誰がお前を好きになるかよ



「都築くん、ここ教えてー」
「おい、都築! 今日は帰りにゲーセン行くよな?」

 都築と喧嘩みたいなことをして以降、俺とは授業のグループワークで最低限の会話しかしていない。それなのに、ほかのクラスメイトからは常に慕われ、都築の周りをたくさんの人が囲んでいる。
 俺だけに話しかけてくる人はほとんどいないが、都築の隣にいることで、ついでにと話しかけてくれる人がちらほらいて、それがよけいに俺を惨めな気持ちにさせた。

 都築はとにかく顔がいい。だから好かれているだけだ! と言い聞かせながら彼を見ていたけれど、運動も勉強もできるうえに、男女関係なく適切な距離感で接していて、とにかく評価が高い。

 絶対に顔だけではないその状況に、顔も中身もそこそこな俺は、何も言い返すことができなくなった。

「なあ都築」
「何?」
「……何でもない」
「じゃあ呼ぶなよ」

 意味もなく話しかけると、一応は反応してくれるものの、やっぱり俺だけに冷たい態度で、何気ない雑談すら難しい。

 俺は、あれからゲイの人について調べていた。正直、色々衝撃的な内容があったから戸惑った。それでも、俺のあの発言が都築を傷つけてしまう内容だったことも知ったし、都築に対して申し訳ない気持ちを持ったのも確かだ。

 でも、都築だって、出会った直後の俺に対して、顔も中身も好みでないと言い放ったわけだから、お互い様だと思う。
 これから長い時間を過ごしていく中で、「川北って良い奴だな」と思われる瞬間もあるかもしれない。そうなれば、そこから好意へと発展することも、完全にあり得ないわけじゃないのでは?
 その可能性を考えるのなら、都築の俺への態度のほうこそ間違いじゃないか? 俺のこと好きになるかもしれないじゃん! と日に日に彼に対する申し訳なさが減り、怒りや不満ばかりが募っていく。

「なあ都築」

 イライラした気持ちでいっぱいになった俺は、さっきのやりとりで懲りずに、また都築の名前を呼んだ。

「何?」

 イライラした様子の都築が俺を見つめる。自分から始めたくせに、いざ見つめられると、その目力があまりにも強く、どうしたらいいか分からなくなってしまう。

「お前、好きなやつできた?」

 俺はまた、気づけば都築を怒らせるような言葉を吐いていた。

「はあ?」
「入学して1か月経ったじゃん」

 かと言って今さらやめられず、衝動的に言葉を続けてしまう。

「仮に好きなやつができたとして、絶対にお前には言わないし、お前でもないから」

 それはそうだと納得しながらも、心底興味がない表情で語られる言葉に腹が立つ。俺は自ら椅子を引くと、都築のほうへと近づいた。

「何だよ」

 都築の眉が、ぴくりと動く。

「別に何でも〜?」
「お前意味分かんない」

 やられてばかりではいられないと、都築のことをじーっと見つめ返すと、彼は「へえ」と言って口角を上げ、俺の顎へと触れた。
 それを見ていた女子が「きゃー!」と声を上げ、一斉に俺らへと視線を向ける。

(ほたる)ちゃんは、俺のことが気になるんだ?」
「ほ、ほた、!?」

 都築は俺を下の名前で呼ぶと、ゆっくりと顔を近づけてきた。
 キスでもされそうなその距離に、パニックになり、俺の目が泳ぐ。突き飛ばせばいいだけなのに、都築に触れる手に力が入らない。

「都築、やめ……」

 都築から逃げるように視線だけ違う方向を見ると、何かを期待した表情で数名の女子が俺を見つめていた。

「……っ」

 とんでもないことをやってしまったかもしれない。
 明らかに、俺が都築に好意を持っていると思われている確率のほうが高い。
 彼女を作る気でいたのに、都築にそれを潰されただけではなく、俺の恋愛対象まで男だと思われたら困る。

「や、め……ろよ!」

 歯を食いしばりながら視線を戻し、何とか都築の肩を押すと、彼はあっさり俺から離れた。
 都築は何かする気はなかったのに、俺が一方的に動揺しただけか。馬鹿みたいだ。
 
 ゆっくりと都築を見上がると、変わらず冷たい視線を向けられていた。
 それを見て、何となく「ごめん」と言葉を漏らしてしまう。

「蛍ちゃんは、俺に突っかかってばっかりだな」
「……その蛍ちゃんって、やめろよ」
「蛍ちゃん」
「やめ……ろ……!」

 下の名前が男らしくない気がして、呼ばれると恥ずかしくなる。都築はそんな俺の思いを知らないから、仕返しのように繰り返す。

「あ、蛍ちゃんの顔が赤くなってきた」
「うう……やめろよお……! この名前嫌なんだよ……」

 赤くなった頬を隠すように両手で覆いながらそう叫ぶと、都築が名前を連呼するのをやめ、静かになった。
 初めて、冷めていない視線を俺に向けている。

「名前、嫌いなの?」
「……まあ」

 今の都築の雰囲気は、普段ほかのみんなへ向けられているものと変わらない。
 俺を揶揄ったり、嫌々ながら質問をしたわけではなさそうだ。
 なんか、変なの。

「……そうなんだ。ま、俺は可愛くて好きだけどね」
「……っ、おまっ、好きっ、て……!」
「あのなあ、名前の話だよ。いちいち反応すんなよ、キモいな」

 せっかく普通に会話ができたのに、都築はいつもの感じに戻り、強い口調でそう言うと次の授業の準備を始めた。
 俺は何も言い返さないまま、自ら近づけた椅子を元の位置に戻すと、机にうつ伏せになった。
 どうしてか心臓が激しく動き、都築の「俺は可愛くて好きだけどね」を、穏やかな表情と声色とともに思い出していた。