかった。……嬉しかった。……都築は?」
「……なあそれ、本気で言ってる? 俺とのキスが嫌じゃなくて、嬉しいって。俺のこと好きだとして、俺とどうなりたいの?」
「……分かんない」

 誰とも付き合ったことがないし、男を好きになったのも初めてだから。気持ちを伝えたとして、その先のことまで考えられていなかった。
 
「何だよそれ」

 都築は俺の背中に回した腕に力を込め、自分のほうへグッと抱き寄せた。
 唇がぶつかりそうな距離まで詰められたのをいいことに、俺は都築の唇に自分の唇を押し当てた。
 ちゅっと軽く触れて終わったそのキスは、どうしてかさっきのキスより恥ずかしかった。

「都築と、どうなりたいか分からないし、どうなれるかも、分からない。でも、俺にも、みんなみたいに優しい視線、向けてほしい。名前も、蛍って、呼んでほしい。またいつか、今日みたいに抱きしめてほしいし、キスも……できるなら、したい」
「名前呼びも? 嫌いじゃなかったの?」
「……都築が、可愛いって、言ってくれたから」

 今の俺の気持ちを知ってほしくて、途切れ途切れになりながらも頑張って伝えた。

「俺、頑張るから、どうしたら恋愛対象になれる? 顔は無理でも、性格とか、頑張るから、俺のこと、見てほしい」

 ぎゅうっと目を瞑りながら伝えたから、都築がどんな表情で俺を見ているか分からない。見たいような、怖いような……。
 ぐちゃぐちゃな気持ちで返事を待っていると、都築は「ああもう……!」と大声を出し、俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。

「お前さ、出会った頃は俺を馬鹿にしてたよな? あのときに俺がお前のことを恋愛対象だって言ったら、引かれてクラスメイトとして過ごすことすら無理だと思ってたのに。……なあんで俺のことなんか好きになってんだよ」
「分かんない……」
「さっきから分かんないばっかりで俺も分かんないよ。でももう知らない。分かんないけど俺のこと好きなんだろ? だったら一生分かんないままでいろよ」
「……え?」

 唇に柔らかな感触がして、都築がまたキスをしてくれたのだと分かった。ゆっくりと目を開けると、今まで見たことがないくらい、都築の頬が真っ赤になっていた。
 よく見たら耳まで赤いし、目も潤んでいる気がする。

「都築……?」
「俺はな、初めて見たときから、お前のこと好みだったんだよ」
「え?」
「顔は馬鹿っぽくて可愛いし、声も馬鹿っぽいし、反応も全部馬鹿っぽいし……」
「……え?」

 初めて見たときから好みだと、嬉しい言葉を言われたと思ったのに、後半は馬鹿ばかりで納得できない。 
 
 実際、俺は馬鹿っぽいというか、頭は馬鹿で間違いない。でもやっぱり、顔と声が馬鹿っぽいってどういうことなのか気になってしまう。

 都築の発言の意図が知りたくて、俺は下から彼の顔を覗き込んだ。都築は「うう……」と言いながら、さらに顔が真っ赤になっていく。

「……っ、ああもう! 見て良いのならお前のこと愛おしいって思いながら見るし、誰よりも優しくするし、抱きしめるし、キスだってするよ。別にお前が頑張らなくたって、とっくに対象だわ」
「……え!?」

 予想外の発言に目を開くと、どうやら口まで開いてしまっていたようで、都築は俺の唇を指で摘んだ。「そういう馬鹿っぽい表情が愛おしいし可愛い」と言って、また俺の唇を塞いだ。

「都築……」
「お前も、俺のこと名前で呼べよ」
「えっ、え……、無理、なんか、恥ずかしい」
「はあ? それだけのこともできないのかよ。可愛いな」
「……か、かわい?」

 これまでとは違って、冷静さも何もない都築を前にしているうちに、だんだんと現実味が湧いてきて、自然と口元が緩む。
 絶対に嫌われていたと思ったのに、俺のこと好きだったなんて信じられない。
 だからこそ、俺のあのときの発言は、都築をかなり傷つけただろうな。

「あのとき、酷いこと言って本当にごめんね」
「別に怒ってないよ。どうせ馬鹿だから出ちゃったんだろうなって思ってただけだわ」
「……うっ」

 馬鹿で許されてしまうことは複雑だけれど、都築が笑っていて、その優しさに感謝した。

「とりあえず、今さら違った、は無しだからな。どうなっても知らない。蛍が馬鹿なのは分かっているけど、まさかキスだけで終わると思ってないよな? 俺と付き合うってことがどういうことかも分かってないくせに。知らねえぞ」

 都築は都築で、俺が気まぐれに好きになっていると思っているのかもしれない。

「わ、分かんないけど、でも大丈夫。だから、何でも良いよ。ゆ、侑志も俺でいっぱいになって」
「……っ、煽んなって」

 緊張でどうにかなりそうになりながらも、初めて名前を呼んでみると、都築は今までで一番大きく笑ってくれた。



END